17-77


正直、俺は困惑していた。いや、健全な男子諸君ならしないわけがないと分かってくれると思う。
なんせ、沙織の悲鳴が聞こえたと思って部屋のドアを開けたら、ベッドの上で半裸の沙織が恍惚としてるんだぜ?
ポルナレフさんも大忙しですよ。主にティッシュを探す的な意味で。
そして沙織は再び悲鳴を上げて俺のベッドの上で布団に包まってしまった。
俺はバックンバックンの動悸を必死になだめながら、ひとまず持ってきた雑炊とドリンクを机の上に置いた。
……さて、どうしたものか。眼前には団子虫のように俺の布団に丸まっている沙織がいる。しかも中からはすすり泣きまで聞こえてくるオマケ付きだ。
下手に声をかけたら地雷を踏みそうだし、かといってこのまま放っておけるわけもない。
まるで電子レンジに入れられたダイナマイトのような気まずい気分で様子を伺っていると、

ぐぅ~っ。

布団の中からそういった可愛らしい腹の虫が聞こえてきた。
そういえば沙織は昼もそんなに食べていなかったしなあ。スタイル維持に気を使っているのかも知れんな。
それとも、その……アレをいたしていた分だけ疲れたから、だろうか?
ともあれ一呼吸分の間を置いて、俺はおもむろに語りかけた。

「…………雑炊とドリンク、用意したんだが。……食べないか?」
「………………はい」

俺がしたのと同等かそれ以上の溜めの後、沙織がやっと口を開いてくれた。

「えっと、その……俺、外にいた方がいいか?」
「い、いえ……お気を使わなくて、大丈夫です……」

沙織の声にも覇気がない。こんな弱弱しい沙織の声を聞くのは初めてかもしれない。
そんな憂いを帯びた沙織の表情に不謹慎ながら俺は見惚れてしまっていた。
慌てて俺はかぶりを振って邪念を打ち消す。弱気につけて取って食おうなんて男のすることじゃねえ!
そして沙織はベッドの上で俺から雑炊を受け取った。
「おいしいです。京介さんがお作りになったんですか?」
「あ、ああ。ちょっと時間がかかっちゃったけどな、消化のいいものをと思ってさ」
「わたしはどのくらい眠っていたんでしょうか……?」
「雑炊ができたてのころだから、30分ってところかな?」

俺は沙織に家に帰ったあたりからの経緯をぽつぽつと話し始めた。
まず俺が家に着いたときに家の鍵は閉まっていて、いつもの鍵の場所を開けるとお袋の「ご近所の寄り合いがあるから遅くなるわよ」との書置きがあり、なんとか家の鍵を開けて中に入ったこと。
(特に明言はしなかったが親父も仕事で外に出ていた。お袋がいると思えばこそ家に誘ったのだが)
それから桐乃の部屋のベッドを借りようと思ったらあいつは鍵をかけていて、仕方なしに俺の部屋のベッドに沙織を寝かしつけたこと。
それから沙織の食べやすそうな雑炊を作って持って行こうとした矢先に沙織の叫び声を聞いたことである。
そしてこれは沙織には黙っていたが、『自分のベッドに沙織が息を荒げて寝ている』という事実に一度欲望をトイレでこっそりぶちまけている。あの光景を見てもある程度平静を保てたのはそういった事情があったりする。
ひとしきり事情を話し終えた後、沙織は「……そうだったんですか」と短く返し、残っていた雑炊を平らげた。

「……ごちそうさまでした」
「どういたしまして。……えーっと、それでだな……」

沙織から器を受け取ってひとまず机の上に戻す。正直気は進まないが、俺から突っ込まないと話が進まないだろう。
「その……ベッドから出てきてくれるか……?」
「…………」

沙織は答えない。葛藤を押し留めるかのように俯いて、布団を握り締めている。
無理もない。俺の推測が正しければあの中には紛れもない『証拠』があるのだろう。
かといって、沙織の意思をないがしろにするなんて事もできず、沙織が動く気がなければ事実上の手詰まりであった。
と、その時。

「京介さん……その……っ」

沙織が何かを言おうと口をもごもごと動かすも、言葉にならず吐息が宙を舞うのが見えた。
やがて、意を決したように沙織は掛け布団をもぞもぞと動かして自身ごとベッドの片一方に寄せた。
シーツの一部分がはっきりと濡れているのが見て取れた。
何で、とも何故、とも俺は言わない。
入ってきたときの沙織の様子から何があったのかは大体――にわかには信じがたいが――汲み取れたし、後者に関してはそれを口に出そうものなら俺はとんだ大馬鹿だ。
だから、俺がここでできることは一つだけだった。

「沙織。その眼鏡が原因なんだろう?」
「!」
「その眼鏡が沙織の体調を狂わせるきっかけになった。そうだろ?」

それ以外の選択肢はない、といった風に俺は強く念押しをした。
それが本当かどうかはこの際問題じゃあない。ここで重要なのは『沙織が自分の意思でやったんじゃない』という点を強調することであり、それを言い切るために眼鏡を利用しただけだ。

「で、でも京介さんっ」
「ん?」
「どうして……どうしてそんなにも京介さんは優しいんですか……?」
「……」

沙織の瞳から涙がぽろぽろと零れてくる。まいったな……そんなつもりではなかったのに。
我ながら気障っぽいと思いつつハンカチを沙織に手渡しながら、

「あいつらあってこその沙織だし、沙織たちがあってこその俺だから、かな」

本音を言えば沙織を抱き締めてやりたい。けど、それは今はしちゃいけないんだ。物事には手順ってものがある。

「京介さんはっ、ずるいです、っ。優しすぎますっ。そんなんじゃ、」


「そんなんじゃ、ますます好きになってしまうじゃないですか……っ」
「……ああ。俺はあいつらが、そして沙織が大切でたまらないんだ」

何のてらいもなく俺は沙織と目を合わせながら言った。沙織はすると花のような笑顔で顔をほころばせ、

「ふふっ……とんだシスコンですね、京介さんは」
「あーそうさ。可愛い後輩にかっこいい所見せたいのさ、俺は」

沙織に選んでもらった眼鏡を真ん中でクイっと押さえながら言った。

「あいつらに、しっかり話そうぜ。俺たちのことをさ。その時までその眼鏡はとっといてくれ」

すると、沙織はすべてを悟ったかのように、いつぞやのように自分の胸を掴んで寄せた。その格好でそれすると破壊力高ーなオイ。

「わかりました。じゃあそれからは、」


「エッチなお礼をいっぱいさせていただきますねっ♪」





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最終更新:2011年04月01日 18:12
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