黒猫のしっぽ


私の大嫌いな友達がアメリカから帰ってきた

慣れない地で頑張ってはみたが、思ったような成果を挙げて帰って来たわけではない

世界は甘くない
あの女ですら敵わない相手も居るということだ

結局のところ大好きな兄にSOSのメールを送って呼び戻してもらったのだ
おかげで私は告白の機会を逸してしまった
本当に卑怯な女だ

もっとも私だって大好きな人が困っているときに手助けをしないわけにはいかない
その人が私に学校の中で居場所を、なにより、友達を作ってくれたこと
その恩に報いるために初めてのキスをささげてまで、彼の背中を押した

その結果、あの女は世界に一矢報いて帰って来た
本当に、嫌な女だ

でも、彼女と一緒に居られる日々は本当に幸せだ
私と言の葉の力で対等に、あるいはそれ以上に遣り合える人は少ない

だから、せめて、ほんの些細な仕返しをしてやったのだ
まさかあれほどに悔し泣きをするとは思わなかったが
意地悪のお詫びにあの女に約束していたネコミミとシッポのセットをあげた
ちょっとした悪戯心を忍ばせて


放課後、わたしは同級生の赤城瀬菜とゲーム部の部室に向かった
七つの大罪シリーズ、第三作目の制作に着手していたから

前回はかおすくりえいとで、まれにみるクソゲーとして評判になったが、
今回は正真正銘のすごいゲームとして評判になる

あの女を跪かせて、靴を舐めて、私のことを褒め称えさせるために
あなたが敵わなかった世界を、こんどは私が相手をするために


「おーい、五更!瀬菜!」
高坂先輩が私たちを呼びとめた

高坂京介
私の初めてを捧げた人
そして、あの女の実兄

そういえばなんで赤城瀬菜は下の名前で呼ぶのだろう
そんな私の疑問は放置され、存在しないかのように先輩は続けた

「お、五更、昨日は桐乃にありがとうな。
その、プレゼントとかもらって」

「大した事じゃないわ。
私が使っているものと同じものをカスタマイズして作ってあげただけよ。」

「そうか、同じものか」

同じもの?
なぜかその言葉が胸に引っかかった。


高坂先輩は次にこう言った
「じゃあさ、お前、今度桐乃にあげたのと同じものを着けて家に来いよ。」

え?
先輩が私に家に来いって?
どうしよう、胸が高鳴る。

「なんか昨日の夜にさ、桐乃がネコミミとしっぽを着けて踊ってたんだよな。
しかもあいつが着るはずが無い黄色いロリ服を着てさ。
チャトラの猫でもイメージしてるのかな。
なんでもニコ動にアップして、お前に負けたくないとか言ってたぜ」

なんだ、またあの女のことか。
失望すると共に、あの女が私のことを意識していることを識り、それはそれで悪い気はしなかった。

「お前も黒猫ってくらいだから、二人で合わせたら結構絵になるんじゃないか?
だからさ、お前が桐乃にあげたのと"全く同じ"奴で、黒猫用の奴をつけて来いよ」

なんてことだ。
そう言われてしまうと、どうしても私だって"あの女にプレゼントしたもの"と"全く同じ構造のもの"を身に着けていかねばならなくなる。
しかも、私の大好きな人の言葉だ。
どうして逆らうことが出来るだろうか。

「あら、やっぱり高坂先輩とお付き合いしてるの?
・・・不潔ね。」
赤城瀬菜が言い放つ。

「なんだ、だったらお前も来るか?」
高坂先輩が赤城瀬菜を誘った。
なんて人なの。
妹の代わりなら、誰でもいいのだろうか、先輩は。

「結構です。」
そう、赤城瀬菜が断ったので、その場は収まった。

「じゃあ、五更、今週末にでも家に来いよ。桐乃が待ってるからさ。」


本当に、どうしようもない人。

どうして、私が好きになる人は、私のことだけを見てくれないんだろう。
あの女も、高坂先輩も。

でも、だからこそ、私はあの人に惹かれるのだろう。

週末までにあの女にプレゼントしたのと同じ構造のシッポを作成した。


ピンポン!

