一生の願いに、一生の幸せを 前編

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俺、高坂京介はいつになくソワソワしていた。

オサレ街にあまり縁のない俺が一人で渋谷なんかに来ていることで、落ち着かないのもあるのだが、それ以上の理由があるのだ。

携帯を開き、時刻とメールボックスに残っている、1通のメールを確認する。

「ここでいいんだよな…」

後ろにある建物――渋谷駅を見て、場所を確認する。間違いない。

まぁ、さっきから何度も確認しているんだが。


辺りをキョロキョロ見渡す。これも何度目かわからない。

「まだこねえか…」

それもそうだ。
約束の時間まで、まだ30分もある。

流石に早すぎたと思うと同時に、溜息をつく。これも何度目だ俺。

とにかく落ち着かない。なにかやっていないと、変なプレッシャーに押し潰されそうになるんだ。

「…ん?」

キョロキョロしていたら、こちらに近づいてくる一人に目が止まった。

黒髪ロング、そこそこの身長に細い身体、整った可愛い顔。
俺が見間違うわけがない。こいつは間違いなく…

「おはようございます、お兄さん」

俺の天使、新垣あやせだ。


「よ、よう、あやせ」

さっきから緊張しているのだが、本人を前にすると更に緊張してきた。

「もう来ていたんですね、待たせちゃいましたか?」
「いや、俺もさっき来たばっかりだよ」
まあ、嘘だが。
1時間前くらいからここにいたのだけど、そんなの苦でもなかった。

「そうですか、それならよかったです」
そう言って、微笑むあやせが見れたのだから。

「ていうか、あやせも早かったな。約束の時間までまだ30分もあるぞ?」
「準備が終わって、時間になるまで待ってるつもりだったんですが、なんだかいてもたってもいられなくなって…。ちょっと早めに出てきちゃいました」
「はは、俺と同じだな」
「お兄さんもですか?」
「ああ。今日が楽しみ過ぎて全く落ち着かなかったぜ」
ちなみに、今も落ち着かない。
相変わらず、心臓はバクバクいってやがる。

「フフ…。それじゃあ、行きましょうお兄さん」

「あ、ああ。そうだな」
今日は目一杯楽しまないとな。

何せ、あやせとの初デートなんだから。







一週間前のことだ。

夜、受験生である俺は、その日の勉強のノルマを達成し、パソコンをいじっていた。
そうしていると突然、マウスの横に置いていた携帯が鳴りだしたので、手に取って画面を見た。

「…ゲッ」

画面は、新垣あやせからの着信を表していた。


新垣あやせは、俺の妹である高坂桐乃の親友で、中学3年生の少女だ。
容姿は端麗で、読者モデルをやっていることからも、その可愛さが窺えるだろう(事実、超可愛い)。
可愛い女の子の知り合いが多い俺だが(自慢じゃないぞ)、その中でもあやせは俺の好みドストライクなのだ。…見た目だけで言えば。

問題は中身である。
見た目通りの清純で、一つ一つの仕草が可愛い子、だと初めて会った時はそう思っていたのだが…

その実極度の潔癖症で思い込みが激しく、嘘が大っっっっ嫌いで(特に桐乃の様な親友に嘘をつかれるとヒステリックになる)、大切な存在のため(つか、桐乃限定と言っても過言じゃない)ならなんでもする(殺人も起こせるんじゃないかと思う)、かなり危ない女である。

それに過去、とあることによって、あやせは俺のことを『近親相姦上等変態鬼畜兄貴』と思い込んでおり、誰よりも警戒されているし、嫌われてしまっている。
それでも、桐乃のためにやむおえず俺に相談してきたり、協力を求めてきたりするようになり、少しずつその関係は修復しつつある…と思いたい。

まあ、最近は相談どころか呼び出されて説教という名の脅迫をされることが多くなっている。
そのため、この電話もそのテの話だろうと思い、出るのを少し躊躇してしまった。
しかし、出なかったら出なかったで後々が怖いため、嫌々ながら電話の通話ボタンを押して、耳に当てた。

「…もしもし」
『もしもし、新垣ですけど。今時間は大丈夫でしたか?』
「ふ…、愚問だな」
『はい?』
「俺にとっての最優先事項はあやせ関連全てなんだぜ?お前が俺を必要とするとき、俺は全てを投げ出す覚悟が出来ている!つまり、時間なんか気にすんな!」
『い、忙しいなら忙しいって言っていただいて構わないんですよ…?』
「いや、ぶっちゃけ暇なんだ」
『それなら最初からそう言って下さい!もう…』
「…むう」
おかしいなぁ、前やったエロゲでは同じ様なことを言われたヒロインの好感度、上がってたんだけどなぁ…。何故あやせの好感度は上がった気配がしないのだろう?まだまだ愛が足りないのか。



…いや、ホントに嫌だったんだぜ?あやせから連絡が来るときは、ロクなことがないし。
でも、あやせの声を聞くと、そんなの全く気にならなくなるんだよ。むしろ、とても興ふゲフンンゲフン嬉しくなっちまうんだよ。なんでだろうな?
恐るべし、あやせパワー。
『お兄さん、来週の日曜日空いていますか?』
「だから言っているだろう?あやせのためならどんな用事があろうとも…」
『普通に答えて下さい』
「…空いてます」
相変わらず、俺の愛が伝わらない。
どうすればこの無限に広がるあやせへの愛を伝えることが出来るんだろうか?

