変わり続ける関係 01


※10巻ネタバレを含みますので、10巻見てない方はコテハンをNGで
京介×あやせ
10巻直後より



そんなあなたの事が好きです。

新垣あやせ。
俺の妹、桐乃のクラスメイト。ファションモデル仲間であり、モデルだけあって見た目は極上。
俺の好みにクリティカルヒットを生み出すオーバーキルな容姿――反面、性格に難があり、
人に手錠を掛けて火で炙るなんて事をしでかすとんでもない女。過去を思い返すと痛い目にばかり合わされていて、
彼女が包丁を持っているだけで、心が落ち着かなくなる。そういう女の子。
関係は、桐乃の友達、という桐乃を介さないと成り立たない関係、だった。
その関係が変わるだろう一言を、あやせは言った。

「……俺の事、嫌いだったんじゃないのか」
ずっとずっと、そう言っていた筈だ。
「ええ、嫌いですよ」
あやせは続けて言う。
「でも、大好きなんです」
笑顔で、こちらをしっかりと見て。
「……さっきより、大がついたな」
「あ、ほんとですね」
対して、俺はその笑顔が見られず目を逸らしてしまう。
告白されて。好きと言われて。胸は確かに高鳴る。
けど、不思議と動揺はなく、まるで想定していたかの様な。
そういう心境だった。
何より、まず俺の脳裏に浮かんだのは――
「……桐乃ですね」
あやせは、俺の心を見透かすかのように俺を見つめる。
「桐乃との約束が、お兄さんにはありますから」
そう。俺は、桐乃と約束をしたのだ。桐乃との関係が一旦落ち着くまで、俺は新たな彼女を作らない。そう、決めた。だから――
「そうだ。俺は桐乃と約束をしたんだ。だから、」
「付き合う事は出来ない、とあなたはそういうんですね」
「ああ、悪い……」
約束の事は誰に聞いたのかは知らないが、あやせは知っている。その事を知った上で、
思いを告げてくれたのだろうかと考えると、切ない感情が俺の胸を締め付ける。
例え付き合えなくても、と。
「そういう事だから、その気持ちは、嬉しいんだが……」
「どういう事です?」
「いや、だから、桐乃と約束があるから」
「わたしはしてませんよ?」
ん?
「わたしは、桐乃と約束をしてません。だから、わたしが誰かと付き合う事は、問題が無い筈です」
んん?
「いや待て、でも俺は約束を――」
「――なぜあなたの約束を、わたしが守る必要があるんですか?」
そう言われると、確かに無い。
ならあやせが誰と付きあおうと、いや、俺と付きあおうと問題ないのか。
いや、おかしいだろう。そうすると、俺が桐乃との約束を破ってしまう。
あれ、でもあやせは何か約束を破った事になるのか?
「な、無いな」
そう、これは俺の約束であってあやせの約束ではない。
俺にとって不都合であっても、あやせにとって不都合では無い。
あれ、待て。何かがおかしい。俺は思考を纏めようとした所で、
「そうでしょう。なら問題はありません。わたしは、あなたが好きです。
お兄さんが好きなんです。そして、わたしはあなたのそばにいたい」
畳み掛けるように、あやせは言う。
「例え、桐乃を敵に回したとしても」
それは、
「駄目だ!」
認められない。俺が、桐乃から親友を奪うなんて、そんな事は間違えている。
「……」
「あやせは、桐乃の親友だろう? そうだ。確か言っていたじゃないか」

