過去10年の実績から、私たちはこう確信している。"ムーブメント・マーケティング"は、製品の販売、顧客ロイヤルティの獲得、世論への働きかけ、社会問題の解決を目指す誰もが利用できる新たな手法である。それは、世界を変える可能性さえ秘めている。



 人間におけるこうした"群れ"行動は、マーケティング担当者にとってきわめて重要な意味を持っている。何よりもこのような行動は、従来のマーケティングの概念を覆す。従来のマーケティングは"影響力のある"人物に重点的にメッセージを発信していた。影響力のある人物とは、大衆を引っ張るリーダーや流行を生み出す人物である。しかし、ソーシャルメディアの発展により、今日の大衆はあたかも昆虫の群れのように行動する。つまり、グループ内の特定の人物だけが影響力を持っているわけではない。グループのメンバーすべてがほかのメンバーに影響を与え得る。ガイ・カワサキも、「こうした変化の結果、マーケティングの常識がひっくり返った」と述べている。
 今や大衆は、専門家やファッションリーダーの意見よりも、仲間の意見に耳を傾けるようになった。「トリクルダウン型やトップダウン型の古いマーケティング理論」はもはや意味をなさなくなったのだ。この転倒した世界では、大衆は突如としてあるアイデア、運動、製品に飛びつく傾向が強い。「企業はその点に注意しなければならない。さもないと計り知れないリスクを背負うおそれがある」とカワサキは言う。つまりマーケティング担当者は、ごく普通の人を取り込む」必要があるのだ。
 ムーブメントと群れの行動について、もう一つ頭に入れておきたいことがある。それは、どちらもある目的意識を持って行動する傾向があるということだ。群れの中の個体は、群れの動きに逆らうことを好まない。だから企業も、ムーブメントがその目的を達成するために行う活動を邪魔してはならない。逆に、ムーブメントが目標に向けて進んでいくのを何らかの形で支援できれば、ムーブメントとともに歩み、その恩恵を受けることもできるだろう。


マーケティング分野でも数年前から、脳科学を応用した研究が注目されている。人間の脳活動などを測定して、広告や商品に対する感情や印象、顧客の行動の仕組みを解明する新しいマーケティング概念を「ニューロマーケティング」と呼び、国内では博報堂も含め、数社が先駆けて研究を進めている。


米国のニューロマーケティング専門のリサーチコンサルティング会社のバイオロジーによる最新の研究報告では、人がなにかを好きになる"共感"という感情は、脳の反応によっておもに「尊敬」「脅威」「仲間」「畏怖」の4パターンに分類でき、さらに細分化して最終的には16パターンまで類型化できるとしている。


マーケターと消費者の対立はもう終わりにすべきだと、われわれは思っている。どんな製品やサービスのマーケターも、自分もまた他の製品やサービスの消費者であることを理解する必要がある。消費者のほうも、自分もまた日々の生活の中で、他の消費者を説得するためにマーケティングを行うことがあるかもしれないと認識すべきである。皆がマーケターであり、皆が消費者なのだ。マーケティングはマーケターが消費者に行う活動だけをいうのではない。消費者も他の消費者に対してマーケティングを行っているのである。



マーケティングの出発点は、組織が何を望むかではない。相手が何を望むか、相手にとっての価値は何か、目的は何か、成果は何かである。



読者の多くは「マーケティングの初歩にすぎない」と言うかもしれない。そのとおりである。マーケティングの初歩以外の何ものでもない。顧客にとっての効用、顧客にとっての価格、顧客の事情、顧客にとっての価値からスタートすることが、マーケティングのすべてである。

最終更新:2013年06月09日 22:23