『じゃあその日一日、私のお願いを聞いていただけませんか?』
「…今度はなんだ?また(あの糞ガキの)マネージャーすればいいのか?それともお前の家に(説教受けに)行けばいいのか?」
()の部分を口に出さない理由は察してくれ。
『いえ、その…』
「違うのか?なら、何だ?」
『え、えっとですね…』
「?」
あやせが言い淀むなんて、珍しいこともあるもんだ。いつもはもっとハキハキしてんのに。
よほど言いにくいことなのか、あやせはずっとモゴモゴしている。
「あやせ?俺に頼みたくないなら無理に頼んでくれなくても…」
『い、いえ!むしろお兄さんじゃないと駄目なんです!!駄目なんですけど…』
「…???」
なんだってんだ一体?
俺には、あやせが何を言おうとしているのか、全く見当がつかなかった。

そうやって頭の中が?マークで埋めつくされていっていくなか、意を決したあやせは、俺にこう告げた。

『わ…、私と一日付き合っていただけませんか!?』
「…へ?」

あやせから出た爆弾発言は、俺の頭の中に拡がっていた?マークを全て吹き飛ばした。

しかし、ここで喜ぶのは早計だ。あやせのことだから、安易な考えで答えを出してはいけない。
「付き合うって…何に?」
そう、問題はそこだ。あやせが何かを頼んでくる時は、簡単なことはまずありえない。
何かしらの意図がある…。期待しては駄目だ俺!
『えっと、その…』





『か、買い物に…付き合ってほしいんです』




―――期待しては駄目だ!!

「…ああ、荷物持ちってことか。そんなに大きな買い物するのか?」
『そ、そうじゃなくて…』





『ただ、お兄さんに来ていただければ、いいんです…』





…おい、これはもしかして―――いや、もしかしなくても…

「あやせ、それはつまり…」



「…デートの誘い、って考えていいのか…?」

『で、デートって…そ、そそそんな…!』
あ、やっぱり思い過ごしだったみたいだ。そりゃそうか、あやせが俺をデートに誘うなんてありえないことだ。
期待した俺が馬鹿だったんだ…
ああ、部屋の中なのに雨が降ってやがる畜生…





『で…デートってことで、いいですよ…?』
「…へぇ?」

あやせサン、今なんつった?

「あ、あやせ?今なんと…」
『だから!デートと思っていただいて結構です!!それともなんですか!?私とデートするのは嫌なんですか!!?』
「いえ!むしろ光栄でございます!」
『じゃあ場所や時間はまたメールしますから!それではまた!』

ブツッという音の後にツーツー…と、電話が切れた音が右耳に響く。
ゆっくりと携帯を閉じた俺は、さっきのあやせの言葉を脳内エンドレスリピートしていた。
『―――で…デートってことで、いいですよ…?』

『―――だから!デートと思っていただいて結構です!!』


頬をつねる。

痛い。

「…夢じゃない」




「う、うぉ…」




「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

ガバッと、椅子から立ち上がる。
もう、テンションは限界突破している。

「ヒャッハー!キタコレ!あやせルートついに解禁きたよコレ!!」
「つか俺いつフラグ立てたんだ!?全く覚えないけどもういいやそんなこと!!!」


「ヤッホォォォォォォォォォォォイ!!!!」

思わず両手で万歳をする。
嬉しさのあまり、涙が出てきた。

そうやって歓喜に浸っていると、ドンッと壁が叩かれた音がした。

「あんたマジうっさいんだけど!!人のゲームの邪魔しないでくんない!?」
そう壁越しに文句を言ってきた奴こそ、俺の妹の高坂桐乃だ。
見た目でいえばあやせ以上の可愛さがあり、あやせと一緒に読者モデルをしており、陸上部エースで成績優秀な優等生という、全く非の打ち所がない人物…ってのが表の顔。
「あんたのせいで、るみちゃんの告白聞こえなかったじゃん!どーしてくれんの!?」
「知るか!バックログで聞きやがれ!!」

ちなみに桐乃の言う、るみちゃんとは、最近桐乃が買ったゲームのキャラクターの一人だ。
どんなゲームかって?
妹物の、エロゲーだ。

完璧だと思っていた桐乃に、妹物のエロゲーやメルルという魔法少女系の痛アニメをこよなく愛するキモオタという一面があったことを知ったのは、去年のことだ。
桐乃が落としたメルルのDVD(中身はエロゲーだったが)を俺が拾ってしまったことが、そもそもの始まりであり、それが俺の人生を変えるきっかけになったのは明白だろう。

桐乃に人生相談を持ちかけられるようになり、オタクの友達が出来、桐乃のオタク趣味を擁護するために親父と対決して殴られ、妹と妹の親友が桐乃のオタク趣味のせいで絶交し、その仲直りのために…俺が嫌われたりもした。
考えてみれば散々な目にあってる俺だが、かけがえのないものも増えた。

