変わり続ける関係 04


あれから数日が経った。
結論から言おう。
あやせの予想は的中していた。

朝。
「よ、よう。桐乃」
「……」

夕。
「ま、まだ怒ってんのか?」
「……」

夜。
「おい、いい加減にしろ、いつまで餓鬼みてえにふてくされてんだよ」
「……」


とまあ、こういった具合だ。一貫して無視を決め込んでいる。
舌打ちすらしない。まるで俺の存在などそこにないと言わんばかりの態度だ。
これは想像以上にキツい。だがまだここまではいい。

どうも、あやせに対しても同じように振舞っているらしいのだ。

「桐乃が……わたしと挨拶をしてくれないんです」
あの騒動から三日後の夜。あやせは電話口にて、そう切り出してきた。
「授業とかで、必要な時には話してくれるんです。口調も別に普通で。でも普通なんです。
普通の友達に、普通に話しかける。……普通の距離感を持って」
それが普通の友達なら良かったのかも知れない。ただ、桐乃とあやせは自他共に認める親友同士である。
だからこそ、その距離を置かれた様な桐乃の態度に、あやせは酷く衝撃を受けたらしい。
あやせ、桐乃大好きだもんな……。

その事を思い返し、忌々しく呟く。
「……ったく。桐乃の奴」
なにやっているんだ。一年前にあれだけ必死に繋ぎ止めた親友に対し、次は自分から突き放そうと
するとは。お前の趣味に対し、ここまで歩み寄ってくれたってのに。
くそ、俺の予定と違う方向に進んでいるな。
最悪、俺が嫌われても仕方ない、桐乃とあやせが親友であってくれればそれで良かったというのに。
「あやせまで避けるとは、な」

想定外の最悪だった。
確かにあやせの行動は少しやり過ぎていた。
それは否定する気なんて無い。
しかしだからといって桐乃に直接何かをした訳ではない。
そこまで怒る程の物なのだろうか。

分からず、沙織に相談をしてみようとも考えた。
だが、桐乃は既にあやせを俺に取られたと解釈してかねない。
そこで俺が沙織に相談なんて持ちかけたら、沙織まで取られてしまうと思いかねない。
一番初めのオフ会で、ぽつんと一人残されていた桐乃。あの時の姿が重なる。

今回は俺が原因である以上、桐乃の助けにはなれない。
だから沙織たちには桐乃の助けになってほしい。
今喧嘩している妹相手にこんな事を考えるなんて、俺のシスコンレベルも相当だな…と苦笑を浮かべる。


なら麻奈実に相談をするのはどうだろう。
あいつなら必ず相談に乗ってくれる筈だ。そして力になってくれる事だろう。
だが、あいつは今、俺と同じ受験生で忙しい身だ。また今回の件を説明する為には、
あやせが部屋に来た事とか全て話す必要がある。果たして話していいことなのだろうか。
少なくとも誰彼構わず言いふらしていい事ではないのは確かだ。

そもそも、あやせがなんであんな強引な事をしたのか。
これは直接、本人に聞いたほうがいいだろう。

……よし。大体の方針が決まってきた。
桐乃が無視をしてくる以上、まずはあやせから詳しい話を聞こう。
時間を見れば、まだ夕方を回ったばかり。今の時間なら家に居るだろう。
という訳で、早速、あやせに電話を掛けてみる。

トゥルルル。
数回の呼び出し音の後、あやせが電話に出た。

「……はい」
「あやせか。俺だ」
あやせが酷く落ち込んでいる事が、電話越しでも分かる。
やっぱまだ桐乃の態度は変わってないようだ。

「どうか、しましたか?」
「お前の声が聞きたかったんだ」
「殺しますよ?」
「声が聞きたかっただけでっ!?」
こわっ!
通報しますよがまだ可愛く見れる言動だった。
心の余裕が無い分、言動もいつもより危険度が増している。

「……あ。す、すみません。ちょっと最近苛々してて、ついお兄さんにあたる真似を」
「大丈夫だ。分かってる。桐乃の事で悩んでるんだろ?」
あやせが機嫌悪い時には、余程の用がない限り話しかけない方が賢明だと学んだよ。

はい、と声のトーンを落としながら答える。
「桐乃、あれからずっと、挨拶をしてくれません。いえ、わたしからすれば返してくれます。
でも今まではわたしを見かけたら桐乃の方から挨拶してくれてたのに」
進展、なしか。
「俺の方も相変わらず、だ」
やれやれ、今回の怒りは結構根が深いらしい。
なんであんなに怒ってるんだか、あいつは。
「そう、ですか」
沈んだ声で、あやせが返す。


