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「もう少し詰めなさいよ」

桐乃が俺の左腕を身体で挟み込むようにして抱き、身体をギュウギュウと押し付けてくる。
その度に鳴る軋むベッドの音が親父やお袋を起こしてしまわないかと内心ヒヤヒヤだ。
しかも、意識しているのかしていないのか(多分してない)、柔らかいものが色々と当たっている。
妹の成長を感じられて兄としては……嬉しいとか嬉しくないという以前の問題だと思う。
くっ、この妹に対して色香を感じるなぞ……俺は意識を追いやるのに人生最大の集中力を発揮している。

「……これ以上は無理よ」

俺の身体を挟んで向かいに、黒猫が似たような体勢で俺の右腕を抱きしめている。
桐乃と比べると体型が慎ましいのだが、その分、壁と俺に挟まれて密着具合が……。
黒猫は抱きしめるというより、右腕全体を身体で挟むようにしており、右手を腿で挟んでいる。
まぁ……その、なんだ……いわゆるゴニョゴニョに押し付けられている状態で、時折クニクニ動くもんだから、
俺は意識を追いやるのに人生最大の集中力を発揮している。

くそう……こいつらの所為で心臓が破裂してしまいそうだ。充満する女の子の匂いに頭がクラクラする。
なんかもう、段々ぼんやりしてきて、意識を追いやるとかリヴァイアサンとか反応出来ないところまで来ている。
初めてのエッチで男が立たなくなると聞いたことがあるが、まさにそれを体験している最中だ。

桐乃は無意識に、黒猫は対抗して意識的に俺が恥ずかしがる行為に及んでいるんだと思う。
そして、二人ともやったはいいが恥ずかしくてどうにも出来なくなったって所か……。
黒猫なんか加減できずに手の血を止めてしまっている。手が痺れてきた所為か、手の甲がすごく熱くなってきた。
くらくらした頭で、こうなった経緯を思い返していた。

事の始まりは、以前のサークルクラッシュ未遂事件で流れてしまった会のリベンジ回が無事終わり、解散しようとしたところで沙織が言った一言からだ。
次回の開催予告を聞いて、皆(といっても俺・桐乃・黒猫の三人だが)一瞬動きが停止した。
「へっ?お泊り会?」
「ニンニン。拙者、最近仲間はずれっぽくてさびしいので、ここは裸の付き合いならぬ、パジャマパーティーをしようかと……」
「いきなり何を言い出すかと思えば……なんで私がそんなくだらない事に参加しなければならないのかしら」
「いいじゃねーか。女三人で楽しめるし、親交を深めるいい機会なんじゃねーの?」
そう思って、沙織に助け舟をだしたつもりだったのだが……。

「はて、何をおっしゃっているのでござるか?京介氏」
一呼吸置き、グルグル眼鏡のお嬢様はとんでもない事を言いやがった。
「京介氏ももちろん参加してもらうでござるよ」
「いや、さすがに女の家に泊まるのには抵抗があるぞ」
「あーいや、拙者の家ではなく、きりりん氏と京介氏の家にしようかと考えていたでござるよ」
「そ、そうか……まぁ桐乃の部屋に泊まるなら問題はない……とは思うが」

(何が『女の家に泊まるのには抵抗がある』よ……この前地味子の家に泊まったのよアイツ)
(なっ……さ、さすがベルフェゴール、手強いわね……)
こそこそ桐乃と黒猫が話してるのが聞こえた。お前ら、普段は喧嘩するくせにこういう時は仲いいな。

結局、桐乃の家(俺の家)に泊まる事になった。

当日、昼過ぎにやってきた二人は、リビングでお袋と挨拶を交わした。
家に来る条件として、いつものバジーナではなく、沙織として来るように約束をした。
お袋がいるし、万が一がないようにしなきゃいけない。決して俺が沙織の素顔を多く見たいって訳ではない。
かなり悩んでいたが、黒猫の家で服だけ着替えて、家の玄関前で眼鏡を外せばいいって事と、部屋では眼鏡をかけていいってことで納得して貰った。
俺も出来れば、いつも世話になってる沙織には迷惑掛けたくないのだが、こればかりは譲れない。

沙織は顔をほんのり赤くしていつもより幾分かしこまっている。いやー、保養保養。
「こんにちは、お母様。槇島沙織、と申します。いつも桐乃さんや、京介お兄様とは仲良くさせていただいております」
桐乃の学校のグループは何度か見たことのある母親といえども、この美人二人には驚いている様子だ。
いつも俺の精神を攻撃してくる母親様の様子に少し得意になっていると、
「なに沙織見てデレデレしてんのよ、キモ」
妹様に睨まれた。敵は多い。
「……黒猫です。桐乃……さんの友達で、兄さんには……学校でいつもお世話になっております。お義母様」
こっちはこっちで緊張してるな……お母様って、沙織の言葉が移ってやがる。母親に会うのは初めてだが、家には何度も来てるのになぁ。上がり症ってのは大変だ。
それに、あれだけ仮の名前(五更瑠璃)で言えと言ったのに……しゃあねぇな。
「えっ?黒……猫?」
「あー、こいつのあだ名みたいなもんだよ。ほら、綺麗な黒髪だろ?」
びくりと黒猫が顔を赤らめて固まる。
それを見て、桐乃の表情が凄いことに……視線で人を殺すってこういうことだな。
「なっ……い、いきなりなんて事を言うのかしら」
照れてる黒猫に向かって、にやりとしながら
「さあな」
と言ってやった。
お袋は、ゆっくりしていってねと声を掛けながら、俺の顔を見てなにか考え事をしているようだった。

