6-94



――翌日。
 俺は麻奈実から告げられた通りに、とある場所へと足を運ばせていた。
 もちろんそれは、我が高坂家のすぐ近くにあり、交番がすぐ裏にあるというあの公園のことだ。
 名前は……なんつったかねぇ? そこまでは覚えてねぇや。
 ちなみに、俺は一人でやってきた。
 迷いに迷った末、桐乃には何も伝えずに。
 ……本音を言えば、ここへ来るのが本当に俺で良かったのか、未だに自信がない。
 しかし、電話の時の麻奈実の口振りは、主語こそ出さなかったものの、暗に俺を呼んでいるように聴こえた。
 だから、それはつまり……えー…………どういうことなんだろうね?
 ……む、そこのお前今ため息吐いたな? しかも呆れ顔をしやがったな? ああそうだよ俺は空気読めないよごめんなさいね全く!
 ……まあ、そんなこんなで、一晩中頭を悩ませた末に俺だけで良いんじゃね?という結論に至ったわけだ。
 ……いや、良かったのかねぇ?
 ってうわー……あーだこーだ考えてるうちに目的地に辿り着いちまった。
 しかも約束より10分くらい早ぇ……。
 辺りを見渡してみたが、公園には誰もいなかった。
 ぬぅ……まだ来てねぇか。
 幸か不幸か……いや、変に緊張してっから、気持ちを落ち着ける意味では好都合かもしれない。
 ……にしても、“直接会った方が良い”、か……。
 麻奈実的に、それはどういう意図があっての発言なんだろうね?
 …………はぁ。 無理だ、無理無理、超無理。 全く意味がわかんねぇ。
 いくら頭を捻っても、理由なんぞ想像できん。
 なぜか思い浮かんでくるのは、あやせにしたセクハラ発言の数々だ。
 ……あ、もしかしてそれについて土下座しながら血の涙流して謝罪しろってことか?
 あー、うん、なるほどそれなら確かにあり得るな、あ、いやでも今さらそんな――


 ――到着してから数分が経った。
 ベンチに腰掛けながら妹の親友を待っていた俺は、公園の入り口でキョロキョロと誰かを探している様子のあやせを発見した。
 遠目でよく見えないが、なんとなく不安そうに見える。
 俺は立ち上がり、おーい、と手を振った。
 すると、怪訝そうに振り向いたあやせはギョッとした表情で固まった。
 え、ちょ、なに、どうしちゃったのあやせさん?
 何やら様子がおかしい。 俺は不安になって小走りで駆け寄ろうとしたら――


 ドスンッ

 それより早く、何かが俺にぶつかった。 ……いや、正確には、抱き付かれていた。

「あ、あやせっ……!?」

 あろうことか、あのあやせが、出会い頭に俺に抱き着いているではないか。
 “あの”という辺りに注目してもらいたい。
 それほどまでにこの状況は異常だ。
 ドッキリでした~!とか言うオチじゃ――
「お、兄さぁん……」
 ……なさそうだった。
 何故なら、あやせの声色や、見上げてくるその表情からはまるで冗談っぽさが垣間見えなかったからだ。
 あやせは今にも泣きだしてしまいそうな表情で、母親とはぐれた子犬のようにプルプルと震えている。
 何が起きているのか、俺は状況を掴めずにいた。
「あやせ……何があった?」
 俺がそう言うと、ぽかぽかと胸を叩かれた。 全然、痛くない。
「誰のっ、せい、ですかっ……」
 へっ? いや、そう言われても……。 何かしたっけか、俺。
 困惑顔であやせを見下ろす俺は、なし崩し的にあやせの肩を抱き締めていた。
「……うぅ……お兄さんは、鈍感過ぎますっ」
 またぽかぽか。 なぜか胸にグッサリ刺さるその言葉に俺は苦笑いを浮かべる。
「……えーと、あやせ?」
「謝ったって、許してあげませんからねっ……」
 目にいっぱいの涙を堪えながら、俺を上目遣いで睨み付けてくるあやせ。
 あれ……あやせって、こんな表情する子だったっけか……?
 新垣あやせ。
 ……桐乃のことになると、周りを顧みなくなる暴走少女。
 若しくは、三次元に舞い降りた癒しの天使ラヴリーマイエンジェルあやせたん。
 まあ後者は半分冗談だけど、俺があやせに対して抱いていたイメージは、確かにそんな感じだった。
 だが今はどうだろう。
 今、俺の腕の中でシュンとなってる少女は暴走少女でも、あやせたんでもない。
 本気で抱き締めたら、簡単に壊れてしまいそうな……そんな儚げな女の子だった。
 ……あやせが何を思って、こんな行動に出たのかは、未だによくわからないけど。 ただ――
「……なぁ。 何をすれば、許してくれる?」
 俺はこの子に謝らなきゃならない。 そんな気がした。
 するとあやせは、顔を赤らめて、

