俺の幼馴染がこんなに不人気なわけがない04


俺の幼馴染がこんなに不人気なわけがない

俺は自宅を華麗にスルーして歩いて行き、商店街のなかにある一軒の店の前にたどり着いた。
いつもなら麻奈実と雑談しながら歩いて到着するのが、この俺の眼前にある和菓子屋田村屋なのだが、当然のごとく今日は俺一人で静かにここまで来た。
やけに学校から田村屋までの距離が短く感じたのはいつもの雑談が無かったからだろう。
いや、決して早歩きで来たから短く感じたとかないからね。途中で少し走ったのも赤信号に変わりかけた横断歩道だけだからね。
べ、別に寂しくて一秒でも早く着きたかったとかないんだぞ!
……はぁ、最近俺は自分で自分の首を絞めることがやけに多くなった気がする。
くやしい…! でも…感じちゃう! という性癖を持った記憶は無いのだが。
まぁくだらない言い訳はここらへんにしておこう。
あぁそうだよ。高校生にもなって放課後に全力疾走だ、文句あっか。
やっぱり素直に心配なわけだ。どんなに落ち着こうと考えても身体は正直だ。一秒でも早く麻奈実を見ていろんな意味で安心したかった。
いつ見ても二十一世紀から取り残されたかのような古風なたたずまいをしている田村屋の店内を覗いて見ると、珍しくカウンターのところで店番をしているロックの姿があったので俺は勝手口に回らず直接正面から田村屋に入ることにした。
「おうっす、ロック。久しぶりだな」
「……おー、あんちゃんか」
こいつとは久しぶりに会ったがいつの間にかヘアースタイルを五厘刈りで定着させたらしい。しかしながらいつもと比べ様子がおかしい。
いつものこいつはどれだけ売っても売れ残るほどのハイテンションの持ち主だ。それなのに今日は俺が話しかけても反応は鈍い。
おまけに旧式のレジスターがある会計台に突っ伏した状態で、顔をあげるようともしない。
なんだなんだ、ロックよお前まで風邪かなんか引いたのか?
まさか俺の知らない間に田村家では何か凶悪なウィルスが大横行していたというのか。
今にも五厘刈りから毒キノコが生えてきそうなほどのどよんどした空気が流れる店内であったが、それまで半死のような状態であったロックの身体が突然ビクリと動き、がばぁっと顔を上げる。
「……ぁ、あ、あ、あああんちゃん!? 本当にあんちゃんなのか!!」
「うぉっ!? なんだ、なんだってんだよ急に」
突然死者が目覚めまるで親の仇を見るかのような目で睨みつけてきた。なんだロックのやつ元気じゃねぇか。
「あ、あんちゃん! もう、お、おっ、おっおっおっおおっ……」
「おっ、落ち着けロック!」
いやいや冗談じゃなくやばいって! 瞳孔開いんてじゃねぇっのって勢いでロックの両の目が見開いてやがる。
しかも呂律も回っていないもよう。第一おっおっおっを言いすぎだろ。
…………なんだ? まさかこいつこの後、「おえぇぇぇっ!」つって吐くんじゃねぇんだろうな!?
いやもうなんかそんな空気がするぞ! この奇行というかおかしい振る舞いは体調がおそろしく悪いゆえの行動としか思えない。
これは実にまずい。マジで泣きたい五秒前! だがしかしこのまま何もしないほどあきらめの悪い俺ではなく、バケツかなんかねぇのかと店内を見回した。
そうしてロックから目を離した次の瞬間、俺にとって想定外の出来事が起こった。

