或る非日常の結末

 俺は今、悪鬼を前にしていた。
 正確に表記すれば、悪鬼と化した俺の妹、桐乃と対峙していた。
 
「き、桐乃。落ち着け」
「……これで落ち着けるワケないでしょッ!!」

 桐乃が手にしているのは、一つのアルバム。
 
「なんなの、これ、どういうコト? 納得行くまで説明してくんない?」

 その一つのページを指差して、桐乃は俺を羅刹の如く睨みつける。
 
「そ、それは……」

 そのページには何があるのかって?

 ……あやせとのラブプリクラ?
 
 いや、だ、だって、こうなあ?
 滅茶苦茶好みの女の子がこう、誘ってきたらつい、魔が差しちゃうだろ!?

「まなちゃんはどうしたワケ!?」
「ま、まなちゃん?」

 誰だそいつ。
 
「麻奈実さん! 分かりなさいよ、そんぐらい」

 いや、おまえがそんな言い方してんの始めて聞いたし。
 ん? 始めてじゃないな、昔に聞いたことが……。
 
「はい、ボーっとしないっ!」
「す、すいませんした!」

 こ、こええよ、俺の妹、マジ怖え。
 海外に行って迫力がハリウッドになってんよ、こいつ……!
 
「で、どうなの!?」
「そ、その……別れました」
「なんで……!? ありえなくない?」

 そ、そう言われてもな。
 こう、色々あったんだよ、おまえが居ない間に。
 
「べ、別にいいだろ。浮気してた訳じゃないんだし」

 ちゃんと別れてからのプリクラだかんね、それ。
 
「……いつ、撮ったワケ?」
「…………」
「あたしが海外に行く前は、麻奈実さんと付き合ってたよね、あんた」
「…………」

 ダラダラと冷や汗が止まらない。
 なんだ、警察に尋問されているような気分になってきたぞ。
 流石、警察官の娘だけある……のか?
 
「……日付。ホラ、読んでみ」

 プリクラにちゃっかりと日付が記載してあった。
 お、俺の馬鹿……、なんでこんなん書いちゃったんだ。
 
 俺が黙っていると、桐乃はガラリと声色を変える。
 空々しいまでの軽い声。
 
「あれー、たしかあ、あたしが海外に行ったのはいつだったかなあ?」

 ……こ、怖えええ、ひしひしと怒気が伝わってくんぞ。
 あの無邪気な笑顔な下では何度俺が撲殺されてるんだ……。
 
「……後デス」
「聞こえない。もっかい言ってみ?」

 ……ゴクリ。
 
「い、一週間後デス」

 桐乃が海外に行った一週間後の日付が、そのプリクラには記載されていた。
 
「ふ、ふふふ」

 不気味な笑いを浮かべる桐乃。
 あやせを怒らせても怖いが、あやせのが刺される系の恐怖に対し、桐乃のは捻り潰される系の恐怖だ。
 死ぬ、俺は死ぬ。
 
「……あたし、あやせからなーんにも聞いてないんですケド」
「…………」

 それは俺のせいじゃないと思うんだが。
 
 バンッ! 桐乃はそのアルバムを床に叩きつける。
 お、おいおい、床、凹んでねえよな。
 すんげえ音したぞ。
 
 そんな心配を他所に、桐乃はつかつかと俺の前まで歩いてきて、俺の胸ぐらを掴む。
 
「……で? どういうコト?」

 超至近距離で俺を睨みつけてくる。
 
「べ、別にいいだろ。俺が何をしようが。おまえは俺の彼女かっての」
「妻ですけど」

 ……そうでした。
 いや、まだ結婚してないけどね? つか結婚出来ないけどね?
 
「は、話せば長くなるんだが」
「三行で纏めて」

 無茶言うなっての!
 つか、三行って一行何文字だよ……? 
 
「言っておくけど、まなちゃん泣かしてたらマジ許さないから」
「お、おまえってそんな麻奈実と仲良かったっけ?」
「ちっ……、そんなん今関係ないでしょ? で、どうなの?」

 し、仕方ない。腹を括るか。
 
「……麻奈実に、振られた」
「嘘つくな!」
「う、嘘じゃねえって」
「麻奈実さんがあんたを振るワケないでしょっ!」

 なんだこの断言。
 どんだけ麻奈実の事を分かってるつもりなんだよ。

 ……まあ、俺も同じような意見だが。
 あいつが俺を振る……なんて余り想像できない。
 
 自分で言うのも何だが、結構麻奈実に好かれてる自信はあったしな。
 
「……それでも、振られんたんだよ」
「……マジなワケ?」
「ああ」

 しかし、それが真実だった。
 俺は、田村麻奈実に振られた。完璧に。完全に。
 
「……なんで?」

 どうしても信じられないんだろう。
 桐乃は、俺にその理由を聞いてくる。

 ……正直、言いたくないんだけどな。
 けどこいつは納得できるまで俺を問い詰めるだろうし。
 俺が答えなければ、麻奈実に聞き出しかねない。
 
 それは、避けたい。
 
「聞かれたんだよ」

 だから正直に俺は告白する。
 何があったのかを包み隠さず。
 
「なんて?」

 桐乃は胸ぐらを掴む力を強める。
 
「……桐乃を、愛してるのかって」

 掴んでいた力が、弱まった。
 
「…………」
「…………」

 二人に訪れる沈黙。
 
 そう、麻奈実は真剣な、それでもいつものように柔らかい雰囲気で俺に聞いてきた。
 
 ――桐乃ちゃんの事、きょうちゃんは好きなのかな……ううん、愛してるのかな?
 
