「京介どの、それは何を見てるのでござるか?」
俺の自室で@ω@の顔を作りながら沙織が何の気無しに聞いてきた。
今日は何かの都合か黒猫はいない。桐乃はモデルだとか。
すると部屋には俺と沙織の二人っきりであるのだが、特別俺の方からは意識はしていない。
全くない、といえばもちろんウソになるのだが、「この」沙織はおそらく俺の知り合いの少女達の中で最も自然体で話せるやつだ。
つい先日その素顔と本質を知ったときは良い意味で驚愕したが、それはそれとしてこの少女は気配りや配慮を欠かさない常識人であることは俺が―俺達がよく知っている。…たまにズレた答えを返すこともあるが。
ゆえに、沙織と二人っきりで居てもよくも悪くも俺は男の親友感覚で話せるのである。
「単語帳だよ」
前置きが長くなったが、俺はこの猫口娘にややそっけなさげに答えた。
「英単語でござるか?」
「ああ。俺も受験生の端くれなんでな」
「左様でござるか」
沙織はωを崩さずに頬に人差し指を当てた。
「なら、拙者が読んでご覧にいれよう。拙者、これでも英語は得意なのでござるよ」
「ほう?」
それは初耳だが、何となく得心できる話だ。なにせあれだけの屋敷をもつブルジョワなら何かしらの英才教育がされていてもおかしくはない。
「こういうものはえてして二人でやった方がはかどるでござろう?」
「違いないな。じゃあ頼もうかな」
そう言ってカードの束を沙織に渡そうと手を伸ばそうとした瞬間、京介にちょっとした悪戯心が働いた。本当に大した考えはなかったのだが。
「じゃあこれ取りに来てな」
「む、座ってるレディーを動かすとは関心しませんな。最近の京介どのは怠惰で困る」
どこかの尖兵のような言葉を吐きながらも取りに来てくれるこいつは本当にいい女だと思う。桐乃だったら徹底的な罵声が飛んできているところだ。
俺は沙織が近付いて伸ばしてきた手に手を重ねると見せかけて、腕の勢いを殺さずさらに上へと向けた。狙いは、沙織の眼鏡だ!
水鳥のように流れる動きで俺の右手は沙織の眼鏡を搦め捕り、ついでに空いていた左手に単語帳を移し替えて沙織に握らせた。
@ω@から@が外され、その端正な顔が顕わになる。ωのままで。
「え…ぁ…」
沙織も俺がこんなことをするとは思っていなかったのか、頬の緩みが少しずつ消え、対比して瞳が潤み顔が紅潮していった。
(やばっ、怒ってる!?でもやっぱ沙織って綺麗だよなぁ…)
あまりに上手く行きすぎた反動か気が緩んだのか、京介は後半部分を無意識に声に出してしまっていた。沙織の羞恥心がさらに膨れ上がる。
そして爆発。
「きょ、きょ、京介さんっ!わ、私にっ――」
眼鏡を、と言おうとする前に身を乗り出した沙織に、ほぼ放心状態だった京介はそのまま座っていたベッドに横になるように押し倒された。ついでに豊満な胸元に顔を挟まれる格好になる。
「………」
「………」
思いもよらぬ事態に、二人は互いに見つめ合ったまま固まってしまった。
最終更新:2010年07月30日 22:52