一生の願いに、一生の幸せを 中編



次の日、俺は秋葉原に来ていた。
遊びに来たワケじゃないぞ。ちゃんと対策を練るために、ある奴と待ち合わせしてるんだよ。
なんで秋葉かって?
…そいつが指定してきたんだよ。

正直、秋葉は何度も来ているから別の場所にして欲しいと頼んだんだけど、そいつは秋葉以外、何度も行ってるから嫌だって拒否しやがった。
まあ今回は俺がお願いする立場だから、出来るだけそいつの要望に応えるのが筋ってもんだろうし、今回は文句を言わない。

携帯を開く。約束の時間は過ぎている。

「何やってんだ、あいつ…」
イライラしてくる。
これがあやせなら全然苦じゃないんだけど。
如何せん、俺自信あまり気に入ってねぇ奴だからイライラが倍増する。

「きょうすけくーん!」
と、突然デカイ声で誰かの名前だろうものを呼ぶ声が聞こえる。
きょうすけという名前に身に覚えがないわけじゃないが、ありふれた名前だから他人ってこともある。ここは聞かなかったことにしてさっさとここから離れよう。

「どこに行くの!?高坂京介くーーーん!!!」
「フルネームで呼ぶんじゃねえ!!!」
なに公衆の面前で人の名前を大声出して公表してくれてんのこいつ!?

「あ、聞こえたんだね!よかった!!」
「何が『よかった!!』だこのドアホ!」
駆け寄ってくるそいつの頭を、おもいっきり叩いておいた。
「あ痛ァ!」

涙を浮かべながら頭をさする姿を見たら、さっきまでのイライラも大分すっきりした。

「んで、何遅刻してんだお前?」
「イテテテ…、ちょっと仕事の方が長引いちゃって…」
「それならそうと連絡しろよ」
「そんなに遅れそうじゃなかったからいいかなと思って…」
「―――ハァ…」

こいつと会うのは3回目だが、相変わらず変な奴である。

「それはそうと、久しぶりだね京介くん」
「出来れば二度とお前には会いたくなかったけどな」
「酷いなぁ…ホントに」
そう言って顔をしかめるこの美形野郎は、御鏡光輝。
俺と同い年なのに、プロのデザイナー兼モデルという美少年。
いちいちわざとらしく見せるキザっぽい仕種も格好よく思えるほど、その容姿は完成している。

初めてあった時はなかなかいい奴だと思ったんだけど、後のあることによって、俺のコイツへの好感度はマイナスを下回っている。
そのため、こいつは俺にとってあまり会いたくない奴の一人なのだが…。

「会いたくないって言っているわりには、今日誘ってくれたよね」
「うっせ。理由がちゃんとあんだよ」
「うん、まあ、わかってた」
「わかってただァ?」
「友達だからね」
キザっぽく言うが、それが嫌味を感じさせない。コイツのスキルだ。
まあ俺はコイツが何を喋ろうとムカつくのだが。




「俺はお前を友達と認めない。つか拒否する」
「酷い!」
「いいから行くぞ!」
御鏡を置いて、歩き出す。

「あっ!ちょっと待って!」
「早くしろ!」
「そうじゃなくて!」
「…なんだよ?」
こっちは早く話を始めたいってのに。

「秋葉原、紹介してくれないかな?」
「…は?」
何言ってんのコイツ。

「僕、秋葉原には全然来たことがなくて…」
「…」
ああ、忘れてた。
こいつ、桐乃と同じ隠れキモオタだったんだ。
しかも属性が桐乃寄りの。
まあオタクで秋葉に来たことがないってなると、秋葉を回ってみたくもなるわな。

でも、出来れば早く話を始めたいんだが…。
つか、コイツの為に秋葉原を紹介してやる義理もねえし。

「…俺も詳しいワケじゃねぇけど、よく行くコースで良いなら教えてやるけど」
「全然!それで全然いいから!」
「たく…、さっさと行くぞ」
「うん!」
まあ、今日は俺の頼みを聞いて貰うつもりだし。
その対価に、こいつの頼みを聞いてやるか。