「あ、あんたは……」

 俺の胸ぐらを掴んでいた手を離して、桐乃は一歩下がる。
 そして俯いたまま、会話を続ける。
 
「あんたは……どう答えたワケ?」

 その質問に、俺は目を閉じる。
 今でも、しっかりと思い出せる。
 俺が、どう答えたのか。
 
「ああ、って答えた」

 そう答えた俺に、麻奈実は特に驚きもせず、そうなんだー、と返したのを覚えている。
 それから、確認するように。
 
 ――それは、わたしよりも?
 ああ。
 ――それは、他の誰よりも?
 ……ああ。
 ――それは……これからも?
 …………。
 
 そして、麻奈実は俺の答えを待たずに。
 ――きょうちゃん、別れよ?
 と、そう言った。
 
「……馬鹿」
「…………」
「あんたって……ホント馬鹿」

 知ってる。
 俺は……馬鹿だった。
 あの会話がどれだけ、麻奈実を傷つけたのか俺には想像も出来ない。

 初めは、麻奈実の方が好きだと思ってたんだ。
 それは嘘じゃない。
 だから、付きあおうと決めた。
 
 けど、それはもしかすると、桐乃に俺を諦めさせる為の行動だったのかも知れない。
 そして、それが見えていたから。
 桐乃が居なくなった次の日、俺が一人暮らしを始めたその日に。
 麻奈実はその質問を投げかけてきたのかも知れない。
 
 わたしの役目は、終わりだねとばかりに。
 
「そんで……俺、すげえ落ち込んじゃってさ」
「…………」
「そしたらあやせが、俺の一人暮らし先に来てさ」

 ――お兄さん、お姉さんと別れたらしいですね。
 ……ああ。
 ――お姉さんよりも桐乃が好きって言ったらしいですね。
 …………ああ。
 ――なんでまだ生きているんですか?
 …………。
 ――仕方ないから、私が傍にいてあげます。
 ……俺は。
 ――いいんです。お兄さんは桐乃が一番で。私も、桐乃が一番なんですから。
 …………。
 ――きっと、上手くやれますよ。
 
 俺は、別にあやせと付き合った訳じゃない。
 けど、あやせは頻繁に俺の家に来てくれた。
 時に家事をしてくれて、時に元気づけてくれた。

 そのプリクラだって、凹んでいる俺を元気づける為だった。
 
 ――ほら、これを貼ってください。お兄さんの携帯に。
 ……なんだって?
 ――私が……傍にいてあげますから。
 
 沢山、あやせは桐乃の事を教えてくれた。
 そして、自分の見解を教えてくれた。
 数年後、必ず桐乃はお兄さんの隣に戻ってくると。

 ――だから、お兄さんの為じゃなく、桐乃の為に私はこの場所を居続けます。
 ――いつか、桐乃に渡せるように。
 ――だからそれまでの間だけでいいので……。
 ――お兄さんの傍に……居させてください。
 
 会社で、同僚に言い寄られた時は、あやせが彼女の振りして邪魔をしにきた。
 上司に連れられてキャバクラに行った時は、あやせが俺に対して真剣に怒ってくれた。
 
 まるで、桐乃のようだった、と思う。
 あやせは、桐乃の代理としてそこに居てくれたんだと思う。
 
 だから、俺は桐乃が居ない数年を、こうやって過ごす事が出来たんだ。
 

 そんな俺の話を聞いて、桐乃はただただ、黙りこんでしまった。
 親友の行動に、今、どう思っているのだろう。
 怒っているのだろうか。悲しんでいるのだろうか。
 それは表情からだと分からない。
 ただ、何とも言えない、悲しいのか怒っているのか。
 複雑な表情を浮かべて、拳を握りしめていた。
 
「なあ」
「…………」
「あやせ、怒らないでいてやってくれな」

 なんで黙ってたのかは知らないが、しかし宣言するのもまた違う気がする。
 付き合ってた訳でもないし、ただ傍に居てくれただけで。
 
「俺、あいつが居たからこうしておまえを待てたんだ」

 あやせが居なかったら、俺は海外までおまえを追いかけていったかも知れない。
 仕事も何もかもそっちのけで。
 そして、何もかもを失っていたかもしれない。
 
「……怒るワケないじゃん」
「そっか……ぐ、あ!」

 しんみりと頷いた俺の腹を、桐乃の拳が貫いていた。
 いや、さすがに貫通はしてないが、そんぐらいの勢いだった。
 
「あやせは怒らない。ケド、あんたには怒る」
「…………」
「なんで、って言わないで。あんたを殺したくなるから」

 そう言って、まるで手加減の無い桐乃の攻撃が今一度、繰り出された。
 俺は、それを防ぐ事も出来ずに、ただ受け止めた。
 痛い。実に痛い。何の呵責も無い一撃。

 そして胸ぐらを再び掴まれたと思ったら、そのまま足を払われた。
 
「……ッ!」

 足が払われ、一瞬宙を舞っている形になった俺は、そのまま胸ぐらに込められた力ごと床に叩きつけられる。
 ……鮮やかな手並みだった。
 
「……ガッ、は……」

 余りの激痛に、暫く声が出ない。

「へへっ、もしもの時にってお父さんが渡してくれた護身術の本にあった技がこうして生かせる時がくるとは」

 親父がこの技の元凶か……!
 滅茶苦茶痛えぞ……!
 護身つうか、明らかに捕縛方面だよね、これ。
 
「……ホント、馬鹿なんだから」

 体勢としては仰向けに倒れた俺に、桐乃が馬乗りになっている体勢。
 まさかここから顔面ラッシュに入るんじゃないかと危惧したが、そういう展開にはならなかった。
 そのまま、桐乃が上半身を俺に倒してきて、顔を俺の肩に載せる。
 
「あたしが居ないと……ホント、あんたは駄目なんだね」

 …………。
 そう、だな。
 おまえが居ないと俺は色んな人に迷惑を掛けてばかりで……。
 どんどん駄目になっちまうんだって分かった。
 
「……おかえり、桐乃」
「……ただいま、兄貴」

 夫婦を目指そうってのに、俺と桐乃はどうしたって、兄妹だった。


 //
 
 今更になるが、今はもう夜だった。
 あの昼間に桐乃に会ってからもう半日が立っていた。
 その間、何をしてたかって?
 そりゃ、仕事をしてたんだよ、社会人だからな。
 
