新人女優


「お兄さん! ご相談があります!」

俺の目の前に居る黒髪でスタイル抜群の美少女は言うまでもなく
ラブリーマイエンジェルこと新垣あやせだ。
その美少女あやせから相談を持ちかけられるのはこれで何度目だろう。
そして酷い目に合うのは、これで何度目になってしまうのだろうか。
酷い目に合うくらいなら、あやせの相談など聞く耳を持ちたくはないのだが、
相談を断ったら、あやせの仕打ちが怖すぎる。
仕方ない。あやせの『相談』とやらを聞くことにするか。

「で? 相談って一体何だ?」
「お兄さん。わたしの恋人になって下さい」
「よしわかった」
「即答ですか!? 少しは驚くとか、聞き返すとか無いのですか?」

即答に決まっているだろ。聞き返すだって? 俺が聞き漏らすわけ無い!

「わたしの話を最後まで聞いて下さい! さもないと通報しますよ」

ああ。やっぱり何らかのエクスキューズがあるわけね。期待させるなよ、ホント。

「恋人になってくれって、どうしてまた?」
「実はわたし、ドラマに出演することになったんです」
「マジかよ! すげえじゃん!!」
「ええ。恋人同士のストーリーを演じるのですけど」

こ、こ、恋人同士だぁ!?
許せん。どこのどいつがラブリーマイエンジェルの恋人役を!?


「それでご相談というのは、わたしの演技の稽古に付き合って欲しいんです」
「え? つまり、俺にあやせの恋人役をやってくれと(グフッ)」
「お兄さん、気持ち悪いです。あくまでも演技の、稽古としてですからね!」

演技の稽古とはいえ、あやせたんと恋人同士になるなんて最高じゃないか!

「どんなシーンの稽古をするんだ? もしかして、キスシーンとか!?」
「い、いやらしい! 何を考えているんですか!? そんなシーンありません!」

あやせが身を捩りながら、両の手で自らを抱きしめる仕草をする。←少しエロい

「で、どんなシーンなんだ?」
「結構シーンが多いんです。待ち合わせとか、一緒の買い物、映画、食事とか」
「へー。まるっきり恋人同士のデートだな」
「そんな軽い感じで言わないで下さい! わたし、この仕事に賭けているんです」
「悪い悪い。でもそれってどうやって稽古するんだ? 部屋の中でやるのか?」
「いいえ。実地で稽古をつけてもらいます」
「つまり‥‥‥その、俺とあやせがデートをするってコトか?(グフフッ)」

もしかしたら、今の俺ってスゲーニヤけた顔をしているんじゃないか?
と言う漠然とした疑問を感じていたが、その疑問はあやせのフルコンによって
確証へと変わった。
言っておくが、あやせがフルコンプリート上等のゲームオタになったのではない。
あやせのフルコンタクトを俺が喰らったってコトだ。マジ、いってえよ!

「お兄さん? いかがわしいコトを考えたら直ぐに解りますよ?」

俺は鈍痛を感じる腹を摩りながら、あやせの警告じみたセリフを拝聴した。

‥‥‥‥‥‥


さて、稽古の当日がやってきた。
俺があやせとの待ち合わせ場所に向かうと、あやせはすでに来ていた。

「悪いな、待たせて」
「いいえ、わたしも今来たところです」

いやいやいや、ホントは30分くらい待っていたんじゃないのか?
ホント可愛いなあやせたん、という想いはあやせの意外な申し出に遮られた。

「お兄さん。稽古を始める前に、わたしと契約をお願いします」
「ケイヤク‥‥‥? それって俺と将来を誓うってコトか?」
「ブ、ブチ殺されたいんですか? 稽古の最中にわたしにヘンなことをしない
 と言う契約に決まっているじゃないですか!!」

契約ねえ‥‥‥。最近『契約』って言葉にはウラがある気がしてならない。
できれば、契約なんてしたくねえよ。ましてや契約相手はあやせだぞ?
ぜってー、ウラがあるって! それも超弩級のモノが。

「ごめん。契約はできない。でも! お前にヘンなこと、絶対にしない!」
「ホントですか‥‥‥? いいです。信用します!」

意外にもあやせは俺の申し出を受け入れてくれた。ちょっと拍子抜けだな。

「最初は買い物のシーンからお願いします」
「つまり、俺とあやせで買い物をするってコトか?」
「そうです。実地の稽古ですから」

まさか、イブの時の桐乃みたいに、アレ買えコレ買えって展開か?
何かイヤな様相を呈してきたな。
などと俺が不安に駆られていると、あやせは俺の左腕にしがみついてきた。

「お、おいッ!」
「何ですか? 恋人同士の演技の稽古ですよ? このくらいしないと!」

なんてこった。まさかラブリーマイエンジェルにしては大胆な行動だ。
これは稽古とは言え、展開が楽しみだぜ!!


