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いじめに関して「いじめたほうが100%悪い」「いじめられるほうにも原因がある」という対立を外から見た視点でよく耳にするが、今朝の新聞には「いじめが原因で相談に来る子に共通しているのは、自分はいじめられてもしょうがないという自己否定の思いを抱いていること」という事が書いてあるのを目にして胸が締め付けられる思いがした。

若い頃は未完成で当たり前である。でも将来のとてつもない可能性を誰もが持っている。それを自分が信じきれない事はとてもつらい事だと思う。また、それと同時に相手の可能性を信じられない事も同じである。逆にどんなに今が駄目であろうと自分と相手と共に将来の可能性を信じ合えるとこに友好関係は築かれるのであろう。

話はいきなり変わるが、国同士の友好関係も同じことが言えるだろう。これからを信じあう事。それが一番大事。


いつもと違う口調で書いてみたぴーすけでした。

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