前に黒猫との口論で。
「桐乃が嫌がっている事をするのなら、親友は失格だって――」
――そうか、だから敵に回しても。
「――親友の座を引いても、か?」
そういう事なのか?
あやせは、あくまで毅然としたまま、こちらを見続けている。
桐乃から嫌われる事を、あんなに恐れていたのに。
どういう心境の変化だ。
「いえ、違います」
あやせは、はっきりと言った。
「わたしは、桐乃の親友です。それは、変わることはないでしょう」
きっぱりと。宣言した。
「だからこそ、わたしはそれを理由に身を引いたりしません。そしてお兄さんの一番も決して渡したくありません。それが、桐乃の嫌がる事であっても」
その強い目の輝きは、誰かを思い出す。そう。かつて、妹が浮かべた光。
自分の趣味も、親友も、どちらも手に入れると言った妹の。
「わたしは、桐乃も、お兄さんも、どちらも手に入れます」

正直に言おう。
その宣言の前に、俺はどうしようもなく、惹かれてしまった。
妹との約束を、確かに破棄してしまいそうになるぐらいに。
強さ。そうか、あやせは、桐乃と同じフィールドで戦ってきたんだ。
モデルとして、時にライバルであったりした筈だ。
親友であり、戦友である彼女は、あの桐乃とタメを張れるぐらいに、理不尽で、そして、どこまでも努力家なのだろう。

そして、同時に悟った。
俺は、妹にもずっとずっと惹かれていたのだ。あの目の輝きに。
成し遂げるというその強さに。
その強さを、輝きを失わせるぐらいであれば、俺なんて幾ら罵倒されたっていい。
笑顔でいてくれるなら、それでいい。
その妹に対して抱いていた想いが、そのままあやせへと向かう。

何故、蹴られても、罵倒されても、俺はあやせの好感度が落ちなかったのか。
桐乃と似ているからだ。
好きな人、好きな事の為には努力を惜しまない。
必ず、手に入れるべきものは手に入れる。

「あやせ……」
「お兄さん……」
この時は、桐乃との約束を破棄してしまってもいい、と。
そのぐらいに心を動かせされていた。
だから、俺はあやせを見て。
そして、そこにあるヘアピンに気付いた。
桐乃から、貰ったというそのヘアピン。
それは何故、貰ったものか。
桐乃が大事にしていて、数がもう残り少ないヘアピン。
なのにそれを何故あげたのか。
それは、それは。

京介の邪魔をすんなぁっ!

「……ッ!」

慌てて、一歩引く。
今、何をしようとしていた。
あやせの肩に手を掛けて、引き寄せて。
今、何をしようとしていた、高坂京介!

「……」
静かな目で、俺を見続けるあやせ。
その視線を見ていられずに俺は、目を背ける。

「わ、悪い。やっぱ、あれだ。うん、考えさせてくれ」
この期に及んで考えさせてくれ、だなんて我ながら情けない。
思いっきり好感度を下げてしまった気がするが、それはそれで仕方ないのだろう。まだまだ、未完成な男なのだ、高坂京介という男は。
恐る恐るあやせの方を見る。
「いいですよ」
予想に反して、あやせは笑っていた。
「ふふっ、確実に断られるという状況から、考えて貰える状況まで進展したんですよ、お兄さん」
目を細めて、嬉しそうにこちらを見て、ウインクをして見せて。
「どう考えても、これはわたしの勝ちでしょう。楽しみにしていてくださいね」
そう言いながら、あやせは踵を返していく。

「わたし、桐乃に負けませんから」


次の日。
俺は風邪を引いていた。馬鹿は風邪を引かないと言われてる事から、風邪を引いた俺は決して馬鹿ではない、と言える所ではあったが、
「あんた、本当バカ? 何、あれ? ちょっと普通に引いたんですケド。何、死にたいの? 殺してあげようか?」
等と妹に罵倒されても全くもって言い返せないのが今の心境である。

何があったか、少し思い出してみよう。

あれから俺はあやせを追いかける事が出来ず、ただ呆然とそこに立ち尽くしていた。
頭の中がぐちゃぐちゃして、とても思考が纏まらず、後悔なり懺悔なり何なりで青ざめたりしながら、
しかし、心が火を付けられたように熱かった。

