17-19


ある日の夜、わたしはとある対戦ゲーム――『真妹大殲シスカリプス』のネット対戦のためにパソコンの前に鎮座していた。
わたしはRAPを巧みに操作しながら対戦相手の一瞬の隙を掻い潜り、超必殺技の2回転投げを叩き込んだ。決める難度は高いが一撃必殺の破壊力を誇るそれは相手の体力をみるみる奪う。
そして示された”YOU WIN!”の文字。

「ふふ、これで拙者の勝ち越しでござるな京介氏」
パソコンに表示される金髪ロールに渦巻きメガネのアバターが先程の対戦相手――京介さんへとコメントを表示する。
今のわたしは対外的には『沙織・バジーナ』であるから。

『くそー、さすが沙織は上手いな。黒猫ほどじゃないにしてもダイヤ有利なはずなのに負け越すとは』
京介さんのアバターは桐乃さんのメルルである。基本的に1つのゲームには1つのアカウントしか取れないため、自分のアカウントは作れないのだろう。

「相手が勝ち誇ったときそいつは既に敗北しているのでおじゃるよ。京介氏は有利に立ったときの立ち回りがおろそかに感じまする」
『うーむ、確かに言われてみればそうかもしれないな。もっと練習しなきゃな』
「精進めされよ、でござる」

まだ会話が終了してはいないけれども、わたしはキーボードに伸ばしていた手をだらりと下に降ろし、背もたれに体を預けて伸びをした。
格闘ゲームは他のゲームよりも一戦ごとの集中力が多くかかるので疲れやすい。
それにしても。

(相変わらず、なんて妹思いの方なんでしょう……京介さんは)

忌憚なく彼女は心の中で思った。
文字通り妹キャラしか登場しない『シスカリプス』をプレーするのは京介さんにとって本来気分のいいことではないはずだ。
それでも桐乃さんの対戦相手として力になってあげるために彼はこのゲームをやりこんでいるのだろう。あるいは。

(瑠璃さんや、わたしのためでもあるのかもしれない――いや、わたしのためであってほしい?
わ、わたしは何を……)

頭の中に漠然と生まれた妄想を真っ赤になって打ち消していると、京介さんから返信が返って来ていた。
『そういえばさ、沙織』
「なんでござるか?@ω@」

画面を介した通信だったことが幸いして平静を装うことは用意だった。

『明日の休み、暇だったらちょっと付き合ってくれないか?』
(――――ッッ!?!?)

そんな装った平静を吹き飛ばすようなナパーム弾が投下されてきた。

「ど、ど、どういうことですかっ!?」
『いや、ちょっと買い物にだがな……ってそんなに驚かんでも^^;』

ああ、買い物に……と少し落ち着いたものの、いまだ動揺は隠せていない。とりあえずは情報を集めなくては。

「どこへ何をしにでござるか?」
『いやな、最近勉強やらゲームのやりすぎか視力に若干不安が出てきてな。眼鏡でも買おうかと思ったんだけど一人じゃと思ってさ。場所は決めてないけど眼鏡なら大体どこでも一緒だろ?』
「きりりん氏や黒猫氏も?」
『いや、桐乃はモデル業で少し遠出するらしくて、帰りは夕暮れぐらいになるらしい。黒猫は妹が風邪を引いてしまった(黒猫曰く”下界の瘴気にあてられた”らしいが)らしくてダメだってさ。
麻奈実でもいいんだが、あいつはそういうファッション系に疎いからな……沙織がいてくれれば俺としては自信がもてるんだけどな……ダメか?』
「拙者でよければ、もちろん付き合わせていただきますが」

そんなことを言われて断れるわたしではなかったし元より予定はなかったのだが、京介さんと2人っきりという状況が否応なく自分の鼓動と罪悪感を高めていく。

『そうか、そりゃよかった!場所はどうしよっかな……やっぱ俺が横浜まで行ったほうがいいかな?』
「いえ、お気遣いなくでござる。せっかくだから拙者が千葉まで伺いまするよ」
『沙織がそう言うのならありがたく承るけど。じゃあ後で何かおごるよ』
「ふふっ、楽しみにしてるでござる」
『わかった。それじゃあな ノシ』
「しからば ノシ」

