Stummer Dialog 後編 02


辺りは黄昏を通り越して、夜の帳が下がっていた。
携帯と財布だけは持ってきたが、何もする事はなく…ただぼんやり喫茶店に入り
コーヒーを飲む。
こうやって敢えて独りになったのは自分の気持ちを整理したかった。


考えたら、俺は風邪引いてて、あやせに看病して貰ってたんだっけな。
前の喧嘩の時は色々悩んだし、別れの予感まで感じたが、今回はそんな
気の迷いは全然無かった。



予想した通り、あやせの着信とメールの大爆撃は無かったが、
気が付くと一件だけ着信履歴が残っていた、友人の赤城からだ。

「もしもし赤城か。何の用だよ?まぁ大体察しは付くけどさ」

『高坂………明日、田村さんに告白しようと思っている。
まぁ何だ…一応おまえには報告しておこうと思ってな』

「そうか…上手く行くと良いな、俺は………応援してるぜ」

『サンキューな。しかしあの時のおまえの右ストレート、本当に効いたぜ。
まさか彼女持ちのおまえに、本当にぶっ飛ばされるとは、はは』

そう、俺はあやせという彼女が居ながら、赤城に麻奈実が好きだと言われて
ぶっ飛ばした。―――我ながら本当に最低野郎だった。
しかし赤城は本気だったし、どうやら麻奈実の為にシスコンを卒業したらしい。

「おまえと俺はシスコンの2トップだと思ってたのに、
まさかおまえが先に卒業するとはな。
いや、瀬菜が真壁君と付き合うから、無理やり卒業したんだっけ?」


『おいおい、失礼な事を言うなよ。
まぁ確かにあの真壁と言う奴を俺もぶっ飛ばしたが、
でも腐海のお姫様だった瀬菜がそんな気持ちになるんだから
………俺だって、うぅうう』

麻奈実に告白する前日に、瀬菜の事を思い出して号泣する赤城。
―――まぁでも良い奴なんだ。
こいつなら麻奈実を任せても、今の俺よりも幸せにしてくれると
信じる事が出来る。


「おいおい、妹好きも良いけどよ。
麻奈実泣かせたら―――本当にぶっ飛ばすだけじゃ済まないぞ。
と言うかあの例の写真を………」

こんな台詞―――よくこの俺が………
でも麻奈実の為には、どうしても言っておきたかった。

『高坂君、僕達親友じゃないか……だから安心しろよ。
絶対に田村さんは俺が守るから。
まぁこんな事言ってて、明日、断られたら笑うけどな』

「まぁな。また何か有ったらいつでもかけろよ!
相談ならいつでも乗るからな」

『ああ、有り難う。
おまえこそ、あの超美人さんと何か揉めたらいつでも俺に言えよ。
―――じゃないと、こっちは田村さんに告白どころじゃなくなるからな……』

「俺は応援するって言っただろ、卑屈になんなよ。
それに、そもそも童貞のおまえに相談する事なんて何もねぇよ」

これは明日告白する赤城の為についた嘘だったが………。

『お、おまえ……手錠したまま大学に来た時から変だと思ったが、まさか。
キスすらさせて貰えないなんて言ってたのにな。
―――あ!、あのDVDは色々な意味でもう見ないでくれよ。
頼むから、ちゃんと処分してくれ!!!』