あやせ。見た目は、とても好みな女性。そして、性格もまた好みだったのだと気付いた、女性。
黒猫に告白された時。そしてデートを重ねた日々。その時も胸は高鳴り心は熱かった。
だが、あの時の心は暖かい、何か湯たんぽのようなそういう熱さだった。
なら今のこの燃え尽くすような熱さは何なのか。

余りに熱く、恐らく顔も真っ赤になっているだろうこの状態をどうにか脱したくて、俺はそれから家に帰り、
もう冬にもなろうという時期なのに関わらず、風呂に水を張り、そこに身を沈めた。

そこから数十分後。
寒さの余りガタガタ浴室で震えて気を失いそうになってる所を、桐乃に発見され、母親に自殺の疑いをかけられ、父親に無言でため息をつかれ、
そのまま服を着せされ、布団に連行され、気を失うようにして眠り。
今に至るという訳だ。

一晩寝た所で、寧ろより悪化していて、歩きまわる事はおろか、満足に立つことさえ出来ない状態の俺の隣で、最大ボリュームで延々と俺を罵倒し続けているのが桐乃。
流石に文句を言うだけではなく、お粥を持ってきてくれたり、額のタオルを交換してくれたりと中々甲斐甲斐しく面倒を見てくれてはいるのだが、
ここまで延々と罵倒されていると休まるものも休まらない。


「……桐乃」
「ん、何かして欲しいの? ほら言ってみ?」
黙れ、とはいえなかった。こうして俺が声をかけると直ぐに心配そうにこちらを覗きこみやがるのだ、この女は。そんな顔を向けてくる奴に、文句など言えようもない。
何より、俺自身、バカな事をまるで否定出来ない訳で。
「なんでもない」
「ん、分かった」
まるで母親のような優しい微笑みを俺に向けて、桐乃はテーブルにノートパソコンへと視線を戻す。
ノートパソコンに映しだされているのは当然、エロゲだ。
桐乃曰く、人を看病するのならこのゲームは必須というものらしく、展開としては看護師である妹が、兄を甲斐甲斐しく奉仕する作品な訳だが、間違えても病人の兄の側で妹が嬉々としてプレイするものではないと思うんだが。
そんなゲームをしながら、ブツブツ俺への文句を言いつつ、会話の端々に「菜々ちゃんかわいー!」だの「うひょー、たまんねえこれ」とか織り交ぜてくるものだから、ただの罵倒よりもどっと精神的に疲れていく訳だが。
しかしこれはこれで悪くない、なんて思うほどドMに染まった訳ではないが、まあ、こいつらしいな、と思って少し、心が暖かくなる部分もあり、とりあえず何も言うまいと思う訳だ。

「はぁはぁ、あーもう! 菜々ちゃん最高、どうやれば画面の中に入れるかな、うはっ、駄目だ、鼻血でそ、うひひ」
「やっぱ戻れてめえ!」

 //


夜。
熱が大分引いてきて、自分で歩けるようには回復してきたので、桐乃を自分の部屋に帰し、一人安静してた訳だが、昼にひたすら寝ていたせいか、目が冴えてしまっていた。
とはいえ夜中なので、徘徊する訳にも行かず、PCを起動させる程の気力はなく、やる事はせいぜい、頭を使って思考する事だけだ。

そして当然考えるべき事は、昨日の事だ。
あやせ。もう昨日の事は、桐乃と話したんだろうか。その割には、桐乃に変わった所は見受けられなかった。ならまだ黙っているのか。しかし、いつかは話すのだろう。その時、桐乃はどういう反応を返すのだろうか。
怒るのだろうか、それとも――。

