ツインテールの操縦法


「あたしの彼氏になってくんねえ?」

来栖加奈子に呼び出された俺は斯様な申し出を受け、とても混乱している。
彼氏になれ? なんか桐乃も似たような頼みをしてきたことがあったよな。
しかし、なんだってこのクソガキ加奈子がそんなことを言い出すんだ?
しかも自分の親友である桐乃の兄であるこの俺に?

「勘チゲーすんじゃねえよ。あくまでも彼氏のフリだかんな!」

ああ、そういうことでしたか。だったら俺も慣れたもんだぜ。
でもなんで彼氏のフリをするんだ?

「ほら、あたしって汚れ系の仕事でコスプレやってんだけど、
 そこであたしを見たキモオタ野郎にストーキングされてんだよね。
 もうキメぇったらありゃしねえ」

なるほど。口は悪いがこいつが置かれた状況と、
なぜ彼氏のフリをするのかは何となく理解できた。

「つまり、そのキモオタ野郎に諦めてもらうために、彼氏のフリをしろってことか?」
「おー、勘がいいじゃん。さっすが桐乃の彼氏!」

おっと、こいつは俺を桐乃の彼氏だと思い込んでいるんだったな。

「でもなんで俺なんだ? お前なら彼氏のフリをしてくれる、というか
 本当の彼氏の一人二人三人四人五人くらい居るんだろ?」
「オイ! あたしをそんな軽い女と思ってんのかよ!?」

違うのかよ?
でもそう言えば、ナンパで男漁りしているってのは聞いたことがあるが、
リアルに彼氏が居るってのは聞いたこと無いな。



「まあ、こんなこと頼めんの、桐乃の彼氏のあんたくらいしか居ないしぃ」

その理屈わかんねえよ。

「俺に断られるとは思わなかったのか? そもそも俺は桐乃のか‥‥彼氏だぞ?」
「ちょっとこっち来てくんね?」

加奈子はそう言って手招きをした。
何だよ、と思い近づくと、

パシャ

携帯でツーショット写真を撮られた。

!?
俺が訝しげな顔をしていると、加奈子はこう切り出した。

「コレ、どうしよっかなー? 誰に送ろっかなー?」

ははん。さては桐乃に送ると脅すつもりか?
残念だな。桐乃は俺が加奈子に興味が無いってことを重々理解している。
そんなの脅迫ネタにならんぞ。

「とりあえずー、あやせに送ろっかなー?」

‥‥‥加奈子サン、今なんと??

「あたしのダチにあやせっていう小うるさいブスが居るんだよねぇ。
 こいつがあんたの彼女の桐乃と仲が良くってさー、
 しかも桐乃のことをいっつも心配してんだよねー。
 そんなあやせにぃ、あんたとあたしがラブラブな写真を送ったら面白くね?」

‥‥‥コイツ、人の弱みを握る天才じゃね?

「そのあやせ‥‥‥ちゃんって子のことは‥‥‥良く知らないけど、
 加奈子ちゃんが困っているのなら‥‥‥協力してもいいよ」
「マジぃ? じゃ悪いけど頼むわ」

‥‥‥こいつは裏表のない悪女だな。



キモオタ野郎と会うという当日、俺と加奈子はスタバで作戦会議を開いた。

「あたし、ケーキ頼むぜ! いいよな?」
「‥‥‥好きにしていいよ」

太るぞ、という台詞を飲み込んで加奈子にケーキを奢ってやることに。

「とりあえず、キモオタ野郎と会ったときにあたしとあんたが
 どんだけラブラブなのかを見せつけてやんねーとな。
 台詞考えてきたんだろ?」

いつかの美咲さんのときのように、桐乃の彼氏のフリをしたときと
同様の作戦でいくことにした。
使い回しの作戦だが、加奈子はそんなこと知らないからどうってことない。
そして、俺が宿題として考えてきた甘~い台詞を披露してやった。
クソガキを面前にして吐く台詞ではないのだが、予行演習と思って我慢ガマン。

