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「それでは、今日は本当にありがとうございました。そろそろお暇させていただきます」
「ああ、わかった。じゃあ駅まで送っていくよ」
恭しく頭を下げる沙織に、(背は高いのに腰は低いよなあ)と京介は顔をほころばせた。
もっとも濡れたシーツに関しては正直どうしようもないので、京介がドライヤーでごまかしておくということで落ち着いた。
沙織は外出用に渦巻き眼鏡で目線を遮ると、良く慣れ親しんだ『バジーナ』が顔を出した。
「では、エスコートしてくだされ、京介氏」
「わかったよ。ほら」
そう言って京介は自分の手を差し出したところ、
「きょ、京介氏!そんなことしたらにんっしんっしてしまうでござる!」
「突然さらっとヤバイ事言うなよ!……いや、そんぐらいの方がお前らしいのかな?」
「違いないかもしれませぬ」
ははっ、と2人で笑い合いながら手を繋ぎ、家の階段を下りて玄関に向かったところ、丁度悪いタイミングで大介が帰ってきた。
「只今帰ったぞ。……ん?」
「げ……親父!」
「げ、とはご挨拶だな。それよりも……」
大介は京介の繋がれた手の先――沙織へと視線を向けた。
「桐乃の友達ですな。桐乃とこいつが良く世話になっています」
「は、はい……槇島と申します」
京介が見やると、瞬間的に沙織は眼鏡を胸ポケットに入れていた。眼鏡が収められたことでその豊かな――先程少しだけ見た――胸部を意識せずとも注視してしまった。
「これから外出するのか?」
「ああ。彼女が帰るっていうから駅まで送っていくのさ」
「そうか。行ってくるといい」
それ以上大介は何も言わなかった。
京介は2人でいた状況などいろいろ詰問されると思っていただけに肩透かしだった。もっとも沙織がいた手前もあったのかもしれないと自答する。
「沙織、行こう」
「はい、京介さん。――では、また改めてご挨拶を」
ぺこり、と沙織はお辞儀をし、大介もまたそれに答えて会釈をした。
玄関を出て駅までの道をてくてくと2人で歩きながら、京介は深く息を吐いた。
「はぁ、心臓が止まるかと思った」
「厳格そうなお父様ですな。拙者の両親とは違って」
「まあ、刑事だからな。沙織の家は厳しくないのか?意外だな」
「というよりは、拙者があまり家族に逆らったことがないからかもしれませんな。
この趣味を通じて姉とも両親とも良く遊んでいたゆえ、我が家の仲はすこぶる良かったのです」
「この子にしてその親あり、か……」
えっへん、と胸を張る沙織。その中に多少ならざる虚勢が見えるのは、姉のことがあったからだろう。
「ここでOKでござる。本日はありがとうございました」
「ん、ああ。それじゃあ、また来週な」
次の一手の為の考え事をしていた京介は所在無さげに手を振り、沙織を見送った。
「……親、か」
どの道手詰まりに近い面はあったのだ。なら動いてみるしかないか。
京介は走って自分の家へととんぼ返りを始めた。
・・・・・・
次の土曜日。
京介と沙織は桐乃と黒猫を交えて、桐乃の部屋でいつものようなとりとめのない雑談や『シスカリプス』で楽しんでいた。
「おっと、拙者は今日は夕過ぎに予定が入っているのでござる。そろそろお暇させていただきますな」
「え、アンタそれなのに来てくれたの?」
「……大した奴ね」
「いえいえ、どうせそれまで空いていたのですし、先週は会えませんでしたからな。それでは面目ない」
そして沙織は部屋を出ると眼鏡を外し、リビングに下りると大介がソファで新聞を読んでいた。
「今日はお世話になります。それでは」
「ああ」
沙織がぺこりと頭を下げてソファに腰を下ろすと大介は新聞をたたんで短く返し、京介に合図の空メールを送った。