―――それ以上の、理由はねえぞ。



「いやぁ、楽しい場所だね!秋葉原って!」
「…そうかい」

ある程度秋葉を回って、俺達は某ファーストフード店で話をしていた(メイドカフェはさっき行った)。
まあ、御鏡のオタ話を流し流し聞いているようなもんなんだけど。

「それで、京介くん」
「ん、なんだよ?」
「僕に用事って?」

このタイミングでそれを聞くかよ…。
話に脈絡もなかっただろうが。

―――まあ、いっか。
いつ話をしようか考えていたとこだし、こいつが振ってきてくれたのは、正直ありがたかった。

「話ってのはな…」


俺は事の始まりを御鏡に話した。








とりあえず、あやせのことを一通り話し終えたのだが、御鏡は

「ああ、そのことか」
と、意外な反応を返した。

「知ってたのか?」
「うん、その子と一緒に僕もヨーロッパに行く予定だし」
「ん、どういうことだオラ?」
「た、ただあやせちゃんと美咲さんが一緒に行くのに合わせて、ついでに僕も連れていかれるってだけだよ?な、なんでそんなに睨むの…?」
なんだ、そういうことか。
付き添いとか言ったら危うくピーするところだったぜ。
つか、こいつ今あやせちゃん呼びやがったか?馴れ馴れしくして、どういう関係だ?
…まあいい、今はそんなことを問い詰めるよりも大事な話があるし。
だけど、後日覚悟しとけよ?御鏡。

「な、なんか君に背中を見せるのが怖くなってきたんだけど…」
「安心しろ、気のせいじゃねえよ」
「全然安心出来ないよ!?」
「もうそんなことどうでもいいからよ、話を続けるぞ」
「僕の命がかかっているんですけど!?」
御鏡の叫びは無視して、話を続ける。

「それで、お前に協力してほしいんだよ」
「何に?」
「あやせの海外行きを阻止するのを」
「…本気で言ってる?」
「冗談言ってるように見えるか?」
「見えない」
「そういうワケだ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「なんだよ?」
「今回の話は桐乃さんの時とは違うんだよ!?桐乃さんと違って、あやせちゃんはそのことを承諾してるんだから…!!」
「承諾つっても無理矢理だろ?あやせが嫌だって言えばいいだけならなんとかなる」
「そんな簡単に言うけど、あやせちゃんは多分、一度決めたことは梃でも動かない子だよ?」
「知ってる。そういうところは桐乃に似てんだよな」
「それに、それを阻止するっていうのはあやせちゃんの気持ちを踏みにじることになるんだよ?他人の京介くんにそんな資格があるの!?」

―――あー、メンドくさい奴だなホント。

「…あのなぁ、んーなのはどうでもいいんだよ」
「めちゃくちゃだよ!?言ってること!」
「めちゃくちゃなのは承知の上だ!」
ダンッとテーブルを叩いて立ち上がる。

「納得いかねえんだよ!よりにもよって、なんであやせが連れて行かれなきゃなんねえ!?なんであやせは行くなんて言っちまいやがった!?
桐乃のためだァ?あいつはホントにそう思ったのかよ!?

…だとしたら言ってやんなきゃいけねえ!聞いてやんなきゃなんねえ!!止めてやんなきゃなんねえ!!!あいつに本当の気持ちを…言わせなきゃなんねえんだよ…!!」




俺は床に座り、手を付ける。
属にいう土下座だ。

「桐乃が泣いてたんだよ…。助けてって、俺にすがりつくしかないぐらい、苦しんでんだよ…!俺だって苦しいし悲しい!

…でも、桐乃の為にも、自分の為にも、あやせの為にも…!立ち止まって考えてる暇なんてねえんだよ!もう思い付く全てにすがって頼むしか出来ねぇんだ…!!」
俺だって、桐乃と同じだ。
一人じゃ何にもできないから、誰かに頼るしかできない。
頭を下げても、恥を忍んでも、俺にはこうするしかできねえんだ。