京介さんのオフラインを確認してからわたしはひときわ大きな深呼吸をした。
「京介さんと……デート……」
高坂京介。わたしの最も信頼する男の人。
容姿は決して良いとは言えない。けど、身近な人――特に桐乃さん――に対する献身や努力、奔走をわたしはずっと見届けてきた。
わたしを心配するあまりに桐乃さんや瑠璃さんと一緒にこの家に駆けつけてくれたこともあった。……でも。
「京介さんを信頼しているのはわたしだけじゃない……」
それがとりわけ大きなふたりの友人に、まだ話したこともないあのひとの幼馴染の方。
後者はともかく、前者の京介さんへの感情が単なる信頼だけじゃないのは傍から見ていてもすぐに分かる。それを考えるだけでわたしの胸はちくりと痛んだ。
「わたしは……どうすればいいのかしら」
答えの出ない問いを宙に紡いだまま、わたしはゆるやかにベッドへと潜り込んだ。
朝早くに目が覚める、というか覚めてしまい、わたしはシャワーを浴びるとおもむろに着替えを始めた。
服装はいつものオタクルックに渦巻き眼鏡。結局のところ人見知りの激しいわたしはこの格好でいた方が余計な干渉がかからず楽なのだ。わかってくれる人だけわかってくれればそれでいい。
はやる気持ちを抑えつつ予定の時刻に余裕を持たせて千葉駅の待ち合わせ場所に着くと、すでに京介さんはやってきていた。

「待ちました?京介殿」
「いや、そんなことはないぞ。俺が誘った上に俺のほうが近いんだから早めにいなきゃおかしいだろ」
「それもそうでござるな」
「即答かよ!まあいいや、何か食べるか?昼前だけど」
「それじゃあ再開を祝してマックでも。当然京介殿のおごりでね」
「最初からそう言ってたけどな。まだ月は見えないから沙織のターンだな」
「お、拾ってくださるとはさすが京介殿」
「ははっ」

マックのセットを京介殿におごってもらったあと、一息ついてから本命の眼鏡ストアに向かった。
「着いたぞ。ここだ」
「ほうほう。さすが千葉の駅前、なかなかの品揃えでござるね」
「さて、沙織の出番だ。思う存分探してくれ。もちろん俺も自分で探すには探すけどな……」

あまり自分で探すのに気が乗らなそうな京介さん。以前のコスプレが酷評されたのがよほどトラウマになっているらしい。

「了解でござる。うーむ……京介殿の嗜好とかはありまする?それも判断材料に加えたいと思いまするが」
「そうだな……フレームがあった方がいいかな。眼鏡があるならあるなりのファッションてものを求めたほうがいいかと思うんでな」
「ふむぅ、京介殿もメガネフェチ故のこだわりが自分にもフィードバックされておるのですな」
「メガネフェチ言うな!そりゃ否定はしないけどよ!」
「はははは。では、こんなのはいかがです?」

そう言ってわたしは京介さんに陳列されていたもののひとつを渡した。

「これは……よくあるフレームだけど、赤か。ちょっと派手じゃないか?」
「顔が肌色だから案外目立たないものでござるよ。意外と悪くないと思いますが」
「そういうもんかねえ?まあいいや、かけてみるよ……これでどうだ?」

京介さんが赤い眼鏡をかけて私を見据えてくる。その表情の真剣さに不覚にもドキッとしてしまった。

「おお……思った以上に良いでござるな……」
「へぇ?」

京介は存外な評価に感心して店に備え付けの鏡を見た。

「なるほど、悪くないな。さすが沙織だとほめてやりたいところだ」
「ありがたき幸せ。でもまだ最初のですからもっといいものがあるかもしれませぬ。只今一生懸命行方を調査しておりますのでもうしばらくお時間を」
「わかった。それじゃあしばらくは分かれて探そう」

そうしてわたしと京介さんは別々に散策を始めた。
京介さんの眼鏡をわたしだけが選べる、すなわち私色に染め上げられると思うと妙にときめくものを感じながらわたしは丹念に眼鏡を探していき、ある程度いくつかよさげな物を見繕ったあと京介さんと合流した。
後にして思うと、ここが運命の分岐点だったのかもしれない。
「だいたいこんなものでどうかと思いますが」
「なるほど。じゃあ俺が探したのと合わせて一つずつ試してみるか」

そうして京介さんの擬似ファッションショーが始まった。
ノンフレームのもの、ハーフフレームのものを加えて様々なデザイン、色を組み合わせて、まるで着せ替え人形のようだ、と少しおかしく思った。

「うーん……10個以上試したけど、やっぱり最初の赤のフレームが一番かな。これにしようか」
「そうでござるね。拙者も色々見繕いましたがそれが一番しっくりくる気がするでござる」
「じゃあこれで俺のは決まったな。……それじゃ、せっかくだから沙織のも新しく買ってみないか?」
「え?」

わたしはきょとんとして間の抜けた返事をしてしまった。少し期待していたとはいえ、京介さんがそんな大胆な提案をしてくるとは思っていなかったからだ。

「そうだな……じゃあ、まず試しに俺のと一緒のこれをかけてみるか?」
「は、はい……」

京介さんがかけていた買う予定の赤眼鏡を受け取ると、わたしは自分の渦巻き眼鏡を外しておずおずとかけてみた。

「ど、どうですか……?」
「おお、よく似合うじゃないか。さすが元が極上だから何でも似合うのかな。じゃあおそろいで買うか」
「あ、ありがとうございます……」

そう言うと京介さんはニッと笑いかけて、一緒にレジへと向かった。
そして清算を二人で済ませ、あらかじめ眼科の処方箋を受けていた京介さん用にレンズを調整してもらって製品を受け取り(わたしは伊達だったのでそのまま)、揃いの眼鏡をかけたまま店を出た。
と、その時。