 んで、桐乃を待たせる場所も思いつかなかったんで、俺の家の鍵と住所を教えて別れて。
 
 仕事終わって帰ってみたら、桐乃が鬼になってたと。

 
「そういや……、夕飯どうする?」
「あ、あたしが作ったげようか?」

 ……愛妻料理か。
 確かにそれも魅力的な提案だった。
 しかし……前にあやせと桐乃の料理の話をした時のあの表情を思い返すと……。
 
 …………。
 桐乃の手料理は次の日が休みの時にしよう。
 
「いや、俺が作るわ。久しぶりに日本の料理を味わいたいだろ」
「……へえ、あんたの料理食べるの、久しぶりなんですケド」

 あれ、食べさせた事、あったっけ?
 ……ああ、そう言えば両親が留守してる時に作ったりした事があったか。
 一応、簡単な料理ならあの頃から出来た。
 
 しかし、今の俺の料理の腕はあの時とは比べ物にならないぜ?
 なんせあやせが必死に教えてくれたからな。
 理由については教えてくれなかったけど。
 
 ――いつか必要になる日が来ます。
 
 とか断言していたけど、あれは一体どういう事なんだろうな。
 いや、薄々と理由には気付いているが……。
 まあ、敢えて黙っておくのが花だろう。
 
 そんな訳で、俺が台所に立つ。
 もうここに立つのも慣れたもんだ。
 
 鼻歌交じりに、冷蔵庫から材料を取り出すと、フライパンに油を敷いて火で熱する。
 
 んー、炒め物でいいかね。
 
 ふと視線を感じて振り向くと桐乃がこっちを見ていた。
 
「どうした? ああ、適当に寛いでていいぞ。テレビでも点けて見ててくれててもいい」
「……ううん。見てる」
「……そうか?」

 こうやって料理を作る光景なんて見てても面白くないと思うんだけどな。
 まあ、桐乃が良いって言うなら止める必要はない。
 
 …………。
 
 ジャー、カシャカシャ、ジャー。
 
 …………。
 
 ゴトゴト。パッパッ。ゴトゴト。
 
 …………。
 
「……なんか視線を感じるとちょっとやりづらいんだが」
「あ、ご、ゴメン」

 あれからずっと、桐乃は俺の料理光景を見ていた。
 その内飽きるだろうと思ったが、予想に反して飽きる事なく俺を見続けていた。
 しかも時折、何か妙にニヤニヤしたり、にへらぁ、という感じに笑ったりするから気になる。
 
「なんだよ、そんなに珍しいか? 俺が料理してんの」
「え? う、ううん、そうじゃなくてさ」
「なんだよ」
「その……し、新婚生活っぽいなあ、ってちょっと思っただけ」
「ちょ……!」

 し、新婚生活って、おま……なんて恥ずかしい台詞を吐きやがるんだ。
 
 ん? あれ、それって俺が主夫?
 
 …………。
 何か、嫌な未来を想像してしまった。
 
 ぜ、ぜってえ俺は今の仕事を辞めねえぞ!
 妹に養ってもらう未来なんて嫌だからな!
 
 
 俺の振舞った夕飯は、桐乃に好評だった。
 結構味に五月蝿い妹だからもっと文句を言われるかと思ったが及第点は取れたらしい。
 
 食べ終わった後の食器を流しにいれながら、ふと思い出した事を桐乃に聞いた。
 
「そういや、おまえ、モデル辞めたって?」

 確か昼間、さり気なくそんな事を言ってたよな。
 
「う、うん。……辞めた」

 何だか桐乃は悪いことがバレてしまった子どもの様に罰の悪そうな顔をしている。
 
「なんで?」

 そんな顔をされても、聞かない訳には行くまい。
 こいつがわざわざ海外に行くまでの覚悟を決めてモデルを始めたんだから。
 こんな中途半端な時期に辞めるってのがいまいち分からない。
 
 雑誌とかで読む限り、順風満帆の様に見えたんだが。
 
「…………言いたくない」

 しかし、桐乃は顔を背けて、説明を拒んだ。
 
「言いたくないって……、何か言えないことでもあったのか?」

 イジメとか?
 
「そういうんじゃ……ないけど」
「じゃあ、なんだよ」
「い、言いたくないって」

 どうも頑なだ。これは、何かしら明確な理由があって辞めたようだな。
 そして、それをどうしても言いたくないらしい。
 
「そうか、分かった。おまえは旦那に隠し事をするんだな?」
「……ッ! い、言います」

 なんてな、と適当に流す冗談のつもりだったんだが。
 何で速攻で折れる訳?
 まさか桐乃にとって夫婦間には秘密が無いものだって思ってるのか?
 ……俺は秘密ぐらいあってもいいと思うんだが。
 
 本当は、なんてな。夫婦間でも隠したい事はある、おまえが言いたい時に言ってくれ、という感じで格好良く閉めようと思ったんだが……。
 
 やべえ、今後、隠し事しづらくなってしまったぞ……。
 
「その、わ、笑わないで欲しいんだケド」
「笑わねえよ」

 つかやっぱ言うのやめたとか言ってくれても構わないぜ。
 俺は決め台詞をスタンバってるんだからよ。
 
「あ、あんたが……居ないから」
「…………へ?」
「あの世界には……あんたが、居ないから」

 すると何か? 俺が居ないから、あんな華やかな舞台から降りたってのか?
 いや、流石にそれは……。
 
「い、居ないって言ってもよ、言ってくれれば顔を出しにいったりしたぞ?」
「そ、そういうんじゃなくて」
「んじゃなんだよ?」
「……あの世界じゃ、がんがんに知り合いが増えていくんだけど。その分、あんたがいる世界が……遠くに見えてきちゃって」

 …………。
 正直、俺には分からん。
 遠くに思えてきたなら、そう思った時に一旦帰ってくればいい。
 ホームシックみたいなもんだろう、多分。
 
「それが辞める程のものだったのか?」
「う、うん」

 少し自信なさげに桐乃はそう答える。
 うーん、別に理由としてはありっちゃありだが、でもなんだろうな。
 しっくりこない。
 だってあの桐乃だぜ? だったら俺の手を引いて一緒にその世界とやらに巻き込みそうなもんだけど。
 
