黒の予言書



「黒猫、俺の話を聞いてほしい」

夕焼けの朱色に包まれた校舎裏で、その男は切り出した。
私はまっすぐな瞳で彼を見つめ返す。

「なにかしら」
「………俺と」

私の胸がトクンと高鳴る。

「俺と、付き合ってほしい。黒猫」

私はゆっくり頷くと、彼にこう告げた。

「……私のことを、瑠璃と呼ぶことを許すわ」

私の言葉に、彼は―――



「彼は―――さて、どうしようかしら」

私を瑠璃と呼んだ。
いえ、私をそっと抱きしめた。にしようかしら。
私は黒い日記帳を前にしながら、内に秘めた魔力で未来を探る。

数日前、私は彼に、精一杯の想いを告白をした。
翌日、夏コミの打ち上げがあったのだが、何事もなく過ぎ去り。
その後、彼と顔を合わせない日が続いていた。

「いつまで待たせるつもりよ」

そうぼやきながら、再び日記帳に目を落とす。
今も、何ページ目になるかわからない『運命の記述』を書き記していた。

と、襖がスルスルと開く音が聞こえた。

「ねえさま、ごほんをよんでください」

下の妹が、穢れのない黒い瞳で私を見つめる。
毎晩本の読み聞かせをねだるこの小さい妹に、私は抗うことが出来ない。

ふっ……あの男を『シスコン』なんて呼ぶけれど、
私も人のことは言えないわね。


「少し待っていなさい。今……そうね、予言書を書いているところだから」
「よげんしょ、ってなんですか?」
「予言書っていうのはね、未来の事が書いてあるご本のことよ」
「みらいのことですか?」
「ええ、そう」
「ねぇさまはすごいんですね」

妹は興味深そうな目で私の手元を覗き込んでくる。
きっと、この予言が外れたら………
私は魔力を失ってしまうだろう。

「きょうは、そっちのごほんをよんでください!」
「えぇっ!?だ、だめよ、これは―――」

び、びっくりして大声を出してしまったじゃない。
突然何を言い出すのかと思ったら。

「……ふっ、この本を読むには、まだあなたは幼すぎるわ」

不満そうな顔ね。でも―――
この予言書は、私の魔力で見通した、あの男との未来を記述した本。
誰かに見られたら―――し、死ぬほど恥ずかしいじゃない。

「今日は別の本にしましょう」
「はい!」
「では、少しだけ待っていてね」

素直にうなずく妹。
私は、内なる不安をかき消すように、幸福な結末を書きなぐった。



ピンポーン

呼び鈴が鳴り、玄関を開けると、そこにはあの男が立っていた。

「よう黒猫、今大丈夫か?」
「一体何をしに来たの」
「そう言うなって」

私に用事?まさか―――

「五更さん、体調はどうですか?」

―――ふっ。変な期待をしてしまったようね。
彼の後ろから現れたのは赤城瀬奈。
私のクラスメイトで、同じ部活の友人よ。

「えぇ、もうだいぶよくなったわ」

なるほど。
今日は部活の方で夏コミの打ち上げがあったのだけれど。
告白の返事を未だもらっていない私は、
つい仮病を使って欠席してしまったのよ。

それで心配して来てくれたのだろうけれど。
もうちょっと、私の気持ちも考えてほしいものね。

「とにかく上がってくれるかしら」
「なんか悪いな、押しかけちまったみたいで」
「いえ、気にすることないわよ」

なんだかんだ言って、私は喜んでしまっているらしい。
まったく忌々しい。

その後私たちは、夏コミのことや、次に作るゲームのことなどを話した。

こんな風に、誰かと趣味の話ができるようになったのも。
クラスで孤立していた私を救ってくれたのも―――

そんなことを考えていると、突然襖が開いた。

「ルリ姉~、誰か来てんの~?」

上の妹が突然部屋に入ってきた。

「へー、黒猫の妹か」
「五更さん、妹いたんですか」

まったく、突然入ってくるからびっくりしたわ。
私と違って活発な妹は、既に輪の中に溶け込み始めている。

「ルリ姉の友達?」
「俺は高坂京介。なんていうか、同じ部活の仲間だ。」
「ああ、ルリ姉の彼氏か」

ちょっと!
な、いきなり何を言うのよあなたは!