「………?」

体が、熱い。
京介さんを見ているだけで動悸が激しくなるのが自分でも分かった。頭も良く回らないのを実感する。
京介さんとおそろいの眼鏡をかけている、その事実もまたわたしの興奮を助長するファクターになっていた。
「今日は付き合ってくれてありがとうな沙織――ってあれ?どうした沙織?」
「えっと、あの……なんでもありません……」
「なんでもないことないだろ、明らかに顔が赤いぞ。もしかして調子悪かったのか?」

こういう時ばかり鋭いのがこの人のずるい所だ。つい甘えたくなってしまうではないか。

「ええ……先程から、少し、気分が……」
「やっぱりそうなのか。じゃあ近いから俺の家に向かおう。多分桐乃のベッドが空いてるはずだからさ」
「え!?は、はい……」

もはやあまり考える余裕もないまま頷いてしまった。気こそ失わないものの、本当に熱でもあるかのような体の熱さだ。軽く体がふらつく。

「おい沙織!?……くっ……!」

京介さんは周りに人がいないのを確認してから軽く逡巡し、意を決したようにわたしをおぶって小走りに動き出した。

「きょ、京介さん!?」
「思ったより容態が悪いみたいだから四の五の言ってる場合じゃなさそうだ!もう1kmないからこのままおぶって行く!」
「で、でも拙者は重いんじゃ……」
「なせばなる!高坂京介は男の子ぉ!」

京介さんも恥ずかしいだろうにわたしの身の方を天秤にかけて決断してくれた。その思いに涙が出そうになった。が。
(……京介さんの臭いが……!)
走っているからであろう男くさい汗の臭い、それも京介さんのものであるということがわたしの思考を更に鈍らせた。なおかつおぶさっている関係上当然小刻みに体が揺れる。
そのことがわたしに起こっている変調をなんとなく理解させ始めていたが、そのままわたしは気を失った。
気がついたらわたしはどこかのベッドに寝かされていた。と思えば、このベッドにはどこか見覚えがあった。それもそのはず。周囲はいつも見慣れた風景が広がっていた。

「京介さんのベッド……!?」

その事実に直ちに思い当たると、起きる前までの衝動が直ちに沸き上がってきた。
京介さんの判断か買った眼鏡は外されて傍に置いてあったものの、疑惑を解消するためにわたしは再びその眼鏡をかけた。かけてしまった。

「……ぁっ!!や、やっぱり……!」

そう。この眼鏡はわたしの内なる感情――性的欲求を噴出させるためのパーツらしかった。
京介さんとおそろいの眼鏡。京介さんにおぶさってもらったこと。京介さんのベッドで寝ていること。
それら全ての要素が今まで溜め込んできた欲求不満を爆発させるように体に浸透してきていた。
思わず自分の胸、そして秘所へと手を差し伸ばしてしまう。

「んっ……!あ、はぁっ…・・・!」

ダメだ、こんなことをしていては、と頭は考えるも、体の、指の動きが止まってくれない。
もっともっとと性欲を掻き立てるように無意識のうちにわたしは服のボタン、ズボンのベルト、そしてブラジャーをも取り去ってしまった。
外気に晒された豊かな自身の胸とショーツの中を自分の意思など及ばないかのように指がまさぐる。

「んぁっ……京介さんに……さわられてる……ひぁっ!!」

もう沙織の乳首はピンと立ち上がり、秘部はグショグショに濡れていた。

「どうして、こんなに……あっ、ああっ!」

沙織は趣味の関係上18禁の同人誌などは数多く見ていたが、自分のを自分で触る、すなわち自慰は考えたこともなかった。それゆえに今の自分の淫乱な状態に同様を隠せなかった。
そして自らの指が乳首と剥かれた陰核をぎゅっとつまむと、増幅された性感はあっけなく絶頂をもたらした。

「ふぁっ、京介さ、んっ、あ、ああああああっ!!」

わたしの体は弓なりに仰け反り、ひときわ大きく痙攣した後にシーツをぐっしょりと濡らし、力なくへたり込んだ。

(こんなところ……京介さんに、見られたら……)

最悪の可能性を考えた瞬間、それは現実となった。

「どうした、沙織!……っ!?!?」
「ぁ……」

京介さんがお盆の上に雑炊とスポーツドリンクを乗せてドアを開け、そのままの状態で硬直した。

「そ、その……」
「い……いやああああっ!!」

羞恥が極限に達したわたしは、即座に胸を隠してベッドに潜り込んだ。





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最終更新:2011年03月30日 07:02
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