桐乃を大事にしてくれ、そして俺にとっても大事な親友達。
そこから生まれた、信頼や絆、思い出。
そして何より、それまで冷めきっていた妹との関係が少しずつ変わってきたことが、今までの俺の苦労を拭ってくれる。
まあ、おかげで俺も段々とオタク脳に浸食されていっているわけだが…。

後悔は…あるっちゃあるが、それでもこの道を選んだことを間違いだとは思わない。今ならハッキリそう言えるよ。

「ってかあんた、今あやせがどーのこーの言ってたけど、なんなの?」
「別に、なんでもねーよ」
桐乃の大好きな親友と、大嫌いな兄貴がデートと言ってしまったら…血を見ることになりそうなので、止めておく。
「…ならいいけど、あやせに手を出したら、アンタ殺すから」
…なっ、言った通りだろ?






その後、俺はデートの際の心構えという本を本屋で立ち読みしたり、桐乃から借りたラブタッチというゲームでデートの予行練習をしたりと、準備万端のつもりだったのだが…
いざ、あやせの前になると、全部抜けちまっている俺だった。

「そういや、今日は渋谷まで来て何処に行くんだ?」
「えーと、お洋服屋さんを何件か回って、行きつけのアクセサリーショップにも行って、あとは…適当にブラブラしましょう!」
「りょーかい」
あやせと一緒に歩けるのなら、どこにでも行くさ。


「そういえばお兄さん、そういう服も持っていたんですね」
「え?…ああ、これか?」
自分の着ている服に目をやる。
「これ、前桐乃が買ってくれたやつなんだよ。あいつの見立てだから、こういう場所で着てもおかしくないかなと思ってな………って!」

ヤバい!この話は…!!
「…ああ、思い出しました。あの時、桐乃と『デート』に行った時に着ていた服だったんですね」
そう言って微笑むあやせの後ろには、ドス黒いオーラが漂っているように見えた。

そう、俺と桐乃はとある事情があって、デートをしたことがある。
腕組んで歩いたり、ハートのフレームでプリクラ撮ったりと、俺にとって究極の黒歴史となった日だった。
あやせがどうしてそれを知っているのかというと、桐乃とのデートの後日、あやせに呼び出されて、何故かあやせが持っていた俺と桐乃のプリクラについて問い詰められたからだ。
あの時は殺されるかと思ったね。いやマジで。

「…まあ、そのことはもういいです…かくの…すから」
「?すまんあやせ、最後の方聞き取れなかったんだが」

俯きボソボソ喋っているあやせの顔を覗き込んで話し掛けると、あやせは何故か顔を真っ赤にして、ズザーッ!と後ろに思いっきり下がった。

「か、顔を近づけすぎですお兄さん!」
「あ、ああ。わりぃ」

そうだった。あやせはいつも俺と少し距離を空けていたっけ。
変態と思っている俺に近づかれて、いい気はしないよなぁ…。

『―――キモ…近づかないで下さい』

「うぐっ!」

突然フラッシュバックしてきた、最も思い出したくなかった台詞。
他でもない、目の前にいる少女に言われた台詞だ。

あぁ、俺ってばまだ気持ち悪がられてんのかなぁ…
浮かれていた気持ちが、急降下してきた。

「お、お兄さん!?大丈夫ですか!?」
胸を押さえて苦しんでいる(様に見える)俺に、あやせが近づいてきた。
「だ、大丈夫大丈夫。…ちょっと嫌なこと思い出しただけだから」
そう言って苦笑いをする俺。
一応、安心させるつもりで言ったのだが、あやせは不満げだった。
「…私といるのは、そんなに嫌ですか?」
「…え?」
「いつも用事を空けておくみたいなこと言ってましたけど…。お兄さんこそ、私に無理矢理付き合う必要はないんですよ?」
「あ、あやせ…」
「…そうですよね。いつもお兄さんに迷惑をかけて、困らせている私と一緒になんて、嫌に決まってますよね。…ごめんなさい、そんなお兄さんの気持ちも考えないで…」
「違うってあやせ!!」
ガシッとあやせの肩を掴む。
不安げな目でこちらを見るあやせの視線が、こちらに向いた。
「嫌なことを思い出したのは確かだけど、それはあやせが嫌だって言ってるんじゃねえよ!
俺がどれだけ今日を楽しみにしていたと思っていやがる!?電話があったその日から、ドキドキしっぱなしで不眠が続くほどだったんだぞ!?
それなのに、お前と一緒にいるのが嫌だァ?むしろ逆だ!!俺はお前と一緒にいれて、めちゃくちゃ嬉しいんだよ!!!」
「お、お兄さん…」


―――言ってやった。
ああ、言ってやったよ。
こいつは思い込んだら止まらないからな、これぐらい言ってやらないと駄目なんだよ。
まあこれで、俺の好感度ダウン確定だが。
…か、悲しくなんてないんだからね!

