1スレ目642


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第三章


たらふくパフェを食べた帰り道。
俺と桐乃は普段、どこに飯食べに行ったりするかって話で盛り上がった。
俺が牛丼屋へよく行くという話をすると、桐乃は一度も行った事が無いらしく、非常に興味を惹かれたようだった。
しかし、俺がよく特盛のつゆだくを頼むという話をすると、桐乃になぜか大笑いされた。意味がわからん。
「じゃあさ、今度、連れてってよ。お昼ご飯にでもさ」
「いいぜ。でも、おまえ土日忙しいだろ?」
「大丈夫、うまく調節する」
そんな風にリラックスした会話が出来ている自分にちょっと驚く。
そして、どうやらそれは桐乃も同じだったようだ。

「……あはは。今ってさー、あたしら、ちょっとびっくりするくらい仲良くない?」
そう言って可愛い満面の笑顔を向けてくる。
一時はこういう笑顔が俺に向けられる事は決して無いだろうとも思ったものだが……
「そ、そうだな」
俺はこみ上げてくる不可解な感情を抑えるのに必死で、ただ作り笑顔を浮かべてそう答えた。
「やっぱさー。あれかな。間接キスいっぱいしちゃったから?」
「そ、そうだな」
ん?
「……って! おまえ、何をいきなり言い出すんだよ!」
今、こいつなんて言った? か、間接キスとかなんとか……
「いきなりも何もないっしょ。したじゃん、さっき」
パフェの食べさせっこの事だろ? そりゃわかってるけどよ……
「あ、あれは間接キスとかじゃねえだろ。兄妹同士じゃねえか。間接キスとかにはならねえよ」
俺は精一杯、桐乃の言葉を否定した。
しかし案の定、軽く桐乃にいなされる。
「何言ってんの? そんなの兄妹同士とか関係ないじゃん」
そう言って、俺のすぐそばまで桐乃が近づいてくる。俺はまるでヘビに睨まれたカエルのように微動だにできない。



「じゃ……じゃあさ、キスしようよ。間接キスとかじゃなく、本当のキス」

突然、桐乃がそんな事を言った。
「おまえ、何言ってんだよ……!」
「兄妹だと間接キスにならないなら、きっとキスにもならないんでしょ? 本当にそうかどうか、試す」
「で、できるわけねえだろ!」
俺は桐乃から顔をそむける。なんだ? いったい、今、何が起こってるんだ?

「ふう。……本当、意気地が無いわね、あんた」
ため息と共に、桐乃がキツイ口調でそう言う。
「意気地なしとかじゃねえだろ、こういうのは」
俺は弱々しい口調で反論した。
「意気地なしじゃん。あんたさ、私にいやらしい事したいんでしょ? キス、したいんじゃないの?」
「お、おまえにいやらしいことしたいわけないだろ! 兄妹だぞ!? なんでそれが意気地なしになんだよ!」
だんだん、俺の語調も荒くなる。
「ハ! 意気地なしだから、意気地なしって言ってんの」
しかし、桐乃は俺の言葉に気おされる事もなく、むしろ攻撃の手を強めてくる。

「だって、あたしが寝てる時にしかあたしにエッチな事できないんでしょ? 立派な意気地なしじゃん」
「おまえが寝てる時だってしてねえよ!」
反射的に否定した後、はたと気付く。こいつ、まさか……
すると桐乃は不敵な笑みを浮かべる。

「あんたさ──高校生の携帯に『芋』なんて名前のフォルダがあるの、不自然だとは思わなかったワケ?」

「──!!」




こいつ、知ってる? 俺がこいつの寝姿を撮った事を……
俺がペニスを突き出して、こいつにいやらしい事をまさにしようとしているような写真を撮った事を……

「あんな写真まで撮っちゃってさ。正直、リアクションに困ったんだけど」

目の前が真っ暗になるってのはこういう事なのだろう。
俺はもう何も考えられなくなっていた。いや、何も考えたくなかったのかもしれない。
俺は自分の意識が深い闇の底に沈んでいくような錯覚を感じていた。

