俺の幼馴染がこんなに不人気なわけがない02



俺の幼馴染がこんなに不人気なわけがない

「…………うっ」
ジリリリリッと、けたたましく鳴り響く目覚まし時計の音がうらめしい。
まだ時差ボケが残っているせいか身体がだるいが、このまま二度寝をするわけにはいかない。
この俺高坂京介は妹の桐乃の身を案じて、数日前に桐乃が留学しているアメリカまで飛んでいき、見事説得に成功して数日後には日本へと兄妹そろって帰国した。
帰国直後の空港には黒猫が待ち構えていて、開口一番に桐乃と憎まれ口を叩きあっていた。その様を傍で見ながら、あぁ桐乃が帰って来たんだなぁとニヤニヤしていると、桐乃と黒猫二人から声を揃えて「キモい」と言われてしまい、俺は苦笑するしかなかった。
せっかく来てくれた黒猫をそのまま帰すなんて野暮なことは出来ないので、外で待っていた親父の車に乗せて送ることにしてやった。
親父は初めて生で見たゴスロリ衣装を身に纏う黒猫に一瞬言葉を失ったが、少しずつオタク業界の知識をしっかりと取り入れているので流石にその場で卒倒するまでには到らなかった。
桐乃の趣味を認めさせるために写真では一度黒猫の写る姿を見せたことはあったが、一般人には多少刺激強い格好だったかもしれない。
黒猫も帰国初日から我が家に来て久しぶりの家族水入らずを邪魔するようなことはせず、我が家に到着すると後は自分の足で帰るとだけ言ってそそくさと帰ってしまった。例の「呪い」についてお礼を言おうかとも思ったが、なんとなく止めておいた。
べ、別に恥ずかしがってるわけじゃないだからな! 思い出しただけで顔真っ赤とかそんなこともねぇから! ……そこぉ、なにニヤニヤしてんだこらぁ。あんましそんな暖かい目で見守ってると、終いには泣くぞ。
まぁそんなことは置いといて、アメリカから帰国した俺と桐乃を家で待ち構えていたものはお袋とお袋の努力の結晶が垣間見えるご馳走の数々であった。
お袋も桐乃が帰ってきてくれてやはり嬉しかったんだろう、俺の誕生日の十倍は豪華な食事を用意していやがった。正直なところとても食いきれる量ではないのだが、そんなことは誰に気にせず久しぶりの家族四人揃って食卓に座り食べることになった。
食事のあいだ桐乃は少ししかアメリカ留学の話題には触れなかった。途中で諦めて帰ってきたという気持ちがやはりどこかであるのか、その話題についてのことを言うとわかりやすいまでに言葉が詰まっていた。
俺も親父もお袋もその話についてはあまり触れないようにし、俺が代表で桐乃の心が落ち着いたてから話したくなってから話せば良いと言っておいた。
それを聞いた桐乃がしおらしく頷いて素直に「ありがとう」と言うもんだから、その可愛らしさに俺は感涙しかけてしまった。
絶対にシスコンと呼ばれること受けあいであったので、『あぁ、俺の妹はこんなに可愛いかったのか』という心の中から沸いたツイートは、一生俺の心に秘めておくことにした。俺の脳内なう。


その後はただ笑って話していたことしか覚えていない。
年に一回見たら十分であった強面親父の笑顔も、この日は腐るほど見せられた。
さて、そんな大団円が開かれていたのがつい昨日の出来事。昨日の今日で俺もいろいろとあったので、今日は一日家でゆっくり休もうかとも考えていたのだが、なんとも間が悪いことに昨日は日曜日だった。
つまり今日は月曜日で平日。早い話が俺は学校へ行かねばならんのだ。
元々俺がアメリカに行くと決めた勢いそのままに親父が許可をくれたので、冷静に考えれば俺はアメリカに居た数日間高校を休んでいたことになる。
警察に勤めている真面目な親父がこれ以上体調を崩しているわけでもないのに、学校を休ませてくれるはずもなく、昨日の夜に上機嫌な笑みを浮かべたまま明日は学校に行けよと釘を刺されてしまった。
親父よ、そんな微笑みを浮かべながら忠告しないでくれ。真顔で言われるより怖いから。
まぁそんなわけで俺は未だに気だるい身体を何とかベッドから起こし、学校へ行く準備をし始めた。

