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 マネジメントのような社会科学では、前提や仮定がそのままパラダイム(支配的な一般理論)となる。それらの前提は、学者、評論家、教師、実務家が無意識のうちにもつ。それが、彼らにとっての現実、その分野における現実となる。現実を規定する。それどころか、その分野が何についてのものであるかさえ規定する。さらには、排除すべきもの、無視すべきものを規定する。


 しかるに、それらの前提は、その重要性にもかかわらず、分析もされず、研究もされず、疑問も抱かれず、明示もされない。
 社会科学においては、自然科学におけるパラダイム以上に、何を前提とするかが意味をもつ。パラダイムといえども、自然に対しては、いかなる影響ももちえない。パラダイムが太陽が地球を回るとしようが、地球が太陽を回るとしようが、太陽や地球に影響を与えることはない。自然科学が対象とするのは物質である。
 一方、社会科学が対象とするのは、人間とその組織である。そのため実務家は、その時々においてパラダイムとされているものに従って行動する。
 さらに重要なこととして、自然科学における現実、すなわち物質とその法則は変化しない。変化するとしても、それに要する時間は数十年ではなく、数十億年である。これに対し、人間社会には不変の法則はない。変化してやまない。昨日有効だった前提が突然無効となり、間違ったものとなる。


 マネジメントのような社会科学において最も重要なことは、何を前提とするかである。しかも、その前提とするものが変化するということである。


社会科学とモデル

 さて、社会科学ではどうでしょうか。自然科学におけるモデルの意義についてわたくしが述べたことは、社会科学のモデルにもあてはまるというテーゼを、ここで提起しようと思います。実際、モデルは社会科学ではより重要です。なぜなら、普遍法則と初期条件によって単一の出来事を説明し、予測するというニュートン的方法は、理論社会科学においてはほとんど適用できないからです。理論社会科学では、ほとんどいつでも、タイプとしての状況や条件を構築するという方法によって--つまり、モデルを構築するという方法によって--作業が進められます。(このことは、ハイエクのことばを使えば、社会科学では物理科学よりも「詳細な説明」がより少なく、「原理的な説明」がより多いという事実と結びついています。)


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