俺の幼馴染がこんなに不人気なわけがない05


俺の幼馴染がこんなに不人気なわけがない

麻奈実の部屋の前に到着した。外観は以前来たときと何も変化は無い。
俺ははやる心を落ち着かせながら閉じられた襖を軽くノックする。木製のドアではしない小さく鈍い反響音がした。
あえて名乗ることは避けて反応を待ってみたのだが返事は無い。どうやら本当に誰とも会いたくないらしい。
「……麻奈実、俺だ」
少し声色が低くなった気がする。チッ、やっぱり緊張してやがるな俺。
この緊張を何とか取り除くために麻奈実の反応を待ってみることにした。
「…………」
しかし俺の声に反応は返ってこない。部屋の中に人の気配は感じるので、麻奈実が居ることは間違いないと思うのだが、いかんせん襖越しからは今まで麻奈実からは感じたことも無いようなプレッシャーを感じる。
なんだなんだ、今まで普通だと思ってたが実はこいつニュータイプかなんじゃねぇのか?
麻奈実の無言がこれほど怖いもんだとは思わなかったぜ。
でもなぁ、最近の俺はいろいろとお疲れではあるけれども、それに応じて経験値もたくさん積んでいたわけよ。
こうやって相手が拒絶してるときってのは、ストレートに俺自身の気持ちをぶつけて相手にどうして欲しいか伝えるのが一番なんだよ。
「単刀直入に言う。麻奈実、俺はお前の顔が見たい。部屋の中から出てきて、話をさせてくれないか?」
ただしこれには一つ難点がある。
事と場合によって、俺の恥ずかしさがマックスになっちまうってことだよちくしょう!
おそらく今の俺の顔は完熟トマトと見間違えるほど真っ赤に違いない。
こんな顔を麻奈実に晒すのもあれだが、これで麻奈実が部屋から出てきてくれるのなら安いもんだろう。
やっぱ素直って大事だよな。こっちが本音を出せば、意外と相手も素直に自分の気持ちを見せてくれるもんだぜ。
しかしどうもその俺の考えかたは、今回ばかりは少々短絡的過ぎたらしい。
「…………やだ。部屋から出ない」

本日ようやく麻奈実から始めての返事が返って来た。
久しぶりに聞いた麻奈実の声は、すごく弱々しくて、それでもどこか心に一本の堅い芯が通ったような声をしていた。
なるほど。さっきから幾度どとなく感じてはいたものの、こうして麻奈実の声を直に聞いて改めて確信した。
こいつは重症であると。
だが返事が来たのは良い兆候、まずは一歩前進である。
「そうか、お前の気持ちはわかった。じゃあ部屋からは出なくて良い。代わりに俺をお前の部屋の中に入れて話をさせてくれ、頼む」
本当は部屋から出して一階に居る田村家の面々にひとまず麻奈実の無事を確認させたかったが、俺が次にお願いしたこの内容でも今は十分である。
それに麻奈実はどちらかと言うと押しに弱い。こういった譲歩という形で頼めば、受け入れてくれる可能性も高いだろう。
しかし俺の希望的観測はいとも簡単に崩れ去った。
「……絶対やだ。もし無理矢理入ってきたら、例えきょうちゃんでも許さない」
ぐっ……! 1HIT! あぁ~、これは……まずい。麻奈実のやつ、俺に対しても怒ってやがるな。
さっき言ったただの「やだ」に「絶対」が付きやがった。
今起きている状況は、麻奈実の人生の中で類を見ないレベルの悩みだったのだろう。
それなのに本物の家族を除いて一番近しいであろう存在の俺が、アメリカに行っていたという理由があったとしても、ずっと連絡をしなかったのはいけなかった。