「ご、ごめんなさい、私…」
「いいんだって。わかってくれたならさ」
どうやら、説得は成功したようだ。思わずホッとしてしまう。

「そ、それよりもお兄さん…」
頬を赤らめてもじもじしているあやせ。
さては恥ずかしいのか?グフフ…。
好感度アップのチャンスだぜ!
「ん?なんだよあやせ」
優しく、好青年をイメージして語りかける。

「み、見られてますよ…」
「…へ?」

辺りを見渡す。
さっきまで普通に歩いていたのであろう、人という人が大勢、こちらを囲むようにして見ていた。
目を光らせている人達、ヒソヒソ話している人達、ヒューヒューと茶化してくる野次馬共エクストラエクストラ。
あやせが恥ずかしがっていた本当の理由を知るとともに、俺もめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。

「あやせ!走るぞ!」
「え?きゃあ!!」

あやせの手を掴んで包囲網を突破する。

「大切にしろよー!」
「リア充爆発しろー!」

様々な野次が聞こえたが、気にしている余裕は全くなかった。




「ハァ…ハァ…ハァ…」
「もう…。飛ばし…過ぎ…です…お兄…さん…」
「ハァー…すまん…」

さっきの場所から結構離れているこの場所まで止まることなく走って来たため、めちゃくちゃ息が上がっている俺達であった。

「あ、このお店…」
「ん…?あやせ…知ってんのか?」
「桐乃とよく来るアクセサリーショップですよ」
「…ああ、ここか」

無我夢中で走っていた俺達だったが、なんの因果かこの店に来てしまうとは…。
「このお店、値段はそんなにしないんですけど、良いアクセサリーが多いんですよ」
「知ってる。来たことあるし」
「え?お兄さん、このお店来たことがあったんですか?」
「ああ、去年のクリスマスイヴに、桐乃にここで1万のピアス買わされたんだよ」

桐乃やあやせからしてみれば、1万円のアクセサリーを買うことなんて普通のことなんだろうけど、バイトもせずに親からの小遣いで生活している俺にとっては、マジ痛い出費だったんだぜ?
しかもプレゼントした(させられた)相手が、実の妹だぞ?どんな罰ゲームだよって思ったね。

「…ああ、あのハートのピアス、お兄さんがプレゼントした物だったんですね」
「え、知ってたのか?」
「はい。お気に入りみたいで、よく付けてますよ」
「そ、そうなのか?」
てっきり、使わずにしまってあると思ってたんだが…
思い返してみれば、桐乃がハート型のピアスを付けている時を、何度か見たことがあったな。
なんだかんだで、大切にしてくれてるわけだ。
思わず頬が緩む。

しかし、そんな俺を面白くなさそうに見ているあやせがいた。

「ど、どうしたあやせ?」
「…別に、なんでもありません」
どう見ても、なんでもないなんて顔じゃないけど。
どうにかしたいけど、原因がさっぱりわからないからどうしようもない。

だから、機嫌取りをすることにした。

「あやせ、お前にもなんかプレゼントしてやるよ」
「え?」
「桐乃も、俺も、あやせには世話になってるし、そのお礼をいつか返しかったしさ」
「そんな…別に私は」
「それにさ、せっかくの初デートなんだから、記念に何か贈ってやりてーんだよ」
「き…記念だなんてそんな…」
今日のあやせはよく顔を赤らめるな。今も赤くなっている。
「ほら、行こうぜあやせ」
「ちょ…お兄さん!」

遠慮しているあやせの手を取って、店の中に入る。

どさくさに紛れて、あやせの手を握ったが、ドキドキしすぎて鼻血が出そうになったため、店に入ってすぐ離してしまった。
なんてウブでチキン野郎なんだ俺は。


***


「本当にそれでよかったのか?あやせ」
「もちろんです、ありがとうございます」
「気にすんなって」

―――店に入って、欲しい物をあやせに決めさせようとしたのだけど、
『お兄さんからプレゼントしていただく物なら、お兄さんが選んで下さい』
と言って、あやせは俺に選ばせようとした。
もちろん、俺のセンスであやせに似合う物なんて選べねぇって断ったんだけど、頑としてあやせは俺に選んで欲しいって聞かなかった。
仕方なく、ないセンスをフルに稼動させ、必死であやせに似合うアクセサリーを選んだ。
それで選んだのが、あやせが手に持っている、質素な十字架に指輪が繋がったネックレスだ。

十字架と言ってすぐに思い付くのが、桐乃と俺の友達である五更瑠璃、通称黒猫(詳細は今回は省く)だけど、どちらかと言えばあいつはもう少しゴテゴテした十字架を付けるイメージがある(昔、そんな感じのロザリオを買ってやったことがある)。
また、ハートなんかは妹の桐乃が付けているイメージがあるが、清楚なイメージがあるあやせはもう少し抑えているような気がした。
そこで見つけたのが、この十字架のネックレスだ。
シンプルだけど、十字架に繋がった指輪が、質素過ぎないようにアクセントを付けている。
これならあやせのイメージを壊さないで、尚且つ今以上に可愛くなるんじゃないかと…いうのは買った後に考えた言い訳みたいなもんで、実際は俺の中であやせに一番しっくりきた物を選んだだけだ。