「……おまえの夢だったんじゃないのか?」
「夢……」
「そう。モデルって仕事は、おまえの夢だったんじゃないのか?」

 ああいう華やかな世界で、一番目立ってみせる。
 そういうのは女性の憧れなんじゃないだろうか。
 
「……夢、ってワケじゃない、と思う」

 考えるようにして、桐乃はそう答える。
 夢、じゃなかったのか。
 
「そんじゃ、おまえの夢って何よ」

 そう言えば陸上とか、そんなんも続けてんのかね。
 あいにく、そっちの雑誌じゃまだ桐乃の名前を見つけられてないけど。
 
「…………さん」

 俺の質問に対し、顔を真赤にして俯いた侭、そう答える桐乃。
 だが、正直全く聞こえなかった。
 
「ん、なんだって?」

 だから桐乃の傍に顔を近づけて、そう尋ねる。
 すると俺の首根っこを掴んで、桐乃は叫ぶように言った。
 
「あ、あんたのお嫁さん……ッ!!」

 …………。
 
「わ、悪い? 言っておくケド、ずっと昔からそれが夢だったんだからね!
 ずっとずっと追いかけてきた夢なんだから、言ってしまえば、陸上もモデルもその過程だから……!」
 
 …………。
 陸上とモデルが俺のお嫁さんになるのにどう結びつくのか、全く分からねえ、分からねえが。
 
 な、なんだこの可愛い生物。
 俺の妹がこんなに劇的に可愛いわけがない。
 
 嘘だろ、可愛すぎだろ。
 つか20歳を超えた女が言う台詞じゃねえよ。
 可愛いけどさ!
 
 試しに自分で変換してみよう。
 
『お、おまえのお婿さん……ッ!!』
『わ、悪いかよ? 言っておくけどな、ずっと昔からそれが夢だったんだからな!
 ずっとずっと追いかけてきた夢なんだぜ? 言ってしまえばエロゲーもシスコンもその過程だぜ……!』
 
 ……。よし、キモい。
 
「お、おーけい。わ、分かった。そっか、それでモデル辞めてきたんだな?」
「……え?」
「俺のお嫁さんになる為に、こうやって帰ってきたんだろ?」
「…………」

 俺の質問に対して、桐乃は少し考えこむ。
 そして、何か納得がいったのか表情が明るくなり、そして、俺を見て、びく、と目を見開くと。
 
「んなワケ無いでしょ馬鹿! このシスコン!」

 俺にフキンを投げつけてきやがった。

 やれやれ、女心は良く分からん。
 
 
 
 夕飯を食べ終わり、風呂の時間となった。
 いつもは面倒くさいのでシャワーだけで済ませてるんだが、桐乃も長旅で疲れてるかも知んないし、湯船を張っておいた。
 
 そして、早速一番風呂に入ってもらおうかと、桐乃に提案をしたんだが、桐乃は何故か僅かに身体を硬直させて。
 
「い、いい。先にあんた入ってて」

 と断ってきた。

 一応、家主とかそういうのを気にしてんのかね。
 確かに我が家はそんな決まりがあったが……俺は別にどうでもいいと思うけど。
 入りたい順に入ればいい。
 
 なので、桐乃が入らないというのであれば、じゃあ、俺が先にと入っているのが今。
 
 髪も身体も洗い終わり、湯船に使って鼻歌でも適当に奏でてる矢先に、扉が開いたのが今。
 
 手拭いサイズの布を頼りなさげに胸の前にぶら下げて、隠しきれてない身体を晒してるのは、今。
 
「………………」

 俺は固まっちまってその桐乃の行動に何も返せなかった。
 完全に思考がフリーズ状態。
 
 いやその言い方は正しくないか。
 正直に言おう。俺の視線は桐乃の身体に釘付けだった。
 
 以前に見た未成熟の身体じゃなく、成熟した身体が目の前にあった。
 ぷるんと存在感を主張しているおっぱい。
 きゅっと引き締まったくびれ。
 魅惑的な曲線を描いてるおしり。
 
 よく絵画に裸身の女神が描かれてる事があるだろう?
 いいか、あれは全て偽物だ。
 何故ならここに本当の女神が居る。
 
 つんと立っているピンク色の乳首。
 手拭いが隠しきれてない整えられた陰毛。
 羞恥の為か、肌を赤く染めている全身。
 
 身体だけでも魅力的なのに、その上にはモデルとして名を馳せた美女の顔がある訳で。
 上から見ても下から見ても、見惚れるには十分すぎた。
 
 ありえん……これ、現実なのか?
 よく二次元の世界に入りたいとかいう書き込みを掲示板とかで見るが考えなおした方がいい。
 だって現実には圧倒的な存在感を放つ女神がいるんだぜ?
 
 しかも……エロい。
 照れた様に顔を逸らすその顔や、腕で隠そうとして隠しきれてないそのピンク色や、手拭いが隠し切れないアソコが全て相成って。
 とてつもなくエロい。
 
 そこに居るのが妹だって、本気で忘れてた。
 良識とか倫理とか、そんなのはもう何も考えられなかった。
 ただ、俺の海綿体は正直に限界まで膨張し。
 そして、恐らくアホづらを晒したまま固まっている俺の口から漏れた言葉は、ただ、
 
「……綺麗だ」

 の一言のみ。
 
 ……俺の予想した通りだったよ。
 数年後じゃなくてよかったと、俺はあの時病院で思ったものだが、まさしくその通りだった。
 今の俺でさえ、堪え切れない衝動が身体を駆け巡っているというのに、あの当時にこれを見たらきっと鼻血を噴き出して再起不能だっただろう。
 
 触りたい、触れたい、近づきたい。
 その衝動が駆け巡るのをどうにか抑えようとしたがら、俺は桐乃に声を掛ける。
 
「あ……あ……」

 言葉になってなかった。
 というか言葉に出来なかった。
 思考がまるで回らない。
 頬がかぁーと赤くなって視界がどくどくんと脈動する。

 気を失わないようにするのが精一杯だった。
 
「……せ、背中……流してあげる」

 だから桐乃のその提案に、ただ阿呆の様にこくこくと頷いてみせることしか出来なかった。
 
 
 そして、湯船から出て、前を隠すの忘れていて、桐乃に凝視されたが、そもそも手拭いなんて持って入ってない。
 だから隠すのも手しかないんだが、手じゃ隠し切れない。
 
 だからという訳じゃないが、いっそ開き直った気分で隠すことなく、桐乃の前に歩き、そして背中を向けて座った。
 
 背中を見せて、桐乃が視界から消えて、漸く俺は思い出したかのように息をした。
 
 バクバクバクと心臓が全身を揺らす勢いで脈動する。
 
「じゃ、じゃあ、あ、洗うね」
「…………おう」

 どうにか絞りだすようにして声をだす俺。
 桐乃はそのまま、俺の背中にスポンジを当て、洗い出す。
 
 今、背中に全裸の桐乃が居る。
 ただそれだけで俺の海綿体は脈動し、俺の心はどこまでも欲求を主張する。
 今直ぐ振り返って押し倒して、その身体を触りまくって、そして、欲望を放出したい。

 桐乃が俺の背中にスポンジを当てるそれだけで、全身が性感帯になったように感じてしまう。

 だ、駄目だ、このままじゃ俺……し、死ぬ!
 