まずはそこから謝るべきだったな。
「麻奈実、俺にもいろいろあってな。今日までまったく連絡できなくて悪かった。本当にすまない。……麻奈実、怒ってるか?」
「…………。もういいよ、きょうちゃん」
「ゆ、許してくれるのk―――」
「もういいから、早く帰ってくれないかな? 許すとか許さないとか、もうどうでもいいから」
ぐはっ……! 2HIT! そうですかそうですか。なんだ、俺も麻奈実の顔を見たくなくなっちまった。ここまで怒った麻奈実の顔を見るなんて怖くて仕方がない。
もうどうすれば良いんだろう。麻奈実からここまで強い言葉のボディブローを喰らうことになるとはな。本当に麻奈実の言うとおり帰ろうかな……。
俺はどうかならないもんかと考え黙って沈んでいると、襖の奥から麻奈実が俺に言葉をかけてきた。
「きょうちゃんだって私と同じなんでしょう? ……もう、私のことなんかどうでもいいんでしょ? じゃあ、無理に私たち仲良くする必要無いよね。だって、私たち……」
3HIT! 4HIT! 5HIT! 死んでしまいそうです。もう死にかけですよ、俺。しかもその上さらにとどめのコンボの準備までしてやがる。
麻奈実がここまで怒っているのは見たことが無い。いやまぁ実質見てないのだが。これでもし暗い表情の麻奈実まで視界に入っていたら、俺の精神ダメージはとっくにゲージが赤一色になっている。
エコーが掛かった叫び声と共に倒れこんじゃうよ。YOU LOSEって文字が見えてくるよ。
「私たち……所詮はただの幼馴染だし」

全てが飛んだね。さっきまでの俺の心の余裕は全て飛んだ。何がYOU LOSEだバカヤロー。そんなこと言ってる場合じゃねぇってこれは。
元々ふざけるつもりは無かったけど、最近お疲れ気味かと思われていた俺はどうやら脳内でストⅡを展開させる余裕があったらしい。
そんな余裕、さっさと切り捨てて俺の全力をぶつけなきゃいけない事態だったてのによう。
「麻奈実っ! …………黙れ」
それだけは、言っちゃだめだろうよ。俺が何日も連絡しなかったことがお前にとっての地雷なら、今のお前の言葉は俺にとっての核弾頭だ。
「お前が学校に来なかった今日一日、俺が何を考えていたと思う? お前が遅刻でも良いから、さっさと学校に来ねぇかなぁって考えてたんだよ! それでもしお前が来たら、何を話そうか考えてたよ。
どうせいつもしてるようなどうでもいい会話と大して変わらない内容だろうってのに、それだけで俺の学校での一日はしっかり潰せてました。あぁ、大学受験控えた受験生が何してんだよって話さ」
お前は俺に何て言ったか覚えているか? 『所詮は、ただの幼馴染』だと?
まさかさっき俺が言った一行を、よもやお前に送る羽目になるとは思わなかったよ。
「たかが幼馴染、されど幼馴染だ。俺はお前と幼馴染でいれて、それを所詮なんていう言葉で片付く関係だと思ったことはねぇ」
「…………」
今のお前にはすかした言葉に聞こえるかもしれねぇが、それが本心なんだから仕方ねぇだろう? 悪いけど恥ずかしいこと言って照れる暇も無いね。
もう何もお前には言わせねぇよ。仮に何か言っても聞く耳もたねぇな。
だって俺の知ってる麻奈実じゃねぇんだもんよ。麻奈実じゃないやつの言葉を冷静に待っているほど今の俺は大人じゃないぜ?
