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「―で、それがその自信作というわけか。」
「ええ。そうよ。」
相変わらず分厚いその黒表紙の本を抱え、黒猫がそっけなく答える。
場所は俺の部屋。黒猫が最新作を書き上げ、桐乃に見せにきたのだが、
生憎あいつは所用で沙織と会っているため、帰ってくるまで俺の部屋で
待っているというわけだ。
「私はね、自分で言うのもなんだけれど、自分の小説が現実離れしてて
 厨二病臭いことを、少しは自覚しているのよ。だから、今回は私の
 実体験も取り入れてみたの。今日こそはあの鼻につく高慢ビッチに
 一泡吹かせてやるわ。」
へぇ、あの黒猫が自分の作風を変えるとはな。なんだかんだ言って、
桐乃のあの感想というか罵倒が少しは気になっていたんだな。
設定資料集もいつもより4/5程度に減っているし。
「ふぅん。意外だな。ちょっと俺にもその自信作、見せてくれな――」
「嫌よ」
はい、即答拒絶です。ですよねー。ってか俺の台詞に被せてまで拒否んなよ!
ったく、あのやってて死にたくなる同人ゲームは進んで見せてくれたのによ!
「お生憎様。これは、あなたのような怠惰な生活をしている人間には分からないわ。
 もっと高尚なものなのよ。」
ぐっ、怠惰な人間で悪かったな!確かにそこは反論できませんよ!ええ!
ってか一般人にも理解できる内容に近づけたんじゃねぇのかよ!

「ちょっとぐらいいいだろ。俺に理解できるかどうかなんて、読んでみなけりゃ
 分かんねぇだろ!」
俺が本を手に手をかけようとすると、意外なほど身軽に黒猫が身をかわす。
「ふっ、人間風情が。堕天聖の化身であるこの黒猫から物を奪えるとでも
 思っているのかしら?」
そう嘲笑って黒猫は分厚い自信作をヒョイヒョイ振り回す。なるほど、
伊達にコミケの大量売れ残り同人誌を持ち帰ってないというわけだな。
ってか大丈夫か?本が重すぎて、振り回すたびにこいつの重心ふれまくってんぞ。
「おいおい、その辺にしとけ、危な――」
「あっ!」
ほら言わんこっちゃない!とっさに俺は黒猫を支えようと手を延ばすが、
それより先に黒猫の手が俺の胸倉を掴む。
「ちょっ、おまえっ!!」
待て待て!まだこっちの体勢が整ってないっちゅーの!このままじゃ二人とも、
ってマジヤバイってぁぁぁっぁ!!!

バフンッ


「っ痛―――はっ!」
目を開けた俺は状況把握にかなりの時間を要した。いやいや、ちょっと待て。
よーし、少しずつ今の状況を確認しよう。まず、いま倒れている場所はベッドだな。
なんとか転倒の衝撃が和らげたわけだ。で、俺の左手は…っていうと…あ、あった
あった、黒猫の右手を掴んでベッドに押し付けちまってる。で、右手は…うん、
黒猫の胸の上だな。っておい!なんだこれは!なんだこの嫌ーな既視感は!
「…あっ」
ハッ!黒猫のか細い声に我に返る。見ると黒猫はただえさえ大きい目を見開いて口を
パクパクさせている。
「…す、すまん!今どくからっ!」
「あ、駄目!!」
なっ!
…こいつ今なんて言った?…駄目?駄目って言ったよな?
どういう意味だ?こんな状況だぞ!?俺は混乱している頭で必死に解釈しようとしたが、
駄目だ!妙に鼓動が高まって、考えがまとまらん!
俺の驚愕の表情を見たのか、慌てて黒猫が取り繕う。
「いやっ、こ、これは…違っ…」
いや、違うって言われても…えっと、、どれがどう違うのかな?
駄目だ、頭が混沌として現状を整理できない。黒猫というと、薄っすらと頬を赤らめ、
若干涙目になっていやがる。唇は半開きのまま、何かを紡ごうとしているように見える。
透き通るような艶やかな唇。見ていると吸い込まれそうだった。いや、俺はその時点で
既に吸い込まれていたんだと思う。自然に、ごく自然にその唇に―――

ドサッ

何かが落ちる音がした。そう、本か何かが落ちる音だ。咄嗟に俺と黒猫は音の元へと顔を向ける。
――と、そこには、沙織から貰ったであろう同人誌を床に散らばせて、立ちすくむ茶髪のあいつがいた。






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最終更新:2010年11月22日 00:46
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