携帯の着信音が部屋に鳴り響く。
桐乃が取りやすい位置に置いておいてくれたので、特に動かず携帯を手に取る。
何となく予感はしていたが、あやせからのメールだった。

文面としては、昨日の事は特に触れず、桐乃から聞いたのか風邪の事を心配するメール。
結果が出てほっとしたのが今頃出たのかも知れない等と風邪の原因を推測しているが、まさかあやせとの事が原因だとは言えず、どう返したものか、と頭を悩ませていると、また着信音が鳴った。
またあやせからのメールだった。
なんだろと思い、開いてみると添付ファイルがついていた。
「ぶはっ!」
あ、あやせ、いや、てめ、俺を殺す気か、つか、なんで、えええ?!
そこには、ナース姿のあやせの画像がついていた。
何故あやせがナースの服を持っているのか、そしてどういう意図でこの画像を送ってきたのか分からないが、少なくともせっかく下がりつつあった俺の体温が再び向上したのは間違いない。
別にナースフェチとかそんなんじゃないんだが、これは破壊力がありすぎる。
無意識に画像を保存してしまい、尚且つ待受にしてしまいそうになるぐらいヤバい画像だった。
「……何を考えてやがるんだ」
桐乃に負けないとは言っていたが、何、そういうバトル?
こうあやせには健全な方向性で頑張って欲しかったがコスプレかよ。
桐乃も前にメイド服とか割とノリノリで着ていたが、流石にナース服は着てこなかったぜ。
いや、ナース服とメイド服と言ったら、後者の方がアブノーマルな感触はあるが……。
つか、返信しづれえ。
どう返信すればいいんだ。この最初のメールの返信で作ってた、そんな心配しなくても大丈夫、ありがとうなとかいう平凡なメールをこれに返していいのか?
だからといって、ナース服、最高でした、とか返したらセクハラで訴えられそうだしな……。
「ナース服、最高でした、と」
ピ、送信。


はっ! いかん、セクハラを辞めると決意した筈なのに、ついそのまま送ってしまった!
いやでも待て待て、俺は単純に褒めただけだ。セクハラじゃない。そもそも送ってきたのはあやせだ。俺が欲しかった訳じゃない。俺は悪くない筈だ。

トゥルルル。
電 話 か か っ て き た !
どうしよう、と悩んでみたが、取らないと取らないとで怒られそうだ。
俺、病人なんだぜ、なんでこんな悩ませる。
ふぅ、と息を吐き、覚悟を決めて電話に出る。
「はい、高坂です」
「わたし、あやせです。あなたの家の前にいます」
「ひぃっ!」 
メリーさんかよっ!
「冗談です」
しかも冗談かよ。慌てて飛び起きて、窓を覗きにいってしまったじゃないか。
無論、ときめきとかじゃなく、恐怖ゆえの行動だ。
「ちょ、ちょっとお兄さん。なんかドタバタした音が聞こえましたけど、まさか窓に確認しにいってませんよね?」
「……月が綺麗だな」
「月が綺麗って……、あ、あれですか、そのI love youの」
「違うっ! なんでこの流れでそんなロマンチックな解釈が出来る!」
「そうですか。残念です」
しゅんとした解答が返ってくる。
……あれ?
いつもであれば、「なんて破廉恥な事を言い出すんですか、この変態!」とか続く筈なんだが。
「な、なあ、あやせ?」
「月が綺麗ですね」
ぐはっ! こ、この流れでこの台詞、だと……!
「あ、ああ。そ、それよりもあやせ?」
「わたしがお兄さんに告白してる事よりも重大な案件ですか?」
「…………」
「あ、もしかして知らないんですか。月が綺麗ですね、というのはですね。そ、その、あ、愛し」
「知ってるから! 大丈夫、知ってます!」
この女、前々から恐ろしいとは思っていたが、今、別の意味で戦慄している。

「そうですか。ところで……」
あやせは、ここで会話を一旦切り、そして真剣な口調に変わった。
「わたし、あなたの家の前にいます」
月を見ていた視点を、下げる。
暗闇。そこに携帯の明かりでぼんやりと映し出される女性の姿。
同じく、月を見上げていた視線を、こちらに向けて。

「家に、入れてくれますか?」






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最終更新:2012年05月13日 23:02
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