初詣ネタ


「何を見とれているのかしら」
玄関先で固まっている俺に黒猫はいつもの口調で言った。

寒空の中、大晦日も夜の十時半を過ぎたころ、玄関のベルが鳴ったので、
どうでもいいと思いつつ紅白をなんとは無しに眺めていた俺が玄関を開けると、
そこには綺麗な日本人形が立っていた。

いや、人形じゃない。
夜の黒に溶けるような黒い振袖。
その黒の中に、雪を冠した梅の花の柄が豪奢に流れている。
そして夜の闇に溶ける漆黒の艶やかな髪。
真っ直ぐ伸ばされた黒髪と、ほんのり薄紅色に火照った頬のコントラストは
思わず息を呑むほど美しかった。

まるで作りものみたいな。
でも、その生気は人形ではありえない艶をもっていた。
黒髪の襟元には白くてふわふわした、よくわかんないけど高級そうな襟巻。
帯は錦糸なのか絹なのか、妙にてかてかと光沢をもった、でも
けっして安物ではなさそうな、そんな和装の美少女を目にしたら誰だって固まってしまうのも無理からぬ事だろ?

黒猫は言った。
「寒いわ、先輩。よろしければお家に入れてもらえないかしら?」
あ、ああ、もちろんだ。
「これは祖母の形見なの。自分で着付けをしてみたのは初めてなのだけど、
変ではないかしら?」

「変なことなんてあるもんか!
その、すげえ綺麗だと思う。美人画みたいだって思ったくらいだ」
この時ほど現国を頑張っておけばよかったと思った時はない。
俺の情けない、ボキャブラリーのないアホみたいな褒め言葉じゃこの黒猫の姿の綺麗さ、美しさ、愛らしさを百分の一も表現しきれていない。
でもそんな稚拙すぎる俺の表現を聞いた黒猫はその薔薇色の頬の中の唇をほころばせて
嬉しそうに微笑んでる。

「な、何着飾っちゃってんのよ!?」
これは俺の後ろから現れた桐乃の叫び。
「あら、一緒に初詣に行く約束でしょう?」
と涼しい顔の黒猫。

「それって明日の事じゃん!?」
「新年の最初に詣でるから初詣と言うのよ。
その丸顔の中の脳はそんな事も知らないのかしら?」

桐乃が答えに窮していると、その後ろから母親が。
「お客様なの?どなたかしら」
そんな初対面の俺の母親に、黒猫は完璧な物腰でご挨拶をする。

「始めまして。夜分遅くに失礼します。私は桐乃さんの友人で、五更瑠璃と申します。
京介さんとはしばらく前からお付き合いさせて頂いてます」
と、和装の美少女が礼儀正しくご挨拶をしたらもう、うちの母親なんて
一発で攻略されてしまうのも無理からぬ事で。
「初詣のお誘いに来たのですが、桐乃さんと京介さんとご一緒に
二年詣りに参るお許しを頂けないでしょうか?」
「あらあらまあまあ」
そんなサザエさんでしか使わないような慌てた台詞で居間の父親に告げてる。
「あなた、京介の彼女さんがいらっしゃったのよ」
「そうか、では上がって頂きなさい」
ありがとうございます、という可愛らしい返事をして草履を脱ぐ黒猫。
見とれていた俺もはっと気付いて手を貸す。
きちんと脱いだ草履の向きを直した黒猫は、俺の手をとって立ち上がる。
そのとき黒猫の顔がすごく近くを通り、その形のよい唇にほのかに薄い赤い色の紅が乗っている事に気づく。
その唇に視線が吸い寄せられるのも自然すぎる事で、脛に桐乃のローキックが入らなかったら
もしかしたらそのままキスしちゃってたかもしんない。
不服そうな桐乃をよそに、うちの居間のソファにちょこんと座ってる黒猫。
なんとも絵になるね。
母親は地に足が付かないくらい浮き足立ってて、変な質問ばかりしてる。

「お母さん!着付け手伝ってよ!」
二階から桐乃が母親を呼んでる。
「瑠璃ちゃん、うちの京介のいったい何処が気に入ったの?」
というアホな質問を投げかけていた母親がちょっと失礼するわね、と階段に消える。

「京介さんはとても妹思いで素敵なお兄さんですし、困ってる人を助けずにはいられない
優しさに惹かれました。気がついたら、好きになっていました」
そんないきさつ、俺も聞いたことねえよ!
っていうか、親の前で真顔でそんな事言われたら照れるだろ!
黒猫、そういうのは二人きりのときに言ってくれ。頼むから!
「うちの愚息にはもったいないくらいの素晴らしいお嬢さんじゃないか。
瑠璃さん、不肖の息子ですがどうかよろしくお願いします」
わあ。父親は頭下げちゃってるよ!

