クソガキが泣いた日


俺、高坂京介は何とか第一志望の地元大学に合格した。
一度くらい、一人暮らしってヤツを体験したかった俺は
ダメ元で親父とお袋に頼んでみたら、割と呆気なく認めてくれた。
妹の桐乃はちょっと渋い顔をしていたように見えたが、
それはシスコンで俺の目が曇っていたせいだろう。

親や妹から解放された俺は一人暮らしを満喫していた。
ん? お前、妹が居ないと寂しくて死ぬんじゃないのかって?
ふん。桐乃のヤツ、何かと理由をつけて俺のアパートに押しかけて来るから、
その辺はどうってこと無いんだな。

その日、コンパに参加した俺が一人暮らしを満喫できるアパートに帰る途中、
あり得ないモノ・その1に遭遇した。

「でへへへ~、ナニ見てんのヨ?」

俺の目の前で酔って醜態を晒しているのは、クソガキこと来栖加奈子である。
このガキ、往来でこの醜態とは信じられねえ。
タバコばかりか、酒まで飲むとは想像以上のクソガキだぜ。
しかし放っておくワケにもいかない。このままじゃ脱ぎ出しかねない勢いだしな。

「オイ、何やってんだお前は!?」
「ハイッ! 加奈子ちゃんはぁ~、お酒を召し上がっております!」

このクソガキ、すっかり酔っ払ってやがる。

「こんなところでマズイだろ。高校生のくせに酒飲みやがって」
「こんな? ところで? マズイ? にひひひひ。
 マズイなら~、ドコに連れて行ってくれるのでしょうか、王子様?」

タチ悪りい。だが放ってもおけない。
甚だ不本意だが、俺がひとり暮らしを始めたマンションまで加奈子を運んだ。
言っておくがあくまでも運んだ、だからな。連れ込んだワケじゃないぞ。

「んあ~! ナニすんだヨ!? ベッドに押し倒してどうするつもりだヨ?」

ベッドに寝かせてやると、ありがちな反応を示す加奈子。
まあ、酔っ払いの戯言なんぞ、無視にするに限る。
とは言ったモノの、このクソガキ、俺のベッドで暴れるわ、やかましいわで
どうしようもない。俺は諦めて、加奈子を床に寝かせ、布団だけ被せてやった。

‥‥‥‥‥‥


翌朝、俺が目覚めると、床に寝かせておいたはずの加奈子が居ない。
まさかひとりで帰った?と思うと同時に、俺は背中に温かみのある重さを感じた。
背中の方を見ると‥‥‥ア、アハハハ。
クソガキ‥‥‥加奈子が、俺のベットに潜り込んで居やがった。

「オイ、何をやって‥‥‥」

俺はあり得ないモノ・その2を見たね。
素っ裸で俺のベッドに潜り込んだ来栖加奈子というモノを。
言っておくが、こいつが勝手に脱いで、勝手に潜り込んだのだからな!

「う、うん‥‥‥」

やべ。加奈子が目を覚ましそうだ。
このシチュエーションだと、加奈子には酔っ払ったときの記憶が無く、
酔っているのを良いことに俺がベッドに引っ張り込んだってことに
なっちまうんだろうな。冗談じゃねえよ。
俺は寝たふりをして、加奈子の様子を伺うことにした。

「‥‥‥‥‥‥」

目を覚ました加奈子は状況を把握したらしく、無言のまま立ち上がって
ベッドから出て行くと、浴室のドアを開ける音が聞こえた。
何だ? シャワーを浴びているのか? 余裕だな、このガキ。
相当遊んでいるらしい。まあ高校生だしな。そんなもんか。

暫くして、浴室から出てきた加奈子が俺に向けて言い放った。

「オメー、起きろっての!」

クソガキ丸出しの加奈子の声が目覚まし代わりとはどんな罰ゲームだよ。
などと思っていても埒が開かない。朝っぱらから揉めるのも面倒だ。
俺は起き上がって加奈子の顔を見ると、自然とこんな言葉が出た。

「誰だ、お前―――――!?」

俺の目の前に居るはずのクソガキはどこにも居ない。
その代わりに居るのは、きれいなストレートヘアを纏った少女だった。
いや、わかっている。髪を下ろした加奈子だってことは。
だがこれは全くの予想外。クソガキのイメージが全く無いとまではいかないが、
相当薄まったのは事実。正直‥‥‥悪くない。
そして当の加奈子は俺のベッドに座り込み、俺に躙り寄って話しかけてきた。

「よう、加奈子ってどうだったヨ?」
「ど、どうって?」
「トボけんなヨ! オメー、加奈子が寝ている間にヤっちまったんだろ?」

何てことを言い出すんだ、このクソガキは!!