「大丈夫? なんか、目がうつろだけど……?」
桐乃が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「しっかりしなって。バレて恥ずかしいのは分かるけど、別にあたし、それほど気にしてないから」
「……え?」
気にしてない? そんなわけないだろう。おまえは俺の事が今、気持ち悪くてたまらないはずだ。
もう、二度と顔も見たくない。そう思ってるはずじゃねえのか? 少なくとも俺ならそう思う。
俺は、俺の顔なんて、もう二度と見たくねえ……!

しかし、桐乃は言う。
「本当に気にしてないって。言ったでしょ、視姦されるくらいは覚悟してたって」
そう言いながら、桐乃は優しく笑う。
「ねえ、兄貴、聞いてる?」
兄貴。そう呼ばれて俺はいくらか正気を取り戻す。

「急にあっちの世界に行っちゃわないでよね」
「あ、ああ」
しかし、まだ頭の中がごちゃごちゃしている。なんだか現実感がない。
っていうか、今、この状況が現実離れしすぎてんだ。
……いや、違う。俺の方に現実に対する想像力が欠けていただけだ。
あんなことをすればどうなるか、バレた時にどうなるか、本当の意味でちゃんと想像してなかった。
なんであんな事しちまったのか……これがいわゆる、出来心って奴なんだろうか?



「ま、あたしは気にしないんだけどさ。お父さんやお母さん、あんたの友達とかがこの事知ったらどう思うかなー」
友達……麻奈美の顔が浮かぶ。俺がこれまで何をしようが、俺のことを肯定してくれた麻奈美。
俺にとって最後の心の拠り所。しかし、そんな麻奈美でさえ、今の俺を肯定してはくれないだろう……

桐乃の言葉は俺をどんどん追い込んで行く。
「へっ……お前、それで俺をおいつめたつもりかよ。こ、こんな写真、消しちまえばおしまいじゃねえか」
追い込まれた俺がそう開き直ると桐乃は目を丸くして驚いた様子を見せる。
「ふーん。そういう態度とるんだ」
そしてその後、嘲笑するような表情で言い放つ。
「じゃあ、好きにすれば?」

そう言われた俺は、言葉に詰まる。追い込まれたからこそ開き直れた。が、そんな風に突き放されたら
もはや開き直る事もできない。

「い、いや……俺が悪いんだ。煮るなり焼くなりバラすなり、もう好きにしてくれ……」
俺がそう言うと、再び、桐乃の表情が柔らかくなる。
「ハァ? バラしたり出来るわけないじゃん?」
「……なんでだよ?」
「あたりまえじゃん。あたしも恥ずかしい思いするんだよ?」
なるほど。身内の恥だもんな。
「じゃ、親父たちにだけバラすか?」
「それも出来ないって」
と、桐乃。
「なんで?」
今度こそ俺は桐乃がそういう理由が思い当たらなかった。
「あんたさあ。忘れたの? 弱みを握ってるのはあたしら、お互い様だってこと」
「弱み?」
お互い様? なんの事だ?
すると桐乃は呆れたような、驚いたいたような、はたまた感心したような複雑な笑みを浮かべて言った。



「本気で思いつかないの? あんたも、あたしの弱み握ってるじゃん。あたしの趣味」
「ああ……」
そこまで言われてようやく気がついた。
「別に……それは弱みなんかじゃねえだろ。前に言ったとおり、誰に迷惑かけるわけでもねえんだし
恥じる必要はねえと思う。そりゃ、お前の言う世間体とやらもわかるけどさ」
「そう、世間体。それがあたしの弱みだって事もわかるよね?」
「フン……。あやせも言ってたがバラしたところで誰も信じねえよ」
「そう? あんたはもっと色々知ってるんだから、説得力ある説明もできんじゃない?」
なんだ? 桐乃の奴。まるでバラしてほしいみたいな言い方しやがって。

