22-816


12月はじめ、街がクリスマスムードに入り始めた頃、昨日の雨が引き金となり急に冷え込んだ昼下がり

『お兄さん、相談があります。』

一通のメールで呼び出された俺は、懐かしい公園であやせを待っていた。
あれから3年、大学に進学した俺はあやせと疎遠になっていた。

「お待たせしました」
相変わらずのとんでもない美人だ。以前より艶っぽさが追加された姿に思わず見とれてしまった。
同級生とか大丈夫なんだろうか。
「おう、久しぶりだな。元気にしてたか?……って、あんまりよくなさそうだな」
「お久しぶりです。桐乃から様子は伺ってましたが、お変わりないようで」
声にも覇気が無い、一体どうしたんだろう。顔色が優れないのは気のせいではなさそうだ。
あやせは、その事に対して答えを返さない。
「……それで、俺に何の相談なんだ?」

あやせは、少し顔を俯かせゆっくりと語り始めた。
「最近、私がテレビに出演するようになったのはご存知ですか?」
「ああ、実際に見たことは無いが話は聞いている」
大学で出来た友人が『新垣あやせ』がえらい可愛いと言っていたのを聞いたんだがな。
そいつは、まさか俺と知り合いだとは思いもしないんだろう。
「そのテレビデビューと俺への相談に何の関係があるんだ?」
「ある俳優さんから、事務所へ仕事のオファーが来ました」

2月から始まる大掛かりなドラマへの出演依頼だそうだ。
なんでも俺でも名前を知っているような脚本家の作品で、主演の俳優があやせを推薦した。
普通は事務所が売り込んで売り込んでやっと脇役が取れるところを主演の一人として迎えられるんだとか。
事務所は、二つ返事で飛びついたのだが……あとから条件が追加された。
「事務所から、その俳優さんとお付き合いしないといけないと言われました。
仕事のためと添えられて……私はすぐに断ることが出来ませんでした」
力なく語るあやせが小さく見えた。
むかつく話だ。
まぁ、つまり、よく言われる業界の黒いうわさってヤツだな。

だが、そんな奴に一般人の俺がどう介入できるんだ?
「話はわかった。確かにむかつく話だし、お前を助けてやりたいとは思う」
だが、どうやって?
俺が気を使って最後まで言わなかったが、あやせは気付いたようだ。
「……お兄さんは自覚が足りません」
「えっ?」
「何でもありません。私が見立てますから、一緒に服を買いに行きましょう」
「悪いが話が見えん」
「私とデートしてください」
しばらく、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くしていた。
その後、あやせに引っ張られ、本当に服を見立ててもらい上から下まで新調した。

数日後、俺はあやせと渋谷でデートをした。

めかし込んだあやせは、本当に天使のようで

顔も知られ始めている事も含め

めちゃくちゃ目立っていた。

そこかしこで、
「あれ新垣あやせじゃね?」
「まじだ」
「すっげーかわいい」
「隣の男って彼氏?なんであんな地味なのと」
「私はちょっといいかなって思うよ」
などなど、聞こえてくる。

肝が冷えて寿命がマッハだ。


電車で初めて作戦の詳細を説明され、これが偽装デートだと知った……まあ、最初からわかってましたよ、ほんと。
呼び名をお兄さんから京介さんへ替え、腕を組んで歩く。
あやせのやわらかな感触や、時折香る、いい匂いにこのまま死ねたら天国へ行けると何度本気で思ったことか。

最初は戸惑っていたけれど、あやせの様子につられて、楽しくなってきた。
途中からは、自然な態度で接する事が出来たと思う。
だってな、あやせのやつ本当に楽しそうなんだぜ。
事務所と俳優への逆襲が決まれば、それはそれは爽快なんだろうな。
……ああ、これが偽装じゃなければ、うぅ。

