沙織さんと京介氏の場合~キャンプ編~



七月末の未明。
夏休みという学生にとっての最大級の休日も、受験生である俺にとっては全く関係ないものであった。
この時期を逃すようなら合格はあり得ないと、皆参考書を片手に意気込むのだ。
はっきり言っちまうと、周りの奴らには良くこんなに蒸し暑い時期にどうしてそこまで張り詰めて勉強できるのかと呆れながら感心している。
そんな他人事のように言っている俺も現在立派な大学受験生なのだが。
とろとろになるぐらいの暑さでぐったりしながら受験勉強に励んでいたある日の夜、俺の携帯電話の着信が鳴った。
確認すると、沙織からだった。

「もしもし」

「あ、京介氏でござるか! どうもお久しぶりです!」

「よう、元気にしていたか?」

「はい、お陰様で私は元気にやっておりますぞ」

電話に出たのはいつものござる口調の沙織からだった。
確かに桐乃や黒猫たちと遊んでいる時の様な声の高さからして悪くないみたいだ。
以前沙織からとある相談を受けてからしばらく経つから心配していたが元気そうで何よりだ。

「京介氏こそ受験勉強ははかどっていますかな? こんなに暑くてはシャーペンを持つのも億劫にはなりませんか?」

「本当その通りだ。今すぐにでもこの身を投げてプールにでも入りたい気分だよ」

「ふふふ、そんな京介氏に朗報ですぞ。今月末に大イベントを開催しようと思いましてな」

「お、また桐乃と黒猫となにか計画しているのか?」

「いえいえ、今回はSNSのイベントではありません。私自身が身内とやろうと思って主催するオフ会です。もちろんきりりん氏や黒猫氏にもこれから教える予定です」

「へぇ。で、なにをやるんだ? やっぱり海や山でキャンプとかバーベキューでもやるのか?」

「さすが京介氏鋭いですな。そうです、ここから少し遠いですが山間部へと赴いてキャンプ場で二泊三日のアウトドアを満喫しようというわけなのです」

「はは、また面白い事をするな。しかしまたなんでそんな大事な事を桐乃や黒猫の前に先に俺に言うんだ?」

「ええと……実は京介氏に頼みたい事がございまして」

「まあいいんだが、内容によるな」

俺は一応受験生だし、引き受ける内容がえらく難しかったりすると勉強にも大きな影響が出てくるからな。
沙織には悪いがあまり面倒な事は引き受けられないのが現状だ。

「いや、そこまで面倒ではありません。ですが、ちょっとした問題がありまして」

「なんだ? とりあえずどんなことなのか言ってみろよ? 話はそこからだろ?」

「……わかりました。実は……」





「……ということでして、これを京介氏に」

「すまん、切る」

「ちょっと待ってください! そのような反応をされる事は重々承知しておりました! ですがもう少しだけお話を!」

「切るのは冗談だ、悪かったよ。しかしだな、沙織よ」

「?」

「何で……『俺たちと面識のない奴』限定で誘う必要があるんだ? 別に俺たち四人だけでも十分楽しめるじゃないか?」

「えっと、こ、これには深い訳がありまして」

「つーかこの事を桐乃や黒猫に言ってもはいそうですかってすんなり受け入れるとは思えないぞ? 桐乃はともかく、黒猫なんか断固拒否しそうだぞ」

「そ、その事は既に考えました。もし私たち以外、オタクとはかけ離れた『一般人』まで誘うとなると、嫌でもそういう人たちと対面して交流しなければならない。
私も恐いですが、京介氏が仰る通り黒猫氏が一番拒否を示すでしょう。……正直凄く悩みました。しかしこのまま逃げてばかりではいつまでも進歩できないと思ったのです。
私は……それを、このイベントで乗り越える足枷としたいのです」

「沙織……」

そうか、そうだよな。桐乃や黒猫に言えなかった事をわざわざ役に立つか分からない俺に相談したんだもんな。
沙織の意思を無視してしまったら、それこそこいつの勇気や努力を摘んでしまうかもしれない。

「分かった。俺の知り合いをできる限り集めるからそれでいいか?」

「京介氏……。どうも、ありがとうございます! あの……私のためにここまでしてもらって」

「いいってことよ。こんなこといつものことだろ? 桐乃なんて唐突にそれこそ脅迫するような勢いで人生相談された時があってそんときは大変だったんだぜ?」

「ぁ……そうでござるか」

ん? 俺なんか変なこと言ったか? 沙織の声が暗くなったような気がしたが以前の事は極力話さない方がいいのだろうか?
ここは少し話を戻してみるか。

「そういえば人数を集めるとして、いつ頃までにやっとけばいいんだ? そっちだって準備するべきことがあるはずだからそんなに長く待てないよな?」

「そうですね。こちらの準備はそこまで時間はかからないので、できれば一週間以内に集めて頂けないでしょうか?」

「一週間以内だな? 分かった、できる限り早く集めとくから任せとけ」

「繰り返しますが本当にありがとうございます。いつもいつもご迷惑をお掛けして本当に」

「だーかーら、何度も言ってるだろ? 友達なら当たり前のことだって」

「……そうでございましたね。すいません、これから用事があるのでこれで失礼しますね」

「お、おぉ」

それでは、と一言言ってプツッと電話が切れた。

何故か今の言葉だけはいつものござる口調ではなく、お嬢様口調になっていた気がした。
そしてやはり少し暗い印象を受けた。
やっぱり俺、また変な事でも言ったかな?
桐乃のことを話した後に暗くなったのは覚えているがそれは笑うかと思って話題にしたんだが逆効果だったか?
それとも沙織から相談を受けたのは最近のことだから、まだまだ現在進行中で自信を持つには日を要するのだろうか。
……くそ、わかんねぇ。

