俺の幼馴染がこんなに不人気なわけがない03


俺の幼馴染がこんなに不人気なわけがない

それから日中の授業はどうにも集中できず時間だけが流れ、とうとう放課後となってしまった。普段から特別集中しているわけではないが、今日は授業中にいつ麻奈実が来てもウェルカムな対応が出来るよう身構えていたのだ。
と言っても、特別な対応が出来たわけでもなければ、それをしようとも思っていない。
ただ数日振りに、いつもと変わらぬ俺らの普通の会話をしようと考えていた。
たまたま同じ日から休んで、たまたま同じ日数だけ欠席し、たまたま同じ日に登校してきたとしても、お前はきっと「すごい偶然だよね~」と、ほんわかな微笑みを浮かべながら言って、その後はいつもと変わらぬ取り止めも無い会話が始まっている。
お互いに何で休んでたのか話して、きっとまた無茶な行動に出てた俺を麻奈実が笑い、きっといつもと変わらぬ他人からしたらどうでも良いようなことで休んでいたであろう麻奈実を俺が笑い、じゃあ今度授業を休んでいた間の穴を埋めるため勉強会を開こうと話をしていただろう。
それが俺と麻奈実のいつものパターン。きっと俺たちが死ぬまでこの穏やかな流れは変わらない。
一時間目からじゃなく授業の途中から遅刻でも良いから来てほしかったのだが、どうやら麻奈実は本日も欠席らしい。
休み時間には麻奈実の携帯に何度も連絡を入れたのだが電話が繋がる気配は無い。
帰りのホームルームの終了後担任をつかまえて聞いてみたところ、麻奈実の欠席理由は体調不良だそうだ。
うちの担任は朝の出欠確認で欠席者の名前は点呼するが理由まで皆に伝えることはしない。
なんだちくしょう、赤城の心配そうな表情は俺が家庭の事情で休んでいたからじゃなく、単純にお前の誇大妄想で俺と麻奈実の関係がどうなったかが気になって仕方が無かっただけかよ。俺の喜びと感動を返せコノヤロー!
しかしながら、そうなると今日の放課後の予定を大幅に変更する必要がある。
もし麻奈実が途中からでも来てくれれば、放課後はゲーム研究会に顔を出すつもりだった。
俺の出来ることは黒猫と瀬菜の間に入って二人の創作物の小さな手伝いをするぐらいのことだが、ちゃんと入部届けを出している正式な部活なので、一応短期の休暇を取った後は顔を出しておくべきだろう。
だが麻奈実の欠席理由が体調不良となれば俺はそちらにも行かねばならない。ただでさえ日曜を挟んでまで学校を病欠するほどの風邪を引いたのに、俺は一回も麻奈実のお見舞いに行けていないのだから。
お見舞いに行けなかった理由が、アメリカに行っていたからなどというぶっ飛んだ内容であることを麻奈実は知らないし、なぜ来てくれないのだろうと不安になっているかもしれない。
まぁ麻奈実のことだから、お見舞いに行ったら行ったで「風邪がうつるから来なくて良かったのに~」と、俺に気をつかいっぱなしの状態になったかもしれんが。
正直なところ休み時間にかけた電話の返事がないのも気になる。ただの偶然なら良いが、電話に出る余裕も無いほど麻奈実が衰弱している可能性も捨てきれず心配で仕方無い。
もし本当にそうだったら、俺はアメリカの出発と同じタイミングで麻奈実を襲った間の悪い病原菌を全力で罵倒し、駆逐方法を模索しウィルスとの戦争に取り掛かるだろう。戦争だ、一心不乱の大戦争だ。
とにかくこうなれば麻奈実の家には何が何でも行かねばなるまい。
だがゲーム研究会の方も何らかの挨拶だけはしておこうかとも考えている。
はてさてどうしたものか。
麻奈実が気になるので一秒でも早くどちらかの行動に移りたいのだが。


