女王様・黒猫 01


『私……先輩のためなら、なんだってできるのよ』


 彼女が先日のピロートークの最中にそんな嬉しいことを言ってくれたので、俺はその言葉に甘えることにした。






「黒猫、踏んでくれないか?」






「……は?」


 一拍置いて聞き返されてしまった。
 これでも勇気のいる告白だったのに……頼むからちゃんと聞いていてくれよ。赤面するだろ。
 しょうがない、恥ずかしいけどもう一度だけストレートに伝えよう。
 俺は一つ咳払いをしてから、再び口を開いて言った。


「黒猫、踏んでくれ」
「えっ、ちょっ……い、いきなり何を言ってるの?」
「黒猫に踏んでほしい!」
「そうじゃなくてっ」


 俺のベッドの縁に腰掛ける黒猫はなんだか名状し難い表情をしていた。
 一体何が不満だと言うのだろう。デスクチェアを軋ませて足を組む。


「この前なんだってしてあげるって言ってくれたのは黒猫だろ?」
「い、言ったけど、だからっていきなり……顔を踏めなんて言ったら別れるわよっ」


 あ、なるほどね。
 あまりに言葉が足りなかったせいで、ハードな方へ勘違いしちゃったのか。
 いつも冷静な黒猫だって、彼氏がいきなりどMになったら、そりゃあビビるってもんだよな。
 ようやく合点がいった俺は、愛する彼女になるべく優しく語りかけた


「安心してくれ、流石の俺もまだそこまでの上級者じゃない」
「そ、そう。それならいいのだけど……」
「踏んでほしいのは股間だ」
「……短い付き合いだったわね」


 そう言ってすっくと立ち上がってしまった。
 額に汗を一筋浮かべて逃げようとした黒猫に、慌てて後ろから縋りつく。


「待って黒猫! 一度でいいから踏まれてみたいの! 後生だからお願い!」


 俺の腕の中にすっぽり収まった黒猫は、かなり本気で暴れだした。


「ちょ、ちょっと、この痴漢っ、放しなさいよっ」


 痛っ! 蹴るなよ! このドラ猫め!
 なんでそんなに嫌がるんだ! 股間を踏めばいいだけなのに!


「ヤダッ! 踏んでくれるまで耳をペロペロしてやる!」


 ここまで頑なに拒絶されるもんだから、なんだか俺までムキになってしまった。
 やや乱暴に耳朶に歯を立てて、身じろぎをする黒猫を制す。
 こうしてしまえばこっちのもんだ。


「きゃっ、ま、待って……くっ、ふぅんん、ん……や、やめ……!」


 耳とその下の首筋は、黒猫の弱点の一つだった。
 肩に顎を乗せ、雪も欺く真っ白な首筋をちろちろ舌でくすぐってやる。
 下から上へと何度も丹念に舌を這わせると、黒猫はそれに合わせてびくびくと首をふるわせた。
 息を吹きかけるように「黒猫、愛してるぞ」と言葉を注いだだけで、大げさなくらいに身体が跳ねる。
 そのまま頬にキスしてやると、彼女の自慢の白磁の肌は、まるで火が灯されたのかのように、たちまち上気して赤らんでいった。


「どうだ、踏む気になったか?」
「ふっ、ぁぅ……んぁ、んっ……」


 火照った首に口づけながら質問しても、黒猫はふるふるとわななくだけ。
 ああもう。なんかもう返答なんてどうでもよくなってきた。
 他人をオモチャにするってのは、こんなにも気持ちがいいんだなぁ(みつお)。


「ほれほれ、観念してにゃんにゃんしろー!」
「ふぁ、やっ……やめろ!!」
「にゃんっ!!!」


 無防備な顔面を襲った無慈悲な衝撃に耐えきれず、とっさに黒猫を離して、ベッドへ尻もちをついてしまう。
 俯いてるのに目がチカチカする。どうやら強烈なヘッドバッドを食らってしまったようだった。


「はぁーっ、はぁーっ」
「く、黒猫……」


 ジンジンと痛む鼻っ面を抑えて顔を上げると、涙目で顔を真っ赤にした黒猫がいた。


「し、信じられないっ。あなたはいつからこんな変態になってしまったの!? 私の先輩を返して頂戴っ!!」


 ぷりぷりと怒る姿も可愛いなぁ。
 いかにも怒り心頭といった感じだが、俺を責めるのはお門違いだぜお嬢ちゃん。


「こんな魅力的な恋人ができたんだから仕方ないだろ。瑠璃が可愛すぎるのが悪いんだ!」
「――――っ! …………か、仮の名で呼ばないで頂戴……」


 愛情いっぱいに叫んでやると、黒猫はボソボソと呟きながら俯いてしまった。
 下の名前で呼んでやるといつもこうなっちゃうんだよね。
 チョロい。だが、それがいい。


「な、なんでよ……なんでいきなり踏まれたいだなんて」


 俺の脳内の瑠璃リンガルによれば、わざわざ理由を訊いてくるのはちょっと乗り気になってきたサイン。


「ベッドの上で見せてくれる可愛い白猫もえっちでキュートだけど、いつもの強くてカッコイイ女王様な黒猫も俺は大大大好きなんだ!」


 ビクリと肩を震わせて茹で上がる黒猫。
 しめしめ、もうひと押しで陥落だ。


「いつも無理矢理イジめちゃってるから、たまには黒猫の真の姿を見たいと思ったんだけどナー」


 ホントは足コキされながら隠語責めされてみたかっただけなんだけどね!