 拗ねた子どものように言った。

「…………頭を、撫でてくれたら……ちょっとだけ許します」

 ずっきゅーーん!!
 そんな効果音が聞こえそうなほど俺はドキッとしちまった。
 潤んだ瞳で睨み付けてくるあやせ。
 正直、そんな目で睨まれるのは妹に睨まれてる時とは別の意味で辛いっ。
 なんかすげぇ恥ずかしいっ!
「……んなことで、いいなら」
 そんな心情を誤魔化すように視線を逸らして、優しくそっと頭を撫でた。
 わしゃ、わしゃ、わしゃ、わしゃと手を動かす。
 あまり詳しくはないが、艶のある髪だと思った。 確か、艷髪とか呼ばれるんだろ、こういう髪ってさ。
「んっ……」
 あやせは目を細めて、微かにはにかみながらもぞもぞと身を捩った。
 ……正直、以前までは(失礼ながら)あやせのことを狂犬のように思っていたけど、今はなつっこい子犬のように愛おしく思える。
 一言で言うと可愛い。 二言で言うと超可愛い。 三言で言うと超絶かわ……もういいか。
 俺は手を離すタイミングが掴めず、継続して撫で続けているとあやせは、
「……えへへ」
 と、照れ臭そうに笑みを溢した。
 こ、これはっ……可愛い過ぎるだろ常識的に考えてっ!
 何やら幸せそうに笑うあやせに、俺の心臓は激しく早鐘を鳴らしていた。
 胸も、心臓も、今までになく高鳴っている。
 心なしか息苦しさすらも感じる。
 いっそのこと、この娘を力いっぱいに抱き締めたい。
 そんな衝動に駆られてしまう俺だが、その前に――

「……あのさ」

 ――しなくちゃならんことがある。

 そっとあやせの肩に手を乗せ、真面目な声色で語りかける。
 するとあやせは一目見てはっきりわかるほど、急激に顔を赤くさせた。
「……は、はい」
 多少、戸惑っているようだ。
 ……まあ、この際それはどうだっていい。
 今、俺にとって大事なのは、そう――

「すまん……悪かった」

 謝ることだ。
 誠心誠意、心を込めて。
「へ……?」
 一瞬あやせはキョトンとしてから、相変わらず涙を堪えた目で睨んできた。
「……ゆ、許さないと、言いました」
 ああ、知ってる。 別に、許されなくても構わない。
 構わないが、しかし、それでも……俺がこの娘に嫌な思いをさせてしまったのなら、謝るべきだ。
「わかってる。 これは俺の自己満足だ。 んなこたぁ、わかってるつもりだ。 ただ――」

 そう、ただ、一つだけ譲れないとするならば、

「お前に……あやせにそんな顔をさせたのが俺なら、やっぱり謝りてぇんだ。 俺は、お前に笑っていてほしいから――ごめん」

 俺は睨みつけてくるあやせを真正面から見つめ返し言い放った。
 数秒の間が空き、あやせは目をパチパチさせてから悔し気に顔を歪めた。
「な、何で、そうなるんですかっ……おか、おかしいですよそんなのっ」
 突然なにやら叫び始めたあやせ。
 ……いや、気恥ずかしい台詞を吐いた気はするが、そんな変なことは言ってないはずだ。
 なおもあやせは続ける。
「わたし……わたしお兄さんに散々ヒドいこと言いましたよ!? いっぱいいっぱい言いましたっ、さっきだって、さっきだってわたしはっ……あんな、ずるいことを……」
 苦悶に満ちた表情であやせは言う。
 ……正直なところ、あやせの言葉にいまいちピンと来ない俺がいる。
 ずるいってなんだ?
 ……まあ、確かにあやせには罵倒されたり張っ倒されたり通報されたりしたが、それらには全て理由があったじゃないか。
 たいていは桐乃のために、という理由が根底にある行動であって、その中で俺がちょっとした外れクジを引いただけの話だ。
 それに、最近は俺の自業自得な面が(非常に)強いと思うしな。
 だから、あやせが気に病むようなことは何もない、と俺は考えていたんだが……あやせ的には違うらしい。
「……なのに……何で、何で、そんなわたしに優しくできるんですか……悪いのは、全部わたしなのにっ……」
 言いながら、俯き気味になっていくあやせ。
 ……思い込みの激しい性格ってのは、こうも偏った思考になるのかね?
 いや、あやせが特別、そういうのに過剰なだけか。
 自己嫌悪なんぞに陥る必要、どこにもないってのにな……。
 ったくよぉ……今さらそんな心情を吐露されたって、こちとら全然嬉しくないっつーの。
 むしろ、ちょっと寂しいくらいだ。
 ああいう馬鹿みたいなやり取りは、コミュニケーションの一環ですらなかったのかよ……ってな。
 ……いや、まあ、ここ数日は俺も別の意味で自己嫌悪に陥ってたわけだが。