 リアルにその域まで達していた。
 これが本能という奴なのか、理性など脆くも消し去ってしまうのか。
 本能を無理やり押さえつけると気持ち悪くなる事をこの時、始めて知った。
 
 目の前が真っ暗になりそうで、視界がグラグラとして、鼻腔に桐乃の匂いが掠めて。
 
 襲いたいとか、襲いたくないとかそういう次元じゃなく、本当に生命の危機を覚えて俺は立ち上がる。
 
「……や、やっぱいい。で、出る。俺、出る」

 背中に泡がついているのが分かったが、それよりも俺は死にたくなかった。
 今、意識を失ったら死んでしまう気すらした。
 
 しかし、ここから出る為には、桐乃の方を向く必要がある。
 駄目だ、今、見たら俺は死ぬ。
 
 桐乃の方に振り返りつつも、俺は桐乃を見ないようにして、その脇を抜けようとする。
 
「……ま、待って。まだ背中が……あ」

 丁度、桐乃の視線の先、俺の海綿体が溢れんばかりに存在感を主張して通り過ぎようとしていた。

「……待てって、言ってんの!」

 そして、桐乃はいつか、俺を止めようとしたその時と……同じようにはせず。
 俺の足を掴んだ。
 
「は……離せ!」

 割とリアルに生命の危機に対面していた俺は、必死で抵抗する。
 だが、桐乃も負けじとばかり俺の足を掴んで。
 
「く、口でするから……!」

 とんでもない事を主張した。
 
「な、なななななにを」
「ば、バナナで練習した。イケる、筈」

 俺はそんな事を聞いてるんじゃねえ!
 
 なんでそんな発想になるのかって聞いて……ちょ……!
 
 つい桐乃に文句を言う為に桐乃を視界に入れてしまった。
 そこには上目遣いで、俺を見上げる桐乃の姿。
 
 目が……離せない。
 
 俺が立ち止まったのを了承としたのか、桐乃は何故か正座をして居住まいを正して。
 キリ、と無駄にいい表情で、恐る恐る俺の……。
 俺の海綿体を、口に運んだ。
 
 れろ。
 
「~~ッ!! あ、あああ、あ!」

 途端に信じられないぐらいの快感が……いや、これも痛さだ。
 許容できないぐらいの快感はもう痛みでしかない。
 
 しかも初っ端から口に咥えやがった、初めは舐めるとかそうやって徐々にやってくだろ?!
 こ、これがバナナな効果なのか……!?
 
 膨張しきった海綿体は、感覚に対してどこまでも敏感になる。
 だから、桐乃が口に咥えたその唇の柔らかさ。
 腔内のじっととしたヌルさ。
 ……そして、這うように舐めてくる柔らかくも熱い舌がダイレクトに感じられた。
 
「うあ……あ、あああ、あああああ!」

 痛い、痛い、気持ち悪い、気持よすぎて吐き気がする。
 桐乃はそんな俺の事なんて知ったことないとばかりに、口での奉仕を続ける。
 
 少し舌は離れた、と思ったらまた舐めてくる。
 そしてその離れた意図を知る。
 
 ……唾だ、唾を舌に貯めて……。
 くそ、世の中のバナナはそんな高等技術まで教えてんのかよ!
 ヌルっとした感触により艶めかしい熱さが追加される。
 
 そして、ジュル、と吸うような感覚。
 
「……ッ、ああ、あああ、やあ、あああ!」

 腰がガクガクする、もう何もかもわからなくなる。理性が何を我慢してるのか、そもそもどうやって我慢するのか。
 
 それすらも分からなくなって。
 
「ああああ、あああああっ!!」

 視界が真っ白になって。遠くて近い先で、俺の海綿体が欲望を吐き出してるのが分かった。
 ただまるでフィルター越しで、自分が射精している事に実感が沸かなかった。

 桐乃も、何かが出された事に慌てた様子を見せていたが、決して口を離さない。
 ただ少し涙目でこちらを睨んでいる。
 出すなら出すって言えって事だろうか。
 
 寧ろ俺はそれを自身に対して言いたかった。
 
 そして……出し終えた後、俺はかつてない脱力感に襲われていた。
 下に椅子もないのに壁に寄りかかるようにして、そのまま座ってしまう。
 
 キョポ、なんて音を立てて桐乃の口から俺の海綿体が抜けていく。
 その拍子に、口元から白濁とした液が少し溢れるのが見えた。
 
 あろうことか、桐乃はそれを舌で舐めとってみせる。
 
 そして、凄い嫌そうな顔で、こくこく、と喉を鳴らした。
 
「……おま、飲んだのか?」
「うえ。誰よ、美味しいっていったの。苦いっていうか酸っぱいっていうか……なんかピリピリするし」

 少なくとも俺は美味しいだなんて言ってないし、かなり高い確率でそれエロゲの知識な。
 
「………?」

 そして桐乃は改めて俺を見る。今しがた艶かしい行動をしたと思えない無防備な表情で、ぽけーっとした後、にっと笑った。
 
「……ね、ね、気持ち良かったっしょ?」

 …………。
 どう答えたものか。
 正直に言うと、気持よくなかった。
 ただそれはヘタだったとかそういうんじゃなくて、上手すぎたというのだろうか。
 或いは俺の性における感覚が繊細なのか。
 気持よすぎた挙句に、気持ち悪い領域だった。
 
「……次からは、もう少し控えめにな」

 だから俺はそう返すしか無かった。
 
 
 余りの脱力感に浴槽から出れずに居る俺の前で、桐乃は身体を洗い始めた。
 このまま風呂に入ってしまうらしい。
 
 ……少しは俺が居る事に動じろよ。
 いや、動じる必要はないんだろうけどさ。
 この脱力感……マジ動けないんですけど。
 
 ……はっ!
 ま、まさかこれが骨抜き?
 腰砕け?
 
