「あ、あの、は……はじめまして」
「ああ」
私は今、息子の恋人を目の前にして、困惑している。
「き、京介。この娘さんは、お前の…こ、恋人か?」
「ああ、そう言ったろう親父」
「き、君。まさか苗字は五更……か?」
「あ…は、はい……そうです……」
「なんだ、瑠璃のこと知ってんのか?」
ふむ…………
…………。
困ったことになった。
清楚なワンピースを着た、綺麗な黒髪の、儚げな雰囲気のお嬢さん。
顔を耳まで真っ赤にし、もじもじしているその仕草に、見覚えがあった。
「いや、瑠璃さんのお母さんと面識があってな」
面識がある、どころの話ではないがな。
私は瑠璃の顔を見ながらふと―――少しだけ、昔を懐かしむ。
「君は、お母さんにそっくりなのだな」
本当は瑠璃とも面識はあるのだが、それはまだ彼女が幼かった頃だ。
彼女自身が覚えていなくとも仕方あるまい。
◇ ◇ ◇
あくる日、私は久々にある家を訪ねた。
ここに来るのは、本当に何年ぶりだろうか。
昔を懐かしむ想いと同時に、心が締め付けられる。
こんな感覚になったのは本当に久しぶりだ。
ピンポーン
「はい、どちら様で―――っ!?」
「…………。」
彼女はあっけにとられた表情で硬直する。
想定外の事態に陥った時、体が動かなくなる癖は、今も変わらないらしい。
私は、懐かしい彼女の泣きボクロをつい見つめてしまう。
「……ひ、久しぶりね。大介」
「ああ、本当にな」
少し引きつった表情を浮かべながら、それでも少し嬉しそうに頬を赤らめる千夜子。
私は久しく忘れていた、胸の高鳴りを覚えた。
そう、彼女の名前は五更千夜子。
京介が連れてきた恋人の、母親であった。
「……とつぜん、どうしたの?」
「上がってもいいか?」
「え………えぇ…」
「……お邪魔します」
なぜだろう、私の言葉に彼女は少し寂しそうな表情をしている。
私はそんな彼女を見て、申し訳ない気持ちに溢れていた。
しかし、自分の感情を悟られぬよう、しかめ面を作り玄関に踏み入る。
「ふふっ、変わらないわね……」
見透かすような視線。
黒い髪、白い肌、細い体。
何もかもが懐かしく、私の心の隅の何かを刺激した。
◇ ◇ ◇
「俺の子どものことは、覚えているか?」
「……あら、誰との子どものことかしら?」
嫌味ったらしいその口調すら懐かしく、私は微笑を漏らしてしまう。
「佳乃との子どものことだ」
「…………」
この顔は、覚えているという顔だ。
しかし、思い出したくないのだろう。
無表情を装いながら、そっと下唇を噛む。
「今日、お前に話をしたいのは、上の子…京介のことだ」
「………ふん」
無神経にも程があるわ。
そう言いたげな表情をしているが、私はそのまま話を続ける。
「その京介が昨日、恋人を連れてきた」
「………あら、よかったじゃない」
「彼女の名は『瑠璃』」
「―――っ!?」
「…………そう……俺たちの子だ」
…………。
私たちの間を、冷たい沈黙が流れる。
彼女も想定外の展開に戸惑っているようであった。
それはそうであろう。
不倫をし、妻帯者との間にもうけた娘。
その男と別れた後、女手一つで娘を育て上げた。
そして、娘にできた恋人が……別れた男の息子なのだ。
つまり、京介と瑠璃は兄妹、ということになる。
つらい決断ではあるが、このまま放置するわけにはいかない。
「京介と瑠璃を、別れさせたい」
「………」
「それが今日、ここに来た理由だ」
彼女は伏せた顔をすっと上げ、私をまっすぐ見つめた。
……この状態になったときの千夜子は少しやっかいである。
そんなことを、私はたった今思い出している。
「ずいぶんと都合のいい話ね」
「………そうだな」
…………。
そうすんなりことが進むはずがない。
私がそう思いかけていたところに、彼女が口を開いた。
「契約には………」
「…………ん?」
「……契約には、見返りが必要でしょう?」
私はすぐには彼女の話の意図が分からなかった。
そんな私の顔を覗き込み、ニヤっと笑う彼女。
そして………身に着けていた服を、すべて脱ぎ捨てた。
◇ ◇ ◇
「んっ………ぷはぁ…はむんっ……はぁ、レロ」
彼女は今、私の下半身にむしゃぶりついていた。
まるで、おあずけを喰らった猫が餌を食べるかのように。
黒く長い、綺麗な髪。
スレンダーな体。
透き通るような白い肌。
艶かしい表情。
そして泣きボクロ。