「……うぅっ……ぐすっ……」
 あやせは叱られた子どものように肩を震わせながら、我慢してた涙をポロポロと溢れ出させた。
 俺はかける言葉が見つからず、ただただあやせの泣きじゃくる様子を眺めている。

「……本当は……嫌なんかじゃ、ないんです、お兄さんと話すのが……」
 ……へ?
「いっつも、いっつも……わたしは、ヒドいことを口走りますけど……で、でも、本当は……わたし」
 ま……待て待て、なんか展開が早くて着いていけな――

「お兄さんと一緒にいるのが……楽しくて仕方ないんですっ……」

 陥 落 し ま し た 。

 ガバッ

「え…………?」

 それはあやせの戸惑いの声だった。
 無理もない。 何故ならそれは、俺があやせを抱き締めたことで発せられたのだから。
 あやせは、目をぱちくりさせて激しく狼狽えている。
「な、なにしてるんですかっ……」
 俺は答えない。 代わりに、背中に回した腕の力を強めた。
 そんな中、あやせは小さな抵抗を見せる。
「やっ、よしてくださいっ……あ、あなたにはお姉さんやき、桐乃がいるじゃないですかっ、冗談でもこんなっ、こんなことっ……つ、通報しますよっ!?」
 肩越しに、決まり文句で威嚇してくるあやせ。
 ふん、何とでも言いやがれ。 俺はもう、腹を決めたんだよ。 一方的にな。
「な、何でっ、こんなっ」
 背中をぽくぽく叩かれる。 けどやっぱり、痛くない。
「ど、どうせ、また本気じゃないんでしょう? お兄さんはいつもそうやって――」
「あやせ」
 俺はバッサリとあやせの言葉を遮る。
「は、はひっ」
 ……何ともあやせらしくない間抜けな返事だった。
 しかしそんなことはどうでもいい。
 俺は、毅然とした態度で狼狽するあやせを見据える。

「責任取れ」

 言うが早いか俺は――

 あやせのその柔らかい唇を奪った。

「―――――――ッッッッ!?」
 狼狽するどころかもはや完全にパニクってるあやせ。
 離れようとして俺の胸を弱々しく叩くも、あやせの後頭部を押さえる俺の手がそれを許さない。
 関係ない話だが、鼻息が顔に当たって何だかこそばゆい。
 ……何で女の子ってのは、こうも甘い匂いがするんだろうな。

 たっぷり10秒ほど口付けを交わし、ゆっくりと顔を離した。
 その頃にはもうあやせの瞳はとろけきっていて、やけに色気のある息遣いで肩を揺らしていた。
 顔も真っ赤に染まって、まるで熟れた林檎のようだ。
 腰が抜けたのか身体に力が入らないらしく、俺はあやせの頭を抱えるように抱き締めた。
「……これが俺の本気だから」
 ……何か恥ずかしいことを言ってる気がする。
 しかし暴走を始めた俺の理性は、もはや誰にも止められない。
 一方、あやせはと言うと、倒れてしまわないよう俺にしがみつくので精一杯のようだ。

 どうにか息を整え、とろんとした瞳のまま見上げてくるあやせ。
 上気した顔が妙に色っぽい。
 いっぱいいっぱいな様子で、あやせは必死に言葉を紡ぎ始めた。
「こ、こんなこと、されたら……わたし、わたしはっ、桐乃やお姉さんにどんな顔して会えばいいんですかっ」
 怒っているような、困っているような、はたまた迷っているような表情であやせは言う。
 しかし、もうあやせの語気に迫力はなかった。
 ただ、ひたすらに切実に、あやせは言葉を紡いでいく。
「……もぅ、ほ、んとうに……我慢、できなくなっちゃいますよぉ……!」
 駄々をこねる子どものようにあやせは泣きじゃくり、本当の意味で初めて、本音を漏らしてくれた。
 だから、俺は一言こう言ってやる。