喜ばれるか、心配だったんだけど…

「…えへへ」

ネックレスを持ったまま、この調子だ。
びっくりするぐらい喜んでいる。
よほど気に入ったのか、それとも…

俺が買ったことで喜んでくれてるのか。
ありえないとわかっていながらも、そんな期待をしてしまう。

想いは一方通行でも、それを不幸だなんて思ったりはしないさ。
「大切にしますね、お兄さん」

そう言ってくれるだけで、俺は満足だから。



その後、昼飯を食べ、あやせの買い物に付き合ったり(もちろん、荷物は持ってあげたさ)、その辺をブラブラしたりしている内にタイムリミットとなり、俺とあやせの初デートは幕を降ろした。


…いや、まだ終わってなかったな。

今、俺はあやせを家に送っているところだ。

「―――ありがとうな、あやせ」
そう俺が言うと、あやせは何のことかわからないと言いたそうな顔をしてこっちを見た。

「今日お前が誘ってくれたおかげで、めちゃくちゃ楽しい時間を過ごせたからさ」
「そんな…、私だって楽しかったですから、お互い様ですよ」
「ははは、そう言ってくれるとありがたい」
独りよがりの満足じゃなかったと、安心できるからさ。

「それに、プレゼントまでいただいちゃいましたし…、むしろこちらが感謝しきれない気持ちでいっぱいですよ」
いつの間にか付けていたペンダントを触りながら、あやせは微笑んだ。


「…そういえばさ、あやせ」
「はい?」

そろそろあやせの家に着くというところで俺は、今日この日を迎えるまでずっと持っていた疑問を、ぶつけることにした。

「なんで…俺を誘ってくれたんだ?」

今日一日、あやせと一緒にいて、別に桐乃と二人でもよかったのでは…と思えたのだ。
買い物の量が多かったかといえばそうでもないし、俺がいないと行けない場所があったかといえばそうでもない。
普通に、桐乃達と来ても変わらない、むしろ桐乃達と来ていたほうが、もっと楽しかったのではないのかと思ったのだ。
それに、

「お前は、俺が嫌いだったよな…?」

…それなのに、なんで俺を誘ったのか。なんで俺だったのか、わからなかった。

「…お兄さんは、私とじゃなくて、桐乃とデートしたかったですか?」
「は?なんで兄妹でまたデートなんてしなきゃならん?」
何故そこで桐乃が出て来る?話が逸れてんぞ。

「…あれ?お兄さんは桐乃のことを愛しているんじゃなかったんですか?」
「え?…っあ!!!」

しまった…!!
あやせの中ではそういう設定だったんだ…!!!

油断してつい本音が出ちまった!

「そ…そりゃ、そうなんだけど…」
―――ヤバい、うまい言い訳が思いつかない…!!

そうやって言い訳を探している俺に、あやせは優しく言ってくれた。
「いいんですお兄さん。私、わかっていましたから」
「…へ?」
「お兄さんが桐乃の事を愛しているっていうのは…嘘だっていうこと」


今あやせは何と言った?



―――わかっていた?

俺が、嘘をついていたことを?

…駄目だ!

あの嘘は、真実にしないと…!!

「ち、違うぞあやせ!嘘なんかじゃ…」
「もういいんですお兄さん。私、もう大丈夫ですから」

そう言って微笑むあやせは、もう何もかもわかっているのだろう。
俺は、誤魔化すことをやめた。

「…いつから、気づいていたんだ?」
「あの時…公園で桐乃と仲直りして、家に帰り着いた時には気づいていました」
「それって…」
「私、ショックだったんです。お兄さんからあんなことを言われた時…」
あんなこと、恐らくは俺が大声で『妹が大好きだ』と宣言したことだろう。
…ナニヤッテンダカ俺。

「優しいと思っていたお兄さんからあんなことを言われた時、私とても怒ったんですよ?裏切られた気がして、信じられなくて、…悲しくて」

「…でも、初めてお会いした時のことを思い出したんです。自分を犠牲にして、桐乃から届いた荷物を取り上げたのを…あれ、ソッチの物だったんですよね?」
ソッチとは、桐乃がずっと隠していたオタク趣味のことを言っているのだろう。
大当たりなのだが驚きのあまり喋れず、答えられなかった。

あやせはその俺の驚きをイエスと受け取ったらしく、話を続けた。
「その事を思い出したら、わかったんです。あの時、お兄さんがあんな事を言ったのは、桐乃のためだったんだって。桐乃を、守るためだったんだって…」

黙ってあやせの言葉を聞く。
もう、反論する気もなかった。

「でも、それをわかってても、私はお兄さんの嘘にすがりつかないと、桐乃の趣味を見過ごせなくて…あんなメールしか送れなかったんです」

『――大ウソ吐きのお兄さんへ。』から始まるメール。
あのメールは、そういうことだったのか。
メールに感じていた違和感に、やっと答えが出た気がした。

「自分を騙して…お兄さんを憎むことで、無理矢理自分の中で納得させていたんです。…お兄さんに、ずっと甘えていたんです」
「あやせ…」
「本当に、ごめんなさい…!ずっと、酷いことをしてたのに、謝れなくて…」
深々と頭を下げるあやせ。

「き、気にするなってあやせ!俺も怒られて当たり前のようなことしてたし…」
「そうですよ!私が謝れなかったのは、お兄さんのせいでもあるんですから!」
「…へ?」
ビシッと俺に指を指すあやせ。

あれ?フォローしたつもりなのに、俺なんか怒られてる?