「何が言いたいかっていうと、あたしらは運命共同体って事。お互いにお互いの弱み握ってるんだから」
とても弱みを握られてる人間とは思えない様子で、桐乃がそう宣言した。

確かに桐乃の言うのも一理あるが……俺にはこいつのオタクだという秘密を知っているという立場を使って
自分に利するような事をする気にはさっぱりなれなかった。想像することさえ出来ない。
なぜならそれは、これまで俺が妹のためにやってきた事を全否定するのも同じだったからだ。
それをすることは、シスコンの変態として糾弾される以上に俺自身にとって
我慢できない事だった。だから俺は桐乃に対して(自分の置かれてる立場も忘れて)きっぱりと言った。

「いいや。やっぱり、オタクってのは、お前の弱みじゃねえ。少なくとも俺はそう思わない。だからそれを他人に話して、
他人がまるでお前の欠点のようにその趣味について批判する事を許すつもりもねえ」
これは今後、どんな事があろうと変わらない俺のスタンスだ。
「だから運命共同体とやらでもねえ。俺が一方的におまえに弱みを握られてるだけだよ……」



俺の宣言を聞いた桐乃は、複雑な表情を見せた後、未見にシワを寄せて、顔を紅潮させながら言った。

「じゃ……じゃあ、やっぱりあたしも、あんたのした事、他人には話せないじゃん」
「……へ?」
と、俺は間の抜けた返事を返す。
「だ、だって! あたしも、別に、あんたのシスコン……その……悪い事だとは思ってないし……」
と、桐乃。
「でも、お前、俺のことをさんざんシスコンの変態と罵ってたじゃねえか!?」
しかし、桐乃はギュっと目を閉じて、まったく俺が予想だにしなかった言葉を吐いた。

「そ、そんな事、言ってない!」

はあぁぁ──っ!? 俺は口をあんぐりとあけて、その桐乃の大嘘に、心の中で盛大にツッコミを入れた。
さすがの桐乃も、これはあんまりだと思ったのか、即座に訂正する。

「あ……い、言ってたけど……もう、言わない」

なんだ? いったい、この話は、いまどういう流れなんだ?
俺はショックと混乱で展開についていけずに頭がどうかなりそうだった。
なに? まさか、こいつ、本気で俺の事を許してやるって言ってるのか?

「だって、あたしも、別に……その……妹の事、エッチな目でみたりとか、そういうの変だと思わないし……」
その桐乃の言葉に、またもや自らの立場も忘れてツッコミいれてしまう俺。
「いやいやいや、十分、変だろ! 生き別れで兄妹だって知らなかったとか、そういう特殊な事情ならともかく、
実の妹に欲情するとか、絶対、おかしいって! そんなのエロゲの中しかありえねえってば!」
「……なによ、その盛大な自己否定」
桐乃が呆れ声で言う。
「わかってるよ! だから俺は、おかしいんだよ! でも、自分ではもう、どうしようもねえんだ! クソッ!」
俺が頭を抱えて身を捩じらせながら悶えていると、桐乃がいきなり俺の胸倉を掴んで自分の方に引き寄せて、そして──



「……!!」

俺の唇を自分の唇でふさいだ。
こ、こいつ、ホントにキスしやがった?
ショックで俺の頭は再び真っ白になる。
桐乃は俺が大人しくなると、唇を離した。そして二人の唇の間をつないだ粘性のある透明な糸を指をからめて切る。

「あ、あのさ──。彼女とかと違って、妹とかは自分で選ぶ事は出来ないから、そういう事が滅多に起こらないってだけでしょ」
さっきまで俺の唇と重なっていた妹の唇が、そんな事を話し出す。
「でも、たまたま、あたしみたいな美少女が妹だったりしたら、あんたみたいになっちゃうのも無理ないかと思うしィ」
その相変わらずな物言いに、俺は一瞬脱力する。しかし、実際のところ、そうなのだから俺には何の文句も言えなかった。
「……聞いてる?」
「あ、ああ。聞いてる」
ふと、妹の唇以外の部分に目を移すと、冷静な口調と裏腹に顔は耳まで紅潮し、
視線は俺の方を見たり、目をそらしたり、キョロキョロと定まっていない。

「で、好きな女の子に、そういうエッチな事したくなるのは、そりゃ男としちゃ当然じゃん?
相手の意思を無視してムリヤリとかはそりゃ許せないけど、この場合は、そういうのとは違うと思うし……」

え?

