デルモ


とある夏休みの1日、横浜・山下公園の港沿い。そこを、

「いい天気でござるなぁ」
「ああ、そうだな。外に出歩くには格好の日だな。少し熱すぎる気はするが」
「ほほう、それは拙者の魅力にとろけそうなのでござるね?」
「言ってろ」
「ああん、京介氏のいけずぅ」
「……ははっ」

軽口を交わしながら俺、高坂京介は、聡明な読者たちならもうお分かりであろうが――槇島沙織、俺の”許嫁”と二人で歩いていた。


『デルモ』


どうして俺が沙織とそんな関係になったかといえばいろいろと込み入った事情があるのだが、一番簡単に言うのであれば『俺が沙織をお見合い相手から奪い取った』ということになるのだろうか。
少なくともそんな形で沙織の人生を縛られるなんて俺にはとても耐えられるものではなかったし、何より俺自身が沙織に心奪われた者であったことは疑いようがなかった。
その俺の強引さが運命を享受しようとしていた沙織の心を溶かし、なんとかお見合いを破談にさせることに成功した。
そこまではよかったのだが、どこぞのゲームチャンプの如くな大立ち回りを演じてしまったせいで俺は沙織の両親からいたく気に入られてしまったらしく、一時は即婚約してしまおうという話まで飛び出した始末だった。
いやもちろん嬉しくないわけはないのだが、いかんせんいち高校生の身分でそこまでは、という俺と親父の誠心誠意の説得(使い方を間違えてる気はするが)が実り、『大学を卒業したらすぐ婿に来い』という”許嫁”という身分に落ち着いたのだった。
言い方を変えるなら「両親公認の恋人同士」ということになる。いつか胸を張って沙織を養えるようにならにゃならん、という意味でもこれからの受験はプレッシャーかかりまくりである。
以上回想終わり。

そんなこんなで港沿いを浮わついた空気で歩いていると、不意に見慣れた顔が遠目に見えた。
「あ、あれはきりりん氏と……あやせさんではござらぬか?」
「ダニィ!?」

瞬時に身を隠そうとしたものの悲しいほど周りは広々としていた。そこでとっさに沙織の背後に身を預ける。

「きょ、京介さん、こんなところで大胆ですわ……///」

ちなみに今の沙織の格好は清楚なワンピース姿に麦藁帽子と深窓の令嬢そのものだったが、ぐるぐる眼鏡だけは装備している状態だ。
これは「まだ見知らぬ人に素顔を見せるのが恥ずかしい」という沙織の意見を取り入れた結果で、沙織の口調がさっきからバジーナ口調なのはこれに起因している。実際問題俺としても沙織に変な男が寄って欲しくはないしな。

とにもかくにも見つかってしまったものはしょうがない、俺は覚悟を決めることにした。

「沙織じゃない。このバカ兄貴とデート?そんな背中に隠れたりして、キモ」

開口一番にバカだのキモだの呼ばわりかよ…もう怒る気にもならんけどな、慣れ過ぎて。
というか俺が心配しているのは桐乃の方ではないので瑣末なことなのだ。

「お兄さん……そのお方はいったい……?」

ああああやっぱり。あやせの目が暗いよ。暗すぎるよ。
直接の関わりがないからといって説明を放棄していた俺が悪いのだが――

「京介さんの恋人の、槇島沙織と申します。よろしくお願いしますわ」

一歩前に進み出て、拘束具、もとい眼鏡を外してにこやかに手を差し出した。

「は、はい。新垣あやせです。よろしくお願いします」

沙織の女神のような笑顔に毒気を抜かれたのか、きょとんとした顔で沙織の手を握るあやせ。

「お兄さん、あとでしっかり説明をお願いしますね?」

これまたとてつもなくにこやかな笑顔を、おびただしい殺気を帯びながら俺に向けてきた。正直桐乃に聞いてくれよと思わざるを得なかったが、これもけじめだろう。俺は素直に首肯した。
詳しくは語らないが、この一件で俺はなおあやせに戦慄したのは言うまでもない。
と、一通りの挨拶を済ませたところで、カメラマンとスーツを着たマネージャーっぽい人がこちらへやってきた。そこで俺はこいつらが読モの仕事でここにいることを察した。
というかそれぐらいしか観光スポットのここにこいつらが来る理由はないよなあ、みなとみらいの方ならともかく。

