声色




「今度の日曜、黒いのと沙織が来るかんね」

と、桐乃。
なんだよ。友達が来るから、俺に出て行けっていうのか?
あいつらと俺が顔を合わせたってどうってこと無いだろ。
俺は出て行かないぞ。

「それと‥‥‥あやせも来るから」

ごめんなさい。やっぱり出て行きます。てか、俺弱ッ!

「ナニ、キョドっちゃってんの?
 別にアンタに会いに来るわけじゃないんだから。別に居てもいいケドぉ」


―――あやせに桐乃の趣味への理解を少しでも深めてもらうために、
あやせを黒猫と沙織に会わせるらしい。
でも夏コミの時にあいつらを見たあやせの印象は「すごい格好」だぞ?
一般市民だってあいつらの外見には抵抗があるだろうに、
あやせの潔癖ぶりじゃ、あいつらが視界に入った時点で拒否反応を示すだろ。

「少しずつ馴らしてあるから、その辺は大丈夫よ」

本当かよ。我が家で犯罪が起こるのはカンベンしてもらいたい。マジに。


日曜日。

「は、初め‥‥‥まして、新垣あやせ‥‥です」
「黒猫よ。そしてこの世での仮の名は五更瑠璃」
「沙織・バジーナでござる!」

あやせがものすごく引きまくっている。
こいつらとあやせはひとつしか年は違わないのに、あやせから見ると
とんでもなく年齢が、いや、生きる世界が違っている様子が良くわかる。
今日のところは、オタク二人にあやせを馴れさせるのが目標らしい。

「あらあら、女の子がこんなに大勢。あんた、変な気を起こすんじゃないわよ!」

お袋が妙な釘を刺しつつ、お茶と菓子を用意してくれた。
こういうことって桐乃がやっても良い気がするが‥‥‥できないんだよなあ。



時が経つとあやせも馴れて来たようで、普通に会話ができるようになった。
あやせは黒猫の透き通るような白い肌と黒い髪に、
そして沙織のプロポーションに目を奪われた様子だった。
そして沙織はあやせの清楚さに目を奪われた様子。
問題は黒猫だ。ただでさえ人見知りが激しく、あやせへの警戒を解こうとしない。
何も起こらなきゃいいが‥‥‥


―――そんな俺の不安は杞憂に終わった。
オタク二人とあやせを会わせて馴れさせるという目標は何とか達成したようだ。
とりあえず、あやせが暴れることも泣き出すことも無かったし。

「それじゃ仕事がありますので、先に失礼します」

帰りの挨拶には、今日家に来たときのようなオドオドした様子は全くなかった。
ひと安心だったな。

「拙者たちも御暇いたします」

沙織たちも帰るようだ。
――そうだ。沙織に借りていたモノがあったな。
二人に待っているように頼み、俺は自分の部屋に借りたモノを取りにいった。
そして部屋に入った瞬間、違和感のようなものを感じた。

‥‥‥? なんか部屋の空気が違ってねえ?
何が違う、とは断言できないが、何かがおかしい。
まるで誰かが部屋の中に入ったかのような‥‥‥


「ちょっと、頼み事があるんだけど」
「‥‥‥何かしら?」

沙織に借りたモノを返した後、黒猫を呼び止め、
俺の部屋の違和感のことと、あやせの性格のことを話した。


「つまり‥‥‥、ヤンデレ女があなたの部屋に潜んでいるというの?」
「うーん、確証があるわけじゃないが、あやせは俺を監視しようとしているし」
「要するに、あのヤンデレ女を追っ払うことができれば良いのでしょう?」
「ああ、そうだが‥‥‥できるのか?」
「この世界では、猫が鼠を追い出すのは容易いことは当たり前ではなくて?」

黒猫の口角がつり上がった。
で? 一体どうするつもりなんだ?―――と、黒猫? ドコに行くんだ?



リビングでお茶や菓子の後片付けをしている桐乃に悟られないように
黒猫は階段を上って行き、俺はそんな黒猫の後を追った。
黒猫は俺の部屋―――の前を通り過ぎ、
桐乃の部屋の前まで進むとドアを開け中に入った。
ちょ、何するんだよ?