「……良いか、お前は勘違いをしている。実を言うとな、俺は麻奈実がずっと学校を休んでいたのも、こうして部屋に篭り続けていたのも、……一人そうやって悩んでいたのも、俺は今日はじめて知ったんだ」
「えっ……?」
「いろいろあってな、なんつー間の悪い偶然か。たちの悪い悪戯なんじゃねぇのって言いたくなる。お前が休み始めた日から、俺もずっと学校休んでたんだ」
「ほ、ほんとにっ……?」
部屋の中に居る麻奈実が喰いついてきた。やっぱり麻奈実は俺があいつの現状を知っていながらずっと放置していた思っていたらしい。
やれやれ、俺も意外と麻奈実に信頼されてなかったんだな。
「本当だっての……まったく。お前が何日も学校休んだってのに、俺がお見舞いに来ない時点でおかしいって気づけよ」
俺が苦笑いを浮かべながら毒づいた。お前のピンチを見過ごして平然と過ごせるほど安い関係じゃねぇよ、幼馴染ってやつはさ。
「俺はお前が、今何に悩んで何に苦しんでいるのかわからない。ひょっとしたら今のお前を救う事は俺に出来ないかもしれない。だがな、それでも抗う!
お前に来なくて良いと言われても毎日様子を見に来るし、お前が部屋から出てこなくても外から話しかけるし、お前が俺を一切無視して話に反応しなくても居続ける。
そしてその時は、そんな俺のことをいくらやっても無駄なのに馬鹿な奴だと鼻で笑えば良い。その鼻で笑った瞬間だけでも、お前は笑っているんだろう?
悩みを忘れて、苦しみは薄れ、麻奈実は笑っているんだろう? それなら俺は、その瞬間が来ただけで満足だ。なんせ俺の大事な幼馴染が笑ってくれてるんだからな。俺もいっしょに笑ってるだろうよ。
……さぁ、逃げ場所は作ったぜ! 話したくなけりゃお前は無視していい。全部俺の独り言になるだけだ。麻奈実よ、今お前は一体何に苦しんでいるんだ? もし良ければ俺に話してくれないか?」


ここまで長々しい大演説をしたのは生まれてはじめてだ。
平たく言えば、あれだ。ここ最近はずっと黒猫におせっかい焼いて、つい先日は桐乃のためにアメリカまでおせっかいを焼きに行って、本日は幼馴染におせっかいを焼こうというわけだ。
まったくお前の言うとおり、最近の俺は優しすぎるな。
こんなおせっかい、昔ならお前にしか焼かなかっただろうに。
おかげで火力が足りなくて、麻奈実に焼いている分のおせっかいが生焼けになっていたらしい。
だけどこれからは安心しやがれよ。真っ黒こげの消し炭になるまでたんまり焼き続けてやるからな。
一気に強火で。それでダメなら、何日、何十日、何百日とかけてもとろ火でじわりじわりと。
アメリカからの帰国疲れなんて今はとっくにどこか遠くへ飛んでいる。まぁ後々その疲れに麻奈実への看病疲れという利子まで付いて戻ってくるだろうがそれも問題ない。
高校での生活に馴染めた可愛らしい後輩と、アメリカで一人無茶をしていた生意気な妹と、いつも俺の隣で微笑んでくれる大切な幼馴染。
これだけ役者が揃えば、俺のいつもの平穏な生活は戻ってくる。
俺の休養はそれからでも遅くは無いはずだ。
「…………」
「…………」
襖を挟んだ俺と麻奈美の間にはしばしの沈黙が流れた。
どうやら長期戦の様相を呈してきたようだと、臨戦態勢に入った俺はひとまず廊下に座って次にかける言葉を考えようとしたとき、予想外の事態が起こった。
「……きょうちゃん」
不意に襖が揺れる気配がして、まさかと思って目を見開いて注視すれば、するすると襖が流れるように半分ぐらいまで開き、そこから麻奈実が控えめな声とともに顔をのぞかせていた。
「麻奈実……」
久方ぶりに俺の目に映った幼馴染の姿はひどく悲痛な姿であった。
俺の顔を見るやいなや視線を下に落としてうつむき加減になる。部屋に電気を点けていないせいか顔色も普段の麻奈実の三倍は暗い。廊下側にある窓の明かりがかろうじて麻奈実の顔をかすかに照らしている状態だ。