最初に俺があやせに連れて行かれたのはアクセサリーショップ。
とは言うものの、桐乃に連れて行かれた店に比べれば、ずっと安価な品揃え。
そうだよな。あやせくらいの年齢なら、このくらいの値段のアクセサリーを
ねだるのが普通なのだろう。桐乃が異常だっただけだな。
外見よし、スタイル抜群、あまりお金もかからない。コレで性格が‥‥‥
いかんいかん。欲張ってはイカン。

‥‥‥‥‥‥

「次は映画ですね。この映画にしましょう」

と、あやせが指差した作品は、ライトノベルを書く高校生のストーリー。
映画の内容に突っ込みを入れるのは無粋だと解ってはいるが、
ラノベって、高校生でもそんなに簡単に書けるモノなのか?
桐乃もケータイ小説を書いていたが、アイツだって結構苦労して書いていた
気もするけどな。そんな簡単に書けるモノじゃないよな、多分。
う。何かあの小柄な女子高校生、ちょっとイラっとする声質だな。
なぜだろう。

‥‥‥‥‥‥

そして食事。
考えてみれば、あやせと二人で食事するなんて、初めてだよな。
モデルであっても人によっては大食な人もいるようだが、
あやせはやっぱり小食だった。訊けば、モデルは自己管理も厳しいらしい。
そう言えば桐乃もあまり食べる方じゃないな。アイツも自分には厳しいからな。

‥‥‥‥‥‥

食事を終えた俺とあやせは公園を散策している。公園散策なんて地味なコース、
麻奈実にしか通じないと思ったがそうでもないようだ。

「あの、お兄さん? ひとつ訊いていいですか?」
「なんだ? あやせ」
「お兄さん、もしかして今日の稽古の間中、桐乃のことを考えていませんか?」
「え‥‥‥? どうしてそう思うんだ?」
「お兄さん。質問に質問で返すのは図星と取られても仕方ありませんよ」
「‥‥‥」


確かに。
俺は無意識に『あやせは○○。そして桐乃は××』って比較を繰り返していた。
考えてみればあやせに失礼な話だ。本当のデートではないとはいえ、
あやせが真剣に取り組んでいる演技の稽古の最中に、俺は本当に失礼なヤツだ。

公園の池に架かる小さな吊り橋の上で、俺が打ち拉がれた気分になっていると、

「ごめんなさい、お兄さん。ちょっと雰囲気を悪くしちゃいましたね」
「いや、そんなこと無いぞ」

俺は、俺に背を向けて吊り橋から下を見るようにしていたあやせに囁いた。
その時、一陣の風に揺すられた吊り橋の上で、あやせが体勢を崩した。

「きゃっ」
「危ねえ!」

俺は背後からあやせを抱きしめ、体勢を立て直させた。
うわ、わ、わわわ、あやせたんを抱きしめてしまった。

「お、お兄さん! ドコを触っているんですか!? い、いやらしい!!」
「お前が、橋から落ちるかと思ったから」
「あ、ありがとうございます」

俺は冗談半分で、あやせを少しだけきつく抱きしめた。

「ダメですよ! お兄さん、契約してくれなかったじゃないですか!!」
「え‥‥‥? それじゃ、契約していたら、どうなっていたんだ?」
「それは今からじゃ言えませんよ」
「じゃあ今から契約するぞ!」
「それはダメです。時間切れです。『覆水盆に返らず』ですよ」

ああああああ! 俺の頭の中で人参・大根・胡瓜・茄子・莢豌豆が
『もったいねぇ~ もったいねぇ~』と声を揃えていやがる。

‥‥‥‥‥‥


後日、あやせが出演したドラマのネット配信を桐乃と一緒に見た。
今日が、女優・新垣あやせの誕生の日か、と思いつつ、桐乃の部屋の
パソコンの前に俺と桐乃は鎮座した。
そしていよいよ、配信開始時刻に。


『オッス! あやかだよ。恭介さん、遅いんだから!』

あやせ演じる“あやか”が、恋人“恭介”との待ち合わせからドラマが始まった。
うおおおおお、ラブリーマイエンジェル兼アクトレスあやせたん、最高だぜ!