「ではこれから、鼠を追い出して見せるわ」

黒猫のヤツ、一体何をするつもりだ? そう思った刹那、

「『ねえ京介ぇ、邪魔なみんなは帰ったし‥‥‥甘えていい?』」

ぐぅッ!
黒猫のヤツ、桐乃の声色を真似し始めた。実に似ている。魂入っているぜ!

「『とりあえず‥‥‥キ・ス・し・て』」
「(お前、ナニを言い出すんだよ?)」
「(演技をしなさいな。ヤンデレ女を追い出すためでしょう!)」

なるほど。桐乃と俺がただならぬ関係になっているように装って
あやせをいぶり出す作戦か。よし‥‥‥!

「半日ぶりなのに、永いことキスしてなかったような気分だな」

ゴトン

壁越しに物音が聞こえた。やはり、俺の部屋にあやせが潜んでいたのか。

「『半日キスしなかっただけなのに、そんなに寂しかったの?』」
「ああ、もう我慢できない!」
「『もう、やさしくしてね、いつものように』」

ガタン バタン ドタドタ

「フッ。酷い慌てようね。こんな簡単にいくとは思わなかったわ」

ガチャッ バタン ドタドタドタ‥‥‥

ドアを開けて廊下を駆ける音がする。すげー慌てっぷりだ。

「さあヤンデレ女の慌て顔を拝みましょう。やって来るわよ、3・2・1‥‥」

バンッ!!!

「あなたたち、一体何を‥‥‥!!」

勢い良くドアを開け、血相を変えて飛び込んできたのはあやせ―――ではなく、



お袋だった―――。




「お、お袋‥‥‥? そっちこそ何をやって‥‥‥!?」

「あ、えーっと、つまりその‥‥‥」

隣の黒猫の顔を覗くと、紅のカラコンで染められた瞳が点になった状態で
俺の腕に縋り付いてきた。

「なーんだ。瑠璃ちゃんとだったの!? もうおどかさないでよ!」

あのー、お袋殿、一体どんな誤解を? ってそのまんまだよな、きっと。
俺は額と背中に嫌な感じを汗をかき、黒猫は凄くバツの悪そうな顔をしている。

「みんな、アタシの部屋で何やってんの?」

部屋の入り口で桐乃が発した言葉で三人とも我に帰った。

「「「‥‥‥えーっと」」」


黒猫を送っている途中、さっきの騒ぎの反省会が始まった。

「それにしても、あなたって実の母親からも変態シスコンに見られているようね」
「んなワケねえだろ!」
「じゃあ、どうしてあなたの母親があんな様子で飛び込んで来たというの?」

む‥‥‥、反論できねえ。
御鏡が家に来たときも、桐乃に手を出したとか、鬼畜とか言われたもんな。

「それにあなた。『半日ぶりのキス』ってどういうこと?
 まるで、半日と空けずに妹とキスをするのが当たり前のように聞こえたわ。
 とんでもない変態兄ね」
「そ、それは、いきなり台詞を振られたからだろ。つい口から出たんだよ」
「無意識に出たというのなら益々如何わしい感じじゃなくて?」
「別に俺は、桐乃のことなんてどうも思ってないし、関係ねえよ。
 アイツだって俺のことを嫌っている筈だし」
「本当かしら‥‥‥?」

黒猫に言葉攻めされると正直ツライ。
針の穴のような失言から突き崩されるからな。

「好き‥‥‥」
「ああ? なんだよいきなり?」
「何でも無いわ‥‥‥」

おかしなヤツだな。このタイミングで何を言い出すのか。
そう思った次の瞬間、俺の耳に入り込んだ声に俺は動揺した。

「『好き‥‥‥』」

ハッ!として周囲を見渡したがどこにも桐乃は居なかった。
そうか、今の声色は黒猫だよな。おどかしやがって。

文句を言おうとすると、紅い瞳と目が合った。

紅い瞳の黒猫は気のせいか、少し寂し気な表情をしていた。


『声色』 【了】






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最終更新:2011年01月22日 01:14
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