「桐乃くん、あやせくん、そろそろ休憩終わりにして次行こう。……ん?君たちは?」

業界人っぽいやたら気さくな笑顔で俺たち二人を、特に沙織を観察してくるマネージャー。

「……君、只者じゃないね。ちょっとうちの読者モデルに参加してみない?」

「「え?」」
「もちろん代金は弾むからさ。ちょっと考えてくれないかな」

当然のことながら内心面白くなかったが、あのぐるぐるをつけてる沙織を一瞬で見切るとは、やはり天才か……と感嘆もしていた。
沙織は沙織で何か考え事をしている様子だった。恥ずかしがり屋の沙織がモデルに興味を抱くとは不思議なこともあるものだ。

「ちょっといくつかいいですか?」

口調が素になるほど真剣な雰囲気で沙織はマネージャーさんに質問を交わしていた。

俺のそばに戻ってきた沙織が思いがけない事を言ってきた。

「京介さん。わたくし、モデルになってみていいですか?」
「……えっ」

どうせ断るだろうとたかをくくっていた俺にとっては衝撃的な一言だった。ケツの穴にツララを突っ込まれた気分とはこういうものか。

「わたくし、アルバイトというものに憧れてたんです。自分の力でお金を稼ぐということを、いつか妻となったときに忘れないようにしたいので」
「ぅ……ぁ……」

真っ赤な顔で俯きながら答える沙織。多分俺の顔もそうなのだろう。
くそう、そんな可愛いこと言われたらもう何も言えないジャマイカ。
しかし沙織の高校はアルバイトとか大丈夫なんだろうか?まあまだ中坊の桐乃達が大丈夫なんだから、案外なんとかなるもんなのかもしれないが。

「――あー、ゴホン。話はまとまったかい?お二人さん」

マネージャーさんが空気に当てられたかのように咳払いをした。

「俺は沙織の意思を尊重します」
「そうか。理解を示してくれて助かるよ、彼氏さん。もちろん悪いようにはしない。約束しよう」
「大事に扱ってくださいよ?」
「分かっているさ。じゃあ行こう、槇島さん。すぐにとは言わないが、2時間もすれば終わるから」
「分かりました。京介さん、それでは」

深々とお辞儀をして、沙織はマネージャーさんと共に桐乃たちの待つ方へ歩いていった。それを見届け、俺は沙織が帰ってくるのを待ってから彼女を送り届けて帰宅した。

それから1ヶ月ほど経ち、沙織が載った雑誌が送られてきたので、沙織の部屋で2人で確認していた。
結論から言うと、沙織が載った号の雑誌は結構な売れ筋を記録したらしい。元々があの美貌で絶滅危惧種のおしとやか系とあれば人気が出ない筈はないだろう。
桐乃やあやせとは方向性が違うために互いを食い合うこともなく、上手い具合にシナジー効果が成立したようでもある。

「……しかし、これで沙織も有名人になっちまったなあ」
「まあ、そうですね……私事ながら桐乃さんたちは凄い度胸をお持ちだなと思いますわ」

そういって沙織ははにかむ。
とはいえ、心情的に面白くないのは言うまでもない。桐乃のときもそうだったが、生来コンプレックスを抱きやすい身としてはいつか沙織が離れていってしまうんじゃないかと常にちらついてしまう。
杞憂だと思いつつも疑念を抱いてしまう俺は相変わらずなんと器量の小さい。

