悪魔の使い


わたしが、お兄さん‥‥‥、もとい、親友である桐乃のお兄さんが勉強のために
借りたアパートに幾度となく通い詰めて早数週間。
その間には色んなことがあったけど‥‥‥、お兄さんの周りは女の人が多かった。
桐乃と顔を合わせるのは別におかしくはない。だって二人は兄妹なのだから。
桐乃がお兄さんのアパートに居たって何も不思議じゃないし。
麻奈実お姉さんがアパートに来たのも、まあ、おかしくはない。
お兄さんとは幼馴染みだというし、あれくらいは‥‥‥おかしくないよね。

黒猫さん―――。一時はどうなるかと思ったけど、お互いに解り合えた、と思う。
お兄さんってば、あんな口調の人とよく付き合っていたものね。
わたしも仲良くしたいとは思うけど、先のことなんてわたしにも解らない。

沙織さん―――。あんな綺麗な人、モデルにもそうは居ない。
でもお兄さんは、沙織さんにはあまり興味がないようだった。
どうしてだろう。でも、わたしはちょっと安心した。どうしてかな。うふふ。

加奈子―――。なんであの娘が?
お兄さんに加奈子のお目付役をお願いしたのは、確かにわたしだけど、
あの展開はないんじゃないの? まったくもう。

沙也佳ちゃん―――。ちょっと驚いちゃったけど、悪い娘じゃないと思う。
でもお兄さんが居なかったら、わたしだけじゃどうなっていたかなあ?
でも、これからもわたしのことを応援して欲しい。

日向ちゃん―――。あのマセガ、いや、ちょっとおませで可愛らしい娘。
お兄さんはロリコンじゃない、と思うけど、大丈夫‥‥‥よね?
それにしても、黒猫さんにもあんな頃があったのかなあ?

そうそう。お兄さんはテストで見事にA判定を取ったので、お父様との約束通り、
アパートを引き払ってご実家に帰るらしい。片付け物のお手伝いに来たけど、
あまり荷物も無いから、代わりにわたしが料理を作ることになった。
お兄さんが材料の買い出しに行っている間、わたしはわたしにできることを。
お兄さんの部屋に出入りできるのもあと少ししかないから‥‥‥。

軽く片付け物とか、掃除とか、色々やっていると‥‥‥部屋のドアが開いた。
ドアから射し込む外の光でシルエットになっている男の人は、お兄さんだ。

「ただいま」
「お帰りなさい」

い、いやだ!! いつの間にか、ふ、ふ、夫婦みたい!!

「どうした、あやせ?」
「な、何でもありません! あ、お部屋を掃除しました」
「おう、ありがとうな。買い出しはこれでよかったのか?」

お兄さんが買ってきてくれた食材を使って、早速、手料理を作ることに。
最近わたし、料理を勉強しているんですよ!

「材料を買ってきてもらって聞くのもなんですが、何を食べたいですか?」
「あ・や・せ♪」

ドスッ―――

「じ、じょ、冗談だって、あやせサン‥‥‥」

鳩尾を抑えながらお兄さんは苦しそうに呟いた。

「う、うぐぐ‥‥‥ん? ああ、部屋、片付けてくれたんだ?」
「ええ、ほんの少しですけど」
「ちょっと散らかってたもんな。ありがとな‥‥‥んん!?」

お礼を言い終わったお兄さんが動揺している。

「あのー、あやせサン?」
「何ですか?」
「その、あのー、つまりだな‥‥‥これ‥‥‥」

お兄さんが指差した先には‥‥‥わたしの‥‥‥下着‥‥‥。
な、な、な! なんてこと!! わたしの最高のお気に入りなのに!!!
そう思った途端、口よりも先に足と手が先に動いた。

ぱあああああん

「ぶおっ!!」
「ブチ殺されたいんですか!? この変態!!」

お兄さんの頬にわたしの平手が炸裂した。そして自分でも理不尽だと思う罵声。

「なんかすげえ、既視感があるんだけど」

お兄さんは、今度は頬を抑えながら、意味のわからないことを呟く。
もう泣きそう。折角のわたしの最高のお気に入りだというのに。本当にもうっ!!

「あの、もうひとついいですか、あやせサン?」

今度はお兄さんが表情を曇らせながら、わたしに訊く。

「何ですか?」
「あ、いや、なんでもない」

動揺してる。動揺してる。

「あのさ‥‥‥見た?」
「何をですか?」
「あ、いや‥‥‥この辺にあったモノ、どこに行ったのかなあ?って思って」
「それなら、ここに纏めておきましたので、はい―――」
「取らんでいい!!」

わたしが片付けたモノを取った瞬間、お兄さんは大慌てでわたしを制した。
お兄さんに手を払われた格好になったわたしが体勢を崩したせいで、
片付けモノの中から何かが落ちた。