「……確かに、最近のあなたの増長振りは目に余るわね」


 自分を納得させるかのように、顔を赤くしたまま複雑な表情で頷く黒猫。
 そんなこと言ったって、黒猫がいちいち可愛いのがいけないんだもん。
 イケない姿を見るたびに、俺の威力棒で教育しなきゃと思っちゃうから。
 可愛いものを可愛がる。それがしつけというものだ。


「……ど、どうしても踏んでほしいと言うの?」


 距離感を測るようにおずおずといった様子で訊いてくる。そんなこと、言うまでもない。


「黒猫の圧倒的な脚線美に俺は心を奪われた。この気持ち、まさしく愛だ! Sっ気のあるいつものクールな黒猫に踏まれたり罵られたりしてみたいんだ! ああ、もう我慢できない! 読者さんにもそろそろブラウザバックされちゃうよ!」


 思いの丈をぶちまけると、筆者がめんどくさくなったのか、それとも遠慮がいらないと判断したのか、黒猫も不敵な笑みをにわかに浮かべ、


「………ク、ククク。いいでしょう、人間…………あなたがそこまで言うのなら、私が手ずから“調教”してあげようじゃない」


 とノリノリでベッドの上に乗っかってきた。
 け、けしからん!
 期待通りじゃないか!
 まったくけしからん!!


「何をしているの? まるで愚鈍な豚ね……さっさと仰向けに寝転がりなさいな」
「あ、悪い」


 そう言われるがままに仰向けになると、黒猫は何故か眉を顰めて見下してきた。


「悪い? あなたね、謝るときは“ごめんなさい”でしょう? 」


 あ、あるぇー?


「いつもいつも、調子のいいことを言っては好き放題してくれちゃって……私だってね、いい加減あなたの行為には腹に据えかねていたものがあったのよ」
「えっと、黒猫?」


 つぶらな瞳が笑っていない。これが噂の暗黒微笑……こ、怖いじゃない。


「……ほら、無様に許しを乞うてごらんなさい?」


 ……もしかして俺、ヤバい地雷を掘り当てちゃった?


「い、いつもやりたい放題してごめんなさい……」


 恐る恐る謝ってみると、黒猫はくすりと笑ってから、俺の身体に覆いかぶさってきた。
 そのまま片手で肩をベッドに押さえつけられる。早くも黒猫のペースだと……!?


「……ふふ、よくできました。素直な子は好きよ? それじゃあ、ちゃんと謝れたご褒美をあげる」


 彼女の自慢の艶やかな髪が俺の顔へ贅沢にかかる。甘ったるい芳香が脳みそを突き抜けた。


「んっ! んん、む……ぅ……」


 唇と歯茎、それにベロと舌裏にヌメヌメとした感触。
 温かい固まりが口の中にそろりと入ってきて、俺の舌ともつれ合う。
 いや、もつれ合うというよりかは、容赦の欠片もなく口内を蹂躙されたというのが正直な所。
 そこには身動きができない俺を一方的に貪る獣がいた。信じられないことに、黒猫だった。


 いつもは立場が逆なのにっ……! こ、こんなの俺の黒にゃんじゃないにゃん!


 そんな抗議の声も上げられず、黒猫の唾液がだらだらと送り込まれてくるのを、俺は必死に嚥下するしかない。


「んんっ!?」


 全身の毛が逆立って、背筋を寒気が通り過ぎる。
 目を下に落としてみれば、黒猫が開いた方の手で俺の股間をさわさわと撫でているではないか。
 その手つきはやけに挑発的で、ひどくじれったくて、腹の奥から灼熱のような肉欲が沸き上がる。
 や、やばい、これはキク。俺は我慢弱いというのに。
 視線を戻すと、発情した表情を浮かべた彼女と目がかち合った。


 なんというエロ猫……これは間違いなく生粋のサディスト。


 反撃しようと彼女のカワイイちっぱいや小さいお尻に手を伸ばそうとするも、その度に振り払われて、キャンタマをギュッと握りしめられる。
 手を引っ込めると少し乱雑な愛撫が再開される。
 軟硬交えたその外交手腕は、まさに飴と鞭といった風情だった。
 しかも、手を出さなくても、キスに集中してないと直ぐおにんにんが圧迫されるという始末。
 そんな風に愛撫と握撃を繰り返されるもんだから、チキンな俺はすっかり交戦意欲をそぎ取られてしまい、されるがままに口元を散々嘗め尽くされる。
 途切れ途切れに漏れ聞こえる彼女の声の音色が、とても艶やかで、いつものそれと全然違う。
 そんな発情した黒猫の桃色吐息に、不覚にも耐え切れないぐらい興奮してしまった。
 最初は黒猫に責められつつ“責めたい”という欲求を溜めてから、隙を見て攻守逆転した後、溜めに溜めた欲望を一気にぶちまけよう――そんな呑気な計画は俺の理性と共に崩壊の一途を辿っていった。
 ゴワゴワとした制服のスラックスの上から撫ぜられてるだけだというのに、先走り液がだらだらと流れ、下着を汚しているのが自分で分かる。
 黒猫に押し倒されてからというもの、俺の股間のオバマ大統領は大激怒していて、デフコン1をビンビンに発令中だ。
 こんな格好でチンポをおっ立ててると、マジで自分が本物の変態になったような気がする。高坂京介は紳士なのに……。


 どれだけの時間そうしていただろうか。互いの唇や口の周りは、二人の唾液でふやけるぐらいにベトベトになっていた。
 それでも熱心にキスを続けようとする俺を、しかし不意に押し戻し、ようやく顔を離した黒猫が言った。



「ふっ、覚悟して頂戴……今日はあなたに立場の違いというものを思い知らせてあげるから」



 す、素敵です女王様ッ!





つづく。




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最終更新:2011年01月19日 10:11
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