「おはよう親父、お袋」
「あぁ、おはよう」
「おはよう京介」
食卓には新聞を広げる親父の姿とお茶をすすっているお袋の姿があった。
テーブルに並べられている料理は朝食にしてはとても豪華……もとい昨日のご馳走のあまりものだ。
お袋は朝食作りでサボタージュしたというのに俺は真面目に学校である。しかしいつもより頑張った朝食のように見える不思議ッ! じゃねぇよこのやろー。レンジで温めただけじゃねぇか!
それでもいつもより箸が進むペースが速いので、文句を言えた義理じゃない。
あぁそうだよ、箸が進むペースも速いから自然と家を出る時間も早くなったさ。これじゃ欠席どころか遅刻すらしそうにないぜ。
ちなみに桐乃はアメリカ留学中も日本の義務教育制度に従って中学三年生へと進級していて、今日は月曜日なので中学校があるはずなのだが、手続きの都合上2~3日休みらしい。
昔は桐乃との待遇の差に泣いたもんだが、やつが帰ってきて早々それを思い切り突きつけられるとは思わなかったよド畜生。
「京介。学校には家庭の事情で数日間欠席すると伝えてある。学校に行ったら先生方に誤解の無いよう話をするのだぞ」
「わかった」
一晩明けてもニヤニヤが抜けていない親父に少々不安を覚えながらも、俺は短く返事をして食卓から立ち上がると真っ直ぐ玄関へと向かった。
「いってきま~す」
玄関の扉を開けてやる気なさげにそう言うと、お袋から小さく返事が来た。
やれやれ朝食作りをサボタージュしてんだから朝の見送りぐらいしてほしいもんだね。
あーあ、こんな日には俺の心のマイ・スイート・エンジェル・あやせたんといっしょに登校したいもんだぜ。フヒヒ。
……あぁん? 黒猫といっしょに……なん、だと……? コホン、諸君よ。もうそれは一旦勘弁しといてくれねぇかな!? 
ただでさえ桐乃を連れ戻すために燃やしていた闘志の炎が落ち着いて、ようやく身体の熱が下がり始めてるってのによ。また俺のお熱が上がっちゃうだろうが!
あぁ、もうさっさと学校行くぞ学校! ……あぁん? だから、別に一秒でも早く黒猫に会いたいから行くんだろとか言うなそこ! 聞こえてるぞ!!


