復命記録(2007年1月 上海)


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復命記録


年月日:2007年1月某日

場所:上海

対象:職場旅行会

 

 

 2007年1月某日(初日)


上海にはどれくらい行っていなかったんだろう。
まだ虹橋空港で国際便が発着していた頃だったというおぼろげな記憶だけが残っている。
派遣先の職場旅行、行き先は「上海」。
本社の海外事務所がある街だ。
海外事務所勤務に採用されるまでは上海に降り立つまいという気持ちはあったが、このような形で禁を破るとは思わなかった。

そもそも、上海はChinese popsファンにとってはあまりメリットのない街でもある。
サイン会やコンサートが頻繁にあるわけでもなく、ラジオ番組の質もイマイチ。CDは海賊盤ばかり。しかも現地での日常会話は上海語なのでまったく聞き取れない。ネットでのチケット予約もできず、知り合いもほとんどいないので、自然と足が遠退いてしまったのも実際のところである。

当日は午前便ということで、寝坊気味の自分に自信がなかったため、FM COCOLOの深夜番組を聴きながら徹夜。そのまま関空へ(…ただ、ここで旅心を出そうという下心がいけなかった)。ミナミまで行き、そこからOCATへ。リムジンバスで移動する選択肢を取ったのだが、意外なほどに便数が少ない。ぎりぎりに関空へ到着。
今回乗る便は全日空と中国国際航空・上海航空のコードシェア。JTBの担当者O氏に、気になっていた人民元の旧札が使えるかどうかの質問をすると「不可」とのこと。北京等で使わなかった人民元、紙屑なのか。「新札発行に伴い、一定期間を経て旧札は使えなくなる」とのネット情報は本当だったのか。

10時、搭乗。中国語の新聞をもらって、王力宏の記事を見て喜ぶ。凹んでいるのも、こうした些細なことで復活する自分にあきれる。周囲は酒。でも、徹夜のせいか酒に手が伸びず。結局は水のみ。

1時、到着。
上海・浦東空港は綺麗な空港だが、外に一歩出れば埃っぽく空気が悪い。
関空との違いはこの辺にあるのだろうか。
設計者が両空港とも同じだということもあるが、そうした違いを感じる。
バスの横をリニアが走る。リニアは早い、早すぎるので感想が出る暇もない。
バス内で両替が始まる。1万円で610人民元。
同僚の通貨を覗いてみると、見事に旧札ばかりである。
「旧札は使用可能」だとガイドの揚さんがあっさり一言。
…JTB、許さん(怒)。

ホテルに到着すると、テレビで千島列島でM8級の地震があったとの報道。

ひとまずホテルを出て、周囲を散策。静安寺まで10分ほどの場所なので、まずはそちらへ。春節用のグリーティングカードを購入。
その足で南京東路へ行く。まるで変化してしまった町並みを歩くと、逆ナン数件。もちろん、もてているわけではない。日本語と韓国語で話しかけてくるが、こうしたお誘いの先に何があるかなんてだいたい分かりそうなものである。「i-podを聴いているシンガポール人」という設定でその場を切り抜けようとするのだが、ヘッドホンを取り上げようとする子もいる。強引だ。しかも彼女達も僕も周回しているので、会う度にこうしたやり取りが繰り返される。

ホテルに戻り、先発組(半舷上陸で2班に分かれている)と合流。
宴席は和気藹々と盛り上がった。

食事が終わって外灘へ。移動はホテル近くから出ている公共バス。
たった2元なのにテレビ付。薄暗い連結トロリーバスに乗りたかったのだが、もうそういう時代ではないのだろう。ただ、がっかりしたのは夜景。香港と比較しては可哀相だが、直線と幾何学模様のライトと、広告だらけの光るネオンを見せられてはげんなりである。旧市街地の方が落ち着く。10年以上前、最初に泊まったホテルだった上海大廈はそのままの様子で残っており、ついつい懐かしむ。どうしても京都宛にメールを送りたい相手がいたので、ここで携帯メール。ありがたい。