「遅えぇんだよあんちゃんのバカヤロー!」
凄まじい音量の罵倒が俺の両耳に鳴り響く。よもやロックに本気でバカ呼ばわりさせる日が来ようとは。
さっきまでのあれは「遅えぇんだよ」って言いたかったのね。吐しゃ物と共に「おえぇ」じゃなくて良かったよ。
ただし俺の顔には思いっきり叫んだロックのツバが大量にとんできたけどね。
「バカはてめぇだコラァ! 汚えぇじゃなぇかよぉオイ!」
俺はただちにカウンター越しにいるロックの五厘刈り頭に対してヘッドロックをかけてやった。
「あいたたたぁっ! あんちゃんロープロープッ!!」
身体がカウンターの向こう側から引っ張られて大変痛々しいことになっているが、いつもかけているプロレス技と同じくらいの力加減にはしておいてあるので大丈夫だろう。さぁ俺にかけたツバと同じ量の涙を流してもらおうかロックよ。
しかしながら、さっきのロックが叫んだ内容の意味は理解できたぜ。
麻奈実が体調を崩してずっと学校を休んでいたのに何でもっと早くお見舞いに来ないんだって言いたかったんだろう? なんだかんだで姉想いなやつである。
でもそのことについて麻奈実からちょっとした小言を言われるならまだしも、お前にマジギレされるのはお門違いだろうが。
「あのなぁ、俺にだっていろいろ都合ってもんがあるんだよ。特に最近はいろいろあってな、今日になってようやく一段落着いたところなんだ。それで、麻奈実の調子はそんなに悪いのか?
ことと次第によっちゃ今すぐ麻奈実の部屋で看病しはじめる気マンマンだから、さっさと現状を教えやがれ」
俺は長々しくそう言い終わると同時に、ロックにかけていた技をほどいてやる。するとロックは技から開放されたことよりも先に、重要なことを思い出したと言わんばかりの表情で俺に詰め寄ってきた。
「そうなんだよ! ねーちゃんがおかしいって言うか……なんつうかさぁ、とにかく変なんだよ!」
まじめな声を出すな息を吹きかけるな顔が近いんだよ気色悪い。本日二度目のこのセリフである。
それにしてもロックがこれほど狼狽するとは珍しい。どうやらすぐにでも麻奈実の様子を見に行った方が良さそうだ。
「これロック、うるさいわい! ……って、きょ、きょ、きょ、きょうちゃん! お、お前さんって奴はお、おっ、おっ、おっ、おっ、おおぉっ!」
「まじめな声を出すな息を吹きかけるな顔が近いんだよ気色悪い。それと遅くて悪かったなジジイ。ロックみたいに叫んだら、奴と同じ目にあってもらうぞ。それで、ジジイの目から見て麻奈実の様子はどうなんだ?」
おそらく今の麻奈実より元気であろうご老体が店の奥から出てきて同じ事の繰り返しになりそうだったので釘を刺しておく。
俺の目の前までわざわざ迫ってきた麻奈実のジジイは、喉元まで来ていたであろう叫びを押さえこみながら、俺の質問にしっかりと返答してきた。
「麻奈実の様子がおかしいって言うか……なんというか、とにかく変なわけよ!」
「ロックの言ったのと同じ情報しか含まれてねぇ!?」
「えぇ!? ワシってばロックと同じこと言ったの? マジでショックなんですけど!」
こいつらは本当に家族みんな天然揃いだなオイ! あーあ、ロックが「えっ!? 爺ちゃんが俺と同じこと言ったよ。マジでショックなんですけど!」って顔をしてやがる。
しかしまぁ、こんなところでこの二人のリアクション芸に付き合ってやるほどの暇も心の余裕も無さそうだ。
ひとまず俺は爺さんが出てきた居間と店内をつなぐところで、俺の顔を見て天の救いを求めるかのような視線を向けてくる麻奈実の親父さんとその後ろにいる婆ちゃんに小さく会釈をした。