「それでですね、今日は京介さんに泊まっていってもらいたいんです」
「!?」

思わず噴き出した。

「お、おまえ、っ……!?」
「京介さんに見せたいものがありますので……」
「そ、そうか……」

激しくうろたえた俺。それもそのはず、俺は沙織と体を重ねたことは実は一度もない。
許嫁まで取り付けておいて何を言っているのかと思われるかもしれないが、良い言い方をすれば沙織が気高すぎて汚す気になれなかったから、悪く言えばただのヘタレ(DT)故にである。
とはいえ沙織はそれ以上の言葉を継ぐ気はないらしく、仕方なしに俺は勉強やらゲームやらに従事する。沙織の真意はわからないが、モチベを崩すのも申し訳ないので大人しく黙々と作業にいそしむことにした。

そして12時を過ぎる直前に不意に電気が消えた。

「あれ、停電か?」

と思ったが、PCとかは付いているのでそういうわけではないようだ。
そして電気が付いたと思ったら、ケーキを持った沙織が佇んでいた。

「誕生日おめでとうございます、京介さん」

事ここに及んで、俺はどれだけ自分が間が抜けていたかを理解した。

「では、これをどうぞ」

そうして沙織が差し出してきたのは、小さな小箱だった。

「……ペンダント?」
「ええ。今回のアルバイト料で作ってもらいましたの。特注だったので少し値は張りましたがなんとかなりました」

中には沙織と俺のツーショット写真が入っていた。思わず俺は言葉を失う。

「じゃあ、これを買うためにバイトを?」
「ええ。親の力に頼らずに、自分の稼いだお金でプレゼントをしたかったので。なので、もうモデルを続けることもありません。安心してくれました?」
「……あ、ああ」

上手く言葉が出てこない。
おそらく、この時間まで俺を留めたのも、俺の誕生日を誰よりも早く祝いたかったからなのだろう。
なんと、かくも尽くしてくれる女性なのか。

「それじゃあ、もう遅いからケーキ、ちゃっちゃと食べちゃおうな。沙織のスタイルにも悪いしな」
「ふふっ、そうですね。じゃあ火をつけましょうか」

18本はなかなか骨が折れるものの、なんとか全部点けて、一息で消し去った。
そして二人で相応の大きさのケーキをとりわけ、二人で席に着いた。口数こそ少ないものの、まったく冷たくなく、むしろ暖かい空間がとても心地良かった。
ひとしきり食べ終えた後、沙織がおもむろに口を開き始めた。

「……あの仕事をしていて思ったことは、やっぱり柄にもないことはするもんじゃないな、ということですね。あの仕事はよほど自分に酔いしれられないと無理です。
美人ってだけで買いかぶられて、いつだって心を許したり開いたりすることはできないでしょう」
「まあ、そう……なんだろうな」

おおよそ平凡な顔に体型の俺には理解できないところではあるが、どんな仕事であれ成功者には成功者なりのとてつもない苦労があることは想像に難くない。

「それでわたくし、思ったんです。あの仕事をやってみたいと少しでも思ったのは、給料がいいということだけでなく、どこか満たされてない心を埋めてくれるんじゃないかと思ったからだって。
でも、それは違いました。結局わたくしの心を埋めてくだされるのは京介さんしかいなかったんですわ」
「沙織……」
「京介さん……私は、京介さんが思っているほどおとなしい女じゃないんです。
京介さんに触られたい、重なりたい――そんな風に内心燻っている淫らな女なのですわ」

沙織はその豊満な胸の前で指を組んで手を重ね、懺悔のようなポーズを取っていた。
こんな事を告白したら沙織だって恥ずかしいに決まっているだろう。俺は自分の不明を恥じるとともに、目の前の誰よりも愛しい女性に今一度問いかけた。

「……沙織……本当にいいんだな?これ以上はもう止められないからな?」
「もちろんです……来て下さい、京介さん」
「……っ」

もはや俺の理性は完全に弾け飛び、沙織をお姫様だっこで抱き抱えてベッドに押し倒した。





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最終更新:2011年03月11日 19:35
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