覚醒の瞬間(とき)


「わかりません」
「じゃ、これは?」
「ん~ん‥‥‥わかりません」
「これは?」
「みぎ‥‥‥かな?」
「こっちは?」
「うえ?」

なんだか、目がわるくなっているみたい。
このままじゃ‥‥‥ひょっとして。

「じゃあ‥‥‥これは?」
「ひだりです!」

「田村さん、眼鏡を作った方がいいみたいね」
「ふええぇぇ!? め、めがね?」

やっぱり、先生が言う通り、めがねを作らないとだめなのかな。
今じゃ、いちばん前の席に座っているけど、黒板も見づらいし。
でも、クラスでめがねをかけた女の子なんていないし、それに‥‥‥

「よう麻奈実!」
「きょうちゃん‥‥‥ふえっ!? どうしたの!? ほっぺた真っ赤だよう?」
「ああ、これな。桐乃にひっぱたかれたんだよ」
「桐乃ちゃんに? どうしてえ?」
「桐乃がさ、おもちゃのメガネをかけて『似合うかな?』って言ってきたんだよ」

めがね? 桐乃ちゃんが? で、きょうちゃんはなんて言ったんだろ?

「それで‥‥‥?」
「『メガネザルみたいだ』って言ったら、泣き出して俺をひっぱたいたんだ」
「え!? めがねざる? きょうちゃん、それはひどいよお」
「何で? メガネなんて似合わないものをかける桐乃が悪いんだよ」
「似合わないなんて‥‥‥う、ううう」
「どうした、麻奈実? ハラでも痛いのか?」
「ううん! なんでもないの!!」

もしかして、きょうちゃん、めがね、キライなのかなあ。
どうしよう‥‥‥

‥‥‥‥‥‥

結局、めがねを作っちゃった。本当はコンタクトにしたかったんだけど、
ずっとめがねを使ってるお母さんもおばあちゃんも、コンタクトはダメだって。
でもせっかく作ったんだから、このめがね、かけてみよう。

「ふぇ?」

鏡の中にいるめがねをかけたわたしは‥‥‥‥‥‥‥‥‥ぶすだった。
めがね‥‥‥いやだなあ。
めがねをかけているこんなわたしをきょうちゃんに見られたら‥‥‥

『よう、メガネザル』

って、わたしも言われちゃうのかなぁ?
きょうちゃんには、見られたくないなあ。

「うわー! ねえちゃん、メガネザルみたい!!」

いつの間にか、弟のいわおが部屋に入ってきていた。

「も、もうっ! めがねざるなんて!!」
「京介あんちゃんも言ってたよ。メガネかけた女の子なんてイヤだって」
「ふぇ?‥‥‥‥‥‥ふええええええぇぇ!?」
「ね、ねえちゃん!? 大丈夫?」

うううっ‥‥‥きょうちゃん、やっぱり、めがねきらいなんだぁ‥‥‥ぐすっ。

「あ。もしかしてねえちゃん、見られたくないの?」
「そ、そんなことないよ! きょうちゃんに見られたってへいきだもん!」
「やーっぱり、京介あんちゃんに見られなくないんだ」
「もうっ! あっち行ってなさい!!」

本当になまいきなんだから!
でも‥‥‥きょうちゃんに見られたくないっていうのは本当かも。
見られたくないから、あした学校休んじゃおうかな。

‥‥‥‥‥‥


朝になっちゃった。カーテンから陽の光が入ってまぶしい。
あーあ、学校行きたくないなあ、なんて思っていたら、

「イエーイ、麻奈実ィ! 朝じゃ朝じゃ! はよ起きないと遅刻じゃぞ?」

おじいちゃんがいつものように起こしに来てくれた。

「学校行きたくない‥‥‥」
「おーっと、トーコー拒否か? 今まで素直な子じゃったのにどうしたんじゃ?」
「‥‥‥」
「もしかして、眼鏡をかけた顔をきょうちゃんに見られたくないんじゃな?」
「そ、そんなことないもん!!」

ふとんからとび起きたわたしにおじいちゃんはちょっとおどろいていた。

「おーっと、それだけ元気があるなら、大丈夫じゃろ。さあさあ、はよ学校に!」
「うん‥‥‥」
「大丈夫! 麻奈実には眼鏡が似合っておる! それにじゃな‥‥‥」
「なあに?」
「きょうちゃん‥‥‥眼鏡っ娘が大好物かも知れんぞ?」

