君に捧ぐ処女


「くぬっ、くぬっ! ありえない! マジありえないッッ!!」

 帰宅すると桐乃の部屋から奇声が聞こえたので心配になってドアを開けてみたら、そこには床に置いたゲームディスクをストンピングする桐乃がいた。
 ……。
 …………手遅れかなあ。
 いやいやいや、諦めるにはまだ早い。

「おい桐乃、一体なにを……」
「中古だったの! あたしの可愛い妹ちゃんがッ!! 中古でお下がりだったのよォォォ!!!」

 やっぱり救急車呼ぼう。

「すまん桐乃、俺にも分かるように言ってくれないか?」

 もはや声を掛けるのも嫌だったが、さすがにこの狂乱痴態は看過できん。
 こんなヤツでもたった一人の妹なんだ。もしも桐乃が死んでしまったら、俺の右腕を犠牲にしてでも……言い過ぎたな。うん。
 まあ、秘蔵のエロ本を対価にして魂を錬成してやらんでもない。

「攻略してた妹キャラが処女じゃないことが判明したのっ!」

 エロ本差し出すのもイヤだなァ……。

「ああ、もう最悪……なんで妹モノなのに妹が兄に処女捧げないのよ。ありえない、絶対ありえない……シナリオライター石打ちしたい……」

 床にへたり込み、グスグスと鼻を鳴らしだした桐乃。
 いつぞやおまえが書いた妄想小説なんてただのビッチ無双じゃねえか。
 いつからおまえはイスラム教徒になったの?
 なんて怒られるから言わないけれど。

「元気出せって。たかが架空のキャラクターだろ?」
「架空って言うな! あんただってもし彼女が保健室で援交してたら絶対こうなるんだから!」
「おまっ、俺の黒猫はそんなことしません! それは別の世界の黒猫さんです。訂正しろ」
「俺の黒猫とかマジキモい死ね」

 悪態を吐いてから、「ディスク割って制作会社に送りつけてやろうかな……いやいやエロゲソムリエたるあたしがそんなこと……せいぜいスレにスプリクト荒らし仕掛けるぐらいに……」などと思案に暮れだすエロゲソムリエ。
 どうやら放っておいても問題なさそうだったので踵を返そうとしたのだが、踏み出そうとした足がグッと重くなる。
 何事かと思って目をやってみると、髪を振り乱したうつ伏せの桐乃が俺の足首に縋りついていた。
 なにこのホラー!

「いきなりなんだよ!?」
「他人事みたいな顔してムカツク……あんたの世界も終わらせてやる……」

 世界を終わらせるってなんだよ!?
 足首を構成する粒子が同時に桐乃の手の粒子をすり抜けるのを願って何度も何度も足を引っ張ったのだが、どうしても抜けないので諦めた。
 この世の中は腐りきっているから、何々神様が居る、あの世界へと行きましょうとか、そんな宗教染みた話だったらお断りしたいんだけど。

「おい桐乃、なんのつもりだ」
「あんた、あの黒いのが中古だったらどうすんの?」
「は?」

 桐乃は滅茶苦茶いやらしい表情を浮かべる。
 皆さんお分かりだとは思うが、断じて性的な意味ではない。

「あいつ見てくれだけは割といいっしょ? あんたと付き合う前に別のカレシがいて、実はもう貫通済みなんじゃないのってコトぉ。よかったねー、かったい扉がこじ開けられてて」

 超お下劣! おまえ最低!