ショートカットで、眼鏡で、巨乳の女の子が出演しているDVD
まさか………赤城にあれを貰った時には、今みたいな事になるなんて
想像もしてなかった。

「下らねぇ心配すんな!色々な意味でもう卒業したよ。
俺にはあやせしか居ない」

まるで自分に言い聞かせる様に、現実を改めて認識する為に俺は呟いた。


そして電話を切った後、何かの衝動に俺は必死で耐える。


『耐えろ………

麻奈実が教えてくれたを絶対に忘れるな。

あいつは………いつも笑顔だった。
どんな時も………俺の為に笑ってくれた事を忘れるな………。
あいつの笑顔を忘れるな………』


変わらない事をいくら願っても―――それはいつまでも続かない……のだ、
絶対に


でも情けない俺は携帯を握りしめて、麻奈実のアドレス宛に、
送信される事の無い文字の羅列を何度も配置していた。

そしてしばらくするとその文字の羅列は、視界がぼやけたせいで
その意味すら失った。


『あなたが好きなのはお姉さんでしょう?』と言うあやせの言葉が蘇る


俺は、一体何やっているのだろう?
可愛い彼女を一人自分の部屋に待たせて………………




気付くと着信
画面はまだぼやけたままで、誰からなのか分からなかったが、俺は取り合えず出る。


「もしもし、おまえか。何?どうしたんだよ?」

『何ってあ、あんた、その酷い鼻声。
黒いのに聞いたけど、本当に風邪引いてるんだ、大丈夫?』

「ああ、大丈夫だ。で何の用?」

桐乃には悪いが正直、今誰かと話したい気分じゃなかった。

『えっと、、あ、そうだ!
あたしのコレクションの感想をい、言いなさいよ。
その為にさ、せっかくパソコン渡したんだからさ!』

「色々忙しくてまだちゃんと見てないんだ。
今度ちゃんと見てから感想言うからさ、じゃぁまた―――」

『ちょっと、ま、待って、待ちなさいよ。ご、ご飯はちゃんと食べてんの?
ねぇ京介が良かったらさ、また――』

「チィ」

無意識にした舌打ち

『な、何、その態度!あんた、あたしがせっかく』 

「うるせぇな、おまえには関係ないだろ。
一々そんな事で電話してくんじゃねぇよ!」

『そ、そっか……………もう切る……から』

妹の元気の無い声でやっと気付く、俺は何て馬鹿なんだ


「…………………待てくれ!桐乃!!!!!!!」

店に居た店員も客も何事かと俺を見ていた。店に居づらくなり外に出る。


『………………………なに?』

「すまん………他に考え事をしてたんだ。
おまえが気を遣ってくれて嬉しいから。だから切らないでくれ、頼む!」

『……わかった。
優しいあたしに超感謝しないさいよね、で何の悩み?』


「へ?」 『だから何?早く言えっての――それとも、やっぱ切る?』

「ぐ…」 

俺の悩み………………、それはあやせだ。
麻奈実の事は本来喜ぶべき事なのだから、それに桐乃にその事を
話して何の意味がある?

「実は黙ってたけど、俺はあやせと付き合ってる。
いや、これは今更、おまえに言っても、もう知ってるだろうけどさ―――」


それはそうだ。
桐乃とあやせと俺の三人で、黒猫を追っかけた時の様な修羅場を
演じたのだから。
あの時と違うのは本当に人間の生き死がリアルに
垣間見えた事だろう――"必死"――文字通り、あやせは必死だった。


『ふ~ん、そうなんだ………へぇ~』

「桐乃、おまえとの約束………」

『手錠したまま、あたしとマッタリご飯食べてるのを、あやせに見せるプレイしてる
変態のあんたが今頃、、何言っちゃってんの?』

「ちょ、おまえ、な、な、何で知ってるんだよ?!」

『手錠、紅茶のカップ、それに香水だって
――あれをあやせが使ってるのはあたし知ってんだから。
アレはマジで今までの中で一番キモイかった、、から。
んで……妹の親友をたぶらかして、あたしらの友情を
ぶち壊してくれた、お兄ちゃんが妹に何の相談あんの?』


それは、かつて俺が変態呼ばわりされても守ろうとしたものだった。
あの時はちゃんと、守れたと思っていたものだった。


ふと、さっき俺の部屋であやせに言った、自分の言葉を思い出す………

『俺らってあのコミケで偶然会わなかったら、どうなってたんだろうな?
もっと早くこうなってたのか?それとも…』

………俺は後悔してないって言えるよな?


「ただおまえに言っておきたかっただけだ。本当にすまない………桐乃」

『あ、あんたさ、本当にあやせの事が好きなんだよね?
付き合ってるからさ分かるけど、何て言うか、、、』


「あやせが可哀想だから、同情して付き合ってるんじゃないかって意味か?」


『、、うん、言いづらいけど、そう、、いう意味で聞いた……』


「俺はあやせが好きだから付き合ったし、今も好きだから付き合ってる」

さっきようやく気付いたら当然の答え
―――これ以外にどんな答えがあるって言うんだ?
あやせだけじゃない、他の誰に訊かれたとしても

『…………ねぇ、まだ質問…ある、、何も聞かずに答えて、わかった?』

「わ、わかった」

『あんたは、もしあたしが妹じゃなかったら、
あやせよりあたしを選んでくれた……の?』


「……………………俺がもっと察しが良くて、優柔不断じゃなければ
もし桐乃、おまえがもう少しだけ勇気を出していたら
どんな障害が有っても、誰に反対されても、俺らは結ばれてたかも知れない。
でも結局、そうならなかった。
それはどんな場合にだって起こりうる事だし、起こり得ない事だから
………だから」

