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225年

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soutoku

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225年

黄初六年(魏)


皇帝

曹丕(魏文帝)

皇后

郭氏(文德郭皇后・安平広宗の人)

三公(魏)

呉王:孫権

太尉:鍾繇
司徒:華歆(前御史大夫)  
司空:王朗(前大理)


その他の要職(魏)

太常:邢貞?
光禄勳:
衛尉:→
太僕:
廷尉:→
大鴻臚:→
宗正:→
大司農:→
少府:→

大司馬:(空位)
大将軍:孫権
驃騎将軍:?
車騎将軍:公孫恭(遼東太守)
衛将軍:?


地方官

并州刺史:梁習



主な事件

  • 六年春二月、使者を遣わして許昌以東沛郡までを循行させ、病に苦しんでいる民を探し、貧者に之を貸すようにした《三国志魏書文帝紀》
  • 三月、召陵に行幸し、討虜渠を通る《三国志魏書文帝紀》
  • 三月乙巳、許昌宮に還る。并州刺史の梁習が鮮卑の軻比能を討つ。大いに破る《三国志魏書文帝紀》
  • 三月辛未、帝は船団をもって東征する《三国志魏書文帝紀》
  • 五月戊申,譙に行幸する《三国志魏書文帝紀》
  • 五月壬戌、熒惑が太微に入る《三国志魏書文帝紀》
  • 六月、利成郡の兵、蔡方等が郡をもって叛く。太守の徐質を殺す。屯騎校尉の任福を遣わして步兵校尉の段昭、青州刺史とともに之を討ち平定する。脅迫略取に遭いまた亡命した者は皆其罪を赦す《三国志魏書文帝紀》
  • 秋七月、皇子曹鑒を立てて東武陽王と為す《三国志魏書文帝紀》
  • 八月、帝は遂に水軍船団をもって譙から渦を巡り淮河に入る。陸路を徐州に行幸する《三国志魏書文帝紀》
  • 九月、東巡台を築く《三国志魏書文帝紀》
  • 冬十月、廣陵故城に行幸する。長江に臨んで觀兵する。戎卒十餘萬、旌旗は數百里に及んだ《三国志魏書文帝紀》
  • 十一月、東武陽王曹鑒が薨ず《三国志魏書文帝紀》
  • 十二月、譙から梁を過ぎ行軍する。故漢太尉橋玄の墓に太牢をもって祀らせる

  • 是歲大寒。水路は凍り、舟は長江に入れなかったため引き還えす《三国志魏書文帝紀》



誕生者




死没者

  • 曹鑒:東武陽王
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