「私に会うたび会うたびに、セクハラ行為をしてきて…本当はやっぱり変態お兄さんじゃないのかと何度も疑っていたんですよ!?」
「すみませんでした!!!」


なんてこった!
更にあやせを悩ましてたんじゃねぇか俺!!

「でも、今日一緒にいて、確信したんです」
「…何を?」
「お兄さんはセクハラしてくる変態さんです」
「ぐおぉぉぉぉぉぉ…」
やめて!俺のライフはマイナス越えてるよ!

「でも、優しくて、頼もしくて」

「…素敵な、人です」

「あ、やせ…?」

そう言った、あやせの表情は…

とても綺麗で、優しい笑顔だった。

思わず、見とれてしまう。

「お兄さん?」
「…あ、いや!なんでもないぞ!?」
「?変なお兄さん」

ふふっと微笑むあやせにつられて、俺も頬が緩む。

ああ…。やっとあやせと仲直りが出来たんだ。
とても、いやめちゃくちゃ、嬉しかった。

「でも、いいのか?」
「何がですか?」
「桐乃の趣味のこと、認められないんじゃないのか?」

俺の嘘にすがりついていたのは、桐乃の趣味を認められなかったからに他ない。
今、俺の嘘をカミングアウトしたということは…

あやせの中で、ある程度の決着が着いたということなのだろうか。

「はい、もういいんです」
あやせは、とても清々しい笑顔で、そう言った。

「桐乃の趣味については…まだ、ちょっと受け入れきれていない部分がありますが…。それがあるからといって私達が喧嘩したりする理由なんてないんだって、今なら思えるんです」

「…そっか」

あの頃から比べると考えられないぐらい、あやせは柔軟になっていた。
あやせも、成長してんだな。
兄でもないのに嬉しく思えた。


「…お兄さん」
「ん、どうした?」
「着いちゃいました」
「へ?…ああ」

いつの間にか、あやせの家の前に着いていた。
一日中ずっと一緒にいたのに、あやせと別れるのが名残惜しくなる。

「今日は本当にありがとうございました、お兄さん」
「こちらこそ、ありがとうな。あやせ」
本当に、楽しかったぜ。

誤解も解けて、今日一日であやせにグッと近づけた気がする。
変態というレッテルは今だ健在だが…こればかりは自業自得なので、仕様がない。

これからは、もう少し気兼ねなく会うことが出来るかな?

―――焦る必要はないか。
時間はいくらでもあるんだ。

でも、セクハラは自重しよう。必要最小限に。
心の中で、自分に言い聞かせておいた。


後ろに向いたあやせは、玄関口の戸を開ける。
あやせの背中が少しずつ遠くなっていく。
少し進んだところで、ピタッと止まったあやせは、こちらを再び向いた。

「―――さようなら、お兄さん」


そう微笑んで告げたあやせが、

『―――…あね…にき…』

「…え?」

一瞬、誰かと重なった気がした。

「あ、あやせ!」

玄関口に侵入した俺は、あやせに駆け寄る。

このまま、別れてはいけない気がして。

このまま別れたら、取り返しのつかないことになりそうな気がして。


「あやせ!また…!!?」

俺が告げようとした言葉は、途中『何か』に遮られた。




「…ん、んん!?」

頭の中が、グチャグチャになる。


今、目の前にあるのは間違いなくあやせの可愛い顔。

そして、俺の口を塞いでいるのは…



間違いなく、あやせの唇だった。




どれくらいの間だったか、長かったような、短かったような、あやせはゆっくりと離れていった。


「あ、あやせ…」

あやせは、今だに混乱している俺に、微笑みかけた。
「お休みなさい、お兄さん」

「…お休み…なさい」

あやせはもう立ち止まることなく、玄関のドアを開け、中に入っていった。


あやせが家に入ったのを確認して、俺も帰路に立つ。
帰り道、心中穏やかでなかったことは、言うまでもないだろう。

―――もう、大変だったんだぜホント。
フラフラと危なっかしくなりながらも、何とか家に帰り着いたんだけど、その後も飯が喉を通らなかったし、勉強も頭に入らなかったし、寝つけなくて次の日麻奈実から心配されるし、桐乃からなんか蹴られるし。
どんだけ別のことを考えようとしても、零距離のあやせの顔を思い出してしまい、結局元通りになってしまう。
まあそれも4日ぐらい経てば落ち着いてきて、思い出したら恥ずかしいぐらいになったんだけど。