おじいちゃんは、わたしをなぐめるときのように、そっと耳打ちしてくれた。

「そう‥‥‥かなあ?」
「何を隠そう、このワシも、そしてお前の父さんも眼鏡っ娘が大好物じゃ」

‥‥‥たしかに、おばあちゃんもお母さんもめがねをかけているけど。
だからと言って、きょうちゃんがめがね好きってことにはならないもん。

「さあさあ、今日は金曜日。眼鏡をかけて学校に行けばいいこともある!」
「うん‥‥‥」

‥‥‥‥‥‥


「いってきまあす」

おじいちゃんの言うとおり、今日からめがねをかけることにしたけど、
きょうちゃん、なんて言うかなあ? めがねざるなんて言われるのやだなあ。

ううん! そんなこと考えちゃだめ!! きょうちゃんはそんなこと言わない!
そしてわたしはめがねが似合う! 大丈夫!
ほんとはできる子、まっなみん。めだたないだけ、まっなみん。
かげがうすくてもいいもん! きゃらがよわくてもいいもん!
わたしはわたしなんだから。

「おっす、麻奈実!」
「ふええぇぇ!? きょ、きょ、きょ、きょうちゃん!?」
「え? 麻奈実!? お前、それ‥‥‥」
「えっ!? ええええええええ?」

おもわず、両手で顔をかくしてきょうちゃんから見えないようにした。
でも、きょうちゃんは、

「メガネ!? お前、メガネかけたの?」
「う、うん。ちょっと、黒板もよく見えなくなっちゃたし」
「そうなんだ。ちょっとよく見せてくれ!」

きょうちゃんは、わたしの顔をじっと見ていた。そして、

「いいんじゃないか? 麻奈実。結構いいぞ!」
「ええっ!? そ、そう? そうかなぁ?」
「ああ、可愛いじゃないか」
「ふええぇぇ!? か、かかかかか、かわいいひぃぃい!?」
「大丈夫か? 麻奈実」
「だ! 大丈夫だから!!」

きょうちゃんは、今まで言ってくれたことのないことをわたしに言ってくれた。
そうかあ。かわいいかぁ‥‥‥えへへへ。

「麻奈実。明日は土曜日だから、一緒に遊ばないか?」
「ふええぇぇ!?」
「ダメか?」
「だ、だ、だめじゃないよ!」
「じゃあ決まり!」

おじいちゃんの言うとおりだった。きょうちゃん、めがねが大好きみたい。
良かったあ。ほんとに良かったあ。
めがね、わるくないかも。
やっぱりできる子、まっなみん。めがねがかわいい、まっなみん。
きょうは、すばらしい金曜日になったよお。
ありがとう、おじいちゃん。

‥‥‥‥‥‥


わたしがめがねをかけてから、きょうちゃんはわたしといっぱい
話してくれるようになって、すっごくうれしい。

でも‥‥‥さいきん、ちょっと困ったことが二つあるんだ。
ひとつは、

「きょ、きょうちゃん!? どうしたの!? またほっぺた真っ赤だよう?」
「また桐乃にひっぱたかれたんだよ」
「桐乃ちゃんに? どうしてえ?」
「『麻奈実はメガネが似合う』って桐乃に言ったんだよ」
「それで?」
「『まなちゃんはいいのに、どうしてアタシはダメなの?』って怒り出してさ」
「桐乃ちゃんが? 怒ったの?」
「ああ。そして俺をひっぱたきやがった」
「そうなんだあ」

それからというもの、桐乃ちゃんはわたしと顔を合わせても話をしなくなった。


そしてもうひとつは、

「ところで麻奈実。頼みがあるんだけど」
「なあに? きょうちゃん」
「今日、水泳の授業があるだろ?」
「うん」
「それでさ、メガネをかけたまま、泳いでくれないか?」
「ふええぇぇ!? めがねをか、かかか、かけたままっ!?」
「頼むよ」
「きょうちゃん、いくらなんでもそれはちょっと‥‥‥」

それから、きょうちゃんはいろいろと『メガネをかけたまま』って
お願いをしてくるようになった。
う~~~~~~ん、きょうちゃん‥‥‥
できることと、できないことがあるんだよ?


『覚醒の瞬間(とき)』 【了】






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最終更新:2011年08月26日 14:41
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