「……」
「……」
お互いの沈黙が続く。…このまま黙ってても仕方ないか。
「あやせ」
あやせの名を呼び、俺は聞きたかった事を聞き出す事にした。
「なんであんな事をしたんだ?」
出来る限り責める口調にならないように気をつけながら言葉を続ける。
「決して責めている訳じゃないからな。部屋に招き入れる決断をしたのは俺だ。責任の所在なら俺にある。
俺が聞きたいのは、桐乃に嫌われたくないのに、なんであんな事をしたのかという理由だ」
夜中に俺の部屋に来て、手錠を掛けて、キスまでして。
あれだけ俺を嫌っている桐乃からすれば、汚らわしいにも程がある行為だろう。
少なくともその行為の後、桐乃が怒らない理由がまるで浮かばない。

……。
再びの沈黙。だんまりか。余程言いたくない事なのだろうか。
言いたくないなら仕方ないか。そんな事を無理矢理言わせても意味が無い。
いつか言いたくなったら言ってくれ、とこの会話を終わらせようとした所で、
沈黙を守っていたあやせが、ようやく口を開く。

「予想外、だったんです」
「予想外? 何か?」
桐乃が怒る事がか?
「てっきり、キスをした事で怒られるんだと思ってました。けど、実際は違った」
そうだ、桐乃が怒った原因は、
「俺が泣いてた事に関して、桐乃はキレていた」
いつだったか、桐乃は言った。

――兄貴が泣くのは、もっと嫌!

確かにあんな本音、言いふらしているとは思えない。
だからあやせは、予想できなかったんだろう。

「はい。お兄さんが泣いてて、桐乃はそこに怒っていた。それも本当に心の底から」
わたしに見せたことのない目つきで、真っ直ぐと睨んできた、と。
「つまり、あれか。キスをした事で怒られるのであれば、どうにか出来たのか?」
「はい。桐乃を、説得するつもりでした」
「けど、それ以外の原因で、しかも本気で怒っていたから」
説得も何も出来なかった、と。

桐乃を説得、ねえ。何か説得できるだけの何かを、あやせは持っていたのだろうか。
怒られると分かっている事をして、その上で説得する、それがあやせがあんなことをした理由か。
無茶しやがる。


「でもお兄さん。桐乃が怒っているのはそれだけじゃないんですよ?」
「え?」
「もちろん、わたしがお兄さんを泣かせたことも凄く怒っていると思います」
「でもそれだけじゃなくて、他にも怒ってる理由がある、と」

桐乃が怒っている理由。
俺を泣かせた事。これは桐乃本人がそう言っていた。
しかしそれだけじゃないと言う。
思い返してみる。

確か、俺があやせを襲おうとした、と告げた時に顔色が変わっていた。
そりゃそうだ。
妹の親友の貞操を奪おうとしたんだ。それは怒るだろう。

でもそれなら何故、あやせまで避けられるんだ?
予想外というなら、俺にとってここが予想外だった。
てっきり、俺を変質者呼ばわりして、寧ろあやせには過度に接触して俺から守ろうとするだろうと、
俺は踏んでいた訳だ。だから、ああやって憎まれ口を叩いた。

だが、予想に反して、桐乃はあやせに対しても怒っている。

「……実は、わたしは桐乃が何に怒っているか気付いてます」
「なに!?」
「そしてお兄さんにそれを教えて、誤解を解かせればきっと仲直りも出来るんじゃないかと思ってます」
なんだと…?!
「それなら、すぐに教えてくれって。お陰で悶々とした日々を過ごしちまったじゃねえか」
ふぅ、とため息をつく。なんだ、問題解決じゃないか。
「……です」
しかし、そんな俺に対しあやせが返した答えは意外なものだった。

「嫌です」
「な、に?」
予想外の予想外、そして想定外。一瞬、俺はあやせが何を言っているのか分からなくなった。
同じ日本語喋ってるんだよな。

「お兄さん…、ごめんなさい。ごめん、なさい。わたし、言えません。ごめんなさい」
声は徐々に涙混じり。
「お、おい、あやせ?」
「わたし……」
プツ、ツーツー。

電話を切られた。
そして切られる直前、確かに俺の耳はあやせの漏らしたつぶやきを捉えた。

わたし、なんてみにくいんだろう。
ワタシ、ナンテミニクインダロウ。


それは、到底あやせと結びつかない単語に思えた。







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最終更新:2012年06月24日 12:37
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