7スレ目30


「ねぇ、“先輩”?」

「んぁ? 家に来る前にどっか寄ってくか?」

 ふと、何の気も無しに呼んでみた。
 返ってくるのも気の無い返事で――面白くないな、と。
 そう。
 ……面白くない。

「どうかしたか?」

 左にあるその顔を見上げると、相変わらずの気の抜けた顔。
 どこにでもあるぼーっとしたというか、のんびりとしたというか、面倒臭そうというか……。
 私が声を掛けたのに、私はその声に応える事無く……その顔を見上げるのみ。

「おーい?」

 学校からの帰り道。
 同じ学校の制服を着ての、帰り道。
 いつもの面子での“遊び”でもなければ、私がこの人の妹に呼ばれたわけでもない。
 この春から始まった“先輩”と“後輩”という関係。
 そして、私の“趣味”と一緒に居てくれる関係。
 でも。

「先輩」

「だから、なんだよ?」

 この男は、その“関係”にすら、もう慣れてしまっている。
 ……面白くない。
 あの驚いた顔は何処に行った?
 ……はぁ。
 視線を前に戻し、小さくため息。

「いや、何で溜息吐かれてんの俺?」

「気にしないで」

「普通気にするからな? 顔見られながら溜息吐かれたら気にするからな?」

「そう」



 今度はどう呼ぼうか?
 兄さん、は多分そう驚かないだろう。
 前にも呼んだし。
 もっとこう、意表を突いたモノが良い。
 何と呼べば……。

「なぁ、俺の話聞いてるか?」

「聞いてるわ」

「そーかい。……はぁ」

 また、見上げる。
 困った顔。でも――――。

「なぁ、黒猫?」

「なにかしら?」

 その目が、また私に向く。
 眠たそうというか、面倒臭そうというか。

「ガッコか家の方で、何かあったか?」

「そうね――学校の方、かしら?」

 ――この人はやっぱり、入り込んでくるのね。
 どうしてこう、お人好しで、お節介焼きなのかしら?
 はぁ。

「どうしたんだ?」

「別に……少し、退屈してるだけよ」

「学校に刺激を求めてどうする……」

 あら、そうかしら?

「刺激だけじゃないかもしれないでしょう? それに、学生としてその発言はどうかと思うわ」

「へぇへぇ。学校に楽しみ、ねぇ」

 楽しみ楽しみ、と。
 その声が小さく呟く。
 ちょっと違うのだけれど、でもそう間違いでもない。
 退屈、なのだ。
 この人がこの――私が一緒に居る――この現状に馴染んでしまっている事が。
 先輩と後輩。
 しかも2学年も離れているこの“現実”にはありえない関係に馴染んでいる事が。

「部活の方じゃ、ないよな?」

「ええ。私の趣味、の方かしら?」

 別に、部活に不満があるわけじゃない。
 というか、現状にある意味満足――すらしている。
 そう言えば、この人はどんな顔をするのかしら?


「そっか」

 私からこうやって相談……とも言えないような事を持ちかけても、当たり前のように悩んでる馬鹿な人。
 何でこの人は、こんなに馬鹿なんだろうか?
 はぁ。

「兄さん」

「んー?」

 この人の家まであと半分。
 通い慣れた――と思う帰り道を歩きながら、小さく笑う。
 少し、楽しい。
 ……退屈じゃない、時間。
 きっとこの人は私が“何に”退屈しているかなんて、気付いてないんだろう。
 そして、きっと気付かないんだろう――と、また笑ってしまう。
 声に出さないように気をつけて。
 私が楽しんでいる事を、この人に気付かれないように。