 え、え、え?
 俺、開始速攻で妹に骨抜きされちゃったわけ?
 
 マジで?
 そんなんでいいの、俺?
 
 う、うう、こんなんだったらもう少し経験を積んでおけば良かったな。
 貞操観念なんて糞食らえだっつーの。
 
 俺が、そう考えながら動かぬ身体と葛藤していると、桐乃がちらっとこちらを見てきた。

「ふひひ」

 そして俺と目が合うと餓鬼っぽく笑ってみせる。
 女性的な笑みじゃなかったが、何だか昔を思い出して、可愛い奴だなあ、と思ったりもする。
 さっき、人のナニをバナナがわりにしてたとは到底思えない。
 
 そうして、ひと通り身体を洗い終わり、桐乃は身体を流して、そのまま湯船へと入っていく。
 
 俺そっちのけだ。
 
 暫くして、桐乃がようやく訝しげな顔をこちらに向けてきた。
 
「……あんた、なにやってんの?」
「……やっと聞いてくれたか」

 ふ、このまま置いていかれたらどうしようと思ってたぜ。
 
「いや、男の人って抜いた後、そう暫く放心する習性でもあんのかなって。
 なんだっけ、賢者モードって奴?」
 
 こんな力が抜けきったタコみたいな賢者モードがあってたまるか。
 
「……動けねえんだよ」
「へ、なんで?」

 ……すげえ言いたくねえ。言いたくねえが、仕方ない。
 
「た、多分、骨抜きにされた……んじゃねえかな」
「……骨抜きってそういう意味だっけ?」

 浴槽に浸かりながら、桐乃はそんな事を言ってくる。
 ……あれ、違ったっけ?
 
「と、取り敢えず……腰が抜けて立てないんだ」

 だから、手を貸してくれ、とそういう意図だったのだが。
 俺の言葉に暫し考えこむようにして黙ってしまう。
 
 ……何か嫌な予感がする。
 
「ふひ、ふひひひ」

 桐乃が嫌らしい笑みを浮かべはじめた。
 もう嫌な予感しかしない。
 
「ほんとはー、こう、もっとロマンチックなのに憧れてたんだけど」

 そう言いながら桐乃は、湯船から立ち上がる。
 先ほどまで隠れていた魅惑的な身体がまた、俺の眼前に晒される。
 
 一度抜いたから……初めほどじゃないけど、やっぱ綺麗だな……。
 そしてエロい体つきをしてやがる。
 ただ少し隠せ。
 最初の恥じらいは何処にいった。
 
「ふひひひ。ま、こういうのもアリかな」

 笑みを浮かべながら近づいてくる桐乃。
 動けない俺としては恐怖の対象でしか無い。
 なに、なに、なにされんの?
 
 俺の眼前までやってくると、その場で腰を下ろした。
 俺を跨ぐようにして。
 
「……な、なにを」

 そ、その位置関係だと、あれが、これに当たんだろ!?
 
「ふふん」

 当ててんのよ、と言いたげに桐乃は悪戯を企む子どもの様な眼差しを向けてくる。
 
「ま、まさか……」

 俺の海綿体は、今は落ち着いている。
 そう、だから決して、入る事は……無い筈だ。
 
 だが、その海綿体に対し、桐乃は自分の秘所を押し付けてくる。
 
「な、なななな」
「へえ……、ホントに出した後って柔らかいんだ?」

 しかも、いやらしく腰をグラインドさせながらだ。
 
「お、おまえ、は、はじめてなんだろ?」
「そだよ?」

 自分の秘所を海綿体に擦りつけながら、桐乃は言う。
 ムードもへったくれもない。
 
「は、はじめてならもっとほら、こう、布団でさ、く、暗くしてさ」
「なになに、そういう感じが希望だった?」

 いや俺が希望してる訳じゃなくて、そ、そういうもんじゃないの?
 
「確かに、そういうのも憧れだけどさ。でもどうせあんただし? そういう展開って期待できそうにないし?」

 いやいや出来るよ、そんぐらい出来るって!
 流石に高級レストランとかそういうのは難しいけどよ!
 
「それに最近のエロゲーだとこう、結構あっけなくやっちゃってんだよね」
「エロゲーと現実を一緒にしてんじゃねえ?!」

 く、くそ、力が入らねえ。
 い、言っておくがエロゲにありがちな力が入った瞬間、桐乃の腰を掴んで、みたいなそういう意味で力を渇望してんじゃねえぞ?
 
 俺はだな、せめて、妹の初体験をより良い物にしようとしてだな……。
 つか俺が嫌だ、こんなレイプみたいなの……!
 
「……あんたのそういう泣きそうな表情、ぞくぞくするんだけど」

 お、俺の周りの女はSばかりなのかよ!?
 前にあやせにも似たような事言われたな。
 
「あれ、なんかおっきくなってない?」
「んな馬鹿な……」

 こんなシチュエーションじゃおっきくならねえよ。
 俺はMじゃねえんだからな。
 
 …………。
 か、海綿体が反乱を起こしてる、だと?
 
「も、もしかしてこのままだったら入っちゃう? かも?」
「んじゃ止めろよ、今すぐに?!」

 かも、じゃねえよ!

「でもちょっと……き、気持ちいい、カモ」

 …………ッ!
 
「あ、びくってした」

 ば、ば、ば、馬鹿、この馬鹿!
 そ、そんなん言われたら反応しちゃうだろ、俺の海綿体とか色々が!
 
 海綿体が大きくなってきたせいか、感覚もシビアに伝わってくる。
 さっきまで柔らかかったから、こう暖かいなとか、擽ったいなあ、みたいな感じだったんだが。
 今はこう、明確に今どこにアレが当たって、何処に擦りつけられてるのかが分かる。
 
 一度出したお蔭か、最初ほど明確な感覚じゃないんだが……。
 
 シチュエーションがさっきより不味い。
 さっきは殆ど身体の暴走だったけど……。
 
 滅茶苦茶えっちな身体で、そして俺好みの顔つきをした処女が、俺の上で腰をグラインドさせてんだぜ?
 しかも時折Hな声を出しながら、少し息を切らせながら。
 
 不味いって、不味い!
 