「―――頼む御鏡!お前の力、貸してくれ…!!」
「きょ、京介くん…」

土下座しながら、俺はあの時のあやせを思い出していた。

『―――さようなら、お兄さん』
そう言って微笑んでいたあやせを。

その時フラッシュバックしてきた光景は、桐乃だったんだ。

『―――じゃあね、兄貴』
そう言って、アメリカに留学していった桐乃となんら変わらない。

あの時は、もうどうすることも出来なかったけど、今回はまだ時間があるんだ。

何もしないで後悔するよりは、全力を尽くしたほうがいいに決まっている。


「―――キミのことを、僕は少し勘違いしていたのかもしれないね」
御鏡が、ゆっくり口を開いた。
「桐乃さんの為に身体を張っている姿を見て、僕は京介くんのことを『理想の兄貴』みたいに思っていたんだ」
「んなわけねーだろ」
キッパリと否定する。

「桐乃の時も、今回のこともなんだかんだ言っても結局自分のためだ。桐乃の為でも、あやせの為でもねぇ」
「うん、わかってる。京介くんは僕が思ってた以上に自分勝手で、わがままで…いい加減だ」
…わかってるけどさぁ。
改めて言われるとなんか傷つくな…。

「でも、そんな京介くんだから、守れるのかもしれないね」
なんか勝手に納得されてるけど、俺にはよくわからなかった。

「わかったよ。そこまでさせてノーとも言いづらいし。―――僕個人としても、京介くんに協力したくなった」
「本当か御鏡!?」
「うん。だけど、話をする場を設けるぐらいしか、僕には出来ないと思うよ?それでもいいかな?」
「十分だ!話は俺がつける!!」
「うん、僕もその方がいいと思うよ」
「本当にすまねえ御鏡!」
もう一度、俺は頭を下げた。

「―――まぁ、それはいいんだけど…」
「ん?どうした?」

「いい加減、立たない?目立ってるよ?」



その後、再びこの店に来たとき、俺が『土下座男』として語り継がれていることを知るのだが、それはまた別の話である。





―――そうして後日、

俺は緊張していた。
原因は、俺がいる場所だ。

株式会社エターナルブルー日本本社。

ヨーロッパに本社がある、高級化粧品メーカーの日本本社だ。
化粧品メーカーではあるのだが、化粧品だけに留まらず、別ブランドでアクセサリー等も扱っている世界でも有名な会社…らしい。
なにせ、それを思い出したのはつい最近で、曖昧な入れ知恵のため、俺はよく分かってないんだよ。

なぜそんな場違いなところに来ているかというと、御鏡の指定した場所がよりにもよってここだった。
実は、御鏡は、エターナルブルーの別ブランドを任されているアクセサリーデザイナーという一面も持っている。
御鏡に相談したのも、その一面があってのことだ。最も美咲さんに近い存在だからな(ちなみに美咲さんが社長をやっているのが、このエターナルブルーだ)。
だから、話す場所なんかも御鏡に頼んだら、まさかの会社内だ。
受付の人とか、すれ違いざまに見てくる人とかの視線が痛い痛い。

「早くこいよ、御鏡ィ…」
「もう、来てるよ?」
「は?」

声がしたほうを見ると、すぐ近くに御鏡がいた。
「お前…いたなら声かけろよ」
「いやぁ、慣れない場所で落ち着かない様子の京介くんを見てたら、なんか面白くて」

とりあえず一発叩いとく。
「イッタい!!」

「バカ言ってねえで早く行くぞ。準備終わったんだろ?」
「うん。今、二人で話をしてるよ」
「うっし!んじゃ、案内よろしく」
「社内も案内しようか?」
「いいよ、二度と来ねえだろうし」
「わからないよ、将来ここで働いているかもしれないし」
「ないない。いいからさっさと案内しやがれ」
「はーい」

御鏡に付いて、俺も歩き出す。
なんかさっきよりジロジロ見られている気がするが、気にしないようにする。

つか、広いなぁオイ。
流石世界で名を上げている会社だ。設備もパネェ。
何もかもが俺にとっては、目新し過ぎて、ついキョロキョロしてしまう。

「ここだよ、京介くん」
「へ?」
気づいたら、扉の前にいた。
いつの間に着いたんだよ。

目の前の扉を、じっと見る。
他と比べると、結構小さな扉だった。
「大きな会議室は少人数には無用だろうと思ってね。個人面接なんかで使う会議室にしたんだけど、よかったかな?」
「全然オーケーだ。むしろナイスだ、御鏡」
話しやすい環境にしてくれたことに感謝するぜ、御鏡。