そんなことを考えながら教室の机で帰りの支度をしていたとき、俺はふと誰かの視線を強く感じた気がした。
なんだこれは……背中にひしひしと伝わってくるこの熱視線。まさか俺のマイ・スイート・エンジェル・あやせたんがわざわざお疲れの俺を癒しにきてくれたのか! 
よっしゃあやせたんが癒してくれれば、桐乃のどんな命令だって全力全開で取り組めるぐらいまで体力が回復するぜフヒッサー!!
などと実にくだらない寸劇を頭の中で繰り広げながら、ふと視線を感じた教室の後ろのトビラの方に振り向いてみると、そこには俺の方をうつむき加減のジト目で睨んでいる黒猫の姿があった。
「…………よう」
「…………っ」
黒猫と俺の目と目が合う。俺がゆっくりと片手をあげて挨拶する。一瞬の間を置いて、黒猫が顔を赤らめながらぷいっとそっぽを向いてしまった。
ぬわー。これは……俺は一体どう対応すれば良いのだろう。黒猫の例の『呪い』を受けてからこうしてあいつと直に会うのは、空港でやつが桐乃の帰りを待ちわびていた昨日を加えて二回目だ。
しかし昨日は桐乃の帰国ということもあってそれどころではなかったが、今こうして冷静に対峙してみると何とも言えぬ恥ずかしさがこみ上げてくる。
そこ、ヒューヒューだの何だの囃し立てるんじゃねぇ! ……えぇ? 誰も何も言ってないって?
……こらそっちの傍聴席! 黒猫フラグキタコレとか言って盛り上がるんじゃない! ……はい? みんな静かにしてるだと?
…………だぁぁぁぁぁああああああああああああああ!
何か言えよ盛り上がれよ騒ぎ踊り狂えよ! そんな固唾をのんで見守るんじゃねぇ!
冷やかされるより恥ずかしいじゃねぇかゴラァ!!
くっ……し、しかしだな。こ、ここはお、俺が勇気を出す場面だろうよ。そうだ、まったくもってそうだ。
平穏な日々を暮らす平凡な一男子高校生に、あんな厄介な『呪い』なんてかけてくれやがってよう。俺がへこたれたら身体中から出血する『呪い』だと? 怖くて怖くて即日アメリカ行きだったんだぞ。
そんな悪いことする猫には俺からしっかりとしたしつけが必要だ。
机の中にあった残りの教科書を無造作に学生カバンへ詰め込むと、俺は威勢よく闊歩して黒猫の眼前に立つ。
ああちくしょう、勢いよく近づいてきた俺に対してビクッと震えるあたかも子猫のような姿が可愛いぜ。一気に俺の心にあった勇気が吹き飛んでって、残ったのは緊張だけじゃねぇか。
「……ぉ、おぃクゥロネコォ」
「な、なにかしら……」
おうおうおう。いつも言いなれてる黒猫のイントネーションすらおかしくなってるぜ。
まるでとある警部をおちゃらけて呼ぶときの大怪盗三世のようだぜとっつぁ~ん。
黒猫のやつはいつもの低い声を頑張って出しているが、明らかに逸らしたままの視線が泳いでやがる。
「……いや、あのな」
「…………」
だぁくそ二の句がでねぇ! 当たって砕けたとはまさにこのことか!
せっかく勇気だして踏み出した一歩も、踏みしめた先に1ミリも隙間無く地雷が埋められてたんじゃ意味が無い。
もはやそれは地雷原じゃなくて単なる地下爆薬庫だからね!
情けなくも俺が何も言えないこの状況を打開してくれたのは、実に可愛いらしい俺の後輩であった。
「の、呪いは……解けたわ、先輩。に、人間風情のくせに、なかなかやるじゃない……」
「お、おう……それぐらい当たり前だっつの」
「そ、そうね。ここはお見事とだけ言っておくわ。素直に喜びなさい」
「お、おう……フ、ヒッ、……フヒヒッて高笑いしといてやるぜ」
「ちょ、調子にのるんじゃないわよ! ……た、ただ一つだけ言っておきたいことがあるのだわ。その……せ、先輩には、今日部活に来てもらうと困るの」
「……えっと、そ、そりゃどういうことだ?」
「の、呪いの影響なのだわ。そ、そのせいで……と、とうぶん先輩と、普通に話すことができないの。だ、だから……部活のときいろいろとまずいわけ」
「……そ、そっか。それはまずいな。その影響とやらが無くならないとまずそうだな、うん。そういやさっきからやけに話づらいと思ったら、それが原因か」
「えぇそう、そうなのよ。で、でも明日ぐらいには、というか明日までには何とかなるよう今夜儀式をするから! だ、だから明日まで部活に来るのは待ってほしいの……。部長には私の方からうまく言っておくから」
「わ、わかったぜ。……じゃ、じゃあまた明日な」
「え、えぇ……また明日」


そう言いきると、黒猫はいじらしくも何かに驚いた猫のように素早く身を翻して廊下を走り去っていった。
さて、先ほどの恐ろしく無駄の多い文章をものっそい手短に要約するとしよう。
まだ恥ずかしくてお互いに話すのも間々ならないし、一日だけど日を置いてからじゃないと目も合わせられません。だから今日は部活に来ないで下さい。
うん、おそろしく簡潔にまとまった。実に的確な要約だ。
そうとなれば後腐れも無く麻奈実のお見舞いに行けるってもんだ。
あぁもう駄目だ、ここ最近こういった普通じゃないことの連続で、俺の身体は思わずオンドゥル語が飛び出してしまいそうなほどボドボドダ!
やっぱし俺は普通が良い。あぁ、ますます麻奈実が恋しくなってきたぜ。
やれやれ。この調子で麻奈実の家に行ったら、逆に俺が疲れを癒されることになりそうだ。
一秒でも早くお前の顔が見たいぜ。出来れば風邪でうなされた寝顔ではなく、ほとんど治りかけの穏やかな顔で居てくれよ。





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最終更新:2010年02月26日 18:12
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