何時もの校舎裏、馴染みのベンチで私はお弁当を広げる。
お弁当箱の蓋を開けると、小さなメルルの顔が覗いた。
それに容赦なく箸を突き立て、崩し、口の中に放り込む。
『どう? あなたの大好きなメルルちゃん(笑)を味あわせてもらってるんだけど?
ねえ? どんな気持ち? 大好きなメルルちゃんの顔が崩されて私の口に運ばれるのは、ねえねえどんな気持ち?
メルルなんて役立たずのものを、私の魔力回路で漆黒の魔力へと変換して役立ててあげるの。
何? 感謝の言葉の一つもないのかしら?』
そう言って、見せつけてやるはずの相手は、今いない。
平凡な人間共と下らない世間話をしながら昼食をするなんて、寒気がする。
そう、これはトレーニングなのだ。あいつが帰って来たとき、悔しがらせるための予行練習。
不意に視線を感じて、ふと頭を上げる。
三年の校舎からこちらを見つめる、眼鏡の女と目が合った。
そいつは、一瞬うろたえたように視線を左右にさまよわせ、小さく息を吸ってから微笑みを浮かべ、会釈をしてから視線を逸らした。
出たな、ベルフェゴール。
地味眼鏡の幼馴染属性、その本性は悪魔の手先。
呪いを視線に籠めて見上げるが、この位置からは三年の教室は窓際しか見えない。
あの女が、談笑しながら昼食をとる背中が見える。
―――その向こうに、彼がいるのだろうか。
きっと彼とあの女は、重箱弁当イベントなんてとうの昔に済ませてしまい、昼食を共にするなんてただの日常イベント。
あ~ん、や、飲み物を間違えて間接キス、なんて、きっと毎日のように―――……
目が潤んできたので、視線を再びお弁当に落とす。
こっちは睨んでいたのに、あっちは微笑んでいた。独り昼食をとる私を嘲笑っていた。
彼と一緒に昼食をとる自分を上から目線で勝ち誇っていた―――。
―――そんな人じゃないのは分かっているけど。
■
私は、大きめのバスケットを抱えて校舎裏のベンチに座る。
今日は、昼食をちょっと作り過ぎてしまった。そう、作りすぎてしまったのだ。
もう初夏になるというのに、今日は妙に肌寒い。
バスケットをきゅっと抱きかかえると、仄かな温かみを感じた。
中はただのサンドイッチ、勿論それは錯覚だけど。
『おい、そこで何してんだよ、昼飯か? そんなとこに居ないで一緒に食おうぜ!』
聞きなれた声が頭上からかかる。ふと顔を上げると、いつも通りの彼がいる。
……そんな都合のいい妄想をしながら、バスケットを抱えてじっと俯く。
彼が来たら、きっと声をかけてくれるから。
私が独りの時は、きっと手を引いてくれるから。
寒さに耐えるように、体を丸めてじっと待ち続ける。
……どれだけ待っただろう。
「おい」
ふと、声がかかった。
「もう、予鈴なったぞ。早く、教室に戻れ」
顔を上げると、体育教師が時計を指差していた。
三年校舎を見上げる。彼の姿は見えない。あの女の姿も見えない。
そもそも彼がここを通りかかる事なんて無いのは分かってのに。
……だって、彼はきっと―――。
きゅう、と情けなくお腹が鳴った。
―――やっぱり、あの女はベルフェゴールに違いない。
最終更新:2010年01月13日 22:17