Stummer Dialog 後編 01



「あやせ………?」

俺は不意に目を覚ます、目の前には俺の可愛い彼女―――でも
あの夜以来、俺らはちゃんとした恋人同士になれたと思っていたのに。

「お早う御座います、お兄さん。
よく眠ってましたね、まるで赤ちゃんみたいにぐっすり………」

「ずっと側に居てくれたんだな。ありがとう、あやせ」

俺がそう言うと、あやせは俺が眠っている間ずっと握っていてくれた
左手をゆっくり離した。

「べ、別に、そんなつもり………ありませんよ。
お兄さんが無理やりわたしに手錠なんてするから
――だからしょうがなく寝顔を、見てただけ………です」


カギなら手錠につけたまま………だ


「さっき寝てた時、夢見たんだ。
夢の中でもあやせは彼女で、俺は幸せだけどあやせは何だか微妙な感じでさ。
それで最後は、俺が振られる。変な夢だけど―――
起きて、おまえが隣に居てくれて、本当に良かったと思ってるんだ」

「ゆっくり休んで早く良くなってください。………また明日来ますから」

あやせは、有無を言わさず、立ち去ろうとする。


「―――俺はまだ、ちゃんとおまえを受け止められてないのかな?」

手錠はそのまま、あやせの手を掴んで引き留める。
俺は自分の彼女を泣き顔のままで帰らせるつもりは無い。

「わたしは………自分から居なくなったり……しない」

あやせの言葉が誰に向かって言ってるのかは分からなかった。
でもあやせの口から、その言葉を聞けたのだから、
やる事は―――俺がやるべき事は、もうすでに決まっていた。

「そうか―――分かった。
だったら、俺もあやせの前から居なくなったりしない。
だからさ、あやせ、余計な心配なんてする必要ないんだぜ?
何でおまえがそうなったのか、俺には分からないんだが、
俺がまた何かやらかしたのかな?
例えば―――寝言で他の女の名前でも呼んだりとか?」

「……………………」

あやせは何も言わない、ただ首を横に何度か振った。


「なら、どうして?」

「わたしは嫉妬深くて、我が侭で、気まぐれで、自分の事しか考えて無くて
――っきゃ」

いつもの作戦が出来ない俺は、咄嗟にあやせの頬をつねる。
でも、何でこいつが突然こんな事を言い出したのか?全く検討もつかない。

「俺だってシスコンで、浮気性で、スケベで、ヘタレだ」

「確かにそうですね、重度のシスコン、しかも処女厨のDVで変態―――」 

「―――おまえはついでに毒舌だな」

「だから………わたしはお兄さんに嫌われてもしょうがないなって」

「勝手に決めるなよ!俺は言っただろ?
ストーカーの変態になっても、おまえの事をちゃんと掴まえててやるって」

「わたし………分かってますから」

「全く―――俺の可愛い彼女はやっぱり妄想好きなヤンデレだ。
俺は風邪だから、いつもみたいにおまえの口も塞げないしどうしたら良い?」

「わたしって凄く――凄く悪い子なんです。
だ、だから………お兄さんが前したみたいにしても良いですよ。
さっきみたいにしても、何されても拒否なんてしない………から」

と言ってあやせは俺がプレゼントしたチョーカーを自分で外そうとするが
俺はそれを無理矢理止めさせた。

「ま、待て、な?
おまえは色々完全に誤解してる。
まぁ……俺が変態なのは今更良いけども。
おまえがその気分なら喜んでするけど、今のおまえはちょっと変だぞ?
だ、だからさ………ちゃんと話そう。
そうすれば絶対に、おまえの誤解も解けるから―――」

「ふっ、――誤解ですか?」

あやせの表情が突然変わった………気がした。

「へ?」

「そっか………これはわたしの誤解なんだ
―――じゃ良いですよ♪
誤解なら――誤解と言うなら、その誤解は解いてくれますよね?」

「あ、ああ………もちろん」

おもむろに、ポケットから携帯電話を取り出すあやせ

「あやせ、何やってるんだ?」

「京介さん………わたしのコト、好きですか?」

俺の質問を100%無いモノとして無視し、自分の質問をする
あやせ

「もちろん、好きだぜ」

携帯で……俺の言葉でも録音でもするんだろうか?
つーか、こんな簡単な事で誤解が解けるのもんなのか?