「ヤってねえよ!」
「ウソつけ! ヤってねえワケねえし!」

やっぱり埒が開かねえ、と思っていると、桐乃が俺の携帯を鳴らした。

「もしもし? 桐乃?」
『ちょっと近くまで来たからさ、アンタの部屋に寄ってくね』
「ちょ、ちょっと!」ツー ツー ツー

やばい。加奈子と一緒に居る現場を桐乃に見られたら、エライことになる。

「オイ、お前、早く隠れろ!」
「ああ? 何でだヨ?」
「桐乃が来るんだよ!」

桐乃、あやせとともに高校生となった加奈子は、俺のことを桐乃の兄貴と
認識するようになったのはいいが、今の状況は非常にマズイ。


ピンポーン

げっ! 桐乃のヤツ、もう来やがった。

「ナニそんなに慌ててんだヨ? 別に桐乃にバレたっていいジャン」

そうか‥‥‥それもそうだよな。
別に疚しいことなんて無いし、別に見られてもどうってこと無いよな。
俺は平常心を取り戻し、ドアを開けた。

「遅い! ナニ、モタモタしてんの?」

ドアを開けると桐乃様の有り難いお言葉。まあ予想通りだ。
予想外だったのは、

「こんにちは、お兄さん」

あやせも一緒だと言うことだ。
ヤバい。桐乃はともかく、あやせに加奈子と一緒の所を見られたら
問答無用で俺の明日は無いだろう。しかし、加奈子を隠す時間などない。

「おじゃましま~す」

あやせが桐乃とともに部屋に上がり込んだ。これが“終わりの始まり”ってヤツか。

「相変わらず小綺麗で、なーんも無い地味な部屋! 楽しいことあんの?」
「でも、お兄さんらしいですね」

アレ? 加奈子はドコに行った?

‥‥‥‥‥‥


「おじゃましました~」

桐乃とあやせを部屋から送り出し、部屋に戻るとベッドの下から加奈子の声。

「あいつら、帰ったかヨ?」
「なんだよ、結局隠れたんじゃねえか」
「ったりめえジャン! 桐乃はともかく、あやせはヤベーだろ」
「やっぱり、お前もそう思うか?」
「あのデカブスにこんなところ見られたら、加奈子の明日はねえっての!」

なんか俺と同じようなことを考えてんだな。

「ところで、さっきの続き」
「あ?」
「加奈子、どうだったヨ?」
「だから! ヤってねえっての!」
「にひひひひ。照れてねえで、ホントのこと言えヨ!」

このガキ、ビッチ丸出しだな。桐乃の小説に出てくるビッチは架空の人物だが、
こいつは現実の人間だから始末が悪い。アタマ来た。一言ビシッと言ってやる。

「お前みたいな女、こっちから願い下げだぜ」
「んあ!?」
「どうせお前、相当遊んでいるんだろ? エチトモだっていっぱい居そうだしな」
「‥‥‥」
「そんな女、相手にしてらんねえよ!」

フン。言ってやったぜ。

ポタッ

カーペットに何かが垂れる音がした。

「―――じゃねえヨ」

加奈子の顔を見ると、両目から大粒の涙。

「加奈子、そんなオンナじゃねえヨ!」
「―――ッ!!」
「オメーもそういう目で加奈子を見てやがったのかヨ!?」
「お、お前!?」
「うるせえ! 触るんじゃねえ!!」

落ち着かせるつもりで伸ばした手を強く拒絶する加奈子。

「うっ うっ うっ――― そんなオンナじゃねえヨ‥‥‥」

声を上げて涙を流して泣く加奈子の姿に俺は酷く困惑した。
確かに加奈子が誰かと付き合っているとかの話は聞いたことがない。
“遊んでいる女”というイメージは俺の勝手な思い込みなのかも知れない。

「あ、悪かった。言い過ぎた。許してくれ」
「許さねえ‥‥‥絶対に」

加奈子の潤んだ目は、あやせのそれとは全く別の意味で‥‥‥怖かった。


ピンポーン

「お兄さん? あやせです」

げっ! あやせ? 何でまた!?

