ゲレンデに埋められるような恋


「―――下命する! 荷物持ち要員としてアタシの仕事についてくること!」

ありえねえ‥‥‥。ナニこの言い草?
桐乃はこの俺に、荷物持ちとして読モの仕事に同行しろと言い出しやがった。
しかも撮影場所はスキー場だと。受験生を引っ張り出す場所ですか?

そんなの断ればいいじゃないかって? そうはいかないんだな。
なぜなら今回の撮影には、ラブリーマイエンジェルあやせたんも一緒だという。
最高だな。もう受験なんてどうでもいい―――なんて嘘だが、
とにかく、これにまさる幸運はあるまい。

‥‥‥‥‥

スキー場に着くと早速二人のスキーウエア姿を見ることとなった。
桐乃のスキーウエア姿なんて、初めて見たようが気がする。
とにかく何を着ようがサマになる。読モ様の面目躍如ってとこか。

「ナニ、ガン見してんの? チョーキモイんですけど」

相変わらずの憎まれ口。何を纏おうがコレだけは変わらない。
そして、うおおおお、愛しのラブリーマイエンジェル。今日も一段と麗しい。
スキーウエアを纏っていても、キミの美しさを隠すなんてことはできやしない。

「そんなに見ないでください。気持ち悪いです」

言い方はまったく違うのに、言っている内容はほぼ同じなことに泣ける。
とまあ、眼福にあずかったものの、撮影に首を突っ込むことのできない俺は
荷物持ちに徹することにした。

「あやせの荷物はコレだけか? 俺が持つよ」
「ありがとうございます、お兄さん」

このバッグの中には‥‥‥もちろん‥‥‥

「お兄さん、何を考えているんですか? いやらしいことじゃありませんよね?」

何を言っているんだ、ラブリーマイエンジェル!

「キモ。さっさと荷物運ぶ!」

へーへー。仰せの通りに。




俺は桐乃とあやせの荷物を運んだ後、俺の荷物を自分の部屋に持ち込んだ。
俺の部屋の窓からの眺めは最高に良い。
これだけでもこの部屋の価値があるってほどだ。

コン コン コン

「お兄さん、いいですか?」

もちろん! いつでもウェルカムだぜ。

「わぁ、すごく眺めの良い部屋ですね」

あやせは俺の部屋に入ると窓を開けて外を眺めている。

「‥‥‥なあ、あやせ」
「何ですか、お兄さん?」
「こうしていると、俺たちってまるで恋人同士のような感じだな」
「もう一度‥‥‥言ってくれますか?」
「いや、だから俺たち、まるで恋人同士だなって」
「えいっ♪」

どん―――

あやせに突かれた俺は窓から墜ちた。

‥‥‥‥‥

「コラ! 俺を窓から突き落とすなんて何を考えているんだ?
 下に雪が積もってなかったら死んでいたぞ!」

突き落とされて雪塗れになった俺は這々の体で部屋に戻りあやせに文句を言った。
俺の怒りは当然のことだと理解してもらえると思う。
しかし、その怒りに対するあやせの返事は恐るべきものだった。

「ごめんなさい。雪が積もっていたなんて知りませんでした。
 寒い思いをさせてしまって、本当にごめんなさい!」

もうヤダ、この女!




撮影も順調に進み、予定通りに終わったようだ。
二人ともお疲れさん。
せっかくスキー場に来て、スキーウエア姿なのだから滑らない手は無いよな?

「桐乃、滑る時間くらいあるんだろ?」
「え!? うん‥‥‥まあちょっとくらい、あるかな」
「じゃ、滑ろうぜ」
「う‥‥‥アタシはちょっと休んでいるから、滑ってくれば?」
「そうか。じゃあ、あやせと滑ってくるわ」
「うぐっ! す、好きにすれば!?」

なんだ? いつもなら俺とあやせのツーショットなんて絶対に許さないはずなのに。
桐乃様のお許しが出たのを幸いに、俺はあやせと一滑りした。
あやせはなかなかスキーが上手い。
俺も得意ってワケじゃないが、そこそこ滑れるつもりだ。
恋人同士さながら麓まで下りてくると、桐乃の姿が見えた。
なんだよ。さっきの場所に突っ立ったままじゃないか。
ナニしているんだ、アイツ?

「オイ桐乃、どうしたんだ?」
「べ、別に!」
「お前も滑りに行こうぜ! ほら」
「あっ、ちょ、ちょっと!」

桐乃の腕を引っ張った途端、

どてっ―――

あの、なんすか? そのコケ方。
外側のエッジを立ててコケるなんて、モロ初心者じゃないすっか。
一体どういう‥‥‥? ま、まさか‥‥‥!?