学校に着いた俺はまず職員室へと行って、担任に今日からいつも通り授業に出席する旨を伝えた。
担任は心配そうな表情を浮かべながらも、俺の言葉に少し安心したようだった。
まぁ受験を控えた三年生のこの時期に、家庭の事情で欠席しますと俺から直接ではなく親から連絡されれば、否が応でも教師側には緊張が走るだろうさ。
その家庭の事情が、アメリカ留学している妹が心配で心配で仕方ないから説得をし帰国させるという事と知ったら、
一体どんな顔をされるだろうかと思いながら、俺はその事情の内容についてはぼかしを入れながら話をした。
担任も俺がわざと内容をぼかしているのを話しづらい事情があるのだろうと悟ったらしく、細かい内容についての追及はせず、ひとまず安心したと笑顔を浮かべながら俺を解放した。
帰国直後の疲れが抜けていない俺はこれ以上の精神的負荷がかからなかったことに歓喜した。
長々とめんどくさく追及される可能性もあったし、実際にそうなっていたら相手の追及をかわすのはとても骨が折れる作業だったに違いない。
俺は軽い足取りで職員室を後にして、数日振りにのぼる校舎の階段を一段一段踏みしめながら我が教室へと入っていった。
「おーっ、大丈夫だったか高坂?」
「あぁ……まぁいろいろとあったが大丈夫だ。もう問題ない」
教室に入ると一番に赤城が話しかけてきた。柄にもなく心配そうな面しやがって、ちょっと嬉しいじゃねぇか。
……しかし、今この胸に浮かんだ喜びは絶対口にしないことにしよう。
こいつの妹の瀬菜が聞いたらまた変な妄想で悶えるに違いない。
何度か見たことあるが、あいつの眼鏡の下に浮かぶグヘヘと笑う表情は思い返すだけで背筋が震えそうになる。
偏見を無くそうと思えばそういう方面にも慣れればならないのだろうが、逆に慣れてしまう方が問題の気もするので難しい。
…………ん? ふと瀬菜の顔を思い浮かべたとき、どことなく今の自分に違和感を覚えた。
アメリカから帰国してようやく普段の日常に戻ったのに、まだ俺が本調子じゃない気がするのは単なる時差ボケではあるまいに。
瀬菜かー、瀬菜と言えば……やっぱしあの巨にゅ……よりも先に眼鏡だな眼鏡。うん、ビバ眼鏡である! しかし俺にとって眼鏡といえばやっぱり。
「あれっ、そういや麻奈実はどうしたんだ?」
やれやれ、眼鏡を思いうかべてようやく麻奈実を思い出すとは、俺も随分疲れがたまっていたらしい。
冷静に考えてみれば今朝は登校するときも会わなかったし、普通数日間学校を休んだ後に学校へ復学したらまず一番に話すのは麻奈実だろうが。
麻奈実という俺の中での絶対的不動な地位にいるあいつは、俺にとっての心のオアシス、隣に居るだけでその場所が癒しの空間となりえる幼馴染だ。
そうか、俺が本調子じゃないのは数日間一言も麻奈実と会話をしていないからだ。そうだそうに違いない。
しかし麻奈実を探そうと教室中を見回してみるが、その姿はどこにも見当たらない。

すると赤城が驚いたような表情で俺に迫ってきた。
「えぇっ? いやっ、それは俺が言いたかった台詞なんだが……」
「はぁ、なんだそりゃ?」
まじめな声を出すな息を吹きかけるな顔が近いんだよ気色悪い。
赤城の驚いた表情に驚きたいのはむしろ俺のほうである。
俺が言いたかった台詞だと。なんだ、麻奈実に何かあったのか?
「……いや、知らないなら良いんだ」
「良くねぇよ。俺が休んでる間に麻奈実に何かあったのか?」
「いやまぁ大したことじゃないんだが。田村さんも学校休んでんだよ」
「いつからだ?」
「お前が家庭の事情で休み始めた日から今日までずっと」
なんてこったい! せっかく平和な日常に舞い戻ったと思っていたのに、
その俺の求めるいつもと変わらぬ平穏平和な日常をその身体で体現しているとも言える麻奈実が学校を欠席しているだと。
アメリカに行っている間は連絡をとるほど心の余裕は無かったし、帰国した昨日もいろいろあって麻奈実の近況を知るすべなどなかった。
「だからさ、みんなで噂してたんだよ。お前と田村さんがかけおちでもしたんじゃねぇかって」
「はぁ!? なんでそうなるんだよ!」
その発想が一番の驚きであった。
確かに麻奈実との仲はすこぶる良好であったが、二人が同時のタイミングで長めの欠席をしたらかけおちした勘ぐるとかおかしだろそれ。
あーそういえば前に俺と麻奈実はクラス連中からすれば付き合っているようにしか見えないらしいな。
ちくしょう。こうなったらクラス中に広がる朝の小さな喧騒も、
麻奈実とかけおちしたはずの俺が一人で学校に来ていることについて、ひそひそと論争しているように思えてきたぜ。
ちょっとした男女の友情をすぐさま恋愛認定とか、発情期の犬かって話だ。
「良いか赤城。もう一度言っておくが、麻奈実と俺はそういう関係じゃないんだ」
「へいへい、わーったよ。そういうことにしとけば良いんだろ」
「だーかーらー」
あーあ、もうこの先は聞いてないな。そういう顔してやがる。
やれやれと思いながら俺はいたしかたがたなく麻奈実が来るのを期待して、
ホームルームが始めるまでの時間を赤城とのたわいも無い会話で過ごすが結局麻奈実は担任の先生が教室に入ってきても登校してくる気配は無かった。





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最終更新:2010年02月24日 00:03
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