ほとんど食べ物を口にしていないせいか、身体つきも幾分かやせ細っている気がする。いつもと変わらないのは眼鏡だけだった。
そして、目元から枝分かれして、一体いくつ流れているのかわからないほどの涙の跡があるのがはっきりとわかる。
ロックは麻奈実が部屋から出るのは風呂とトイレの時だけだと言っていた。風呂にはおそらく毎日入っているだろう。
つまりは、この涙の跡は今日付いたもの、今日流した涙ということだ。
「……あんまし、じっと見ないで。今、私きっとひどい顔してるから、恥ずかしい……」
「……気にすんなよ。お前の顔を見れただけで少し安心した」
本当は逆だった。むしろちょっと不安になっちまった。今日何度目だろう、ここまで麻奈実を不安になったのは。
髪の毛が少し乱れていたのは寝ていたからだろうか。襖と麻奈実の隙間からいつもしっかりと押入れに片付けてあるはずの布団が、この昼間の時間帯から敷かれていた。おそらく万年床の状態になっているのだろう。
「……えへへっ。そう言ってもらえると、少し嬉しいな」
「そうか。そりゃ良かったよ」
そう言って、暗がりで麻奈実から垣間見えた笑顔がとても扇情的だった。
何となく今の麻奈実を直視すると目頭が熱くなってしまい、ようやく念願の麻奈実を見れたというのに思わず目を逸らしてしまった。

「……ねぇ、きょうちゃん」
「な、なんだ?」
俺がしばらく黙っていると、麻奈実の方から話しかけてきた。顔を見せてくれただけで初日にしては上出来と考えていたが、どうやら麻奈実は俺に伝えたいことがあるらしい。
やはりこれから話してくれる内容は麻奈実が引き篭もりなった原因なのだろうか。
「あの……ごめんね」
「ヘッ、気にすんじゃねぇって。お前におせっかい焼くのは、俺がしたいからやってるだけで……」
「うぅん違うの。そういうことじゃなくてね……」
すごく話しづらそうにしている麻奈実の姿を見ていて俺の方がもどかしくなった。
それでも今は俺が耐える時と心の中ではわかっていたのだが、次に麻奈実の口からでた言葉は俺の心を抉らざるをえなかった。
「……本当にごめんなさい。私、正直今までと同じようにきょうちゃんと接していいのか、本気で悩んでる。……どこまであの言葉を信じていいのか、わからなくなっちゃった」
今にも泣きそうな顔をしてる麻奈実に、また俺は麻奈実から顔を逸らしていた。
「…………そうか」
昔なら手放しで信じていたということか。「なっちゃった」っていうことは、以前の麻奈実ならさっきの俺の言葉も信じていたというのだろう。
どうやら俺は麻奈実の信用を失うようなことをしたらしい。ちくしょう、高二のときの麻奈実に会えなくなった事件以来、幼馴染とはいえ言葉選びには行き過ぎないよう気をつけていたつもりだったんだがなぁ。
あいにく今のところ俺の記憶にはそれに該当するような出来事や発言は記憶が無く、明日麻奈実の家に来るまでに思い当たる節をいくつか考えておこうと思った。
「それは、たぶんお前が謝ることじゃねぇよ」
そして今もなお自己嫌悪に満ちた空気で表情を曇らせる麻奈実を励ましておく。
そこまで到って、俺は何も言えなくなっていた。
心の中でこれほどの大事になっているにも関わらず、初日から麻奈実の顔を確認し、これだけ話すこともできたことに僅かながら満足感を抱いていたからだ。
それに家へ帰ってからの課題もできた。やれやれ、いつもと変わったことを思い出すのは簡単だが、いつもの変わらぬ日々を思い出すってのはなかなか難しそうだ。ついでに親父にでも引き篭もりの一般的な対処法でも聞いておこうか。これは田村家のためにだが。
しかしなによりも、俺の言葉が今の麻奈実に信頼を受けていないのがつらくて仕方なかった。一秒でも早く信頼を取り戻したい。
そう考えると、いつもの授業の難易度よりも高い宿題だってやる気になっていた。
……今日はもう帰るかなぁ。これ以上一日にいろいろ詰め込むのは麻奈実にも良くないかもしれない。エロゲとかでもそうだろ?