ふと、四年前の桐乃とここへ来てアクセサリを買わされた事を思い出す。
「お兄さん……いえ、京介さん、今、女の人のことを考えてましたね?」
何でこうも女って鋭いんだろうか。
「いや、前に桐乃とここへ来たことがあった事を思い出しただけだ」
「……シスコン」
……あやせさん、その目で睨むのはやめてください、お願いします。




そして3日後、結果が出た。
週刊誌に俺たちのデートの様子が記事になっていた。
あやせのマネージャーのツテでフリーの記者に週刊誌へ写真を売り込む事をこっそり頼んだそうだ。

『年上のイケメンとラブホへ消える?!』
渋谷のラブホテルの近くで姿を消した事になって……。
まぁ週刊誌なんて、若い奴は見ねえしいいか、なんて軽く考えていた。
だからオッケーしたんだが、
この後、もっと大きな騒ぎになるとは思っても居なかった。

あやせの両親にまで飛び火した。
ご存知の通り、あやせの両親は国会議員とPTAの会長だ。
そして、あやせは高校三年生の未成年。
ニュースに取り上げられ、写真がでかでかとテレビに映される。
俺には目線が付いているが、これ、知り合いには絶対ばれるだろ。

夕食後にリビングでのんびりお茶を飲みながらテレビを見ていたもんだから、危うくお茶を噴出すところだった。
「これ、あやせちゃんよね」
「……新垣さんの娘か」
「こ、これって!!」
お袋、親父……そして、桐乃の順に視線が俺へと向く。
いやな汗がどっと噴出す。
「俺、急に用事が出来たから、ちょっと言ってくるわ!」

リビングを飛び出し、玄関から出ようとして、後頭部に衝撃を受け、俺は意識を失った。
桐乃にフライングニードロップを食らい、俺の逃亡は阻止されたそうだ。

それから一時間、お袋、親父、桐乃の三人に囲まれ、正座をさせられた。
何も疚しいことをしていないと必死に訴えるも、誰一人として認めてくれなかったのは涙が出そうだった。
さすがに作戦の事については語るわけにはいかなかった。
桐乃の活動に対して親父が動くと思ったしな。
一時間だけで終わったのは、新垣家から電話があったからだ。
親同士が話しをし、新垣家に集まることが決まり、俺とあやせを囲み
尋問が三時間も続いた。
桐乃が不気味なくらい静かだったのが一番怖かった。

桐乃に夜中に叩き起こされて、本当の事情を聞き出されたのは言うまでもない。
それに、麻奈実、沙織、黒猫、かなこ、赤城兄妹、大学の友人からメールやら電話が大量に来たんだが、これがまた大変だった。
沙織と黒猫には桐乃が説明をしてくれてどうにか落ち着いた。
この二人には本当の理由も言ってある。
他のやつにはさすがにいえないからな、本当に大変だったぜ。
大学でもこそこそしなくちゃいけなくなったし、寿命が十年は縮んだと思う。

あやせは待ち構えていた報道にたいして、堂々としていた。
『あれは、道に迷っていただけで……皆さんが想像している事とはまったく違います。
彼は、親友のお兄さんです。
いえ、お付き合いしているわけではなく、色々とお世話になっているので
お礼にと一緒に遊びに行っただけです。
誤解を招くような事になってしまい、申し訳ありませんでした。』

粛々とした態度や、本当に申し訳なさそうな雰囲気が、テレビに映されるたびに
あやせの人気は上っていった。

一躍時の人となったあやせに、事務所も無理を言わなくなったという。
TVCMのオファーや出演の依頼が何件も来ているのだとか。
あやせの勝ちだ。
しかし、ここまでのシナリオを考えていたのかと考えると……やっぱり、あやせは怖い。
けれど、利用されたとはいえ悪い気分じゃなかった。


あれから、ちょくちょくメールで呼び出されるようになった。
まあ、付き合っちゃいないがな。
天使の笑顔が間近で見れるのは、最高だぜ。

おわり





タグ:

新垣 あやせ
+ タグ編集
  • タグ:
  • 新垣 あやせ

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年12月08日 21:47
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。