えーっと、キモオタ野郎を向けてラブラブな俺たちを見せつける台詞だったな。

―――それではスタート。

『お前はもちろんのこと、誰も俺と加奈子に間に入り込むことなんてできない』
「おう、いきなり熱くね?」

加奈子のノリも悪くない。上々のスタートだな。

『俺たちはもっと熱いステージに進んでいるんだ』
「熱いつながりか。やるじゃん!」

『恋愛はファンタジーだらけだが、俺たちはスタートからゴールまで
 愛のファンファーレを鳴らしているんだ!』
「‥‥‥ちょっと難しくね?」

『俺たちはハチャメチャな愛だが、こうやって真剣に一心不乱に
 つき合い続けてリアルの愛にいつかはなるんだ!!』
「え‥‥‥」

『誰にも負けないこの気持ちは加奈子に向かって咲いている!』
『世界で一番大好きな加奈子にもっと恋したい!』
『加奈子がいつでも一番さ! ふくれた加奈子も可愛いよ!』
『加奈子だけのため、俺は生きるのだあああぁぁぁ!!』
「‥‥‥」



ふふん。これだけ派手にやればキモオタ野郎も諦めるだろう。
―――と、加奈子が固まっているな。どうした?

「‥‥‥あのさ、ソレ、元ネタがあんの?」
「いや、俺のオリジナル‥‥‥のつもりだが?」
「キメぇ。マジキメぇ」
「おい、せっかく考えたのにそれはねえだろ。一体どこが悪いんだよ?」
「言葉じゃ説明できねえけど、なんとなくキメぇんだよ!」
「そうか? 俺は悪くないと思うんだが」
「マジな話、ソレ、人前で言わねえ方がいいぞ。もちろん桐乃にも」

桐乃にこんなこと言ったら‥‥‥考えただけでも恐ろしい。

「とりあえず、そのキメぇ台詞は全部却下な」
「なんでっ!?」
「普通にキメぇからだよ。あったり前だろ!」

女子中学生に宿題のダメ出し喰らったよ。

「ぶっちゃけ、桐乃が気の毒に思えてきたよ。こんな痛い彼氏じゃあね」

うっせ、クソガキ。

「んあー、もうケーキ無くなっちまった!
 どんなに食べても全然減らない魔法のケーキってねえのかよ?」

‥‥‥言葉じゃ説明できねえけど、なんとなくキモイから、
ソレ、人前で言わねえ方がいいと思うぞ、加奈子サン。



予行演習もそこそこに切り上げさせられた俺は加奈子に引きずられ、
キモオタ野郎との待ち合わせ場所までやって来たが‥‥‥

結論を言うと、キモオタ野郎は待ち合わせの時間・場所に居なかった。
キモオタ野郎が怖じ気づいたとか、ブッチしたとかではない。
加奈子のアホが、待ち合わせの日を一日間違えたらしい。
それも遅い方に。

「まー、とりあえず、キモオタ野郎とは会わずに済んだわけだし、解決じゃね?」

いい加減なガキだな。そしてキモオタ野郎、哀れすぎるぜ。
つか、本当にストーキングキモオタ野郎なんて居たのか?

「じゃあたしは行くトコがあっから。んじゃねー」

やれやれ、嵐のようなガキだったな。
相談に乗ってやったのに、台詞をキモがられ、宿題にダメ出しされ、
ケーキをたかられた挙げ句にこれかよ。やってられねえ。



適当にコンビニによって立ち読みをしてから俺は家までの道に着いた。


めーるめるめるめるめるめるめ~ めーるめるめるめるめるめるめ~


ぐぅっ! あの電波ソングがどこからともなく流れてきやがる。


宇宙にきらめ~く 流れ星~☆ まじーかる じぇーっとで、てーきを撃つ~
魔法のくにから地球のために 落ちて 流れーて こーんにちは~
星くずうぃっちメルル~♪

しゅ~てぃんぐすた~♪ しゅ~てぃんぐすた~♪
あなたの胸に飛び込んで行くの
いん石よりも(キラッ☆) きょだいなぱわーで(キラッ☆)
あなたのハートをねらい撃つの だ・か・ら♪ わたしの全力♪ 全開魔法♪
逃げずに ちゃんと受け止めてよね~