 俺、今力が入らない事を逆に感謝すべきだな。
 さっき否定したが……、スゲエ、腰を掴みたい!
 
 そして抱きしめて腰を振りたい、この目の前でたゆんたゆんしてるおっぱいを鷲掴みしたい。
 柔らかそうな身体を全力で抱きしめたい。
 
 しかし、俺の身体は腰が抜けている状態。
 全身、余すことなく脱力感。
 
 ただ俺の海綿体だけが元気を取り戻したかのように硬度を取り戻していた。
 
 そして、その海綿体をまるで道具のように擦りつけてくる桐乃。
 
「は、始めてなのに気持ちよくなっちゃいそう……」
「まだ挿れてねえから、それ、挿れてから言う台詞だから!」
「じゃあ、……挿れちゃう?」

 声の艶が変わった。
 ぞくんと俺の背筋が凍る。
 先ほどまで浮かべていた悪戯小僧の様な笑みをそのまま妖艶な表情に変えて。
 
「え、そ、その……冗談だよな?」
「……なんで?」

 そんな問答をしている最中にも、桐乃は腰のグラインドを止めない。
 桐乃がそれを押し付けくる度に、俺の海綿体がそこを押し開いていくのが分かる。
 一番初めの扉は、もう既に何度もこじ開けている。
 
 ヌルヌルっとした感触が、どんどん艶かしくなっていく。
 熱い、どんどん熱くなっていく。
 なんかおもらしをしてしまったような感覚でようやく気付いた。
 
 ……濡れてる。
 
「……ぁ……ちょっと……ホンキで気持よく」

 手が掴むものを探して宙を彷徨い、そして俺の首へと纏わりつく。
 そして俺の身体に抱きつくようにして、桐乃はくっついてきた。

 首に回された腕がしっとりとして柔らかい。
 桐乃の顔が直ぐ近くにあって、可愛らしい声を小さく上げている。
 そして……何より今、俺の胸に当たっているぷにっとした感覚。
 
 うおおおおおおお、くそやわらけええ!!
 触りてえ、もみしだきてえ! ヤバい、ヤバい、これはヤバい!
 なに、こんなのが世界に存在してたの?
 前も同じような衝撃を味わったが、今回はそれに加えて、デカい。
 手で掴んだとしても幾分か溢れだしてしまうだろう。
 
 さ、更に……。
 なんかコリコリしたのが俺の胸に当たっている……!
 これは言うまでもなく、アレ、アレですよね……!?
 
 おおおおおお、さっきとは違う意味合いで死にそうだ……!
 蕩けちまうんじゃないか、俺。
 もうスライムだよ、これスライムに襲われてるレベル。
 
 そしてさっきから俺の海綿体が桐乃の秘所に突入しかけては引き返すような感じになってきている。
 一瞬でも俺が腰を浮かせたら、そのまま突入してしまいそうなギリギリのポイント。
 そのポイントだと知って、桐乃はぎりぎりの感覚でグラインドを続けている。
 いや、桐乃は桐乃で、力が抜けないよう必死なんだ。
 だから俺の首をこんなに必死で掴んで。
 
 少しでも油断したら……入っちゃうから。

「ぁ、あ、ぁあ、ん、んんぅ……!」

 もう耳には喘ぎ声しか聞こえない。
 どうやら桐乃のスイッチはもう入ってしまっているようだ。
 まるで触ってほしそうにおっぱいを俺に押し付けてくる。
 しかし、手は動かない。
 
 やがて桐乃の明確な意思が伝わる行動が見えた。
 少し、腰を上げて、おっぱいを俺の顔の高さまで持ち上げてくる。
 その侭、俺の顔に抱きつくようにして押し付けてきた。

 位置、そして距離、そう丁度、俺の口に桐乃の乳首が来る形だ。
 
 これは、そう、舐めるしかない、含めるしかないだろう。
 
 だから俺は全力で桐乃のそれを唇で咥える。
 そこから更に舐めようと舌を這わせて……。
 
「んぁっ!!」

 一際高い嬌声があがった。
 
 お、気持ちいいのか? と俺が少し喜んだのも束の間。
 桐乃はそのまま、足の力が抜けたのかガクッと身体を落とす。

 ……え? それって。
 
 俺が一瞬、そう脳裏を掠めて――
 
 その次の瞬間、俺の海綿体が何だかとてつもないものに包まれた。
 
 とてつもない、としか形容が出来ない。
 なんかヌルヌルしていてヌメヌメしているのはどうにか分かる。
 そして根本部分がひくひくと締め付けていて、そこから先はまるでぬとーっとした何かに包まれているようで。
 そして、……蠢く。
 
 先ほどの圧倒的な快楽じゃなかった。
 けどこれは……純粋に、純粋が侭に気持ち良かった。
 ぬるま湯に使っているような暖かい快楽。
 おもらしをしてしまっているような熱い感覚。

 そして恐ろしい事に、俺の海綿体がその感覚に膨張すればする程、その快楽も強まっていくのだ。
 その快楽にビクンと海綿体にちからを入れると、ひくんとその俺を包む何かもも反応して、じんわりと圧力を増してくる。
 
 な、な、なんだこれ。
 気持ちいい、という形容しか出てこない。
 正直、これで全身が包まれたらヤバいんじゃないかと思うぐらいだ。
 海綿体しか侵入出来ない事が歯がゆい。
 
 そこまで考えて、ようやく気付いた。
 今、何が起きているのか。
 
 俺の首に抱きつく形に戻っている桐乃。
 だが顔を俯かせてこちらにその表情は見せない。
 ただ首に巻き付く腕が強く巻かれて、爪が、少し俺の首を引っ掻いてるのが分かる。
 
 ……痛いのだ。
 余りの痛さに、手近な何かを掴まざるえない。

「こ……この馬鹿! は、早く抜けって!」

 慌てて桐乃にそう声を掛ける。
 つか、こんな事故みたいな処女喪失があってたまるかよ!
 