「すみません……こんなことに付き合わせてしまって」
「なに、あいつがいつになく必死で相談してきたことだ、見届けなければならんだろう。それより」
「はい?」
「君も、よくこんなことを了承したものだな。いい気はしない事だと思うが」
「それは、確かにそうですね。それでも、京介さんが考えあぐねた末に大介さんと出したことなら、わたしは従いますよ」
「……まいったな。桐乃も良い友達を持ったものだな。京介には過ぎた女性だ」
「っ!」
沙織の顔が急に赤くなって手を顔の前であたふたとさせていると、京介から着信が届いた。
大介の顔を見やると首を横に振り(構わん、続けろ)という意思が伝わってきたので、沙織は震える指で発信ボタンを押し、音量を最大にしてハンディホーンに切り替えた。
「お願いします」
そう強く短い言葉を聞いた京介は携帯をメールを打つように自分の体の前に突き出し、ふと思い出したかのように話し始めた。
「桐乃、黒猫。そういえばさ」
二人が呼ばれておもむろに振り向く。
「俺、沙織のやつにコクられたんだよね」
「……は、はァ!?」
「…………」
桐乃と黒猫の明らかな狼狽にも構わず京介は続ける。
「だけど俺は断った。『お前と付き合うわけにはいかない』ってな」
「……ど、どうしてよ?」
「だって、お前らも好きなんだろ?俺のこと」
「ッ……!?」「…………」
「その今の関係が崩れたら俺だって面白くないし、あいつも同様だろ?そう言ったらあいつ涙を流して崩れ落ちたぜ?お笑い種じゃないか」
ハハハ、と京介は携帯を持つ手と逆の手で頭を押さえて見せた。
直後、桐乃の猛烈な右フックが京介の左頬を殴り飛ばした。後ろの空本棚に背中が叩き付けられる。
「痛ってぇーなオイ……!何しやがる!」
京介は左手で頬を押さえながら携帯を持ち替える。
「アンタが……アンタがそこまで下衆だとは思わなかったわよ!
沙織は……沙織は確かにおちゃらけててよく読めないところもあったケド、誰よりも仲間思いで、誰よりもこのサークルを……アタシ達を好きだったのよ!?
アイツがいなかったらアタシはこんなに楽しくはっちゃけられることなんてなかったのよ!
なのに、あの沙織が告白するなんて――よっぽどの覚悟だったのよ!?それを踏みにじるなんて……そんなのはアタシの好きな兄貴じゃないッ!!」
「…………」
「アンタも何とか言ったらどうなの、黒いの!」
激昂する桐乃の姿を見て、京介は悟られないように薄く笑みを浮かべていた。無言でじっと京介を見やっていた黒猫がそれを察してようやく口を開き始めた。
「……そうね。たしかに面白くないわ。私が貴方を好きだなどと自惚れられるのも気に入らないし、こんな”茶番”に付き合わされるのも、ね」
「…………は、はァ?」
「…………」
「さっきからその携帯、どうして開きっぱなしでこちらを向いているのかしら?……そういうことでしょう?」
「…………はぁ」
「図星って顔ね。やれやれだわ」
すると、桐乃の部屋のドアがカタリと開いて、背の高い女性――沙織が現れた。
「すみません、桐乃さん、瑠璃さん。こんなことになってしまって」
「……な、な、なっ……!?」
「……ふっ。言いたいことは色々あるけど、素直に賞賛させて頂くわ」
驚きで口をパクパクさせている桐乃と、呆れつつも寂しさを灯しているような瞳の黒猫が対照的だ。
「ちょ、ちょっと説明しなさいよっ!なに3人で話を進めてるのよ!」
「ふぅ……相変わらず理解力の乏しい頭ね。つまり、『兄さんの言っていた事は全てブラフだった』という事よ」
そう言って黒猫は沙織のほうへと視線を促すと、沙織はばつが悪そうながらも視線は逸らさずに首を縦に振った。
「―――ッ……!!」
たちまち先程の自分の発言を思い出した桐乃の顔が真っ赤に染まり、拳をわなわなと震わせながら京介に近づいていく。