『…………』

「おまえが妹だからじゃない、その事は………それは全然関係ないんだ」

この言葉以外に答えなんて一生見つけられる筈がない、見つかるわけ無いのだ。

ずっと一緒だった幼馴染みの麻奈実も
俺と桐乃が仲直りするキッカケを作ってくれた親友の黒猫さえも
―――見つけられなかった答え。

唯一、あやせだけが…………俺に結論を出させた。

結論は出たけど、答えはまだ見つかっていない。
もし桐乃が、妹が何度でも俺に問い続けるなら、
俺は一生その声に応え続けなければならない。


      『そう、、』    「…………ああ」


その後、俺も桐乃もずっと黙っていた。
確かに、この沈黙は実の妹と話している雰囲気じゃ全然――ない、全く。
まるで恋人同士で別れ話をしているかの様な錯覚を覚える。

そして沈黙を破った妹の言葉は……

『これから言う事はあたしの独り言だから、京介は黙って聞いて、わかった?』

「………わかった」

『あたしがさ、京介に初めて人生相談した時のこと
もうずっと、ずっと前のことな気がするけどさ………
あん時は本当に嬉しかったんだよね……本当に』

『そんだけじゃなくて、黒猫や沙織に会えたのも、京介のお陰だし、、
その後もずっと――ずっと京介が沢山してくれたこと
すごく感謝してる、だから………』

「桐乃、俺はさ……………………」

『イイからちゃんと聞け、、黙って、聞いて、、よ。
あたし分かったんだ、、京介の事が大好き、、でも京介がお兄ちゃんとして、
妹のあたしの事で心配してくれたり、、助けてくれたりするのもやっぱり凄く、、
安心して嬉しくて、、幸せな気持ちになれんの………』

『だけど、助けられるだけだと、、ずっとあの人に、、麻奈実さんに勝てないと
思ったから、あたし大人になろうとした。
でもさ、結局、京介があたしを頼ってくれてもお礼を言ってくれて、
笑顔を見せてくれても、、あたしが見たい笑顔の半分はやっぱりお兄ちゃんの
笑顔なんだって…やっと、わかったの』

『だからさっきの話、、京介が鈍いだけじゃない。
あたしに勇気がなかっただけじゃない――きっと』

この前、俺の家に来て、料理を作ってくれた時、桐乃はイイ女になったと言った。
俺が答えを出す事を半ば放棄していた事を戸惑いながらも、
素直に俺に語りかけるその姿は―――もうあの時の拗ねた妹では無かった。


「こんな情けない兄貴でごめんな、桐乃。
俺、もう素直に言うわ、おまえの事が大好きだ」

『あ、ありがと、、その言葉―――あやせにメールしとくから』


「ちょ、おまえ…………い、いや、全然構わねぇから!」

『ふ、ふ~ん、あっそ、あたしまだ許したわけじゃないし!
ムカついてるんだから!』

「今度、おまえが暇な時にデートしようぜ?
それにおまえの手料理もっと食べてみたい」

『何、調子に乗っちゃてんの?あんた、
ちょっとあたしが良いこと言ってあげたからってどんどん増長してさ、
キモ――』


「俺、間違ってたわ!
おまえにキモいなんて言われて萎縮してたから、ダメだったんだ。
俺は立派な世界一のシスコンになる!
もっと、桐乃が大好きなお兄ちゃんになるから。
おまえがイヤって言っても、俺は泣いて、駄々こねて、お願いするからな!!」

『それ、別に、、今までとあんま変わんなくない?』


「ぐぅ………た、確かに………」


『ぷ、にゃはは……もう本当に……困ったお兄ちゃん。
シスコン過ぎ。あ~あ、しょうがないよね?
しょうがないから、一生あんたに付き合ってあげる。
その代わり、あたし我が侭だから。滅茶苦茶、我が侭なこと言うつもりだから!
京介にあ、あやせが居てもあたしを最優先しないと
絶対に承知しないんだかんね、わかってんの?』

桐乃が途中から鼻声になっていたのは気付いていた。
今まで、俺が馬鹿な兄貴だから本当に何度も、何度も桐乃を泣かせてしまった。
でもこれから、俺は今まで以上に、桐乃の理想の兄貴にならなきゃいけない。
もうこいつがこんな声で話さなくて良い様に………さ。


「ああ、わかった。
桐乃みたいな最高に可愛い妹が居て、俺は世界で一番幸せ者のお兄ちゃんだ」



俺の妹は世界で一番可愛い。
ずっと前から変わらなかったもの、これからも絶対に変わらないもの。


   なぁ―――麻奈実、これは 『目先の答え』 じゃないよな?



『あたしより、京介は、、黒いのとか、ま、麻奈実さんとか、、どうすんの?
あんたのせいで、、まぁそれはあたしも同じか………』

「聞いてくれ、桐乃、俺さ………………」

俺は自分なりの"みんなが幸せになれる未来"を桐乃に素直に話し始める。


桐乃との電話を切った後、あやせからメールが届く。



『さようなら』 

でもそのメールを見た時、帰り道を歩きながら俺が考えた事は…………


悪戯っぽい桐乃の笑顔  蠱惑的な黒猫の微笑  暖かさに満ちた麻奈実の笑み


自分の中にあった彼女達の笑顔を、彼女達への気持ちを絶対に忘れない為に
心に刻む為に何度も、何度も必死に思い浮かべた。



俺がその時、考えた事は
――――――俺の心にあったものは、本当にそれだけだった。









おわり




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最終更新:2013年04月07日 05:14
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