300冊刷って5冊しか売れなかった



「300冊刷って5冊しか売れなかった」


数年ぶりに同人誌即売会にサークル参加した

最近若い子の間で流行っているマスケラの漆黒本で、私としては渾身の作だと思っていた

ずっと作家デビューを目指していた私が、久し振りにこれが書きたいと心から思って書きあげた二次創作なのに御覧の有り様だよ

何がいけなかったんだろう?
技術的には問題はありえないはずだ

そういえば若い子たちが出している同人誌は殆どが漫画形式で、極稀に小説もあるけれど、必ず美麗で過激なイラストが添えられていて、思わず人目を引くものばかりだった

対して私の本はといえば、幀装に凝ってはいるが、シンプルな表紙の地味な物だった

昔から文章を書くことは続けていたけれど、絵を描くっていう能力は皆無だった

それに、今までは電撃からデビューする事だけを考えていたから、そういったことまで自分がやらなければならないなんて考えもしなかった

会場では高校生位の女の子達が、きゃっきゃっとはしゃいでいる

「すごいね、開場1時間で売り切れちゃったね!」

…人の気も知らないで…

「ねえねえ、コスプレエリアに行こうよ!リアル漆黒様居るって!」

「ね、あの子、夜魔の女王のコスじゃない?」

その言葉に、先日電撃編集部に押し掛けてきた、本物の『理乃先生』の『お姉さん』を思い出してしまった

あの子かもしれない
痛々しさが昔の自分自身を思い出さずにはいられないあの子
ほんとはいつか見返してやりたい友達が居て、でもその子が困っているときには、大人と対峙してでもなけなしの勇気を振り絞ってまで

あのときの事を謝らなくちゃ

でも、そこにいた夜魔の女王は彼女ではなかった

ふ、と、高校生の集団が、

「ねえねえ、あのおばさん凄くない?着物だよ、着物。
なんかやたら年期の入った腐女子って感じじゃない?」

「ぷっ、何あの分厚いホン。売れるわけないじゃん。
つーか、わざわざ流行りに乗っかろうとすんなっつーの」

「てか、持ち込み数ヤバくない (笑)」

いたたまれなくなって、私は会場を後にした

   *   *   *



そんなわけで、私は294冊のマスケラ本の在庫の山を前にして頭を悩ませていた

去年の末に派遣切りにあっていた私は、妹空で理乃先生としてデビューを果たして文筆で生計を立てる、はずだった

だけど、やはり悪いことはできないのだろう

あの日、本物の理乃先生のお兄さんから盗作だという指摘を受け、続編の出来で自分が紛い物であることを露呈してしまった

私が十年掛けても叶わなかったことを、物書きを始めて僅か数ヶ月の小娘がやり遂げてしまう、それが悔しくて妬ましくて気に喰わなかった

だけど結局のところ、自分自身の十年間を冒涜することも出来なかった

昔の自分自身の様な、あの子が言ったみたいに

以来貯金を取り崩しては文章を書き続ける毎日を送っていた

新しい作品のプロットを書いては全て熊谷さんにダメ出しをされ、他社の新人賞に持ち込みをしては全て最終選考にすら残ることはなく
それでもひたすら、私は小説を書き続けていた

足掻いて、もがいて、終わりが見えなくて

   *   *   *



そんな中で、つい、なんで自分は小説を書いているんだろう、とか思い出してしまった

そうだ、当時まだ邪気眼中二病なんて言葉もない頃、そんなアニメにハマって、こんな展開なら良いのにとノートに書き綴ったのが最初だった

そういえばあの子が持ち込んでいたアニメの二次創作小説の元はなんだったっけ、マスケラだったかな?

昔を懐かしむつもりでそのアニメを見て、そして昔のように深くハマって、気がついたら漆黒本を出していた

その結果は惨惨たるものだったが

「私って本当にダメなんだな」

つい、言葉にしてしまった
本気で書いてきた小説は世間に受け入れてもらえず、ただ小説を書くことだけにこだわっていたために気がついたら友人すら居ない、もう蓄えも無くなり頼れる身内も居ない

殺伐とした独り暮らしの部屋には必要最低限の物と、同人誌の山

私は、独りなんだな
なんだか、悲しくなってしまった

「何かいいことないかなぁ」

床にへたり込むように座ると、月明かりが青く私を照らし出す
つ、と、涙が出てしまった

私と同じ泣きぼくろのあるあの子は、私みたいに泣くことはあるのだろうか?

多分、大丈夫だと思う
だってあの子には、痛々しい過去の自分の写し鏡のようなあの子には、頼りになる彼がついていた

なりふり構わず大切な妹のものを守る、泥臭いけど真摯な彼
あの子に対しても、本当に大切なものとして接していた彼
そしてあの子自身にも、大切な守りたい友人が居る

羨ましいな

もしも、昔の私に彼のような人が居たら
そして大切な友人がいたなら

そういえば桐乃ちゃんのお兄さんにも謝れてないな

桐乃ちゃんは、妹空2を最後に文筆業をやめ留学するといって、留学に際して何かあったときの連絡先としてお兄さんの連絡先を聞いていた

まず、あのときの事を謝ろう

それから良かったら彼に私も『人生相談』をしてみよう

何かが、変わるかもしれない





タグ:

フェイト
+ タグ編集
  • タグ:
  • フェイト

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2010年06月20日 23:23
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。