「いや、彼氏じゃないから!」

あなたも、そんな力いっぱい否定しなくてもいいじゃない!

「またまたー、知ってるんだよ私。
 実は~、ルリ姉の日記こっそり読んじゃったんだよね!」
「日記?」
「そーそー、ほら、高坂君が校舎裏で―――むぐっ」

あ、あぶなかった。
まさか「アレ」を妹に読まれていたとは……うかつだったわ。

とっさに妹の口をふさぎ、急いで隣の部屋に連れて行く。

「あなた、勝手に人の日記を読むなんて、どういうつもり?」
「ち、ちがうんだよルリ姉、あれは」

妹の話によると、どうやらアレを持ち出したのは下の妹らしい。
どうしても中身が知りたかったようだ。

「でさでさ、京介ってやっぱりあの人でしょ?やっぱルリ姉の彼氏じゃん、んふふ」
「ち、違うのよ。ああああの日記は……」
「まさか……あれってルリ姉の妄想日記だったの?」

あああああもう!
何で妹相手にこんな羞恥を強要されなければならないの?

「わ、分かったからルリ姉、とにかく日記の話はしない、しないから!」
「そ、そう。ならいいわ。」

息をふぅっと吐き出し、落ち着いて。
私は上の妹と一緒に隣の部屋に戻った。



「このごほん、なんてかいてあるんですか?」

部屋に戻った私を待っていたのは、衝撃の光景だった。

下の妹が、わ、私の黒い日記帳を……
あ、あろうことかあの男本人に?え?どういうこと?

混乱して動けないでいる私の横で、上の妹があわてて飛び出す。

「ちょ、ちょっとまってそれ読んじゃだめ!」

妹が急いで彼からその本を取り上げる。
普段はいたずらの過ぎる妹でも、今回は本当にヤバいと感じたらしい。

硬直の解けた私は、彼に尋ねた。

「その………読んだの?」

「……」

その問いに答えず、真っ赤になって俯いている彼。
その表情が全てを物語っていて―――

私は家を飛び出した。


行くあてなどなく、私は走り続けた。
恥ずかしい。
死ぬほど恥ずかしい。


気付くと私は、あの、告白した校舎裏に来ていた。

「はぁ、はぁ………はぁ」

これからどうしようかしら。

ひとまずベンチに腰を下ろし、ひと休みする。
息も整ってきた。心音も少しずつ、その速度を落としていく。
ここで時間を潰して、しばらく経ったら帰ろうかしら。


「やっぱりここにいたのか」


振り向くと、そこには彼がいた。
落ち着いたはずの私の心音が、再び高鳴っていく。


「黒猫、俺の話を聞いてほしい」

夕焼けの朱色に包まれた校舎裏で、その男は切り出した。
私はまっすぐな瞳で彼を見つめ返す―――ハズたったのに。

私は彼を直視することができないでいた。
彼の後ろから照りつける太陽がまぶしかったせいに違いない。

「な、なにかしら」

冷静を装っていたのに、口から出た言葉は頼りなく、弱々しく響いた。

「………俺は」

私の胸は、張り裂けんばかりに高鳴っている。

「俺はお前に呪いをかける」

え?な、なにを―――

彼の言葉を理解するより先に、彼の口が私の口を塞いだ。

私の体は硬直し、頭の中は真っ白になった。

どれくらい時間が経っただろうか。

数秒が永遠のようにも、一瞬のようにも感じられた。
私が、彼の言った「呪い」の「意味」にたどり着き、
やっと私の体が私の思考に追いついた頃、彼は体を離した。

「………遅くなって悪かった。本当はもっと早く返事するつもりだったんだが」

「ふん、まったくよ。どれだけ待ちくだびれたと思っているの」

「ホント、悪かったよ。桐乃を説得するのに、思ったより時間がかかっちまってな」

「……え?」

「諦めないんだろう?俺のことも桐乃のことも。
 じゃあ彼氏としては、協力してやるのが筋ってもんじゃねーか」


………莫迦ね。本当に莫迦。
莫迦で変態でシスコンで、鈍感でヘタレでどうしようもない先輩だけれど。
底抜けに優しい。

私は、何度も夢想した言葉を彼に語りかける。


「……私のことを、瑠璃と呼ぶことを許すわ」


私の言葉に、彼は―――



おわり




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最終更新:2011年03月14日 18:12
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