232年
嘉禾元年(呉)
皇帝
孫権(呉大帝)
皇后
(空位)
皇太子
孫登
三公(呉)
丞相:顧雍(前太常)
その他の要職(呉)
太常:陳化(兼尚書令)?
光禄勳:?
衛尉:?
太僕:?
廷尉:?
大鴻臚:?
宗正:?
大司農:?
少府:?
大司馬:?
大将軍:?
驃騎将軍:?
車騎将軍:?
衛将軍:?
上大將軍:陸遜?
主な事件
- 嘉禾元年春正月、建昌侯の孫慮が卒す。《三国志呉書呉主権伝》
- 三月、將軍の周賀、校尉の裴潛を遣わして海路より遼東に向かわせた。《三国志呉書呉主権伝》
- 秋九月、魏の將である田豫が迎え擊ち、周賀を成山に斬る。《三国志呉書呉主権伝》
- 冬十月、魏の遼東太守の公孫淵が校尉の宿舒、閬中令の孫綜を遣わして孫権の藩国を称したいと伝えて来た。合せて貂馬を献上し、孫權は大いに悅ぶ。淵に爵位を加えた《三国志呉書呉主権伝》
- 是冬、臣下たちは孫權が未だに郊祀を祀っていないことから、奏議して宜しく郊祀を祀って天意にそうべきとした。孫権はこれを断った《三国志呉書呉主権伝に引く江表傳》
誕生者
死没者
注