その桐乃の言葉に俺はひっかかった。



「や、やっぱり、ちょっといやらしい目で見られたくらいでぎゃあぎゃあ言うのは、女としてどうよ? って思ったりも……」
「ま、待ってくれ。……待てって!」
次々と言葉をつむぎ続ける桐乃を俺は強く制した。
「な、なに?」
桐乃が少し不安そうな表情を浮かべて俺の言葉を待つ。
「おまえ、勘違いしてる。俺は、お前の事を好きってわけじゃないんだ……」
「え……?」

桐乃がなんで俺を許そうとしているかわかった。
こいつは、こいつの好きなエロゲの主人公同様、俺が純粋な気持ちで自分を好きになったと思ってやがるんだ。
だから、俺の邪な視線や卑怯な行為も許す気になってるのだろう。
でも、違うんだ。おまえにそんな誤解をさせたまま許してもらうわけにはいかない。やはり俺は罰を受けるべきなんだ──

「……俺はお前が好きだからお前をそんな目でみてたんじゃねえ。おまえのその容姿だけだ。おまえの見た目が
色っぽくて、そしてたまたま無防備だったから、あんな写真を撮ったってだけなんだ」
「……だ、だから! ……それってあたしの事を女として意識したからじゃん?」
「ああ、女として意識した。でもそれは、エロ本見るようなもので、おまえを好きだとかそういう感情から発したわけじゃねえ」
「エロ……?」
さすがの桐乃もその言い方に少し、ショックを受けたのか傷ついたような表情を浮かべる。
すまねえ、桐乃。こんな酷い兄貴でよ……。
でも、今ここで話をやめるわけにはいかねえ……これは罪の告白であり、懺悔なんだ……!
「ああ、見た目だけだ。前に、おまえの裸もみたりして、エロイ妄想しやすかったってだけ。
それだけで、俺はお前をオカズにしてたんだ」
その俺の告白に桐乃が顔を歪める。
怒っているような、笑っているような、泣いているような、そんな能面のような表情。



「それって、あたしの事は好きでもなんでもないって事……?」
「ああ」
「あたしって、あんたにとってエロ本とかと同じなんだ……?」
「……ああ」


「サイッッ……テェ──」


心の底からの侮蔑。
こんな兄を持った情けなさか、それとも俺なんかと血が繋がってる悔しさか、うつむいた妹の目から涙がこぼれる。
俺にはその涙を拭ってやる資格はなかった。なぐさめの言葉をかけてやる事さえ出来ない。


「それでも……」

桐乃がうつむいたままぼそっと声を出す。
「桐……?」
妹は目に涙をためたまま、『キッ』と俺を睨みつけ、そして言った。


「……それでもっ! あたしは、あんたの事、好きなのっ!」

「──え?」
こいつ、今、なんて言った?
俺が桐乃の言葉を理解できないうちに、桐乃はその場を走り去って行った。



「ま、待てよ!」
俺はあわてて追いかける。なんだか、足がガクガクする。
桐乃が、俺の事を、好き?
妹の写真をエロ本に見立てて、性欲のはけ口にしてたような屑を?
運動も勉強も出来て、ルックスも最高。そんな果てしなく高スペックの妹が、
特に際立った取り得など何もないシスコンで変態のダメ兄貴を……?