そう思って、顔をもう一度麻奈実の方へ向けると、今にも泣きそうな顔からいつの間にか麻奈実は俺の顔色を覗いながら不安そうな表情になっていた。
「……きょうちゃん、大丈夫?」
そりゃ俺のセリフだっての。なんだ麻奈実のやつ、じぃーっとこっちを見やがって。どうせならいつもみたく擬音を口に出してくれ。見られてたのに全然気付かなかった。
「すっごく怖い顔してる」
「えっ、あっ? そ、そうか?」
いかんな、真面目な顔をしていたせいでそれを見た麻奈実が勘違いし脅えてしまっている。咄嗟に顔を崩して笑って見せるが、どうにも麻奈実はずっと心配そうな顔をしている。
これはまずい。このタイミングで帰るとは言いづらくなってしまった。別に帰りたいわけではないのだが、今日はここらが潮時というやつだ。
しかし今このタイミングで俺が帰ると言えば、麻奈実に、そして俺にもどこかもやもやとしたものが心の奥に残ってしまう。
何か食べ物が歯に挟まったようなむずがゆさを感じていた俺なのだが、おどおどとしていた麻奈実が数瞬の後、急に意を決したかのように半開きの襖を全開にしたもんだから、そんな気持ち悪さは一瞬でどこかへ飛んでいってしまった。


「きょうちゃん、私の部屋入る?」
「えっ?」
ゆっくりと、それでいて穏やかな口調で、まるでいつもの麻奈実が帰ってきたんじゃないかと錯覚して、俺は呆けた声を上げてしまった。
俺の眼前にいる麻奈実の顔は、少し無理をしているのは見て取るようにわかったが、確かに笑っていた。
正直なところ、麻奈実の突然の変化に一体何が起きたのか、俺の頭の処理速度では整理できずにいた。それでも必死に言葉だけは紡いだ。
「は、入っていいのか?」
「うん、いいよ。それより今日一日私と話したかったんでしょう? 何を話すつもりだったの~?」
散らかっててごめんねと言いながら、万年床を和室の隅の方へと動かす麻奈実を一瞥しつつ、部屋の中を見回してみる。
久しぶりに見た麻奈実の部屋に大した変化は無く、和室とマッチした卓袱台やタンスに三面鏡、それぐらいしか目立った家具の無いがらんとした部屋。
ただ一つ違うところといえば、麻奈実の部屋にいつも光を差し込む窓がカーテンによって完全に締め切られていたことだけだった。
「ねぇ、きょうちゃん」
カチンッという音ともに、部屋の電気に灯りがともる。
気付いたら麻奈実は和室とはやや不釣合いな可愛らしいクッションを敷いて、襖のところで呆然としていた俺を得意の上目遣いで見つめていた。
「それで、わたしと何を話すつもりだったの?」
なんとなく察しがついた。なぜ俺を部屋に入れてくれたのかということ。
そして、この幼馴染のお人好し加減に俺は呆れて苦笑してしまう。
なんとも馬鹿らしい話なのだが、こいつは俺がさっきまで浮かべていた真剣な表情を、自分の説得がうまくいかなくて俺が落ち込んでると思い、俺を元気付けるため一度は「絶対やだ」とまで宣言しておきながら俺を部屋に入れようとしているのだ。
ついさっき信用できないとまで言ってのけたこの俺をだ。
自分がひどくつらい思いをして、引き篭もりをしている真最中だというのに。
やれやれ、こいつにまでお人好しでおせっかい焼きと言われる俺はどれだけ善人なんだか。
「ハッ、いつもと変わらねぇ、くだらない話さ。強いていつもと違う話なら、お互いなんで休んでたんだよっていう話で盛り上がるのを考えてた」
せっかくだから、その厚意にあずからせてもらうとしよう。俺は麻奈実の部屋に足を踏み入れて、麻奈実と対面するように座り込んだ。
「もしお前が今日学校に来てたら、ちょうど俺と同じ日から同じ日まで休んでたことになるわけだろ? そしたらお前が『凄い偶然だよね~』とか言って、笑ってくれるんじゃねぇかって考えてたんだよ」