「ちょっと京介、こっちに来なさい」
呼ばれて台所の端へ連れて行かれる。
「あの娘たち二人、桐乃の友達って言ってたけど、あんたも知り合いだったのね」
隠してたわけじゃないが、桐乃が『あたしの友達を泊めたい』と言って許可をもらったのだが、余計なことだと思って教えてはいなかった。
「まぁな……別に教える必要がないと思ったから言わなかっただk……」
「あんた、あの『黒猫』って娘を家に連れ込んでたんじゃないでしょうね?麻奈実ちゃんをほっといて」
「ま、まさかぁ……ご近所のうわさ話を信じるなんてとんでもない!」
「黒髪の色白の綺麗な娘ってあの子じゃない」
ちくしょう、何でまた母親に浮気モノは死ねって視線を受けなきゃならんのだ。
「それに、背の高い娘も一緒に連れ込んだって話も聞いたけど、あの娘ね?」
母上様の視線の温度がどんどん低下していってる。
「この家をハーレムの現場にしようなんて考えないことね」
その発言に父親とは別の威圧感というか、ある種の恐怖を感じた。
「んなことしねーよ!」
もういやこの家。だって本気で言ってるぽいんだもん。

夕方、二人は帰ってきた親父とも挨拶を済ませ(親父には両方とも好印象のようだ。美人だしな!)

夕食をすませ、桐乃の部屋でゲームをして盛り上がった。その後、少し話をしてから俺は、一人クーラーの無い部屋へ帰ることにした。
やっぱり、男がグループに混ざるより、女の子同士で話をしたほうがいいだろうからな。

それにしても、ネグリジェのナイスバディーなのに、グルグル眼鏡のおかげで何も感じなかった。
恐るべし、グルグル眼鏡……。

しばらく話し声が聞こえていたが、眠ったのか、静かになった。


それから30分ほど経っただろうか、いつまで経っても眠気が訪れずにいた。
いつもと違う空気感に、目が冴えて眠れなくなってしまっているようだ。
暑くて喉も渇いたし、麦茶でも飲んでこよう。

帰ってくると、ベッドのうえで黒猫がタオルケットに包まっていた。
……確かに、今、俺と黒猫は『恋人』になったとはいえ、問題が色々有ると思うんだ。それにホラ、家族も家に居るし。
と冷静に判断出来るくらい、俺は落ち着いている。
「黒猫氏、部屋を間違えているでござるよ」
噛まずに話しかけれた。大丈夫だ俺。
「焦りすぎよ、貴方」
普通、美人が自分のベッドに寝てたら冷静じゃいられないと思うぞ。
心の中で黒猫に突っ込みをいれ、幾分落ち着いた俺は、再度聞いた。
「お前、どうしてここに……」
「『恋人』である貴方のそばに居たいという、彼女の切ない思いなのよ」
「……はぁ、分かった分かった。」
もう何を言っても無駄だろうと思いながらも
「どうなっても知らねーぞ?」
と忠告をしつつ、黒猫の隣に横になる。まるで寄り添う『恋人』のように。

そこで、桐乃の部屋の扉が開く音がして、足音を響かせた桐乃がやって来た。
うつむき加減に近づいてくる。小声でブツブツと「やっぱり、あんたたち……こうなるんじゃないかって……」つぶやいている。
ベッドの脇にやってきて、物凄い形相で口を開けた。

「◎○×△◇※%!!」

言葉にならないようで、大声で親を起す事は無かった。
俺は、黒猫のおかげで、桐乃の気持ちを知った。長い間、こいつに辛い思いをさせたのだと思うと胸が痛かった。
のだけれど、やっぱりこいつは妹だ。以前と違うのは、嫌いではなく、愛すべき妹だがな。

怒りすぎて、ぜーはー息をしている桐乃に
「ま、まずは冷静になれ、深呼吸だ深呼吸」
左手で待ったのポーズで刺激しないように、慎重に対応する。
「大声を出すなよ……親が起きてしまうぞ……。ドウドウ、ドウドウ」
そんな様子の俺に、怒り心頭だったテンションが、一気に下がったのか、今の状況を見て、桐乃が切なそうな顔をする。
「なんでこいつと一緒に寝てるのよ……」
「それは色々と事情があtt」
「『恋人』同士だからに決まってるでしょう?」
おィイ!?せっかく大人しくなったのに、火に油を注がないでもらえませんか!?
桐乃はキッと黒猫と俺を見て、
「……絶対認めないんだから」
と呟いて、ベッドに潜り込んで来た。
「おい!なんでお前まで来るんだ!」
「いいでしょ!兄妹なんだから!!」
「いいわけないでしょう……それに、この人数は無理よ」