それは信じられない事であると同時にすんなりと己の内に受け入れる事が出来る話でもあった。
まるで、ずっと前から自分はその事を知っていたかのように……

そして、その時、天啓のように、俺は俺の、桐乃に対する感情の全てを理解した。

文武両道、なんでも出来る、天才のような妹。
そんな妹に対する劣等感。それが俺の、桐乃に対する負の感情のほとんど全てだった。
俺が少しくらい何かを頑張ったり、それなりの成績をおさめた所で、桐乃の影に隠れて決して評価されることは無い。
おそらくこの先、周囲の客観的評価が覆る事はないだろう。
それでも──そんな俺の劣等感を払拭できる奴が一人だけいる。

桐乃だ。

桐乃が俺を認めてくれるんなら、周囲の比較評価なんて何の意味も無い。
俺自身の俺に対する評価さえ何の意味も無かった。
「くそ……! 陸上選手が本気で走りやがって……!」
いくら一生懸命追いかけても桐乃の姿はただ遠ざかっていく。
「待て! 待てよ、桐乃!」
ダメだ、追いつかねえ。どうすれば追いつける? どうすればあいつの足を止められる?

「桐乃──っ!」



俺はあらん限りの声で妹の名を呼んだ。一瞬、桐乃の足が鈍る。
その一瞬の隙に、俺は履いていたスニーカーを脱いで、妹めがけて思いっきり投げつける。
スパーン!
俺の靴は見事、桐乃の後頭部に命中した。

すると桐乃は案の定、その場に立ち止まり、俺が投げつけた靴を拾ってこちらを振り向く。
「……」
そして、鬼のような形相でこちらに凄い勢いで迫ってきた。
「おお、成功……ぐわっ!」

バシーンッ!!

桐乃が投げ返してきた靴が俺の顔面をまともにヒットした。
あまつさえ、跳ね返った靴を桐乃は華麗にキャッチすると、そのままひっつかんだ靴で、
俺の顔面を連打してくる。まるで格ゲーの超必殺技みたいだ。
「痛っ! いてぇっ! こら、桐乃っ、やめろって……!」
「……るさいっ! うるさいっ! この変態! 変態! 変態っ!」
目にいっぱいの涙を溜めて、さっき、もう言わないと誓ったはずの言葉を連呼し、俺を責め立てる桐乃。
「落ち着け! 落ち着けって!」
俺は桐乃の腕を掴み、それでも暴れる桐乃を近くのコンクリート塀に押し付け大人しくさせる。
それでも暴れて俺を蹴飛ばしたりし続ける桐乃だったが、そのまま我慢していると、
俺の足にたっぷりの青あざをつけた頃ようやく大人しくなった。
しかし、同時に、桐乃は嗚咽をあげはじめる。
「……っ」
「わりぃ……全部、俺が悪い。謝るから泣かないでくれよ」
そういうと桐乃は、「泣いてない!」と相変わらずの強がりを見せる。
こいつはまったく、どこまで意地っ張りなんだか……



「……あたし、馬鹿みたいじゃん……ひとりで舞い上がってさ……」
「桐乃……」
「死んでよ……あんたなんかこの世から消えちゃえ……!」
その痛々しい妹の声はいつもの憎まれ口なんかとは比べ物にならないほど、俺の胸をえぐった。
「ああ……消えてやるよ。お前がそう望むならな。でもその前に一つだけ言わせろ」
「うぐっ……」
桐乃からの返事はない。構わず俺は続けた。
「桐乃、俺は、お前の事が好きだ」
「……」
しばらくして桐乃の嗚咽が止まる。そして桐乃はゆっくりと目を見開き、俺を睨みつけた。