ただ、この後、こうやってずっと浮足立っていたことを、俺は後悔することになるなんて、思ってもいなかった。


***

それは、あやせとのデートから1週間が経とうとしていた、ある日のことだった。

学校から帰ってきた俺は、することもなくまたパソコンをいじっていた。

ちらっと、パソコンの横に置いた携帯を見る。


―――あれから、あやせからの連絡はない。
少し寂しい気がするし、まあ当然といえば当然のような気がした。

だって俺も連絡しようとしても、出来なかったし。

話したいことは山ほどある。
あの時のことも、…ちゃんと確認したいし。
でも、なんか怖かった。

あれは冗談でしたとか言われたらどうしようとか、ヘタレな想いが勝ってしまい、今だに一歩踏み出すことが出来ていない。

もちろん、すぐに会いたい。
会って、あやせの気持ちを…俺の気持ちを、確かめたい。

そうは思っているんだが…。


携帯を手に取り、開く。
アドレス帳の中の新垣あやせの欄を開き、通話ボタンに親指を当てる。

ここまでいっても、親指に一向に力が篭らない。

「…くそっ」
どうしようもないチキンな自分自身に、悪態をつく。

アドレス帳を閉じて立ち上がり、携帯をポケットに突っ込んで、階下のトイレに行くことにした。




ガチャ

トイレに行く途中で、ちょうど玄関のドアが開いた。
おふくろはリビングにいるので、恐らくこの時間に帰ってくるのは、桐乃だろう。

昔の俺なら、速効でトイレに逃げていただろうが、今では桐乃が家に入ってくるまで待っている俺だ。
「おかえり」ぐらいは言ってやろうと思ってな。

大嫌いなはずなんだけどね。
おかしな奴だ。





「…ん?」

家に入って来た桐乃は、俯いてその表情が伺えなかった。

だけど、様子がおかしいのぐらいは、俺でもわかる。
「…ただいま」
桐乃は俺を一瞥し、ボソッと呟いてそのまま階段をあがっていく。

「桐乃!」
俺が声をかけると、ピタッと止まり、こちらを向かずに「…何」と掠れた声で言った。
「…何があった?」

前置きも煩わしく思い、率直に聞く。

「―――別に」
それだけを言った桐乃は、上にあがっていった。

「…ケッ」
答える気はねえかよ。

ああそうかい。
少しでも心配した俺が馬鹿だったぜ。

―――後で、無理矢理にでも聞き出してやらあ。


その後、飯の時も様子がおかしかった桐乃だったが、おふくろや親父に聞かれても「なんでもない」の一点縛りだった。

風呂から上がり、いざ桐乃の部屋に突入しようと覚悟を決めた時…

コンコンと、俺の部屋のドアがノックされた。
開けようとドアに近づいたが、その前に開けられた。
ノックの意味あんまねーしな。



ドアを開けたのは、桐乃だった。

「…どうした?」
「話があるの。私の部屋に来て」

それだけ言って、ドアは閉められた。
相変わらず、俺に選択肢はないのな…。
でも、ちょうどよかった。
無理矢理突入して、(自分の)血を見ることにならずに済みそうだからな。



桐乃の部屋に入ると、相変わらず俯いて、突っ立っている桐乃がいた。

「…んで、どうしたんだよ?」
「………」
桐乃に話を促す。が、一向に口を開けない。
どうやらよっぽどのことがあったらしい。
ここで桐乃を急かすことも出来たが…、あえて桐乃が喋り始めるのを待つことにした。

「……」
「………」
「…………」
「……………」
「……………」

―――キリがない。
無言大会を開いてても、何も解決しねーだろ俺。

仕方ないから俺から話を聞こうとしたら、やっと桐乃が口を開いた。

「…話ってのはさ」
「ん?」
「…あやせのことなんだけど」
「あ、あやせのことぉ!?」
「…なんであんたがキョドってんの?」
「え?…あ、いや別に深いワケはないですハイ」

あやせのことと聞いて、前のデートのことがバレたのかと思ったが、桐乃の反応を見ると、どうやら違うみたいだ。

「んで…あやせがどうしたんだ?」
「………」
「…桐乃?」

桐乃は肩を震わせ、拳を握っている。
少しだけ、桐乃に近づく。どうしてやればいいかわからないが。

「あやせが、さ…」
桐乃は、震えた声で話を続けた。
俺は黙って話を聞くことにする。

というより、喋れなかった。
こんなに、悔しそうに、苦しそうにしている桐乃を見るのは久しぶりで、俺も困惑していた。
出来ることといえば、唾を飲んで、どんなことを言われても、覚悟しておくことしかなかった。

「海外に…行くって…」






「…は?」




なんだって?

あやせが?


どこに、行くって…?