―――ここに、美咲さんとあやせがいる。
ドクン、ドクン、と心臓が高鳴ってきた。
ここに入ると、逃げることは出来ない。それに、失敗も許されない。
最初で最後のチャンスと思わなければいけない。
「京介くん。前に言った通り、美咲さんとあやせちゃんには、今日君が来ることを知らせていない。それに、二人と僕達以外にこの部屋には誰も入らない。完全に、美咲さんとあやせちゃんだけと話をする場所になっている。―――心の準備は、いい?」

深く息を吸って、吐く。
ここまで来たら、後はなるようになれ、だ。

「オーケー、行こうぜ」

それを聞いた御鏡は軽く微笑み、扉を開いて中に入って行く。
それに、俺も付いて行った。


中は、少し小さなテーブルに、椅子が前後2つずつ置かれた若干狭い会議室になっていた。
すでに対面で座っている二人が、こちらに目をやる。
俺を見るなり訝しげな目を向ける美咲さんと、ありえない物を見たように驚いている、あやせ。

やっと、顔が見れた。
思わず顔が緩む。

「…御鏡くん、どういうこと?」
鋭く、突き刺さるような声で、御鏡に問う美咲さん。
「いやぁ、どうしても話がしたいって言って、聞かなかったので…」
しかし、そんな刺のある言葉も気にした様子もなく、御鏡は軽く言う。

と、そこで美咲さんの視線がこちらに向けられる。
「あなた…、桐乃ちゃんの彼氏、だったわよね」
「覚えていてくれたんですね」
じゃあ、話は早い。
「んじゃ、桐乃の彼氏ってのは、嘘だったってことも、知ってますよね?改めて、高坂京介。高坂桐乃の兄です」

「…それで、桐乃ちゃんのお兄さんが、今更何の用かしら?桐乃ちゃんのことはもう諦めたから、あなたに話すことはないわよ?」
「いやぁ、それが俺にはあるんすよ」
「あら、何かしら?」
あやせが座っている横に移動し、本題を切り出す。

「あやせの海外行き、なかったことにしてください」
「…なにを」
「ちょ、ちょっとお兄さんなにを言って…!」
あやせの言葉を遮り、話を続ける。

「海外に行くのは、もう少し先ですよね?だから、今のうちにキャンセルしてほしいんです」
「無理よ。もうこれは決定したこと。私にとっては最優先事項なの」
「そりゃ奇遇だ。俺の最優先事項は、あやせの海外行きをやめさせることだからな」
「…あなた、あやせちゃんの何?」
「知り合いです」
「そう、友達でもなく?」
「ええ。ただの知り合いです」
「なら、あなたにあやせちゃんが自分で決めたことを止める権利なんてないんじゃないかしら?親友の桐乃ちゃんならまだしも…、家族でもなんでもない、ちょっと知っている程度のあなたに」
「普通ならそうでしょうよ。俺もそんなこと、重々承知の上です。―――だけど、止めなきゃならない理由があるから、俺はここに来たんです」
「理由?それはあやせちゃんの将来を奪うことになっても、止めなきゃならないような理由なのかしら?」
「当たり前です」
キッパリと、言ってやる。




「なら、聞かせてくれない?その理由とやらを」
「桐乃に頼まれたからです」
「…は?」
美咲さんは、『何言ってんだコイツ』みたいな目で俺を見ている。
「あなたは、何?妹にお願いされた。…それだけの理由で、止めに来たと言うの?」
「ええ、そうですよ?」
そう、言ってんじゃん。
「あいつ、落ち込んでたんですよ。あやせが海外に行くって知って。そんで泣きながら俺に頼んできたんです。―――これで止めてやんなきゃ、俺がやるせなくなっちまう。だから、止めにきたんです」
そう、桐乃やあやせの為じゃなく、俺自身の為に。
「それに、どんな条件を出したのか知りませんけど、あやせは桐乃の親友なんです。あいつの為にも、こいつの為にも、二人を離すわけにはいかないんです。だから、取り消して下さい」
「…あなた、言ってることが無茶苦茶よ?」
まあ、そうだろうな。
桐乃と俺の為に海外行きを取り消せなんて、自分勝手にも程がある。
だとしても、
「俺には、それ以上の理由はないんですよ。――つか、他のどんな理由もいらないんです。俺は、この理由一つで、あんたを納得させるつもりですから」
「………」