「ふざけんな……!」
バシン! 渾身の力が込められたビンタが俺の頬を打つ。
「……ふざけてねえ。俺はお前が好きだ」
痛みをこらえながらそう言うと再び頬をぶたれた。
桐乃の顔に笑みが浮かぶ。口元だけが釣りあがった、ひきつったような笑み。
「なに? 同情したの? それとも、そう言うともっとイヤラシイ事をさせてもらえるとでも思った?」
「違う……」
「何が違うの? はっ! 言っとくけど、さっきの言葉、真にウケないでよね。あんなの本気じゃないから」
俺は黙って桐乃の言葉が終わるのを待つ。
「当然でしょ? 妹をオカズにするような変態、誰が好きになるの? こんなのと血が繋がってるとか、こっちが死にたいって」
「……関係ねえ。お前が俺をどう思ってようが、俺はお前が好き……」
「──やめてよっ!」
俺に最後まで言葉をしゃべらせず、桐乃が叫ぶ。
「わかった。あんたとセックスしてあげる。したいんでしょ? その代わり、もう二度と、あたしに話しかけないで。
家の中でも目をあわさないで。そうしてくれたら、あんたの性欲だけは満足させたげる。それでいいでしょ?」



その言葉はあまりに辛かった。こいつに、そんな事を言わせてる自分が許せなかった。
しかし、今はそんな自己嫌悪に飲み込まれて自己憐憫に浸っている場合じゃない。
俺は、妹の目をしっかり見据えて──
「そんなことしなくても、お前が望むなら二度とお前に話しかけたりしねえ。
お前の視界になるべく入らないようにする。家を出たっていい。
でも、これだけは信じてくれ。俺は本当にお前が好きなんだ。お前の事を愛してる」
──そう、俺は自分の気持ちをぶつけた。しかし……

「どうやって……」
しばしの沈黙の後、桐乃がようやく口を開く。
「どうやって信じろっていうの? あんな話を聞いた後で。あたしがあんたの事を好きだって言ったとたん、
手のひら返したように、好きだって言われて……いったい、どうやって信じろっていうワケ?」
桐乃の言い分は当然だった。俺自身、どう言えば信じてもらえるかさっぱりわからない。
だから俺は何も取り繕わずに、ありのままを語った。

「確かに……俺はお前があまり好きじゃなかった。ぶっちゃけちょっと前までははっきりと嫌いだった。
だって、お前も俺を嫌ってたからな。勉強もスポーツもルックスも、何一つ敵わねえ上に、
嫌われて、馬鹿にされ続けて……そんな妹の事、好きになんてなれるわけねえだろ?
……でもな、最近、なんとなくおまえとも仲良くできるようになってきて、おまえに対する気持ちも
変わってきて……でも、それがどんな風に変わってるのか、自分でもよくわからなくて……
でも、さっき、お前が俺を好きだって言ってくれたから、俺も自分の気持ちを知る事が出来た。
俺もやっぱりお前の事を好きだったんだって……」

その俺の告白を、桐乃はただ無言で聞いていた。そして告白が終わっても、口を開かなかった。

「……駄目か。こんな話、信じられないか?」
そう言うと、ようやく桐乃が口を開いた。

「そんなの当たり前の話でしょ……」



そうか。そうだよな。自分を嫌いだと思ってたから嫌い、好きだといわれたから好きとか……
そんな気持ちのどこに真実があるのかってなもんだ……。

「信じるも信じないも、自分を嫌いな相手の事を嫌いになるなんて、当たりまえじゃん」

──え?

「あたしだって……似たようなものだったし……。でも、最近のあんたは、もしかすると
あたしの事、ちゃんと見ててくれてるんじゃないかって……そう思ったら、だんだん、
つっぱってばかりいられなくなってきて……」

「でも、所詮、あたしの事は妹として見てるだけだとも思ってたし。あんたの頭ん中は、
……で、いっぱいだって。それがなんか腹立たしくて、対抗したくなった。
あんたが、あたしに……その……反応した時、勝ったと思った。
その時は、ただ、意地で、勝ちたかっただけだったんだって自分でも思ってた。
だって、それ以上、どうしようもなかったから。だって、あたしたちは──」