「……な、……なんで」

 痛みを堪えてるような、声。
 しかし桐乃から返ってきた言葉は疑問だった。
 
「な、なんでって、痛いんだろ? キツいんだろ? なら早く抜けって」
「……やだ」

 決して肯定はしなかった。
 けど否定だってしやがらない。
 
 痛いのだ、キツいのだ。
 しかしそれであっても、嫌だと、桐乃は言う。
 
「な、なんで?」
「…………」

 俺の首に纏わりついてくる手に力が込められた。
 そして、俺の胸に縋るように顔を押し付けていた桐乃がそのまま顔を上げる。
 
「……ちゅーして」

 な……。
 それは場に似つかわしくないようで、しかしこれ以上に相応しい言葉だった。
 だが、その言葉で、俺は気付いた。
 キスよりも先に、処女を奪ってしまった。
 
 ……やっちまった。
 順番が、違うだろうに。
 
 申し訳ない思いと共に、俺は頷く。
 と言っても殆ど身体は動かない訳で、ただ、少し桐乃の方へと顔を近づける。
 
 それだけで届く距離に桐乃の顔はあった。
 
 子どものような、口を合わせるだけの軽いキス。
 ただそれだけなのに、桐乃の顔は今よりももっと真っ赤に染まって。
 腕に纏わりつく力が強くなって。
 俺の海綿体を優しく抱きとめるそれがキュッと締まり。
 
 びくんびくんと、桐乃の身体が跳ねた。
 
 一瞬、何が起きたのか分からなかった。
 痛さの余りに痙攣したのかと思った。
 けど、桐乃の表情を見て分かった。
 
 なんて気持ちよさそうな顔をしてやがるんだ。
 目がとろんとして、真っ赤で、少し虚ろげな視線で俺を見て。
 そして自分から近づいてまたキスをする。
 
 それだけで、またびくんと身体が跳ねて。
 キュッと締まって。
 
 ……愛おしい。
 俺はただその感覚に包まれた。
 
 愛してる、でも、好きだ、でも、抱きてえ、でもなくて。
 
 ただ大きな感情として、愛おしい、という気持ちが込み上げてきて。
 
「う、で、出るッ……!」

 俺は、それを離れろという意味合いで声に出した。
 
 けど、桐乃がした行動は寧ろ逆で。
 
 俺を絶対に離さないとばかり抱きついて。
 
 ただ一言。
 
「うん」

 と言った。
 
 もう止められない。
 俺はただ全力で込み上げてきた感情と共に、欲望を桐乃の中へと放出する。
 
 ドクン、ドクンと脈打つ。
 これが俺の鼓動なのか、桐乃の鼓動なのか分からなかった。
 
 ただ放出しながらも、俺の中に賢者モードが訪れ始めていても。
 この愛おしいという大きな想いは、決して薄まることはなかった。
 
 
 
 
 //
 
 そして夜。
 あれから、どうにか桐乃の協力もあって浴槽から脱出した俺は、布団に寝かされていた。
 流石に二回も短期間で大量に放出しただけあって、ヤバい気だる感だった。
 しかし、桐乃だって処女の喪失で絶対疲れている筈だし、痛い筈だ。
 だから俺は張る勢いで、自分で動けると主張したんだが。
 
「あたしにやらせて」

 の一点張りだった。
 しかもその上、俺の額にキスまでして行きやがった。
 
 そんなこんなで、布団の上で俺は、考えている。
 別に後悔なんて、何ひとつもなかった。
 これから、色んな闘いがあるだろうが、そんなもの些細な事に思えた。
 
 ただ、俺は今、心に沸き上がっていく一つの衝動の捌け口を探していた。
 
 ……いや、捌け口なんて、考えるまでもないか。
 ただ、想いは伝えるものなのだから。
 伝える為に、俺はこの口を持っているのだろう?
 
「桐乃!」

 俺は愛しい人の名を呼ぶ。
 旅行かばんから服とかを取り出して、狭いタンスに必死に詰め込んでいる桐乃は、手を止めて俺を見る。
 
「なに? も、もしかして具合悪い?」
「いや、具合は大丈夫だ。あともう少ししたら漸く力が回復しそう」

 なんか黒猫が好きそうな台詞だな。
 
「そう。んじゃ、どしたの?」

 手を止めるだけじゃなくこちらにトテトテと近づいてくる。
 やはりまだ痛いのか、少しぎこちない歩き方だった。
 その事を見られていると気付いたのか、桐乃が照れたように笑う。
 
「えへへ……、やっちゃったね」

 …………。
 今から想いを放とうとしてんのに、余計高めやがったぞ、こいつ。
 言っておくが、どうなっても知らねえからな。
 さっきから愛しさが爆発しそうなんだからな。
 
「桐乃……よーく聞いてくれ」

 今は夜中だ。
 正直、不味いと思う。
 けど、この衝動は我慢なんて出来ない。
 苦情なんて、知ったことか。
 
 寧ろ、周りの住民も聞きやがれ。
 これが俺の崇高なる……愛の言葉だぜ!

「俺はな、おまえが大好きだああああああああああっ!!」

 どの時空の俺だって、恐らく初めの言葉こうなんじゃないかと思う。
 桐乃に想いを告げるのには、凄い力が居るのだ。
 この胸に湧き上がる情熱が、余りにも強すぎるが故に。
 
「だから……結婚してくれ」
「…………うん」
「ずっと、側にいてくれ」
「……うん」
「俺が、幸せにしてみせるから」
「うん」

 桐乃はとても優しい表情で、そう答えた。
 
「知ってたよ、あたしを幸せにできんのは、あんただけだって」


 本当はもっと沢山の言葉をぶつけてやりたかったのに。
 言葉が詰まってしまう。
 ただ、ただ、涙が出てしまう。
 
 ああ、駄目だ。
 これじゃ全然足りない。
 こんな時間だけじゃ、絶対伝えきれない。
 だからさ、桐乃。
 これから長い時間をかけて……おまえに伝え続けるから、覚悟しておけよ。
 
 俺の妹がこんなに愛おしいわけがないって事……、伝えてやるからさ。
 
 
 
 おわり。

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最終更新:2012年07月23日 15:29
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