「悪かったわね! 滑れなくて!!」

スポーツ万能の桐乃様はスキーをやったことが無かった。
言われてみれば、家族でスキーなんて行ったこと無いし、
コイツが友達とスキーに言ったなんてのも聞いたことが無い。

「どうせバカにしてんでしょ? ドヤ顔でアタシをバカにしてんだ」
「バカになんかしてねえよ。これでバカにするならオマエの趣味をバカにしてるさ」
「フンッ!」
「桐乃が滑れないなんて意外‥‥‥」
「ああ、俺も知らなかったよ」

あやせの驚きに同意せざるを得なかった。

「まあ、いい機会だから、練習すればいいだろ。コーチしてやるよ」
「ドサクサに変なところ触ったりしないでよね!」
「触るか!!」
「わたしも桐乃にコーチしてあげたいけど、別のお仕事が入っているし‥‥‥」
「気にするなよ。俺が相手するから」
「何その上から目線! ムカツク」

あやせは別の撮影のために、先にホテルに戻った。
そして俺と桐乃はスキーの練習と相成った。

―――が、やはり初心者の桐乃に無理は禁物だったな。
桐乃は転んだ拍子に足を捻ってしまい、痛くて歩けないという。
おまけに吹雪いてきやがった。だが幸いホテルは眼と鼻の先だ。

「歩けるか?」
「だからムリだって言ってるでしょ!」
「わかった‥‥‥よっと!」
「ちょ、ちょ、ナニすんのよ?」

俺はいわゆるお姫様だっこで桐乃を抱き上げた。

「一体どうする気? このシスコン! 強姦魔!!」
「バカなこと言ってんじゃねえよ!」
「普通に背中に背負えばいいじゃないの! なんでこんなみっともないコトを!」
「ああ、うるせえな! 怪我したときくらい大人しくしろ!」

麓に向かって吹き下ろす吹雪の中、ゲレンデを歩いてホテルに辿り着いた。




「え!? ちょっと桐乃、どうしたの!? お兄さん、コレは一体!?」

桐乃をお姫様だっこした俺を見てパニックになったあやせにコトの次第を説明した。

「ビックリしちゃった。あんな格好で戻ってくるから」
「ホントにアイツがシスコン丸出しでお姫様だっこなんかするから。
 普通に背中に背負えばいいのにバッカみたい!」
「桐乃‥‥‥そんなこと言っちゃダメよ!」
「え‥‥‥どうしたの、あやせ?」
「お兄さん、ちょっと背中見せてもらえますか?」

ああ、あやせって、やっぱり鋭いんだな。
俺は、吹雪かれて雪塗れになった背中を二人に見せた。

「ね!? 桐乃、わかったでしょ?」
「‥‥‥」

ありがとな、あやせ。




あやせは別の撮影のために、一旦このホテルを離れた。

「じゃ、俺も自分の部屋に行くわ」
「ハァ? アンタ、怪我をしてロクに歩けないアタシ一人を
 この部屋に残しておくつもり? なんて冷酷な人間なの?」

やっぱりそう来ますか。仕方ねえ。
俺は桐乃に肩を貸し、自分の部屋の前に辿り着きキーでドアを開けた。
なぜか消したはずの明かりが点いていた。
そして、ドアの脇には明らかに女物の靴。
そして何よりも、

「京介さん‥‥‥?」

上品な感じの女の声―――

「ア、ア、アンタ‥‥‥女を現地調達したワケ?」

桐乃はすらりとした両足で床を踏みしめ、俺の首に両手をかけた。

「ちょ、ちょっと誤解だ! 俺は何も知らん!!」
「この期に及んでそんなウソを! 死ねええええ!!」
「ぐええぇぇぇ‥‥‥」
「きりりん氏、暴力はいけませんぞ!」

上品な感じの女の声の持ち主である沙織が、
俺の人生に立てられた終焉フラグをへし折ったくれた。




「いやはや、京介氏から突然にホテル手配の相談を受けたのですが、
 ここしか心当たりが無かったもので」

このホテルは、沙織の父親が経営にタッチしているという。

「いや本当に助かったよ。でもこの部屋ってツインだろ? 一人には広すぎるな」
「この部屋しか空いてなかったもので。でも一人分の料金で構わないようですぞ。
 でも、お二人で泊まるにはちょうど良い具合ではありませぬか?」
「二人で泊まるって‥‥‥キモッ!」
「お前、やっぱり自分の部屋に行くか?」
「べ、別にアンタと一緒の部屋に居たいわけじゃないんだからね! 
 怪我しているから仕方なくだし。そもそもこの怪我だってアンタのせいだし!」
「怪我と言いますと、このホテルには診療所がありますが、そこに行かれては?」
「いや、そこまで酷くないし‥‥‥行かなくても大丈夫だし!」

おいおい、足を捻っただけと言っても長引くことだってあるだろうに。
陸上競技をやっているオマエが知らないはず無いだろ。

「左様ですか。然らば、お二人だけにするため、拙者はこれで御暇いたしまする」
「「ちょ、ちょっと‥‥‥」」

沙織はωな口をしながら、ドアから出て行った。

「‥‥‥この部屋、こんだけ広いんだからアタシが有効活用してあげる!」
「何言ってんの、お前?」
「だからぁ、アタシここで寝るって言ってんの!」
「‥‥‥はい?」
「超可愛い妹と同じ部屋に寝られるんだから感謝しなさいよね」