「──兄妹だから。今だけ、子供のうちだけ仲良くできても、決してずっと続く関係にはならないじゃん。
大人になったら、結局はなればなれになるんだし……仲良くしたとこで意味あんの? って感じだし。
……でも、あんたがあんな写真撮ってる事を知ったら、もしかしたらどうにかなるんじゃないかって思った。
もしかしたら……その、少なくとも、あたしがキレイなうちは一緒にいられるじゃないかって……それなら……」

──桐乃は目に涙を溜めながら堰を切ったように、一気にまくしたてた。俺はただ黙ってそれを聞いていた。

「それなら、好きになってもいいんじゃないかって。そう思った。
だから、あんたの話だって理解できる……報われない気持ちを持つのはあたしだって嫌。
自分を好きじゃない相手なんかを好きになるとかありえない……!」



……なんてこった。
やっぱり、俺とこいつは、兄妹なんだ。まさに似たもの兄妹。

「じゃ、じゃあ、俺の話、信じるか?」
そう言うと、桐乃はしばらく俺の表情を伺ってから、ようやくコクンと頷いた。そして言う。
「──で、でもさ、……もっとちゃんと聞かせてよ」
桐乃が恥ずかしそうに言う。
「え?」
「あんたの好きって、どういう好きなの? エッチな事は別腹ってだけで、やっぱり兄妹としての好き?
それとも……違う好き?」
その桐乃の問いに答えるべく、俺は自分の心の内を必死で覗き込んだ。
しかし、結局、明確な答えをみつける事はできなかった。

「……わからねえよ。だって、どんな種類の『好き』だろうと、俺たちが兄妹な事にかわりねえし……
ただ、これだけは言える──」

俺は、俺の言葉を待ち続ける桐乃の目を見て、自分の気持ちが正しく伝わるよう祈りながら告げた。

「俺は、お前が泣いたりしてるところは見たくねえ」
正直、自分でも歯の浮くような台詞。しかし俺の少ないボキャブラリの中で一番、想いを伝えらるだろうと
思って、思い切って言った言葉だった。
しかし、桐乃の目には、はっきりとした失望の色が浮かぶ。
「つまり……家族としての好きって事だよね? それって……」
その桐乃の反応に、俺はあわてて否定する。どうやら俺の祈りは通じなかったらしい。
「ち、違う。そういう意味じゃない。お前が泣かないで済むなら、おまえの望むようにしてやるって事だ」
「……あたしが望むように?」
「ああ。お前が泣かないならそれでいい。どんなことだろうと、俺はそうしたい」
それは取り繕ったような言い方ではあったが、俺の本心でもあった。
桐乃さえ良ければそれでいい。その時の俺には、自分の事など考える余地はなかった。



「じゃあ……もし、あたしが、普通に仲がいい兄妹のような関係がいいって言ったら?」
「その時は……俺もきっぱりあきらめる」
俺がそう言うと、桐乃が目を丸くし、そしてちょっと呆れたように……少しだけ笑った。

「……あんた、今、『あきらめる』って言った?」
え?
「じゃあ、それって、あんたも本心は普通の兄妹とは違う関係になりたいって事じゃないの?」
え? え?
その桐乃の指摘に俺は混乱する。そうなのか? この後に及んで、俺はまだ自分の気持ちを把握してなかったのか?

「ふぅ……あんたってさー本当に救いようの無いくらいのシスコンよね──」
まだ目の端に涙の後が残っているものの、元気を取り戻した桐乃が俺の頬をつねる。
「いて──っ!」
つねった力自体はたいした事なかったが、なんせ、さっき思いっきりビンタを食らったばかりである。
しかし、そんな痛みなんて一瞬で忘れさせてくれるほどの──
可愛い妹の、満面の笑顔が目の前にあった。


「ところでさあ」
桐乃が突然口を開く。
「あんた、ひとつ勘違いしてるみたいなんだけど……」
「か、勘違い?」
まさかまた、ひっかけられたのではという俺の心配を余所に、桐乃は晴々とした表情でこう言った。

「あたし、あんたの事を嫌いだなんて、言った事ないからね!」





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