『恭介さん、私と契約して下さい』

へ? 契約のセリフじゃないか。アレも稽古の一環だったのか。

『あやか? 契約って‥‥‥?』
『恭介さんがわたしといつまでも一緒に居るという契約です』
『もちろん、契約するぞ!』

“恭介”役の俳優がニヤけながら、“あやか”と契約をする。
クソ! これでドラマの中であやせたんとイチャつくってコトかよ。
また野菜共が俺の頭の中で『もったいねぇ~』と言ってやがる。


そしてドラマは、稽古通りのストーリーで進行する。
演技とはいえ、あやせたんのイチャつくシーンがこれほどイラつくとはな。
しかし冷静に考えると、稽古の時の俺たちもこんな状態だったワケだから、
そう考えるとあまり腹も立たない。


そして場面は郊外の渓谷に架かる吊り橋。吊り橋のシーンも稽古だったのか。

『やだ! 怖い!!』
『ははは。大丈夫だって、あやか。俺がついている』
『恭介さんって頼りになるのね!』

その時、吊り橋が揺れ、あやせ演じる“あやか”が体勢を崩した。

『きゃっ』
『危ない!』

“恭介”が背後から“あやか”を抱きしめ、体勢を立て直させた。
うわ、わ、わわわ、俺って端から見るとこんな状態になっていたのか!!

『恭介さん! ドコを触っているんですか!? い、いやらしい!!』
『お前が、橋から落ちるかと思ったから』
『ありがとう。うれしい‥‥‥』

背後から抱きしめられた“あやか”が“恭介”の腕を手に取った。
そして―――

ガチャ

は‥‥‥?
俺の目に、信じ難い、しかし既視感のある光景が展開された。
“あやか”が“恭介”の左手に手錠を打ち込み、もう一方を自らの右手に打ち込んだ。

『あ、あやか? 何だこれは?』
『ウフフフフ。これで、あなたとわたしはいつまでも一緒ね』
『‥‥‥』
『どうしたの、恭介さん? 嬉しくないの?』
『あ、いや‥‥‥取り敢えずコレ、外してくれないか?』
『どうして? いつまでも一緒に居られるんだよ?』
『あ、あやか? お前‥‥‥?』

“あやか”の目から光彩が消え失せ、“恭介”の表情が見る見る曇っていく。


『だって恭介さんって、ほかの女の人に優しすぎるんだもん。
 学校じゃ同級生、後輩の女の子、妹さんの友達にも優しいし、
 そして何よりも、妹さんへの優しさ‥‥‥わたし、許せない。
 わたしだけに優しかったら、凄く嬉しかったのに!!』
『落ち着け、あやか!』
『ウフフフフ。もうダメよ。恭介さんはわたしと契約したのだから』

け、契約‥‥‥!!

『恭介さん、下を見て。いつもなら水がいっぱい流れているのに、
 今は水が少なくて、岩が剥き出しになっているよ。落ちたらどうなるのかな?」
『あ、あやか! やめろ!!』
『恭介さん、ずっと、ずーっと一緒だよ』
『あやか! やめろ!! あやかあああああぁぁぁぁ‥‥‥』

“恭介”の叫び声と木立から飛び立つ鳥の羽音が重なった音を背景にした青空。
その次のシーンでは、誰も居ない吊り橋が揺れていた。
そしてエンドロールが流れ始める。

‥‥‥‥‥‥

「うわあ、あやせの役、こわーい!」
「ああ‥‥‥、スゲー怖い‥‥‥な」

桐乃のドラマの感想に、俺はそれしか言えなかった。
いや、これはドラマ! 要するにお芝居! フィクションのテロップも出た!
作り話さ! こんなこと現実にはない‥‥‥はずさ。

‥‥‥‥‥‥


俺は自分の部屋に戻ると、あることに思いを馳せていた。
もしあの時、あやせと「契約」していたら、今俺はこの場に居ただろうか?と。

ピリリリリリ

電話か。―――ッ!! あやせから!? ピッ

『お兄さん、わたしの演技どうでした?』

あやせはまるで子供のようにはしゃいだ様子で、俺の感想を聞いてきた。

「あ、ああ。凄く良かった‥‥‥ぞ?」
『ホントですか? 嬉しいです!! お兄さんと稽古した甲斐がありました!』
「お役に立てて‥‥‥ホント良かったよ」

かつてこんなに息苦しい電話があっただろうか。

『ところでお兄さん? ご相談があります!』
「何だ?」
『実は、わたしの演技が好評だったようで、次の出演が決まったんです!』

アレは“演技”なのか? そうなのか?

「そうか。よかったな、あやせ。今度はどんな役なんだ?」
『年老いた資産家と結婚する若い女性の役です』
「‥‥‥」
『そこで、また演技の稽古を』

ピッ
俺は通話を切り、携帯の電源も切った。


『新人女優』 【了】

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最終更新:2011年05月01日 08:51
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