「すんな、そんなの」

 再びあやせに口付けをする。
 後頭部ではなく、肩を押さえて。
 あやせは、一瞬目を見開いてからゆっくりと瞼を閉じた。
 さっきのような抵抗をせず、代わりに俺の腰に手を回し、身体を預けるようにして、キスを返してきた。
 互いに互いを味わうように、ちゅ、ちゅと音を鳴らして、口付けを交わす。
「んっ……ふ……むぅっ……」
 キスを繰り返しているうち、自然と息が荒くなっていく。
「……ふ……ちゅ……んふぅ……」
 それから暫くの間、お互いを確認するように唇を求めあっていたが、息苦しさからどちらからともなく顔を離した。
 つつ、といやらしく互いの唇の間で一瞬だけ架かった透明な橋に変な興奮を覚えてしまう。

 ぽーっとした瞳で俺を見つめ、唇の先を指でなぞるあやせ。
 もう顔は涙でくしゃくしゃになっていて、大人びた少女の印象はとうにどこかへ消え失せている。
 その様子を眺めているうちに、俺は無意識にあやせの頭を撫でていた。
 さっきと同じように、くすぐったそうにあどけない笑みを溢したあやせ。
 やっぱり……笑ってる方が、お前は可愛いな。
「……ん、お兄さん」
 不意にあやせが口を開く。
「ん?」
「……もーいっかい、いいですか?」
 恥ずかしいのか、もじもじしながら上目遣いで唇を指差すあやせ。
 ……断る理由なんて存在しなかった。

 それから5分ほど、ちゅっちゅっとちゅっちゅっとイチャイチャしてから、ベンチで寄り添う俺たち。
 俺の肩に照れ臭そうな顔で頭を預けてくるあやせに、もう色々なものが爆発してしまいそうだ。
 もちろん必死で抑え込んだけども。
 それにしても……恐るべき距離感の縮み具合だ、と暴走気味な頭で考える。
 というか、それ以前に俺はいつあやせにフラグ立ててたんだ?
 実は、身に覚えがなかったりする。 この辺りが鈍感だ!と馬鹿にされる原因なんだろうなぁ……。
 まあ今となってはどうでもいいんだが。
 そんなことを適当に考えていると、あの、とあやせが控えめに声を上げた。
「ん?」
「ちょっと前の話をしても、いいですか」
 もちろん、断る理由はない。
「いいよ」
 はい、と頷いて、さりげなく俺の手に指を絡ませるあやせ。 いわゆる、恋人繋ぎ。
「……わたし……桐乃と仲直りした頃は……お兄さんのこと、本気で嫌いでした」
 ぶふぉっ!!と思わず噴き出してしまった。
 い、いや、まあ、そうだろうね? 仕方ないと思うよ?
 あの頃の記憶は、思い出すと何か泣けてくるし。
「か、過去の話ですよ……? その、今は、えっと……だ……き、ですから……」
 慌ててフォローするあやせだが、後半は声が小さくて聞き取れなかった。
 コホンと可愛いらしく喉を鳴らし、とにかくっ、と軌道修正するあやせ。
「当時は、頭に血が上ってましたから。 桐乃を守るって、それだけしか頭になかったんです」
 何だか、遠い昔のように感じてしまう。
 たった数ヵ月しか経っていないというのに。
 年寄り臭いな、と苦笑いする俺。
「……でも、ちょっと時間が経って、頭が冷えた頃。 ふと、思い出しました」
 キュッと、手を握る力が僅かに強くなった。

「……何を?」
「桐乃とわたしたちが部屋で遊んでる時に、お兄さんが突入してきたことを」
 ……あー、あったね、そういうことも。
 危うく桐乃に殺されかけた、苦い記憶だ。
「……あの時のお兄さんの、その、必死な顔を……わたしは覚えてます」
 忘れてくれていいのに、と内心で思った。 正直あれ恥ずかしかったからなぁ。
 遠くを見るように目を細め、ふふ、と笑うあやせ。
「今だから白状しますけど、あの時のお兄さん……かっこ良いなって思ってました」
 ドキッ、と再び心臓が高鳴り始めた。
 一々俺のツボを刺激するあやせさんまじパねぇッス……。
「妹のために……桐乃のために、あんなに必死になってくれる人だったんだって、後々になって思い出したんです……遅すぎましたけど」
 自嘲気味にあやせは言う。
「言っとくが、あれは……別に桐乃のためとかじゃなくて、自分のためにやったことだからな? そんな褒められるようなことじゃねぇからな?」
 事実、俺は後悔しないためにあの行動を取ったのだし、その前もその後も、いつだって俺は俺のために行動してたんだぜ?
 あやせはまた、ふふっ、と穏やかに笑った。
「そっくりですよね、そういう、素直じゃないところ……さすがは兄妹です」
 俺は自信を持ってそれは違うと言えなかった。
 どうやら俺は、認めざるを得ないらしいからな、その不器用さを。
「……それで、まあ、遅すぎたんですよ、色々と……」
 弱々しい声色で、呟くようにあやせは続ける。
「……知っての通り、わたしも、お兄さんたちに負けず劣らず、不器用な性格ですから……」
 その“たち”ってのは、やっぱりうちの妹様を含めてのことなんだろうなぁ。
「……今さら、お兄さんに面と向かって謝るなんて……無理難題もいいところ、だったんです」
 ……あやせにも、色々と思うところがあったんだな。
 何故かちょっと泣きそうだ、俺。
「……でも、今のわたしなら、言えます」
 あやせは俺の肩から頭を上げて、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「今まで、失礼なことばかり言って、ごめんなさい」
 言いながら、深々と、真摯な態度で頭を下げられた。
 ……ああもうっ、なんでそんなに良い子なんだよっ、お前はっ。
 俺をこんなにときめかせやがって……俺を萌え殺す気か?
 やっぱ天使? 天使なの?