 和平飯店の近くでは、今度はポン引きのおっさんが登場である。200元でどうだと日本語で誘ってくるので、今度は「太田出身の韓国人観光客」という設定で逃げる。それでもおっさんは諦めない。最後は中川家流のハングルでまくし立て、ホテルへ戻った。

 

 

 

 

 2007年1月某日(2日目)


 疲れているはずもないのに8時まで寝ていた。
今日で先行部隊は帰国。一緒に粥を食べる。旨し。
粥が旨いということは、身体が弱っているのだろうか。

朝食を済ませて豫園へ。
周辺の裏道を歩き、知り合いの土産物を探してみる。
ただ、時期が時期だけに春節の縁起物ばかりが目立ち、目当てのものがなかなか見つからない。やはりコピー商品が多く、特にプラダが目に付く。それらを横に受け流し、商談。値切りはもちろんするが、最近は大阪でも値切り交渉というのはしない生活習慣になっているので、やや気後れする部分もある。
豫園に来たもう一つの目的は、当然、南翔小籠包。できれば店内ではなく、テイクアウトでいきたいので、列に並ぶが、トニックとタバコで武装したハゲオヤジ(どうやら日本人)に辟易。顔を背けながら我慢。16個10元。こんな味だっただろうか。朝食が軽めだったので、すぐに完食。
豫園にもスタバがあり、珈琲館がある。コーヒージャンキーとしては嬉しい。
ただ、せっかく上海なのだ。お茶で行こう。豫園商城のすぐそばにある上海城隍廟の本堂内に「仙銘居」という道教養身茶館へ。龍井茶30元。落ち着ける。本堂の、しかも本尊の裏にある茶館に気付く観光客はあまりいないのだろう。ほとんど貸し切りで楽しむ。小姐も湯を気遣ってくれる。いい時間だ。

夕方、新天地へ。
中国の女の子はどうして写真を撮る時にアイドルポーズを取るのだろうか。元々フランス租界だった新天地のロケーションならばそれ相応の写真にはなるのだろうが、みんながみんなそうするのが不思議で、しかも野郎でそれをする奴がいないのもまた不思議だ。
見ておきたかったARKも閉まっていたので、話のネタに、台北に本店がある小籠包の店・鼎泰豊(上海店)へ。台湾の味と、上海の味の食べ比べである。意外なほどに上海店の味は美味しく、やや生姜の香りが抜けていたことを除けば、大阪店に比べても格段にいい。

さて、C-popperのミッションとして、CD購入がなければ帰国できない。
ただ、CD店がどこにも見当たらないのだ。
新天地近くの太平洋百貨にも、その周辺にもCD店は皆無。書店もないし、書店を見つけても10年前のようにCD等を売っているわけではない。違法ダウンロードが席巻して、CD店としての商売が成立しなくなったのだろうか。
あちこち探し回るうちに上海駅へ。地下街は10年前に来た頃と何も変わっていないであろう、ひまわりの種を食い散らかす客や、薄暗い手荷物預かり所、蛍光灯に照らされる地下商店街、割り込めないほどの人混みと大量の荷物。まるで2010年の上海万博にはまるで無関心で、あるのは駅前広場の万博時計のみというところだろうか。残念ながらここにもCD店はなし。

午後8時。人民広場駅。
ようやくショッピングモール内でCD店を見つける。
羽・泉など、大陸の方が手に入りやすいCDをはじめとして、まとめ買いをはじめたら、女性スタッフが監視を始める。日本人だと分かると大笑いし、蔡依林を勧めてきた。艾敬のファンだと言っても、しつこくJolinが一番人気だからと譲らない。面白がられているようだ。こうしてCDを大人買いをする観光客は珍しいらしく、いいお客なのだろう。
多少音楽のイベントがあっても、その土地で音楽文化の基盤がなければ、Chinese popsは育たない。上海はまだ不毛の地だ。音楽雑誌もあまりない。いま、この大都市に欠けているのはそうした土壌なのかもしれない。

 

 

 2007年1月某日(3日目)


帰阪。