―――実は、秋葉での御鏡と俺の話には続きがある。

話をする場所、日程などはその時は決まらなかったのだが、ある程度の対策を練ることはしていた。

「京介くんも一度話してわかったと思うけど、美咲さんはとても手強いよ」
「ああ。それはよくわかる」
心を見透かしているようなあの目を、今も覚えている。

「だから、まず正論で討論したら勝ち目はない。だけど、京介くんならなんとかなるかもしれない」
「具体的にはどうすればいいんだ?」
「何もしなくていい。いいや、何もしちゃダメなんだ」
「はぁ?」
負け試合してこいって言ってんのかコイツは?

「あ、いや勝てないって言っているんじゃないんだ」
と、俺の心を見透かしたように言う。
「んじゃ、どういうことだよ?」
「京介くんは、理屈なんて通じない。どんなに正論を並べたって、自分勝手な意見で、頑として譲らない。―――そして、最終的に、無理矢理相手に言い負かされたような錯覚に陥らせる」
「…酷い奴だなオイ」
「そうだね」

自分自身に向けた皮肉に、御鏡はフォローもしようとしない。なんか腹立つな。

「だから、京介くんはそのままで戦うのがベストだ。何も考えずに、素直にぶつかっていったほうがいい。そうすれば、多分勝てる」
「結構な自信だなオイ」
お前のことじゃねーのに。

「うん。僕自身が京介くんに負けたからね。大丈夫だよ」
「…そうかい」
いつ、俺がお前を負かした?覚えがないんだが…

「物忘れが早すぎるよ、京介くん」
何故か、御鏡はクスクスと笑っていた。
わけがわからん奴だ。








―――と、そのアドバイスのおかげ…ってわけでもないが(今までこの話を忘れていたからな)、順調な滑り出しのようだ。早速、美咲さんが言葉に詰まっている。



だけど…、本当の戦いは、ここからだ。
美咲さんを負かしても、コイツが断らないと、意味がない。
ただ、コイツは非常に頑固で、一度決めたことは譲らない、桐乃に似た性格をしているため、一番厄介なのだ。

「さっきから黙って聞いていたら、勝手なことばかり…!」
そう言って、隣で勢いよく立ち上がった…

新垣あやせが、最も厄介だった。







「―――少ししか話したことがないから、なんとも言えないんだけど…。あやせちゃんを言い負かすのは、正直最も難易度が高いことだと思うよ」
あの時、御鏡はそう言っていた。
「奇遇だな。俺もそう思う」
俺もそれには大いに同意だった。

「だから、あやせちゃんには本当の意味で、本音をぶつけないといけないと思う。嘘八百を並べたって、あやせちゃんには通用しない」
「だろうな」
あの時俺が付いた嘘も、嘘だったってバレてたらしいし。

「でも、恐らく彼女が一番の嘘つきだろうね」
「ん?俺のあやせを馬鹿にしたか今?」
殴るぞキサマ。
「そうじゃないよ、彼女は思い込みが強いだろうから、自分の本音じゃない嘘の自分を、自分だと信じ込んでいると思う」

―――こいつ、あやせとは少ししか会ったことがないんだよな?なんでそこまでわかんだ?
御鏡は、あまり敵に回さないほうがいいタイプのようだ。
あの時御鏡に喧嘩売った俺、よくやったよホント。

「だからあやせちゃんに勝つためには、あやせちゃんの本音を引き出すしか方法はないだろうね。そして、それが出来るのは…」
「俺だけってか?」
「御名答。だから頑張ってね」
「簡単に言いやがって…」