高坂先輩の家を訪ねて、呼び鈴を押した。

先輩が笑顔で迎えてくれた。

「ごめんな、五更。
桐乃の奴、急にモデルの仕事に呼び出されたとかでさ、ちょっと今日戻りが遅いんだよね。」

なんだ。
ちょっと、がっかりした。
あの女に、お兄さんに呼ばれて来たの、と、言う機会を逸してしまったからだ。

「そう。仕方ないわね。人の理というものはどうしようもないものだから。」
私はなるべく感情を押し殺すように苦心して応えた。

「なんかさ、あやせと一緒にモデルをやるはずの子が、なんでか食中毒で急に予定に穴をあけたらしいんだよ。怖いね、食中毒。」

きっと、それはもっと違う理由だと思うわ。
そう、言おうとして、止めた。

「そうね。他の生き物の魂を奪って生きていかなければならないなんて、人間は不便なものね。」

「いやまあ、それは仕方ないんだけどね。牡蠣にでもあたったのかな。
ま、入れよ。いつもみたいに、俺の部屋でいいからさ。」

ああ、なんてこと!
先輩が私をあの女の友人としてではなく、いつもの後輩として、私を呼んでくれたなんて!
そうして私は、高坂先輩の部屋に向かった。


先輩の部屋で、私の定位置は先輩のベッドだ。
お日様の匂いに、ほのかに先輩のにおいがする。

そこに、私の匂いを加える。

そうすると、私の住処が出来上がる。

そうやって、猫は自分の場所を次々に作っていくのだ。


やおら、高坂先輩が私に言った。

「そういえばさ、そのネコミミとシッポって、良く出来てるよね?」

そりゃあそうだ。
ネコミミとシッポ。
黒猫がどうしてその両者を持たずにここに存ることができるだろうか。
「そうよ。
言わばこれは私の物質体を構成するにあたって必要なものだもの」

先輩が続けた
「だったら、お前が桐乃にプレゼントしたものと、全く同じもの、なんだよな?」

う・・・
そう、あの女に贈ったものと全く同じものなのだ。
その装着方法も含めて。

次に先輩はこう言った。
「じゃあさ、そのしっぽ、つけるのもそうだけど、外すのも相当大変なんだろうな。」

なんてこと。
もしかしたら、高坂先輩はあのしっぽの仕掛けを知っているのかもしれない。
識ってなお、私にこのしっぽの着脱方式を尋ねているのかもしれないのだ。


「五更、じゃあさ、それ、俺が外してもいいかな?」

恐れていたとおり、先輩はこのしっぽの着脱方式を識り、そしてその着脱に異常なまでの興味を抱いていたのだ。

私はどうすればいいの?

尻部に直接装着された猫のしっぽ。
くねっくねっと動くそれは、まるでねずみのように、ハンターとしての本性を暴きだす、らしい。

今、私が"黒猫"としての存在を投げ出せば、その危機は回避できるだろう。
だが、どうして私にそんなことが出来るだろうか。

「いいわ。先輩なら。」
心を決めて私は応えた。


「抜くぞ」

「はい」
そう、先輩の言葉に応えて、私は言う。

先輩のベッドで、先輩の匂いに包まれながら、処女のまま、女として感じることの出来る全てを先輩から享受し溺れていくのだ。

先輩の男の手が私のしっぽをつかむ。

ぐい、っと、力強く、それを引っ張る。

「痛っ!」
つい、痛覚の通りに口走ってしまった。

いけない。
でも、私は黒猫。
猫である以上、その尾が無くなるときに痛みを感じないでいて?


「ん、痛かったか?
・・・おかしいな。」

そう、先輩は続ける。

どういうこと?
あの女にプレゼントしたものと同じ構造のそれは、着脱時に確実に私の臀部に痛みを与える。

だとしたら、あの女は、この痛みすらも快感として感じているというの?

悔しくて、涙が出た。

でも、それを感づかれてはいけない。

「勘違いしないで。
しっぽを抜かれる子猫が痛みを訴えないでいて?」

そう、強がって応える。

「そうだな。」
無表情に先輩が応える。

少しだけ、怖い。

「五更、いくぞ。」

「はい!」
そうして、先輩は私の尾を引き抜いた。

私自身はといえば、痛みを感じつつ、その痛みすらも快楽として受け入れ、恍惚の声を上げるほどに、堕ちていた。


そうして、その行為が終ると、先輩は言った。

「あのな、黒猫、おまえ、悪戯も程ほどにしないと。
幾らなんでもしっぽにアナルバイブはまずいんじゃないか?」

「違うのよ。」
そう、言うしかなかった。
ちょっとした悪戯も兼ねていたのは事実だが、本当は、もっと猫の尻尾らしく振舞う尻尾をあの女に贈りたかったのだ。
それは、自分の眷属を増やそう、という意思もあってかもしれない。

あの女が見ているものを私も見て、あの女が好きなものは私も好きで、あの女を私も好きで。

つ、と、涙が頬を伝う。

どうして私は泣いているのだろう。
そういえば、ずいぶん泣いたことなんてなかったな。
その代わりに泣きぼくろが私の頬にあるのかもしれないが。

ふと、先輩の舌が私の涙をぺろ、っと、舐めた。

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最終更新:2010年06月27日 22:54
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