瑠璃を見たとき、昔の彼女を思い出して懐かしく思ったが、
今でも彼女の魅力はそのまま……むしろ艶やかさを増していた。
きっと瑠璃も、大人になったらこうなるのであろう。
「…んはぁ……ほら、あなたも舐めなさい………」
「ああ……」
私は彼女と逆向きになり、彼女の下半身を舐め始める。
「……んぁっ……はぁ、こんなの………久しぶり…んっ」
彼女は腰をくねらせながら、私に押し付けてくる。
私たちはたっぷりとお互いの体を堪能した。
まるで、会わなかった数年間の埋め合わせをするように。
「あぁんっ………ん……はぁ、はぁ、はぁ」
彼女の秘所もすっかりほぐれ、私もすっかり準備ができた頃であった。
彼女は私に向き直り、私の目を見つめた。
「…お願い。お願いだから、入れて」
涙を溜め、懇願する彼女。
もちろん、断る道理はない。
「はあぁんっ!」
昔よりもキツくなったのではなかろうか。
子どもを産んでなお、緩まることのないその体。
もしや、私と別れてから……他の男を作らなかったとでも言うのだろうか。
「二人も産んだというのに……くっ……すごい締め付けだな」
「あぁんっ……さ、三人よ……んはぁっ…」
「やはり、私の後にも男が………?」
「え、ち、違うのよ………うぅん…あぁっ」
私は腰を振り続けながら、彼女の言葉に耳を傾ける。
「はぁ…はぁんっ……あなたが出て行く前に………んっ……さ、三人目がいたの」
「………そ…そうか」
私は、心の底からすまない気持ちでいっぱいになっていた。
そして、昔の若く愚かだった自分を呪った。
「……すまなかった……」
「あやまらないで……お願い……あやまらないで……あぁん」
私は愛おしさでいっぱいになりながら、腰を激しく打ちつける。
私はなぜ、彼女のもとから去ってしまったのだろうか。
「そばにいて…あぁ…あぁっ………お願い、どこにもいかないで……」
「………うっ……くっ」
彼女の締め付けが激しくなってきている。
私は込みあがってくる射精感を押し込めるのに必死になり始めた。
「もう……もうわがまま言わないから…んんぁっ……欲しがらないから……だから……」
ああ、そうだ。そうだった。
彼女はあの時、初めて私にわがままを言ったのだったな。
『あなたとの家庭を築きたいの』
今考えてみれば、当然の話ではないか。
子供を二人も産み、実は三人目もお腹の中にいる。
それなのに、伴侶である男は別の家庭を持っている。
わがままでもない、当然の願い。
しかし、私たちの間には一つの取り決めがあった。
『俺の家庭を壊すようなことをしたら、別れる』
そう、私は怖かったのだ。自分の家庭が壊れてしまうことが。
壊しているのは、自分自身だったというのに。
「……すまない……あぁ」
「…あやまっちゃダメ……お願い……そばに、そばに……っ」
「分かった。再び……はぁ……お前を愛そう」
私がそう告げると、彼女の締め付けはこれ以上ないほどキツくなった。
「千夜子……俺はもうっ!」
「大介、い、いく…いっちゃう―――!」
ドクン ドクン ドクン
私は千夜子の中に、精を吐き出した。
ふと、彼女の顔を見ると―――
彼女は、笑いながら泣いていた。
◇ ◇ ◇
「とにかく、瑠璃には京介くんと別れるように仕向けてみるわ」
「すまないな…」
「だから謝らないでって」
私は着衣を直し、彼女の家を後にしようとしていた。
「あの頃みたいに、もうわがままは言わないから。
だから、たまにはうちに来て頂戴ね」
「ああ、分かった」
彼女との間に流れる空気は、あの頃のものに戻ったようだ。
「もう一つ……」
「…ん?なんだ」
「……今度来るときは……その、『ただいま』って言って頂戴」
「あぁ、そうする」
私は彼女と口付けを交わすと、その家を後にした。
◇ ◇ ◇
その後、京介は瑠璃と破局したようだ。
何があったかは知らないが、千夜子がうまく計らってくれたらしい。
そして、京介は別の女の子を恋人として連れてきた。
「は、はじめまして!」
「ああ」
私は今、息子の恋人を目の前にして、困惑している。
「き、京介。この娘さんは、お前の…こ、恋人か?」
「ああ、そう言ったろう親父」
「き、君。まさか苗字は新垣……か?」
「はい、そうです……けど」
「なんだ、あやせのこと知ってんのか?」
ふむ…………
…………。
困ったことになった。
おわり
最終更新:2011年03月22日 20:00