田村家の居間には買い物に出かけた母と麻奈実を除いた四人と俺が机を中央に皆それぞれの顔が見渡せるように座る。
婆ちゃんが入れてくれたお茶を少し口にするが、いつもより温度が高い気がしたので冷めるのを待つことにしよう。
居間に座った俺は役に立たないロックとジジイを尻目に、親父さんから聞かされた話を頭の中で整理しながらある一つの結論にたどり着いた。
「それって……引き篭もりってことか?」
麻奈実の親父さんから聞いた話によると、俺がアメリカに飛び立った日から麻奈実の様子はおかしくなったらしい。家に帰ってくるやいなや何も言わず二階の自室に飛び込んでいったそうで、何か急ぎの用でもあったのかとさして誰も気に止めなかったらしい。
しかし、夕飯の時間になっても姿を見せずロックが呼びにいったが部屋から出てくる気配は無く、麻奈実が部屋から出てくるのはトイレか風呂に入るときだけだそうだ。
「まぁ今時の言い方だと、それが一番正しいんだろうねぇ……」
俺の言葉に婆ちゃんが困惑した表情でそう返した。
それにしても麻奈実が引き篭もりをするなんて俺は未だに信じられない。
俺の知る限り麻奈実は精神的に病んで病んで参っちまうなんてたちじゃないし、俺がアメリカに行った日から引き篭もりはじめたというのだから、あいつが何かもの凄く気の病むような出来事が起こった記憶も無い。
「本当にどっか身体が悪いってことはないんだな?」
「それは間違いないってあんちゃん。みんな心配して病院に診てもらおうかって言ったら、ねーちゃんが部屋の中からだけど『身体は本当に大丈夫だから!』って、すっげぇ強く言ってきたしさ」
「ふーん……飯はどうしてるんだよ? トイレと風呂のときしか出てこないんだろ?」
「お盆にのせてねーちゃんの部屋の前に置いとくんだよ。……でも、ほとんで食ってないみたいだ。ご飯もおかずも半分以上残してるし」
「なんだよそりゃ、やっぱ病気なんじゃねぇのか? 無理矢理にでも部屋に入って、様子見たほうが良いだろうよ!」
「それが無理なんだよ。ねーちゃんがどうしても一人になりたいって言うんだから。一回だけ無理矢理入ろうとしたんだけど、そしたらねーちゃん中から凄ぇ声で絶対入っちゃだめって叫んだんだ。俺、ねーちゃんがあんな大きい声出すの初めて聞いたよ……」
「むっ……そうか。…………チッ」

あまりの苛立ちと歯痒さに俺は思わず舌打ちをしてしまった。どうやら今までには無いほど麻奈実は不安定な状態らしい。
実際にその声を聞いたわけではないが、その異常さは話だけでも片鱗が伝わってくる。
なんせこんなしょぼくれて心配そうな表情のロックは初めて見たからな。
なぜこんなことになってしまったのか、俺にはまったく思い当たる節が見当たらない。それ故に明確な改善の方法も思いつかない。
しかも俺がアメリカに行った日に引き篭もりはじめるという、まるで悪魔的に絶妙なタイミングである。
原因がわからなくても、引き篭もりはじめた初日から毎日通っていれば麻奈実は今頃普通に過ごしていることが出来たかもしれない。
例え引き篭もりが続いていたとしても、麻奈実の心に何らかのアプローチはかけれたはずだ。
俺のアメリカ行きの件を麻奈実は知らないから、結果的には俺がずっとあいつを放置していたことになってしまう。というか、麻奈実にそうとられてもおかしくない。いや、おそらくあいつはそう思っているだろう。
今日の昼にかけた電話に出なかったということは、散々知らんぷりを決め込んでおいて何を今更という許せない気持ちだったに違いない。
そう考えたら、俺にはこの場にこれ以上一秒でも長く留まっていることは本能が許してくれなかった。
「……行ってくるぜ。麻奈実の部屋に」
すっかりぬるまってしまった婆ちゃんが入れたお茶をズズッと一気飲みをして、俺は力強く立ち上がり居間から廊下へと歩きはじめた。
気づいたことがある。どうやらお前の入れてくれたお茶じゃないと、俺の口には合わないらしい。
田村家の面々は俺を止める気は無い。むしろこの未曾有の危機を唯一解決できるかもしれぬ英雄の出陣を見守る平民のように、期待の込められた視線を送ってきているようだ。
他人に話したら、家族すら入り込む余地が無いのにたかが幼馴染が何になると鼻で笑われるかもしれない。
だがな、そんなことを言う輩には俺からはこの一行をメール便で百通ぐらい送ってやる。
たかが幼馴染、されど幼馴染だ。
その一行は、言うなれば長年培ってきた俺と麻奈実の絆がなせることだろう。
想像してみろよ。大して変わった会話も無く、いっつも同じようなゆったりとしただけの日々を何年もの間過ごして、飽きることなく大学までいっしょに行こうとしているんだぜ?
しかも大学卒業後でも、きっと今までと変わらない日が続くと心のどこかで思い期待している。
悪いがもう俺と麻奈実はすでに家族みたいなもんなんだよ。
……あぁ、心の中でとはいえ何て恥ずかしいこと言わせやがる。こんな状態にならねぇ限りと二度と言わないからな。
田村家の二階にある麻奈実の部屋に行くために階段を上りながら、俺が行けばきっと大丈夫などとまるで暗示か何かのようにずっとそう唱えていた。





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最終更新:2010年03月01日 12:57
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