いたたまれない、父親と彼女との会話を横目で見つつも俺は黒猫にシグナルを送る。

頼 ?む ?か ?ら、 ?黙 ?っ ?て ?く ?れ

そのメッセージに気付いたのか、黒猫は変な微笑みを浮かべながら、俺に言った。
「先輩? 先輩は今日のこの格好があまりお好みではないのかしら?」

酷い!
酷い黒猫!
そんな事訊かれたら親の前でも言わなきゃいけなくなるじゃん!

「あ、あの、あんまり綺麗過ぎて、言葉になんないだけで、その、
すげえイイと思うぜ」

「すげえイイとはなんだ、京介! 折角瑠璃さんがこんな素敵な装いをして下さってるのに、
もっときちんと感想を言わないか」
ボスケテー!!
なんで父親の前でそんな恥ずかしい真似をせにゃならんのだ!

でもそう言えないのは父親には逆らえない悲しいところ。
「あ、あの、その、なんだ、くろ…じゃなかった、瑠璃…さんの、髪飾り、
黒猫の目みたいで、すげえ、じゃなくて、凄く、似合ってる、と思う…思います」
「ありがとう。…お父様、京介さんは口下手なところはあるけれど、
とても細かいところまで気がついて、優しい彼氏なんです。
言葉が足りなくても私の事をいつでも想ってくださってます」
親父!
てめえ黒猫に「お父様」って呼ばれたとき一瞬鼻の下伸びただろ!
見逃さなかったからなチキショー!
黒猫も黒猫だ!
いくらなんでもネコ被り過ぎだろ!!

そう心の中だけで思ってると、騒々しい音が階段を降りてくる。

桐乃。
真っ赤な振袖はお前に似合ってるけど、だからと言って腰に両手を当てて俺を睥睨するように
ガンを飛ばすのはどうかと思うぞ。

そんなこんなで、右腕に黒猫、左腕を桐乃に取られたまま初詣に出掛ける。
俺の頭越しに冷戦の火花が散ってるのは気のせいじゃないだろうな。
「奇襲でポイント稼いだつもり?ホント性格悪いったらありゃしないわよこの腹黒猫が!」
「あら、先輩はこの格好がいたくお気に入りのようだけど」
「ふん!たかが振袖くらいでいい気になるんじゃないわよ!」
「その明るい茶髪に赤の振袖はどうかと思うわよ。それに帯の位置が上過ぎる気がするわ」
「悪かったわね! 着物が似合うのは胴長で胸が小さいド日本人体型だけなんだから!
どうせあんたみたいなナイ胸女だったら帯の位置がしっくりくるんでしょうけど」
「あら、言ってくれるわね?
言っておくけど、貴女の兄さんはこの胸の大きさが好きだ、って言ってくれたのよ?」
「はん! ?どうだか。コイツのベッドの下の本を見たことあるの?! 馬鹿みたいにでっかい
おっぱいのグラビアばっかりなんだから!」

いつ見たんだ!
って言うかそんなもん漁るんじゃない!
「どういう事かしら?」
俺の右腕に絡みついた黒猫から、なんとも言えない冷たい波動が伝わってくる。
「ち、違うんだ。アレは以前、赤城に貰ったモンで、お前と付き合い始める前にー「先週増えた雑誌もでかおっぱいの写真満載だったっけね~」
冷たい波動が三倍くらいの量で俺の右半身を凍らす。
「違うんだ、俺が好きなのは、俺が見たいと思ってるのは、
お前のおっぱいだけなんだ、信じてくれ、黒猫!!」

瞬時に凍てつく波動は消え去り、恥ずかしそうにふるふると震えてる黒猫の体温が俺の右半身を包む。

しかし、今度は左半身に焼け付くような怒りの放射熱が浴びせられる訳でーー

どうすりゃいいんだ!?


京介が困惑したまま終わる

つづかない




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最終更新:2011年01月01日 09:28
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