俺は拍子抜けするのと同時に、妙な胸騒ぎがしていた。


「『愛してる』って大きな声で言って――ください」

「俺はあやせを愛してる!」

「もっと大きな声で」


「俺はあやせを愛してる!」



ほら、聞こえたよね?桐乃
―――お兄さんが好きなのは、わたしなんだよ? わ・た・し・なの!
兄妹で恋愛なんてどう考えても気持ち悪いし、許されるわけないじゃん
これで分かったでしょ?桐乃
お兄さんはわたしのモノ、わたしの彼氏に手を出さないで―――

「―――何やってんだっ、おまえ!!!!」

俺はあやせを無意識に突き飛ばして、あやせの携帯電話を握りしめていた


『関東地方の今夜は大型の低気圧の接近で、大荒れの天気………』


「アハハハハ」

瞳の光彩を全く消したまま、あやせは気が狂った様に高笑いを始めた。


「あれぇ?
もしかして――もしかしなくても、誤解じゃなかったのか
あーあ、やっぱり……図星だったかー」


「あやせ」

「フフ
それとも、やっぱりこれは誤解――ってまだ言い張りますか?
もう一度、次はちゃんとした番号にかければ答えが出ますよね?」

「………」

「ねぇ京介さん――わたし、わたしね
誤解でも誤解じゃなくても、そんな事は別にどうでも良いから
今はギュっとして欲しいだけ――あなたに抱いて欲しいだけなんです。
これ以上、わたしがバカな真似しないように……ただそれだけなの。

「だから………俺はな――」

「言葉じゃイヤ――言葉だけじゃ絶対にイヤ!!!」

あやせは俺に向けてと叫んでるというより

「あなたの気持ちが誤解じゃなくて良いから
今までの言葉が全て嘘でも良いから抱いて――じゃないと」

まるで自分に言い聞かせる様に

『わたしは、わたしからあなたを奪おうとする人間を、
わたしから離れようとするあなた自身を、
一番残酷な方法で傷つけずにはいられなくなるから』


俺を呪詛する呪文を詠唱するかの如く言った。



俺はあやせの言葉を聞いて、辛い気分になっていた。
―――自分がじゃない。
あやせの自身の辛そうな表情を見ているのが、だ。

今、こいつを俺の全力でメチャクチャになるほど抱き締めて
手錠したり、後ろから羽交い締めにしたり、尻をぶったたいたり
――――あやせの家に侵入した、あの日の様な事をすれば
あやせがこれ以上馬鹿な事を口走らないように口を口で塞げば
お互い窒息するくらい――ずっとキスしていれば

きっと今日だけは――今だけはあやせを止められるかも知れない


でもそれじゃ駄目なんだ

違う―――全然違うな
最初からそんな必要なんて………本当にあったのか?

あやせは何が有っても何が起きても
自分を無意味に傷つけたり――まして友達を傷つけたりする筈がない

何で今さっきの俺は、あやせを信じてやれなかった?
あやせがこんな馬鹿な真似するわけあるかよ


俺は何であやせとこんな風に向かい合ってるんだ?


なぁ京介

俺は完全に同情だけで――可哀相なだけであやせと付き合ってたのか?

こいつの笑顔を見て、他に何も魅力を感じなかったか?

話しているだけで、楽しくて時間を忘れて暖かい気持ちになれなかったか?

こいつの優しさを
―――こいつの笑っちゃうくらい不器用で、無様で、情けなくて、一途で、
真剣な俺への気持ちは本当に、ただ―ただ迷惑なだけだったか?

そして俺らの関係は
俺がずっと、あやせを監視して助けなきゃいけない様な一方的な愛だったか?


今まで付き合ってきたあやせを信じろ

これからのあやせを信じろ

あやせを信じる自分を信じろ


「誤解を解いてやる」

あやせは顔を伏せたままで何も言わなかった

「誤解は解いてやる」

俺は改めて強い口調で言った。

「誤解なんて解かなくて良い――だから……だから」


「あやせ………腹減っただろ?」

「はっ?な、何を………」

本当にあやせは不意打ちを食らったかのように間抜けな声を出した。


「俺、飯買ってくるからさ。ちょっくら出かけてくるわ」

賭けのつもりでそう言った。
この賭けに勝たなきゃ、俺達は絶対に前に進めない。


そして俺が賭けるモノは、一体何なんだろうな?


「このままわたしを置き去りにして………今、わたしを見捨てたら、
本当に――本当にわたしは何をするか分かりませんよ、お兄さん」

あやせはあの時告白した時みたいに―――全身全霊で俺を恐喝する。
それでも俺はあやせの言葉を無視して外れかけだったチョーカーも
完全に外す。

「おまえは何もしない、そして俺は必ず戻ってくるから………さ」

結局、俺はあやせを一人で残して部屋を出た。


『わたしは………自分から居なくなったり……しない』

俺はその時――何故だかさっきあやせが言った言葉と
昔、別れて突然居なくなってしまった元カノの事を鮮明に思い出した。


俺はやっと、自分が賭けている物の大切さが改めて分かった気がした。
それは何時まで経っても絶対に消える事がない
―――後悔と言う名前の俺の過去だった。





つづく





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最終更新:2013年04月07日 05:00
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