「あやせが…!海外に行くって言ったの!!」
怒鳴る桐乃に、俺はどんな顔をしているのだろう。
きっと、説明出来もしない顔だと思う。

今の俺には、どんな表情をすればいいのかわからないから。

「あやせが海外に行くって…どういうことだよ?旅行に行くって話じゃねえの?」
んなわけない。
わかってても、そう願わずにはいられない。

「んなわけないじゃん!海外に移住するって言ってんの!!」
目を潤ませながら、桐乃は叫ぶ。

つかちょっと待て。今、とんでもない事を言ってなかったか。
「移住…?留学じゃねえのか?」

桐乃は頭を横に振り、「違う」と言った。

「あんた、美咲さん覚えてる?」
「美咲…?」
「私があんたに彼氏役になってもらった時に、会った女の人」
「…お前を、ヨーロッパに連れて行こうとした人か?」
「そう、その人」

美咲さん、確か本名は藤真美咲。
桐乃を専属モデルにスカウトしていた、どっかの大手会社の社長だった気がする。なにせ、一度しか会ってないから、あんまり覚えてないんだよ。

美咲さんは、桐乃をひどく気に入っているようで、前に桐乃を本社があるヨーロッパに連れていこうとした。
それを阻止するために―――詳細は省くが、俺が桐乃の彼氏を演じてデートまでするはめになったのだが…。
久しぶりに聞いた名前に、嫌な予感がする。

「その美咲さんに誘われて、海外に行くことにしたって…」
「あやせが…?」

そんなワケがない。
そんなことがあるワケがないんだ。

ガッと桐乃の両肩を掴む。
桐乃は、それに抵抗しようとしなかった。


「お前と離れたくないからって、あやせはお前の海外行きを阻止しようとしていたんだぜ?それなのになんであやせが行くって話になんだよ!?」

そう、桐乃が海外に行くことを阻止しようとしたのは俺だけじゃない。
同じ事務所に所属しているあやせも、内部でいろいろ働きかけていたのだ。

桐乃と離れたくない一心で。

そんなあやせが桐乃と離れてしまうような誘いを受けた…?

離れたくないって言ってたのに、なんでお前が離れて行こうとしてんだよあやせ…!!

桐乃を問い詰めたって、仕方がないのはわかってるけど、こうしないとどうにかなりそうだった。
だけど、桐乃から告げられたのは、意外な答えだった。

「―――私のせい」
「え?」
「私のせいなの…!私が、ずっと海外に行くのは嫌だって言ってきたから…!!」
「お、おい!どういうことなんだよ!?」

「あの後――あんたに協力してもらった後、…美咲さん諦めてくれなかったの」
俯いたまま、桐乃は説明を続ける。

「何度も何度も海外へ行かないかって話をされて、その度に断っていたんだけど…、段々と断りづらくなってきて、それをあやせに相談したの」

そこまで言って、桐乃は一呼吸おく。肩はまだ掴んだままだ。

「そしたらちょっと後に、あやせが『もう大丈夫だから』って言ってきたの。その時は、何にも気にならなかったんだけど…」

「それから日に日にあやせの様子がおかしくなって…、どうしたのって聞いても『なんでもないよ』ってしか言わなかったの」

「なんでもないってあやせは言ってたけど、絶対におかしかったの…!だから、今日あやせを問い詰めたら…」
「海外に行くって…、言われたのか?」

桐乃は、小さく頷いた。

「あたし…信じられなくて、なんでって問いただしたの…!そしたら『私も誘われて、やってみようと思った』って…!」

「―――そんな」

そんな、

そんなの、

「ウソに決まってるじゃん…!」
俺が言う前に、桐乃が否定した。

「あたしが留学から帰ってきた時に、泣いて嬉しがってくれたあやせが、今度は自分から離れて行くことを進んで選ぶわけないじゃん!」

同感だった。
もう桐乃と離れ離れになりたくないと、俺はあやせの口から聞いているのだ。
なのに、全く逆のことをしている。

考えられる理由は、一つだけだった。


「あやせは…」



「お前の代わりに…、海外に行くことにしたのか?」

フッと、肩を持つ力が抜ける。
桐乃はそのまま、ペタッと床に座り込んだ。

「…わかんない。そう聞いても『違う』しか言わなかったから」

力無く、桐乃は言う。

「…でも」

桐乃の肩が震え出す。
ギリリと、歯を噛み締める音が響き渡る。

「どう考えても、そうとしか思えないじゃん!!」

こちらを向いて叫ぶ桐乃の目からは、大粒の涙が絶え間無く零れていた。

「あたしが!あたしがずっと行きたくないって言ってきたから!それをあやせに相談したから!そのせいであやせが…あやせが…!!」
それ以上、桐乃は喋ることが出来なかった。
嗚咽が勝り、もう声が声になっていない。

止めたかっただろう。行くなと言いたかっただろう。
でも、言えるわけがない。
他でもない、自分の為にしようとしてくれてることだったから。

ボロボロになって、鼻を啜って、ヒックヒック言ってる中で、これだけはちゃんと聞こえた。

「お願…い…、助…けて…よぉ…」

俺はしゃがみ込み、桐乃の頭を俺の胸の辺りに抱き寄せる。
いつ頃振りだろう?すっげー昔に、こんな事があった気がする。気のせいかも知れないけど。

「桐乃、俺に任せろ」

俺は誓いを立てる。
桐乃にじゃない。

「俺が、絶対になんとかしてやる」

俺は、俺に対して誓いを立てた。



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最終更新:2011年06月02日 14:51
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