「退屈だわ」

「――よく考えたらなぁ」

「どうかしたのかしら?」

「お前が退屈だったとしよう」

「ええ」

 そこで一呼吸。

「お前の退屈の解消法なんか俺が思いつくはず無いだろ!?」

「でしょうね」

 だって、私とあなたは別人なんだから。
 まったく。

「やっと気付いたの? 相変わらず馬鹿ね」

「ひでぇ」

「良い退屈しのぎになったわ」

「……お前、本当に後輩か?」

「あら、私が同い年か年上に見えるのかしら?」

 見えねぇよ、と小さな呟きが耳を擽る。
 ああ、楽しい。

「ったく、可愛げのねぇ後輩だな」

「まったく、面白味の欠片もない先輩ね」


「そこまで言うか!?」

 クス、と小さく……本当に小さくだが、声に出して笑ってしまった。

「先輩を笑うもんじゃねぇぞー」

「う、煩いわね」

 まったく。
 この人は私の――この“ありえない関係”をどう思っているのだろう?
 こんな漫画かアニメ、ゲームの中のような関係を……どう思ってるのかしら?
 はぁ。

「お前も目上の人を敬わない奴だな」

「敬われるほど殊勝な人でもないでしょうに」

「さらっと酷い事言ったよな、今? な?」

「そんな事ないわ」

 ええ、そんな事無い。
 これでも尊敬――とまではいかないけれど、それなりに……ねぇ?
 ココロの中で誰かに呟き……顔を落として、苦笑してしまう。
 だって、ねぇ?
 自分で言っておいて、自分で否定してどうするのか。
 だいたい、ココロからそんな事思いもしていないというのに。
 尊敬はしていない。
 でも、多分……頼りには、している。

「ねぇ、兄さん?」

「んあ?」

 ふむ。

「これでも頼りにしてるのよ?」

「へぇへぇ」

 あら、全然信じてくれてない。

「疑り深いのね」

「お前らのどこを信じろと?」

「信じてくれればいいじゃない」

 それじゃ、痛い目見るのは俺だけなんだよなぁ、と。
 そうね。
 でも――それでも“私たち”は貴方を頼ってしまうのよ。
 何度か頼ってしまったから、癖でもついてしまったかしら?


「困ったものだわ」

「困るのは俺の方だっての」

 いいえ、私よ。
 私の方なのよ?
 本当に判ってないのね、このお馬鹿は。

「はぁ」

「溜息ばかり吐いてると、幸福が逃げるわよ?」

「わーってるよ」

 クス、とまた笑ってしまう。
 楽しいと、思ってしまう。
 面白いと、思ってしまう。
 学校には無い、皆で居る時にも無い、この人の家に居る時にも無い。
 この人と“二人”の時の――。

「笑うなよ」

「はいはい」

 退屈なんてどこにも無い時間。
 そう言えば、何で面白くないなんて思ったのか……ああ。

「ねぇ、京介」

「…………はい?」

 あら、面白い顔。

「相変わらず変な顔ね、兄さん」

 少し、熱い。
 うん――少し、だけ。頬が熱い。

「ん? いま」

「どうしたの、兄さん?」

「へ、あ……あれ?」

 ふふ。

「どうかしたのかしら、この兄は」

「あー、いや、なんでもない」


 そう。
 トクン、と少しだけ高鳴るココロが心地良い。
 この人の驚いた顔が、
 照れた顔が、
 悩んだ顔が、
 ……ココロを揺らす。

「帰ったら何すっかなぁ」

「そうね……」

 まぁ、二人でする事と言ったら――ほとんど決まっているのだけれど。
 奥手と言うか、人並だというか。
 結局私も人の子か――と。

「とりあえず、格ゲーで貴方を凹ますわ」

「とりあえずで凹まされるのか、俺は」

「ええ、良かったわね兄さん」

「良くねぇよっ」

 ふふ。

「うは、Sだ。ドSが居る」

 失礼な。

「私が虐めるのは、兄さんだけよ?」

「良い事言ってるつもりだろうけど、それ余計に最悪だからな!?」

 また、小さく笑う。
 笑ってしまう。
 ああ――――



       ――――この人と一緒に居ると、楽しいな。





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最終更新:2010年10月09日 17:51
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