「黒猫が誰と付き合ってようが勝手だろ。非処女だろうがなんだろうが、俺は全然気にしねえよ」

 俺がムッとしてそう言うと、桐乃もムッとした顔で言い返してきた。

「はあ? あんた、あたしが御鏡さん連れてきた時は情けない顔して『御鏡! 頼むから桐乃と別れてくれぇ!』って懇願してたじゃん。この扱いの差は一体なんなの?」
「そ、それは」

 こうしてマゴついてしまったのは、桐乃の凄まじい脳内変換を垣間見てビビったからというだけじゃない。

「それは?」
「それは……」

 親父譲りの眼光に射すくめられながら、言葉に詰まってしまう俺。

「……おまえが他の男に取られるのは、悔しくて、腹立たしくて、寂しいからだよ」

 結局、散々迷った末の回答は本文からの丸パクリ。
 理由の説明にすらなっていないし、これが国語の入試問題だったら0点もいいところだが、

「…………ふ、ふーん。そう、なんだ…………彼女より妹を気にかけるなんて、あんたシスコンこじらせすぎ」

 と、桐乃はなぜか納得してくれたようだった。
 恥ずかしけど、もうめんどっちいので敢えては訂正するまいよ。
 しかし、そうしたのが良くなかったのだろうか、桐乃はちょっと考え込んでからすんげー事を口走った。

「……あんた、あたしがいいって許可するまで、あの黒いのとはセックスすんな」

 どうして妹の認可が必要なの!?

「はあ!? なんでだよ!?」
「うっさい! 友達と兄貴がそういう関係になったら、あたしが気まずくて仕方ないでしょ!」

 うっ……そう責められては立つ瀬がない。
 妹の友達に手を出すってインモラルな匂いがプンプンするしな。
 うむ、たまらん。

「……一体、いつになったら許可してくれるんだ?」

 辛うじて俺がそれだけ訊くと、桐乃はそっぽを向いてからこう言うのだった。


「あいつがあたしの義姉として、ふさわしいと思えたその時までよ!」


 その横顔が妙に嬉しそうだったのは、一体どうしてなんだろうな?



「――ということがあったんだがさっぱり意味が分から、んんッ!? 痛っ! 痛いって!」
「ごめんなさい、ちょっとイラッとしてしまって」
「それだけの理由で引っ掻かないで!」

 胸板に鋭利な爪を立てられて、さっきまで漂ってた良いムードが呆気なく霧散した。
 黒猫は俺を痛めつけたというのにちょっとニヤついているではないか。
 もしかしてあの時の桐乃も俺の恋路を邪魔して喜んでいたの?
 ちなみに今どういう状況かといえば、何を隠そうピロートークの真っ最中である。
 ごめんな桐乃。おまえの真意は量りかねるが、あの時もう既にヤッちゃってたんだなぁ、これが!

「はぁ、あなたね……それ、本気で言ってるの?」
「本気で言ってるって、なにが?」

 そう問いかけると、黒猫は「……もういいわ」と呆れたように首を振った。

「……そうね、私が誰と付き合っていようと非処女だろうと、全く気にしないと言った件よ」
「んなわけねえだろ! おまえに男の影が見えたらすげえ気になるし、めちゃくちゃ嫉妬するに決まってる!」
「…………あ、あら、そう」
「でもおまえ、付き合い始めの頃とか初めての時とか、彼氏いない歴=年齢の処女だって自分で言ってたじゃ、んんッ!?」

 再び爪を突き立てられた。

「あなたはね、いちいち一言多いのよ」

 だって余計な一言を付け加えないと話にオチがつかないんだもの。
 そういう黒猫さんだって字余りしてるじゃないっすか。

「……これは例えばの話だけど、もしも私とあなたの妹が強姦魔に囚われて、一人は犯されなければならない状況になったら、あなたは一体どうするのかしら?」

 どうしてこいつら揃いも揃って下品な仮定しかできないの?

「どうするって言われても……」

 脳内に四つの選択肢が並び、反射的に上から二番目をチョイスする。


「俺は欲張りだから、どちらかを諦めたりはしねえよ」


 言い終えてから、ここは『黒猫を助けるよ』と返事してやるべきだったかと思い至る。
 だけど、こうして黒猫がキスをしてきたところを見るに、やっぱりこれが100点満点の答えみたいだ。
 俺は黒猫に口内を貪られながら、真っ先に思い浮かんでいた『強姦魔に俺の処女を捧げるよ』を選ばなくてよかったなあと、一人胸をなで下ろすのだった。



おわり。




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最終更新:2011年01月24日 11:29
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