黒猫が告白をするまで


私、五更瑠璃は携帯を前に数時間もの間悩んでいた。
『欲張りになろうと決めた』と彼には言ったものの、いざとなればこんなにも尻込みしてしまう。
もしかしたらどちらか……下手をすれば両方をなくしてしまうことへの恐怖。それが私を蝕んでいた。
「私は闇の眷族……恐怖を喰らい力とする能力をもっているのよ。このような些事、どうということもないわ」
いつものように軽口を叩き唇の端を持ち上げて微かに笑うことで心を落ち着ける。
「よし、行くわよ」
意を決して電話を掛ける。
呼び出し音がしばらく鳴り響き、唾を飲み、プツッと繋がる音がして、息を吸い――

「あ、なんだ黒いのじゃん~、何々、ついこないだも会ったのに寂しくなっちゃった?」
こちらが何も言う暇もなく、能天気極まりない上にご機嫌なのが誰でも分かる弾んだ声が返ってきた。
「……あなた、頭が膿んでいるの? それがあんな別れ方をした相手に対する第一声として相応しいとでも思っているのかしら?
もし本気でそう思っているなら、あなたの頭の中身はキッズアニメに根源から毒されてお花畑になっているのね」
予想だにしない展開に、無意識にいつものごとく毒舌が漏れ出た。
「あ~、この前はごめんね。ちょっとしたジョークで場を和ませようとしたのに、皆全然笑わないしさあ~」
なるほど、この桐乃という女は『そういう設定』で押し通すつもりらしい。あくまで『本当のこと』を言わず、兄のことに関しては譲らないのは彼女らしいとも言える。
ならば、こちらもそれに乗ってやろう。
「そう、相変わらず冗談のセンスが全くないのね。キッズアニメばっかり見ているから普通の感性が育たないのじゃないかしら?
 ……私も悪かったわ」
最後は、小さく呟く程度につけたす。
しかしこの先日とは全く違う態度、また『あの人』が何かしたのだろうか。
「キッズアニメ馬鹿にすんな! そっちこそ厨二アニメの見過ぎで感性がおかしいくせに。
 で、用ってそれだけ? だったらあたしこれからメルルのDVD見たいんですけど~」
「私、要件に類することは何一つ口にしていないのだけれど……まあいいわ」
ごくりと、唾を飲み込んで、
「私、あなたのお兄さんに告白することにしたわ」
そう、告げた。



「…………は、何? あたしに対抗してジョークを発しちゃったの?
 全然笑えないんですけど~。やっぱ感性ずれてんのそっちだって。ほら、前だってあいつの~……」
「冗談じゃないわ」
茶化す様なごまかす様に紡がれる言葉の嵐を遮って、力を込めて言う。
喉がやけにひりつく。
「……何それ? あんた、分かってるよね?」
妙に静かな口調の底にたゆたう怒気は激しく、電話越しですらびりびりと叩きつけられてくる。
しかし、負けない。負けるわけにはいかない。
「あなたのお兄さんは、誰よりもあなたのことを大事に思っているわ。まさに究極のシスコンと言っても誤謬がないくらいよ」
「な、何それ、い、いきなり何言ってんの? ちょ~キモいんですけど」
『キモい』と口にしながら嬉しそうな空気が出て、先ほどまでの怒気が霧散しかけている。
この隙にたたみかける以外には道はない。
「けれど、それはあくまで兄妹愛の延長線上にあるもので、恋愛感情ではないわ。
 あなたと違って」
「……何が言いたいのか、分かんないんですけど。てか、ありえなくない? 実の兄妹で恋愛とか、ないない、キモすぎって言うか~」
あくまでこれに関してはすっとボケるつもりらしい。そこまで表面上は貫こうとするのはある意味立派だが、それでは困るのだ。私も、彼女も。

「このままだと、ベルフェゴールやあなたの親友に奪われるわよ? 今そうでなくとも、いつかは届かないところに行くわ。
それをあなたは許せるの?」
「何、言っちゃってるの? っていうか、あんたがそれ言うわけ? あいつに告るとか言っちゃってるくせに」
ここからが、本題。今までのは前哨戦に過ぎない。私の最大の戦いは、ここから始まる。
「私は彼女らとは違うわ。
提案よ。私と、共有しましょう」
「…………は?」
「私は、あの人もあなたも、どちらも失いたくはないの。あなたは、その……大切な、友達、だし……。
 だから、その、三人で仲良くやっていけたらと思って……。
 な、何よ、黙ってないで返事しなさいよ」

そして時をおいて、彼女から私にもたらされた答えは――





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最終更新:2010年11月13日 11:44
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