「あはは、私なら言いそうだね~」
「なっ、そうだろ? それで遅れた分の勉強会を開いてくれるのを期待したり、他にもいろんなこと話したりして笑うんだろうな~ってよ」
「それだけで今日一日が潰れちゃったの?」
「そうだよ。ヘッ、悪いかよ」
「うぅん、きょうちゃんらしいなぁ~って思った」
「おいおい、それは褒められてるのか?」
「……ところでさ、きょうちゃんは何で休んでたの?」
久しぶりにする麻奈実との普通の会話で、こんな状況でもやはり嬉しくなってしまう。
あぁ俺はなんて単純な構造をしているんだか。
「俺が休んだ理由か? まぁ、いろいろと大変なことがあったわけよ。実はな―――」
ついつい自然な流れで話が進んでいく。さっきまで麻奈実が俺を部屋に入れるのを頑なに拒んでいたことなどすっかり忘れてさっていた。


俺の目の前で絶叫した麻奈実。
俺の頬にひやりとした液体があるのを感じた。
それは今しがた絶叫した麻奈実の口から飛んだツバでもなく、麻奈実の瞳のはしに溜まった涙でもなく、俺からでた冷や汗であった。
なぜ、こうなってしまったのだろうか。俺の心を焦りが支配する。
そして、どうして俺は今……、

「―――ということがあったのさ」
俺はついつい麻奈実との会話に夢中になっていた。だからこそ、今しがた話したこともほんの大した内容ではないと思っていた。
「…………えっ?」
しかし麻奈実は俺のその言葉を聞くと途端に怪訝そうな表情になった。俺もそれに気付いて、軽快に紡いでいた話を一旦止めていた。
「……あれっ? 俺、なんかおかしいこと言ったか?」
不意に止まった話の流れに、俺は少し戸惑いながら麻奈実に問いかけた。
「……きょうちゃんが休んでいた理由って、アメリカに居る桐乃ちゃんを心配して、その日のうちにアメリカまで行って、桐乃ちゃんを説得してつい昨日連れ帰った。……っていうこと?」
「あ、あぁ。確かにそう言ったが……」
俺がさっき言った内容を復唱する麻奈実。その麻奈実の声はどこか震えていた。
何だ、まさかこれも何かの地雷だったか?
まさか自分も苦しんでいるのに、俺が桐乃を優先して助けたことに嫉妬しているとでも言うのか?
……いや、ありえん。
第一麻奈実がこんな状況になってるのを知ったのは今日になってからだとさっき話したし、麻奈実は自分がつらいときでも他人が同様に苦しんでいるなら、平気で他人を助けてしまおうとする奴なのだから。
俺はこのとき、そう心で結論付けていた。
「……ごめん、きょうちゃん」
一度そう言って、麻奈実はうつむいた。謝っているので頭を下げたつもりだったのかもしれない。
そうしてうつむき加減の麻奈実の身体ががたがたと震えていた。まるで何かの禁断症状が出たかのようだった。
「ま、麻奈実!?」
俺は驚いて麻奈実の傍まで近づいき肩を支えようとした。だけど、その手を麻奈実に軽く弾かれてしまった。
そしてゆっくりと顔を上げた麻奈実と目が合って、麻奈実の口が開いた。
「さっき私、きょうちゃんを信用できないって言った。それでね、今の話を聞いて思ったの。あぁ、やっぱり私は間違ってなかったんだって」
そのとき俺が目にした麻奈実の双眸は、今まで俺が見たことないほど悲哀と憎悪のこもった色をしていたような気がした。
「今言ったこと、うそでしょ?」






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最終更新:2010年03月08日 09:40
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