「……あの、お兄さん?」
 あ、ああ、一瞬本気で(あの世的な意味で)連れていかれるかと思った。
 俺は、ポンッ、とあやせの頭に手を乗せる。
「気にすんなって。 俺はお前とのやり取り、結構楽しんでたからさ。 ……ついでに言うと、俺も悪かった。 セクハラしたりして」
 俺は気楽な調子で、年上っぽく余裕の笑みを浮かべて見せた。 言ってることはかなりダサいけど。
 するとまた、あやせはじわっと目に涙を溜めた。
「……そう言ってもらえると、幸い、ですっ」
 あやせは、意外と泣き虫なのかもしれない。
 普段とのギャップが激しい分、それはチャームポイントになると思うけれども。 って何言ってんだろうな?
 と、くだらないことを考えつつ、よしよしとあやせを撫でる。
 すると、一頻り甘えて落ち着いたらしいあやせが、俺から離れ、俺の真正面に立つ。
「お兄さん」
 ん、と俺は振り向く。

「責任取っても……いいですか?」

 涙目なのに、俺を見つめるあやせの笑顔は、この上なく愛らしいものだった。

「もちろん、そのつもりだったが?」

 それに対して、俺はにやりと、ちょっと変態っぽい笑みで言葉を返すのだった。


 まあ、どういうわけかというと、つまりはこういうことだ。
 新垣あやせという美少女は――俺のラヴリーマイエンジェルだったってことだ。
 異論はないな?

 その後の俺たちはというと、実の妹や幼馴染み、真っ黒い猫やオタクっ娘お嬢様という様々な壁にぶち当たるのだが、それはまた、別のお話。


 こうして、10日間にも満たない、変態な嘘つき男と思い込みの激しい乙女のちょっとした恋愛模様は、一応の終結を迎えるのだった。


(おしまい)



――後日談

「お兄さん」
「ん?」
「一つ忠告しておきます」
「ん」
「わたし、多分独占欲強いです」
「あー、うん、それはなんとなくはわかる」
「ですから、あまり浮ついた行動をとらないでほしいんです」
「おう、任せとけ」
「……加えて忠告しておきますと」
「なんか一気に雰囲気暗くなったな……」
「……桐乃には要注意、です」
「えっ……何で?」
「……やっぱり、そういう反応なんですね。 予想してた通り」
「だって実の妹だぞ? んなことありえねぇって」
「油断大敵です。 わたしの親友を、お兄さんの妹を、舐めちゃいけませんっ」
「……そこまで言うなら、注意はしとくけど。 でも」
「でも、なんですか?」
「俺はお前以外に、セクハラしないよ」
「嬉しいんだか悲しいんだかよくわからない告白しないでくださいっ」
「顔赤いぞ、あやせ」
「もうっ、誰のせいですかっ!」
「俺だろ」
「意地悪なことしないでくださいよっ! お兄さんのくせにっ!」
「悪ぃ悪ぃ」
「……宣言しますけど。 わたし……桐乃にも、お姉さんにも、誰にも負けるつもり、ありませんからっ!」
「ん」
「……絶対の、絶対ですからね?」
「わかってるって。 俺も誓う」
「誓う?」
「俺は絶対の絶対に、誰にも、お前を渡さない 渡してなんてやらない」
「……お兄さん」
「惚れ直したか?」
「…………ばかっ」

(おしまいのおしまい)





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最終更新:2010年08月17日 11:10
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