「ちょっと忘れ物をしちゃったみたいで。カギ、開けてもらえますか?」

加奈子があやせの声を聞くと、玄関のドアの前に立ち、サムターンに指をかけた。

「(オイ、何をする気だよ!?)」
「(カギ開けたらどうなると思うヨ? 怖ええぞ? 明日はねえぞ?)」
「(どうしろってんだよ?)」
「(こっちに来いよ)」

脅しに屈した俺がドアの前でサムターンに指をかけている加奈子に近寄ると、
加奈子は俺にきつく抱きついた。

「(これでカギ開けてやんヨ)」

サムターンにかかった指が動こうとした瞬間、俺は片手でその腕を制し、
もう一方の手で加奈子を抱きしめてキスをした。

「ん! う、うん‥‥‥」

加奈子は鼻から声を漏らしながら、俺の背中に両腕を回して抱きついた。

どれだけの時が過ぎただろうか。
加奈子は俺の腕の中から逃れると、ベッドのある部屋に駆け込んだ。

「お兄さん? 居るんですよね? 開けてください」

我に返った俺はドアのカギを開け、あやせを部屋に入れた。


「どうしたんですか? お兄さん」
「ちょっと寝ていたんだよ。忘れ物だって?」
「携帯を忘れちゃったみたいで。探していいですよね?」
「オイ! 待て!!」

あやせはベッドのある部屋に駆け込んだ。
部屋に加奈子の姿は‥‥‥ない。またベッドの下か。
俺の焦りを余所に、あやせは部屋の中を見渡しながら携帯を探している。

「無いなあ。ドコだろう? ベッドの下かな?」

ちょ、待て!

「ここにも無いなぁ」

は‥‥‥?

「あっ、テーブルの下にありました」
「そ、そうか」
「お邪魔しました、お兄さん」

あやせを送り出した後、部屋に戻ると押し入れの中から加奈子の声。

「デカブス、帰ったかヨ?」
「お前、修羅場慣れしているように見えるぞ。そんなんだから俺に‥‥‥」
「俺に‥‥‥何だヨ?」
「いや、何でもない」
「‥‥‥しょうがねえよナ。こんな加奈子じゃナ」
「こんな加奈子?」
「オメーだって、加奈子が男と遊びまくってると思ってんだろ?」

加奈子はストレートの髪を揺らしながら押し入れから出ると、
俺のベッドに座ってふて腐れた気味に話す。


「いや‥‥‥そんなことねえよ。俺の言い過ぎだったよ」
「ホントに悪く思ってんのなら、そこに座る!」

加奈子はベッドの前の床を指差した。
なんだよこれ。桐乃と同じ、お白州モードじゃないか。俺は罪人かよ。
でも仕方ねえよな。あんなこと言っちまったんだから。

「オメー、さっきのは一体どゆこと?」
「さっきの?」
「加奈子にキスしたことだヨ!」
「あ、ああ。お前の腕と口の両方を塞ぐには、アレしかないと‥‥‥」

ゴン
膝頭を蹴られた。

「ちょっとこっちに来いヨ」
「はいはい、仰せの通り」

加奈子の命令に従い、俺はベッドに座る加奈子の隣に腰を据えた。
どうする気だよ?と思いつつ加奈子の顔をあらためて近くで見ていると‥‥‥

「ナニ、見とれてんだヨ?」
「ち、ちげーよ」
「さっきは口を塞ぐためとか言ってたけどヨ、ホントは普通にしたかったんだろ」
「‥‥‥」
「黙んなよ。当たりみてーじゃねえかヨ!」
「『当たりみてー』じゃねえかもな‥‥‥」
「にひひひひ。んじゃ、もういっぺんキスしてみる?」

目の前にいるストレートヘアの少女の誘惑に俺は‥‥‥負けた。

‥‥‥‥‥‥


翌日、俺は加奈子と会った。

「にひひひひ。オメー、やっぱ加奈子と会いたいんだナ」

目の前に居るのはストレートヘアの少女ではなく、ツインテールのクソガキ。
髪型が違うだけの筈なのに、どうにも印象が違いすぎる。
昨日のことが気の迷いとしか思えねえ。

「ナァ、昨日言ってたあのこと、ホントだったんだナ」
「あのことって?」
「『ヤってねえよ!』ってアレ」
「当たり前だろ! 俺は酔ったのをいいことに、そんなことしねえよ」
「そうだよナ。“酔った相手”には何もしねえよナ?」
「信じてくれるのか?」
「だってよオ、今もまだアソコにヒリヒリ違和感があるんだぜ?
 昨日『ヤってねえよ!』って言われた時はこんな感触無かったし。
 ベッドでキスだけだと思ってたのに、まさかあんなことにナ」
「‥‥‥こら。こんな往来で‥‥‥そんなことを」
「にひひひひ。この す・け・べ 」

クッ! あれは気の迷い! こんなクソガキと!

「あ、そうだ」

加奈子は思い出したかのように、髪を下ろしてストレートヘアにした。

「これからはヨ、オメーとふたりきりで会う時は、この髪にすっからヨ」
「あ‥‥‥」
「にひひひひ。見とれてんじゃねえヨ、す・け・べ」

加奈子はそう言うと、俺と目線を合わせるように俺の前で飛び跳ねた。

前言撤回。

あれは‥‥‥気の迷い‥‥‥なんかじゃなかった。


『クソガキが泣いた日』 【了】





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最終更新:2011年04月23日 09:23
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