また始まったよ。コイツの我が侭が。
でも怪我をしているから仕方ないな。




「覗いたら殺す!」

という執拗なる釘差しを前置きにした桐乃の風呂タイムの後、俺は風呂に入った。
色々あった今日の疲れを流し終えて風呂を上がると―――
俺が使うはずのベッドの上で桐乃が寛いでいた。

「オイ、オマエのベットはそっちだろ?」
「ああ、さっきベッドにジュース零しちゃってさ。寝らんないからこっちで寝る」

桐乃が使うはずだったベッドを見るとジュースのものであろうシミが付いていた。
ちょ、なんて図々しい。そっちがそれなら、こっちも考えがあるぞ。

「そうか。じゃ、一緒に寝るか?」
「‥‥‥うん、いいよ」

桐乃が赤らめた顔で言葉を紡いだ。
コレ、なんてエロゲ?
などとバカな発想が俺の脳内をよぎった。

「ちょ、オマエ、何を‥‥‥」
「ぷっ、ナニ興奮してんの? シスコン拗らせ過ぎだしい!」

あーあ、またコイツの悪戯っぽい笑いを見てしまった。クソ!




俺と桐乃は、さほど広くないベットで一緒に寝た。
しかし、枕が合わなかったのか、俺はすぐに浅い眠りから覚めてしまった。

二人で寝るには狭いベット。
脇を見ると―――桐乃がベットから落ちかけていた。
ちょ、マズイ!
慌てて桐乃の背中と頭の後ろに腕を回して引き寄せた。あぶねえ。
しかしコイツ、マジ爆睡状態なのな。眼を覚ましやがらねえ。
しかし桐乃って、細身だけど、やわらかく、出るところは出ている躯。
そして温かく、いい匂い。
むむむ、これはちょっと‥‥‥ヤバい。落ち着け。現世に戻れ!

ダルマさんが転んだ―――
ダルマさんがしゃがんだ―――
ダルマさんが政治に口を挟んだ―――

ふう‥‥‥何とか落ち着いた。
それにしてもダルマか。実物なんて見る機会あまり無いよな。
ダルマと言えばマル顔で、目を白黒させているってイメージだな。
そう、ちょうどこんな具合に‥‥‥

マル顔で目を白黒させた桐乃と目が合った。

「ナ、ナ、ナニしてんのアンタはぁぁぁ!!!」

knee from Kirino time=1.0sec
punch from Kirino time=1.5sec
kick from Kirino time=2.0sec

桐乃の膝、拳、蹴りを喰らった俺はベッドから叩き出された。

「逃げられないからと言って超可愛い妹を抱きしめるなんて! 変態!!」

‥‥‥コイツ、足を怪我してんじゃねえのかよ?




「お早うございます」

朝の身支度をしているとラブリーマイエンジェルあやせたんがやって来た。

「お早う。桐乃なら彼方の部屋に居るぞ」
「あ、そうなんですか? うー、お兄さんと二人きりなんて気持ち悪いです」

赤らめた顔で毒のある台詞を吐くあやせたん可愛い。

「仕事の方は上手く行ったのか?」
「ええ、おかげさまで滞りなく順調に‥‥‥」
「そうか、良かったな」
「‥‥‥」
「あやせ?」

返事をしないあやせ。
あやせは、夕べ桐乃がジュースを零してしまったベッドを前にして、
ジュース、詳しくはトマトジュースのシミが付いたシーツを見つめて固まっていた。

「どうしたんだ、あやせ!?」
「お兄さん‥‥‥とうとう‥‥‥ウフ、ウフフフフ」

あやせの不穏な笑いに俺は身構えた。

「‥‥‥そろそろ食事の時間なんだけど、あやせも行くか?」
「いいえ、わたしはちょっと用があるので、失礼します」

あやせはそう言って、部屋から出て行った。




食事を終えると、桐乃は着替えのために自分の部屋に戻った。
俺も自分の部屋に戻ろうとすると、部屋の前にあやせが立っているのに気づいた。

「おう、あやせ。用事は済んだのか?」
「ええ。完璧に済みました」

あやせは、俺に部屋に招き入れられると、すぐに窓際に向かった。

「見てください、お兄さん。山がすごく奇麗ですよ」

窓を開けたあやせが、窓の外に映る雪山を俺に見せようとしている。
ふと、あやせにちょっかいを出したくなった。
学習能力が無いなんてバカにするなよ?

「本当だな。でも奇麗さではあやせには負けるぞ」
「いやだあ、お兄さんったら! そんなこといっても何も出ませんよ!」

‥‥‥アレ? なんかラブリーマイエンジェルのノリが良すぎね?
昨日はここで窓から突き落とされたというのに。
と、昨日のことを思い出しながら、ふと窓の下を見ると、何だ?
人ひとりが楽に入れそうな穴があいているな。
誰かが雪に穴を掘ったのか? スコップもあるし。

「お兄さん、気づいてくれたんですね‥‥‥」
「え? あやせ、何だって?」
「えいっ♪」

どん―――


『ゲレンデに埋められるような恋』 【了】




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最終更新:2011年02月05日 01:58
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