とにもかくにも乗っかった船だ。やるからにはできるだけ多く集めた方が良いだろうな。
正直なところ受験勉強と暑さが相まってあまり乗り気ではないが今更やっぱり無理でした~なんて言えないよな。
さて、誰から攻めていこうか。と考えてみたものの、最初に誘う相手は既に頭の中に入っていた。
まあ……あいつらしかいねぇよな。同類的な意味で。

一方その頃。


早く切りたいという気持ちを抑えて静かに電話を切った。
軽く深呼吸をして椅子にもたれながら天井をぼーっと眺め先程の事を振り返る。
嫉妬してしまった。きりりん氏に。京介氏の実の妹なのに。
京介氏がとても嬉しそうに彼女の事を話しているのを想像すると、本来ならば仲が良い兄妹だなあという風な笑い話になるはずなのだが
彼女の京介氏に対する感情は並みの兄妹のものではないことはお二人方と接してきて気がついていた。
いや、もしかするとそれ以上の……考えたくない。考えたくもない。

もう寝よう。今まで感じた嫌なものを抑え込むようにベットで丸くなりがら目を閉じた。
眠ることによって少しでもこの感情が減ってくれればいいと願いながら。

次の日学校にて。
というわけで今日は学校で受験生専用の補習を終え、現在ゲー研部室なうだ。
分かっているだろうがここはゲーム制作を目的とした部活なのだが、れっきとしたオタクの奴らの集まりだ。
その証拠に新作のエロゲやアニメのDVD、漫画などがあちこちに散乱していた……はずなのだが
今年入部してきたお節介好きなとある一年女子によって、今は綺麗に整理整頓されている。
ちなみにその一年女子はいつかの俺たちの策略にはまり、腐女子という他人に知られざるべき属性を自ら暴露してしまったために
ゲー研の一人の男子部員に深い傷を負わせてしまった経験があるのだが、本人はむしろ以前よりも開放的になったみたいだ。
……その男子部員はその後どうなったかって? 彼のことを心配するなら頼むから放っておいてくれ。
と、部室に入ると黒猫が何やらノートに書き込んでいる様子が目に映った。

「よう」

「あら先輩、こんにちは」

色っぽさのある笑顔で挨拶し、すぐさま目の前の作業に入った。
黒猫には悪いが、今やっている作業は一旦止めてもらい昨日の沙織の話をさせてもらおう。

「作業中悪い。昨日沙織から何か話しかけられなかったか?」

「ああ聞いたわ。確か大勢で集まってキャンプをしようだとかなんとか」

「そうだ、それなら話は早いな。お前も暇だったら是非参加を……おい、黒猫?」

黒猫のペンを握っている手がぷるぷると震えていた。それどころか手、足と体全体に広がっていき大量の汗が滴り落ちていた。
……この様子だと沙織と話している時も同じ反応をしたみたいだな。

「せ、先輩は人をど、どのくらい集めるつもりなのかしら?」

「うーん、とりあえず知り合いだけを集めるつもりでいるから十人程度だな」

「じ、十人!? あ、あの本当に私たちだけじゃ……駄目なのですか?」

今にも泣き出しそうな顔で問いかける黒猫。
やはり以前の沙織と同様に、俺たち以外の人との交流を極端に嫌がっているみたいだ。

「ああ、いつものように桐乃と俺、それに沙織と黒猫のメンツだけでも楽しいだろうな。
……しかしだな、俺たち以外の奴らと交流したらもっと楽しくなるかもしれないだろ?」

「それはそうですけど……」

「それに沙織が何でこの企画を考えたのか分かるか? 多分お前と同じ心境だろうけどそういう自分が嫌で克服したいだそうだ。
……俺は沙織が頼ってくれたことは嬉しいし、何より前向きになっている姿を応援してあげたいんだよ」

「むぅ……」

黒猫は俯きながら何か小言のようなものを漏らしていたが、何と言っているのかは残念ながら聞き取れなかった。
潤んだ瞳で顔をあげた黒猫は弱々しくもはっきりとした口調で発した。

「わ、わかりました。考えておきます」

「ありがとよ、頼んだぞ」

やっぱり昨日沙織から連絡がきたときに断ったんだろうか。それが事実なら、黒猫なら十中八九そうするとは思っていたが
予想以上に泣きべそをかくくらいに拒否反応を示したことにこれで本当に良かったのかと胸が痛くなってきた。
だって、今俺が黒猫にした事は説得しているようにも見えるが相手に無理矢理自分の価値観を押し付けている状況にも見えなくはないだろう。
俺のした事って、本当にこれで良かったの? と不安に駆られている最中に突然訪問者が現れた。





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最終更新:2010年10月26日 20:56
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