―――おしかけ妹妻~禁断の二人暮らし~

それは、見るからにいかがわしい感じのゲーム。

「これって‥‥‥お兄さん?」
「ちょ、お前!」
「きゃっ!」
「危ねえ!」

ドタッ―――

慌てたお兄さんと縺れ合って、わたしがお兄さんに押し倒されたような格好に。
ワンピースが胸元までたくし上げられ、ブラジャー越しにお兄さんの掌の温もり。
わたしの太股の間にはお兄さんの‥‥‥腰が‥‥‥。
まるで、わたしが初めてお兄さんと会った日に目撃したあの光景と同じ。

「お、お、お兄さ‥‥‥」
「あ、あ、あや‥‥‥」

わたしもお兄さんも声にならない声しか出ない。
まさかこんな‥‥‥こんな、想定外な‥‥‥。
あまりのことに、『変態!!』とか『ブチ殺します!!』の言葉が出ない。

「こ、これは事故だ! お前だってわかるだろう!?」

今まで見たことないほどに大汗をかいて弁解するお兄さんが
わたしから離れようと、わたしの胸に当てた手に力を入れて体を起こした。

「ひゃっ! い、今、わたしの胸を揉みましたね!?」
「バカ言え! そんなことするわけ無いだろ!!」

パシャッ―――

「ん? 何だ? 今の音」
「話を逸らさないで下さい! ブチ殺されたいんですか!?」
「いや、なんか、カメラのシャッターの音が聞こえたような」
「そ、そんな言い逃れが通用すると思っているんですか?」
「いや! 確かに聞こえたぞ」

お兄さんが怪訝な顔をして、部屋の中を見回す。
そして部屋の一点―――バスルームのドアに目が釘付けになった。

「そこかあああああ!」

お兄さんが浴室のドアを開けると、日向ちゃん―――黒猫さんの妹が居た。
手にはデジタルカメラ。そして悪ぶる様子もなく、

「や、やほー、高坂くーん、超絶好調じゃーん」
「‥‥‥ここで何をやっているんだ?」
「えっとねー、“黒天使”さまの“使い魔”でーっす」
「“堕天聖”だろ、いい加減覚えろよ。それに第一、そのカメラは何だ?」
「ああ、コレ? けってーてき瞬間を撮れって命令されたんだよねー」
「く、黒猫のヤツ、自分の妹に何をさせやがる! お前も言いなりになるなよ!」
「だってえ、『いい? わたしの命令に従わないと地獄に落ちるわよ』って
 脅されたんだもん」
「呆れたもんだ」

がっくり肩を落としているお兄さんは、日向ちゃんに向き直って続ける。

「まさか、そのカメラでさっきの場面を!?」
「うん。撮ったよ」
「それ、黒猫に見せるつもりか?」
「ふふーん、どうしようかなあー!?」
「そのカメラ、よこせ!」
「きゃー! 高坂くんにレイプされるー! おまわりさーん!!」」
「お前、俺の世間体を人質に、なんてことを言いやがる!」
「お、お兄さん!? わたしばかりか日向ちゃんまでも!? この変態!!」
「あやせ! お前一体何を見ていたんだよ!?」

「それにしてもこんなことをやらせるなんて、まるで悪魔じゃないか!」

お兄さんはとても呆れた様子だ。

「うん‥‥‥確かにアレは悪魔だと思う。とりあえずこの写真は―――」
「そこまでです―――小娘」
「ぐ、ぐ、ぐえええ」
「おい、何やってんだよ」
「ちょっとお、マジ苦しい!! 聞いてな‥‥‥ひっ!!」

日向ちゃんがわたしと目が合った瞬間、顔が硬直し、目は涙目になっていた。
そんなにわたしって怖いのかなあ?

「あやせ、やり過ぎだ! 殺す気かよ!?」

わたしが日向ちゃんを殺すだなんて。
いやですね、お兄さん。そんなことするわけないじゃないですか。

「これは消させてもらいます」

わたしは咽せている日向ちゃんからカメラを取り上げ、速攻で画像データを消す。

「ああー、折角撮ったのにい!」
「すげえな、あやせ。よくそんな早業で画像消せるな」
「このくらい普通です。慣れてますから」
「ああ、そうなんだ‥‥‥」
「ええ」

お兄さん。そんなに顔を見つめられたら、わたし恥ずかしいじゃないですか。

まあ、本当に最後の最後まで色々あったけど、なんとかお兄さんに料理を
作ってあげることもできたし、日向ちゃんにはおとなしく帰ってもらった。

「じゃあ、お兄さん。わたしもこれで失礼します」
「おう、ありがとうな。まっすぐ帰るんだろ? 送っていくよ」
「いえ、友達と会うことになってますので、ここで失礼します」
「そうか。じゃあな」

お兄さんのアパートを後にした。
あ、もうこんな時間。待ち合わせのお店に行かなきゃ。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

