とある日、俺は学校帰りに某有名アルファベット書店に立ち寄った。
特に理由はない。
が、強いて言えば、麻奈実が急ぎの用事で「一緒に帰れなくてごめんねぇ」と先に帰ってしまったからだ。
ついでだし、参考書でも見てみるか。 まあ、どうせすぐ飽きて雑誌コーナー行くだろうけど。
みたいなことを適当に考え自動ドアを通る。
すると、そこには――
「げ」
とか言いつつ、眉を曇らせ明らかに嫌そうな顔をしたラヴリーマイエンジェルあやせたんがいた。
やべぇよ、そのちょっとグロい物見ちゃったなぁ……みたいなゲッソリした顔も可愛いよちくしょー嫁にしてぇよあやせたんハァハァ!!
「あやせぇぇぇー!!」
瞬間的に気分が最骨頂まで持ち上がった俺は、ところ構わず勢い良くあやせに襲いかかろうと、もとい抱きつこうと両手を広げて駆け寄る。
「いやぁぁぁ変態ィィィィ!!」
バチコーン!!!!とあまりにも派手な音を鳴らしながら渾身のビンタを浴びせてきた。
そのまま身体ごと吹っ飛ばされる俺。え、60kgってそんなに軽かったっけ?
……つか超痛ぇぇぇ。でもあやせたんのビンタならハァハァ……ってイカン!!
俺は妹の大切な親友にナニをやらかそうとして、そのうえナニをされてんだ!?
くそぅっ……これじゃ俺は真性の変態野郎じゃねぇかっ!もうやだ死にたい死にたいあやせに嫌われるとか超ムリもうどうでもいい
何もかもどうでもいいああでもあやせにもうちょっと好かれたかったかもああでもでもでもでも
「こ、今度の今度こそ本気で通報しっ、ま……?」
あやせが何か言ってるやきっと通報するとか何とか言ってるんだろうけどもういいやあはは俺ってばどうしてこうなったどうしてこうなった
「あの……お兄さん?」
ぬ!?
なぜかは知らんが、あやせが心配そうに(ちょっと距離をとられてるけど)こっちを見ている。
やっぱりお前は天使かっ!あやせたんはてっ……いや、いやいや、落ち着け俺。
年下の女の子の前で、こんな惨めな姿を見せるもんじゃないぞ京介、男ならしゃっきりしろ。
……ふぅ。 とりあえず深呼吸を一つ。
多少なりとも冷静さを取り戻し、再びあやせt……じゃなくてあやせに向き直る。
「ひっ……」
え、なんか引かれた。
いや当たり前か!キモいもんな俺!
「正直すまんかった」
とりあえず深くふかぁく腰を曲げて謝った。
もう手遅れ感が半端じゃないけどなっ(涙)
「い、いえ、別に……いつものことですし」
まだ警戒を解いていないあやせは、ぎこちなく相槌を打つ。
つかそんな風に思われてたのか俺!?
近親相姦上等の変態兄貴ってだけでなく偶然通りすがった女の子に襲いかかる真性の変態野郎ってイメージまで持たれてんのか!?
こいつぁまじで取り返しつきませんねまじで!
「……そ、それで、まあ、えーと……奇遇、だな」
辛すぎるので強引に話を変えてみる。
「……そうですね。 えぇ。 できれば会いたくなんてなかったですけど」
さらりと言ってのけるあやせ。
「くうぅ、相変わらずきっついなぁ……」
正直泣いてしまいたい。
「……で、あなたみたいな人が、この本屋に何の用ですか?」
「みたいなとか言うなっ。 ……まあ、普通に参考書探しだよ」
「普通に参考書探してたら、出会い頭にわたしのこと襲うんですか? やっぱり変態じゃないですか。 通報しますよ?」
淡々と罵倒を繰り出すあやせに、バツの悪い気持ちになりながら、
「いや、お前にしかこんな反応しないし。 ってか、お前が可愛いのがいけないんだ。 うん、そうに違いない」
適当に責任転嫁してみた。 まあ、嘘は言ってない。
「なっ、何を言ってるんですかっ。 そんな調子の良いこと言ったって騙されませんからねっ」
意外に利き目があったみたいだ。
なんとなく顔が赤くなってる。
この調子ならどうにかさっきの醜態は見逃してもらえそうだな……。
どうでもいいが、本当にどうでもいいがもしさっきのコトが桐乃に知れたら、最悪ぶっ殺されてしまいそうな気がして……ぞっとする。
「そういや、あやせは何の用だったんだ?」
「……言わなきゃだめなんですか」
「いや、無理にとは言わないが……ってか、俺と話すのそんなに嫌か?」
「嫌ですね」
キッパリ言いやがったよこいつ!! 悪びれもせず!!
……でもまあ、それなら仕方ないな……これからはちょっと自重しよう。
よくよく考えりゃ、大事な親友の兄が大変な変態だったら、そりゃ嫌にもなるか。
それは、悪いことをしてきたなぁ……。
「そうか……悪かったよ、これからは慣れ慣れしく話しかけないようにする」
「……え……」
「……邪魔して悪かったな。 そんじゃ、俺は帰るよ。 これからも桐乃をよろしく頼む」
「あの、ちょっ」
ずうん、と肩を落としながら回れ右をして本屋を出る。
振り向き様に見えたあやせの表情はやけに驚いてたというか、呆然としていたようだが、まあ、恐らく気のせいだろう。
……あれ、何で俺は本屋になんて寄ったんだ?
まあいいか。 家に帰ってジュースでも飲みながら適当にゴロゴロしよう。
そういや、また桐乃からコレやれアレやれって命令されてたっけな。
ちょっと癪だが、暇つぶしには丁度いいかもしれん。
よし、忘れよう。 エロゲーやって、今あったことは全部忘れよう。
なんか、俺一人だけ舞い上がってたみたいでバカみたいだし、何よりあやせの気持ちも考えてないデリカシーな振る舞いだったし。
お互い、距離を置いて忘れてしまった方が幸せだろう。
よしそうしようそうしよう。
―――
――
ぼーっとした頭で、繰り返し同じことを考えてたら、いつの間にか家の前に着いていた。
うん? 俺、いつの間に帰ってきてたんだ?
まあ、それもどうでもいいか。
手を洗って、うがいして、制服脱いで、私服に着替えて、PCを立ち上げる。
表示されたウィンドウのアイコンを適当にクリックして、愛らしいポップ調の音楽と共にソフトが展開されていく。
ありきたりなプロローグに目を通し、淡々とストーリーを進め、選択肢を選んで。
俺はただ無心に、黒髪ロングのあやねちゃんを攻略して行くのだった。
バイブレーションで震える携帯にも気付かずに。
最終更新:2010年07月26日 12:18