あやせに刺されたりでもしら、お前を呪うからな御鏡。








―――そして、ついにその時が来た。

「さっきから聞いていれば、お兄さん自分勝手な意見ばかりじゃないですか!私の意見も聞かないで、勝手に話を進めないで下さい!!」

俺に向かって、怒鳴るあやせ。
ぶっちゃけ迫力あって怖いんだけど、こんなんで負けてはあまりにも惨めなので、負けじとあやせの方に身体を向ける。

あやせの目を見る。目を離すこともなくこちらを睨んでくるあやせは、やっぱり怖い。

「んじゃあやせ、お前に聞くけどさ」
「な、なんですか…?」
「お前は、桐乃と離れるのは嫌じゃないのか?」
「…そんなの」

あやせは拳を握り締め、何かに耐えるように顔をしかめた。
「嫌に…決まっているじゃないですか…!」

そうだな、お前は俺に言ったよな。

離れたくないって。

桐乃と離れ離れになるのは、絶対イヤだって。

「だったら、なんであいつと離れる選択をしちまうんだよ?おかしいじゃねえか」

「それは…」
あやせの言葉が詰まる。

「お前は桐乃のためと思ってるのかもしんねーけど、それで桐乃を悲しませてたら元も子もねえだろうが?」

「そう…かもしれませんけど」
「そうかもしれない、じゃなくて、そうだろうが!桐乃の為を想うなら、桐乃の傍にいてやってくれよ!あいつには、お前が必要なんだよ!!」

「…桐乃桐乃って、さっきからそればっかり…!」

あやせの目が更にきつくなった。
ヤバい、マジ怖い。
こんなあやせ、初めて見た。

「桐乃なら大丈夫です!…桐乃にはソッチの友達がいるんでしょう!?それに、加奈子だっています!!」
ちなみにソッチというのは、桐乃のオタク趣味のことだ。何度も言うが。

「私の代わりなんて…いくらでもいるじゃないですか!!」

「お前…!!!」

あやせの口から、一番聞きたくなかった言葉。
誰よりも桐乃の親友であるかとを誇りとしていたあやせから、『自分の代わりはいくらでもいる』なんて言葉を、聞きたくはなかった。

「あやせ、それ本気で言ってんのか!?」
こちらも、更にあやせに詰め寄る。

「お前と桐乃が喧嘩した時、桐乃言ったよな!?『アンタと同じぐらいエロゲーが好き』だって!!」
…あれは今思い出しても、何言ってんだって思うトンデモ発言だった。
桐乃は、あやせかエロゲーかという選択に、どちらかという選択をせずに、どちらもという選択をしたのだ。

やると決めたこと全てに全力を注ぐ、桐乃らしい選択だった。
「あいつは、諦めなかったんだ!お前も、エロゲーも、自分の大好きなもの全部!!…それなのに、お前は簡単に諦めちまうのかよ!?」




「―――大好きな桐乃を、そう簡単に諦めんのかよ!!?」
もう、誰の声も耳に入らない。
唯一俺に聞こえるのは、目の前のあやせの声だけだ。

「だったら尚更行かせるわけには行かねえ!力づくでもお前を止める!!んな馬鹿なことを言ってるお前を、俺はそのまま見捨てるなんて出来ねえ!!」

その時、

パンッいう乾いた音と、俺の右頬に衝撃が、同時に響いた。

あやせが、平手打ちをかましてきやがったのだ。

「いっ…てぇ…!」
「お兄さんに…お兄さんに何がわかるんですか!?」
右頬を押さえながらあやせの方に向き直ると、
「あ…やせ…?」
ボロボロと涙をこぼすあやせが、そこにいた。

「私は、ずっと桐乃の為に…桐乃を守る為に、全力を尽くしてきました!桐乃の親友でありたいから…!!桐乃の傍にいたいから!!!」

ぐしゃぐしゃの顔になりながらも、あやせは怒鳴り続けた。

「でも!全部自己満足だったんです!!桐乃を守っていたのも、桐乃の傍にいたのも…、全部、全部お兄さんだったんです!!!」
「…!!!」
「悔しかった…!私が何年もかけて築いてきたものを、お兄さんはたった数ヶ月で超えてきた!!
桐乃の為に私が出来なかったことを、お兄さんはいとも簡単に成し遂げた!!
―――だから、悔しかった!羨ましかった…!お兄さんという存在が、憎くて憎くて仕方がなかった!!」

初めて聞いた、あやせの本音。
異常なぐらい桐乃の為を思ってくれて、桐乃の心配をずっとしてくれていた、少女の嫉妬。
俺は、そこまで憎まれていたのだと、今初めて実感した。
平気なのかって?