と、小声でぎゃーぎゃー騒いで、今に至る。
ご存知の通り、俺のベッドはシングルだ。二人でもやっとなのに三人なんて、普通に寝られるわけが無い。
今夜は幾分落ち着いたとはいえ、まだまだ夏の夜の暑さだ。それなのに二人に挟まれて暑さは倍増である。
家で唯一、エアコンの無いこの部屋では、死人が出るかもしれん。(俺とか)
こいつら、顔を紅くしてのぼせそうじゃねーか。黒猫なんか息も荒くなってきた。
時折ピクリと身体を震わせているので、抜け出そうか迷っているようだ。
そんなに桐乃への対応意識持たなくてもいいと思うんだけどな。

そろそろ止めようかどうか迷っていると、二人の口げんかが熱くなってきた。
「なら、あんたが私のベッドで寝ていいわよ。感謝しなさいよね。私のベッドで寝られるなんて」
「っ……貴女が、自分のベッドで寝ればいい、でしょう。私と『京介』は……『恋人』同士なんだから」
「あんたっ!私が認めてないんだから、そんなの無効よ!」
「ふっ、それを決めるのは、私と『京介』であって、貴女の意見なんて、関係ないわ」
「それがぁ関係あるのよねぇ。私が『彼氏』連れてきたらぁ、このシスコンさぁ『俺は認めない。大好きな可愛い妹はやれない!(キリッ』って追い出したのよねぇ。
それが原因で別れたしぃ」
桐乃はニンマリという擬音が見える表情をしながら、猫なで声で反論する。
「その前なんかぁ、『彼女も妹もかわんねーな』って言われたしぃ。あんたが居る必要ないと思うんだけどぉ」
この猫なで声は非常に人をいらいらさせる。黒猫がプルプルしながら我慢している気持ちがよく分かる。
「……本当なの?『京介』」
そして、矛先がなぜか俺へとやってくる。あれ?
黒猫は、優しい声音で聞いてくるが、眼はまったく笑ってない。
「ま、待て……説明させて欲しい部分が多々ある上に、言った内容と経緯には天と地とほど差がある……」
慌てて返事をする。
「それで?」
「……似たようなことは確かに言痛たたたたたた!」
右腿を思い切りつねられた。
「シッ!大きな声出したらばれるでしょ!」
「……この状況を見られていいのかしら?」
もうやだ抜け出したい。

「お前らいい加減にしろ!俺が一人で寝るから二人で寝てろよ!」
「シスコン!なんであんたが私のベッドで寝……ハッ」
桐乃が急に顔を真っ赤にして、とんでもない勘違いを口走る。
「ま、まさかクンカする気じゃ……!」
「ちげーよ!リビングで寝るんだよ!それにお前の匂い嗅いだりしねーよ!!」
ゼロ距離で桐乃から左腿にニーキックを食らった。筋の間にヒットし、息が出来なくなる。
「それでは『京介』が風邪をひいてしまうから、私も一緒に行くわ」
「クソ猫が一人で寝ればいいのよ!それにさっきから『京介』『京介』って、名前で呼ぶ必要ないでしょうがっ!」
「あら、私がなんと呼ぼうと、私の勝手だわ。貴女に指図される筋合いは、無いわね」
売り言葉に買い言葉で収集がつかなくなってきた。
これじゃ、埒があかないな。
「あーもう、うるせー!」
起き上がろうとするが、二人に腕を引かれる。だが、今やめさせないとこのままじゃどうなるか分からない。
ここは心を鬼にして、強引に上半身を持ち上げる。

ビクリと黒猫が身体を震わせて、思い切り腕にしがみついて来た。
「んっ……くっ……ふっ……」
俺の力に対抗する為か、黒猫は全身に力を入れて引っ張っている。少し、やり過ぎたかな?臆病な黒猫は怖がってるのか震えている。

しかし、そんなことで流される俺ではない!一度乗った俺を止める事は出来ないのだ!
と、調子に乗った俺は、腕を振り解き、身体を起こして桐乃の上を飛び超えて床に降り立った。
エアコンが無い部屋なのに、二人から離れると涼しく感じた。特に右手なんか挟まれてたもんだから、汗でべとべとだ。
「俺は外泊する」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!こんな時間だし迷惑でしょ!」
「……さすがに、私もやり過ぎたと思うけれど、それは駄目よ」
確かに、今は0時を過ぎたが、俺は頼ることの出来る友人が居る。今回、本気で行こうと思っているわけではないんだがな。

桐乃と黒猫が泣きそうな顔をしていたが、この時の俺はいい気になって、わざと言い放った。
「麻奈美か赤木なら泊めてくれr」
鈍い痛みと共に、意識が閉じて行く。

途切れ行く意識の中で
「信じらんない!なんでせなちーの名前が出るのよ!」
「……よくも私の前で女の家に泊まるなんて言葉が出せたものね」
という二人の呟きが聞こえた。



その後、沙織が入ってきて倒れた俺を介抱したり参戦したりと、さらにカオスになるのだが

それはまた、別の話で



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最終更新:2011年01月01日 09:24
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