めーるめるめるめるめるめるめ~ めーるめるめるめるめるめるめ~


はぁ‥‥‥キツイ。キツすぎる。
こんな町中でこんな電波ソングを垂れ流すなんてどんな勇者だよ?
まさか桐乃じゃあるまいな?
電波ソングの発生源を探ると、託児所が見えてきた。

なるほど。託児所の子供向けにCD音源でも流しているのか。
でもこのアニメ、正直子供向けとは言い切れないからな。
変身シーンはエロいし、バイオレンスチックなシーンも多いし、
子供に見せるアニメとしてはどうかと思うぞ。

託児所の前を通り過ぎるときに、何の気無しに託児所の方を見ると、
メルルの格好をしたコスプレイヤーが振り付きで歌っていた。
うげ。今の生歌かよ。上手いもんだな。本物みたいだったし。
いや、歌ばかりじゃない。振りも上手いし、何よりも外見までも‥‥‥

―――アレ、加奈子じゃねえか!!

何やってんだアイツ!?



「んぁッ!? ココで何やってんだよ!?」
「お前こそ、ここで何やってんだ?」

託児所から出てきた加奈子と俺は、予期せぬ場所で出会した者同士、
互いに疑問をぶつけあった。

「見られちゃしゃーねえな。あたしここで週イチでミニコンサートやってんの」
「なんだって‥‥‥そんなことを?」
「あたしが歌って踊るとガキどもが目を輝かせて喜ぶんだよね。
 キモオタ共とは全く違う反応でさ。それが可愛くってたまんねーの」

コスプレ大会で優勝するお前だから、子供たちも本物のメルルだと思うんだろう

「それに、この託児所って、あたしが世話になったトコなんだよね。
 まあなんつーか、アイドルへの足掛かりってゆーか、恩返しってゆーか」

『アイドルへの足掛かり』ってのは無いと思うぞ。
こいつの本音は後者、つまりは恩返しなのだろう。
こいつの意外な面を知って、俺は驚いた、というか不覚にも感動した。

「オイ、このこと、誰にもしゃべんじゃねーぞ!」
「ああ、誰にも言わねーよ。メルルの正体は秘密だな」
「わかってんじゃん。さっすが桐乃の彼氏」

―――こいつの操縦法を見つけた気がした。

なんだよ、クソガキだとばかり思っていたが、加奈子っていいヤツじゃねえか。
見た目と言動で判断していた俺は恥ずかしくなったぜ。



翌朝、俺と桐乃が途中まで一緒に登校していると、
クソガキ、もとい加奈子と会った。

「ちーっす。朝から見せつけてくれんじゃん!」
「お、おはよ、加奈子」
「おう、おはよう」
「ふーん。桜桃学園中等部のアイドル高坂桐乃様の彼氏は、
 弁展高校の生徒だったなんて、あたしもビックリしたよ」

ああ、まだこいつは俺と桐乃を恋人同士と思っているんだな。
アホな子だよ。
そう思い加奈子の顔を見ると、イヤな感じの笑みが見えた気がした。

「ああ、昨日のことは二人だけのヒ・ミ・ツだかんな。忘れんなよ!」

そう言い残し、加奈子は駆けていった。
ハッ!
恐る恐る桐乃の顔を覗くと、目が吊り上がり、ワナワナ震えていた。

「ア、アンタ、加奈子にまで‥‥‥?」
「ち、違う! 誤解すんな!」
「どう違うのです? お兄さん」

げ! 小うるさいブス、もといラブリーマイエンジェルあやせたん!
どこから湧いて出た?

「やっぱりお兄さんって鬼畜ロリコンですね! 気持ち悪いです」
「この変態ロリコン! 死ね!!」

こうやって、変態・鬼畜・シスコンに加えて、俺の肩書きにロリコンが加わった。

加奈子の操縦って難しいな。
俺には無理だ。


『ツインテールの操縦法』 【了】




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最終更新:2011年01月28日 00:18
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