ショックに決まってんだろうが!!!!
やべえ、本音が聞けたけど泣きそう。俺負けそう。

「…でも、それ以上に」

と、あやせの話は終わってなかったようだ。

「お兄さんという存在が…、私にとっても、必要になってたんです」

「…え?」

俺が、なんだって?

「私が桐乃の誕生日プレゼントを考えるのを手伝って貰った時、本当は会うのも嫌でした。
―――でも、桐乃の一番欲しい物を知っているのはお兄さんしかいないと思ったから、お兄さんにお願いしたんです。
そんな私に…あんな酷いことをした私に、お兄さんは嫌とも言わずに、協力してくれましたよね?私、わからなかったんです。なんであそこまで協力してくれたのか」

あの時、俺は桐乃が欲しいであろうプレゼントに、メルルのコスプレ大会の優勝商品であるメルルの限定フィギュアを提案した。
そんで、メルルにめっちゃくちゃ似ている生意気中学生の来栖加奈子のマネージャーになってやったんだったっけ。

「その後も、私の個人的なお願いなんかも聞いてくれて…。私は、本当にお兄さんっていう人がわからなかったんです」

「―――だけど、そんなお兄さんに惹かれていっている私がいて…、憎くて仕方がないお兄さんのことを考えちゃう私がいて…!」
「あやせ…?」




おいおい、これって…

「そうして、私気づいたんです…。お兄さんは、桐乃だけじゃない、皆に優しいんだって。助けを求める全てに、手を伸ばしてくれる人なんだって」

言いすぎかもしれませんが、とあやせは付け加えた。
「それに気づいた時、もっとお兄さんに惹かれいく私がいたんです。―――必要もなく、手を伸ばして欲しいと思う私がいたんです」

そうなのか?
いつも会うたび会うたび、嫌そうな目をされてた気がしてたんだけどな。

「でも、一番お兄さんを必要としているのは、桐乃なんです…!私は、お兄さんを求めちゃダメなんです!お兄さんは、桐乃の傍にいてあげなきゃダメなんです!!
―――そう思っているのに、私はお兄さんを求めたくなっていくんです。…お兄さんが、必要になっていったんです」

あまりにも唐突過ぎる衝撃的告白に、言葉が出なかった。

「だから、いい機会だと思ったんです。この話を貰った時。桐乃の為にも…、私の為にも」

…おい。もしかして、それは

「―――お前が海外に行くのを決めたのって、桐乃の為であり、…俺のせいだったのか?」

あやせは、イエスともノーとも言わず、沈黙している。
だけど、この状況でこの沈黙は、ある意味答えのようなものだ。

「そっか…」
何となく、そんなことを呟いていた。

御鏡に目をやる。
微笑んで、こちらを見ていやがった。何がおかしいってんだコイツ。

『―――あやせちゃんには、本当の意味で、本音をぶつけないといけないと思う』

リフレインしてくる言葉。
ああ、わかってるよ。


「…あやせ」

あやせの肩を掴む。
桐乃と同じぐらい、小さい肩だ。

こんなに小さいのに、誰かの為なんて、いっちょ前に考えてたのかよ。
お前も、桐乃と同じぐらい馬鹿な奴だな、あやせ。

最初から、俺に話してくれてたら、よかったのによ。

「あやせ、行くな。ここにいろ」
肩を掴んだまま、言う。

「無理ですよ。またお兄さんを求めたくなってしまいます」
「求めればいいじゃねえか。迷う必要も、悩む必要もねえ。いつでも俺はお前の為に傍にいてやる」
「…わかっています、お兄さんがそう言ってくれることは。――それが、苦しいんです!私には、お兄さんに優しくしてもらう資格なんてないのに…!」
「資格ってなんだよ?そんなもん、存在しねえよ。俺がいいって言ってんだから」
「その言葉に甘えたら、私が桐乃を裏切ってしまうかもしれない!それも、怖いんです!」
「大丈夫だ。それで喧嘩しても、俺がなんとかしてやる」
「…でも!私はお兄さんの妹でもない!赤の他人なんです!そんな私が」
「こっちを見ろあやせ!」
ビクッとしたあやせは、下を向いていた顔を、ゆっくり上げた。
その目をじっと見る。

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最終更新:2011年05月31日 21:06
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