「お、おい桐乃……」
また殴られるかと思った京介はにわかに立ち上がって顔を手で隠したが、桐乃は京介の手を取って顔のガードを外し、
その左頬にキスをした。
「!!」
驚いたのもつかの間、開けっ放しだったドアのほうにヤクザキックで思い切り蹴り飛ばされ、京介は桐乃の部屋から吹き飛ばされた。
「こ、こっからは女子3人の話よ!とっとと出てって!」
「蹴り出してから言うなよ……」
「ハッ、どの口がそんなこと言えるんだか。……『ごめんね、お兄ちゃん』」
直後、勢い良くドアが閉められ、ご丁寧に鍵までかけられた。
京介はひときわ大きな溜息をつくと、リビングへと足を向けた。
「こんな形で言っても説得力がないでしょうが、今日桐乃さんの言葉を聞けて、わたしは本当に嬉しかったんです。瑠璃さんも」
「……ふっ。そもそもあんな話を兄さんがおもむろに始めた時点で何かがおかしいと思っていたのよ。
私達との間に波風を立てないためというのが目的なら、その前提から破綻しているもの」
「だからアンタはずっとだんまりだったのね……悔しいッ……」
「……ふん。まあそういうことよ。私もこの女も、あなたと兄さんが付き合うことに異論はないし、それで関係が崩れることもないわ。……正直なところ、悔しいけどね」
「瑠璃さん……」
「……行きなさいな。待ってるわよ」
「はい。……わたし、二人と出会えて、本当に幸せです」
「……行ったわね」
「黒いの、アンタ……」
「……ふっ、私としたことが、目から悲しみ(ソロウ)を流すとはね。……ッ……」
肩を小刻みに震わせる黒猫を桐乃は穏やかに包み込んだ。
「傷の舐めあいって訳じゃないけどさ……今日はいくらでも付き合うわよ」
「……ふん。あ、ありが、とう……」
「……終わったのか?」
「……ああ。概ね上手くいったみたいだ」
リビングに下りてきた京介は自分でコーヒーを淹れて大介の横のソファに腰掛けた。
「俺も肩の荷が下りた。提案した手前、失敗したらどうしようかと思ったが、よく実行したものだ」
「……まあな。こう言うとアレだが――俺はあいつらを信頼していたから。我ながらよく演じたと思うよ」
「人と人との関係は紙一重だ。より長い関係を望むなら、嘘で飾らず本気でぶつかるしかない。今回のは少し危なかったと思うが、な」
「ああ。ごめんな親父」
「構わんさ。久しぶりに娘の熱い言葉を聞けたしな。それに」
「ん?」
「いい娘たちじゃないか。互いにああも固い絆を持ってるのは今時珍しいかもしれんぞ。……人は見かけによらないというのを改めて思い知ったよ」
「親父……」
コーヒーをぐいと流しながらの大介の呟きに、京介も思わず顔をほころばせた。
「……さて、来たみたいだぞ。行って来るといい」
「……ああ」
その言葉に促されて振り向くと、沙織が階段を下りてこちらに向かってくるのを感じた。
「お待たせしました」
「ああ。じゃあ行くか」
「はい」
特に目的地はなかった。沙織が沙織らしい笑顔を見せられる場所があればどこでも。
「――ああ、そうだ二人とも」
「ん?」
「避妊はしっかりな」
ガタッと京介は思い切り玄関前でずっこけた。
「あらやだ、お義父さまったら」
「お前も順応性高いなおい!」
「ふふん、わたしは煮ても焼いても京介さん以外には食べられませんよ」
「恥ずかしいセリフ禁止!」
沙織が眼鏡をかけずにω口になっている様子に京介は思わず破顔させられたが。
「……ゴホン。やれやれ、とんだヤブヘビだったか。まあ色ボケせんようにな」
「「っ……」」
真っ赤になるバカップルを尻目に大介はリビングに戻っていった。
「……ははっ」
「じゃあさっそく行きましょうか京介さん。……わたしの、家に」
最終更新:2011年04月08日 09:04