わたしは、待ち合わせのお店に向かった。
お店に入り、待ち人を探して店内を見渡していると聞き覚えのある声。

「やほー、こっちこっちー」

声の方を見るとテーブルを一人で占領した日向ちゃんが手を振っている。

「ちょっとー、遅いよー! ひょっとして高坂くんとあの続きを‥‥‥?」
「そんなこと、ありません!」
「うっわ! 全否定? まあいいけどさ」

相変わらずのマセガ、いや、おませな娘ね。

「あ! さっきのアレ、聞いてないよ! 超、苦しかったし!」

日向ちゃんは、わたしのネック・ハンギング・ツリーに不満げな様子。
お兄さんに悟られないためにも、あの場面では仕方なかったのよ。

「それで‥‥‥例のモノは?」
「はい、コレね」

日向ちゃんはポケットからデジタルカメラを取り出し、わたしに手渡した。
中身を確認するとそこには、半裸で床に倒れたわたしに覆い被さるお兄さんの姿。
そう。あの瞬間を切り取った写真だ。

「すげー。どう見ても高坂くんに襲われてるし」
「よく撮れてますね」
「でしょ? でしょー? わたしカメラマンの素質があったりしてー」

とりあえず、当初の目的は達成かな。

「でも最初は困ったよね。てっきり高坂くん、あの下着をくんかくんかしたり、
 頭に被ったりすると思ってたのに、全然しないんだもん」
「お兄さんはそんな変態みたいな事しません! 紳士なんですよ!!」
「へー、もしかして変態紳士ってやつ? すっごーい」

折角用意してきたお気に入りの下着なのに、お兄さんに通用しなかったのは
想定外だった。お兄さんはわたしの下着でそういうことを絶対すると思って、
その決定的瞬間を日向ちゃんに撮ってもらう予定だったのに。
でも結果的に予定以上の成果があったから、結果オーライかも。

「とりあえず約束通り、好きなものを注文して下さい」
「じゃあ、ミックスパフェの5段重ねトッピング!」

まったく、体型のことを気にしない小学生って最高ね。

「でもさ、高坂くんがカメラの音に気付かなかったらどうなったのかなあ?」
「それはわたしにもわかりません。音に気付くなんて想定外でしたから」
「もしかして、あのまま、あたしの目の前でエッチを―――」
「しません!!」

まったくもう。そんなことあるわけ無いじゃないですか。
お兄さんは理性的なんですよ。せいぜい、こんな感じでしょ。

『あやせ、ごめん。大丈夫か?』
『ええ。大丈夫です‥‥‥きゃっ! いやだ!』

わたしは乱れた服から覗く躯を隠そうと、身を捩らせながら両手で隠す。

『こっちを見ないで下さい!』
『わ、悪い!』

―――お兄さんに背を向け、服を整えていると、わたしの両肩にお兄さんの手が。

「ひゃっ!?」
『あやせ‥‥‥』
「い、いやだあ! 何をするんですか、お兄さん!?」
『きれいだよ、あやせ』
「そ、そんな‥‥‥きゃっ!」

―――お兄さんはわたしを軽々と抱き上げ、布団にわたしを横たえた。

『あやせ‥‥‥』
「お兄さん‥‥‥」

―――お兄さんの両手がわたしの躯を包む衣を剥いでいく。

「お兄さん‥‥‥ブチ殺し‥‥‥ま‥‥‥ああ‥‥‥」
「こうして、黒髪の美少女は高坂くんに、しんしょくされてしまったのです」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥!!!!!!!!!

「そこまでです―――小娘」
「ぐ、ぐ、ぐえええ」

今日二回目のネック・ハンギング・ツリー。

「ぢょ、ぢょっと、みんな見でるっで!」

日向ちゃんの言葉で我に返って周りを見渡すと、お店のお客さんの耳目を
集めていることに気付いた。

「まったくもう! どこからわたしの想像に割り込んだんですか!?」
「“お兄さんに背を向け、服を整えていると―――”からかな?」
「もう、信じられません!」
「ていうか、あたしの言葉に完全シンクロして、妄想ノリノリだったしぃ」
「く、くぅっ!」

さすが黒猫さんの妹だけありますね。もう限界です。

さて、一通りのプロットが片付いたところで、日向ちゃんを諭すことに。

「わかっているとは思いますけど、このことは誰にも秘密ですよ」
「でも、あたしってさ、口が軽いからどっかで喋っちゃうかも知れないよ」
「そんなことは許しません」
「どうしようかなー」
「‥‥‥いい? わたしの命令に従わないと、地獄に落ちるわよ」

ほんの、ほんのちょっとだけ、日向ちゃんを睨みつつ優しく諭してあげた。
日向ちゃんは半泣きの表情で呟く。

「“黒天使”どころか悪魔だし。第一、囮のカメラを用意するなんて普通じゃないよ」
「え? このくらい普通ですよ? お兄さんもカメラが二つあるとは思わないし」
「怖すぎい。ねえねえ、その写真、一体どうするの?」
「‥‥‥聞きたい?」
「ひいっ!!‥‥‥いや、聞きたくない」
「実は、この写真を‥‥‥」
「だから、聞きたくないっての!!」

さっきもそうだったけど、どうして日向ちゃんといい、ブリジットちゃんといい、
いきなり怯え出すのかしら?

でもこれで、お兄さんの弱みも作ることができたし。
もし、わたしの涙で心がお兄さんの動かなかったときは、
この写真で‥‥‥うふふ。


『悪魔の使い』 【了】





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最終更新:2012年05月25日 14:40
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