12-111


冬休みに入り数日が経った

 その日俺は午前中、麻奈美と図書館で勉強会をした後、午後は家でまったりしようと思い自分のベッドの上で漫画の週刊誌を広げて寝ころんでいた
 いつも通り平々凡々と穏やかな1日を送ろうとした矢先だ
 俺の携帯に、うちの妹、桐乃がSNSサイトで知り合った友達であり俺の後輩でもある黒猫から電話が掛かってきた
(黒猫というのはもちろんハンドルネームだ。本名は五更瑠璃っていうんだが、出会った時からずっと黒猫と呼んでいたのでそのまま通している。本人も構わないって言ってたしな)
 俺はディスプレイに表示された名前を確認した後、電話に出る

「珍しいな桐乃じゃなくて俺に用があるのか?」
「先輩、今度の金曜日、私の家に着て頂戴。異論は認めないわ」

 電話はそこで切れた
「俺が電話に出たとたん一方的に話して切りやがった!」
 つい会話相手と繋がっていない携帯に対してツッコミを入れた
「急に言われたって俺にも都合ってものがあ……」
 そこまで言って自分で気づく
「……るわけないか」
 半ば自虐的に言い終わったそのとき、壁を思いっきり蹴りつけたようなかなり大きな音が、さほど広くない俺の部屋全体に響き渡る
 そして壁越しに怒鳴りつけてくる声
「ちょっと、あんたさっきからうるっさいんだけど!家にいるときぐらい何とかなんないの!?」
 ……どうやらうちの妹様がお怒りのようだった。
 このやりとりも冬休みに入ってからほぼ毎日繰り返しているので俺は適当に言葉を返す
「へいへい、わかりましたよ。全く、お前は俺の彼女かよ……」
俺が言った言葉がさらに機嫌を悪くしたのか
「……はぁ?何言ってんのあんた?…………キモ」
 などと言ってきた。最初のうちは腹が立っていたが、回数を重ねていくうち結構慣れてきた
 ……正直、罵倒されることに慣れてきた自分に少し嫌気がさしてはいるが
「そうかい、ああ、そういえば桐乃」
 ついでなのでさっきの電話のことを桐乃にも言ってみる
「……なによ」
「今度の金曜日黒猫の家に行くんだけどお前どうする?どうせなら一緒に行こうぜ」
 少しの間もなく返事は来た
「パス」
「何でだよ、せっかく呼んでくれてんのに」
「何でって……あんた少しは自分で考えたらぁ?こんなのも分からないなんて、あんた本当に……」
「本当に、なんだよ」


「ああもう、……ってゆーかぁ、あたしその日読モの仕事あるしぃ、仕事のあとあやせ達と打ち上げやるから、その日は根本的に無理なの。
そんくらい分かるでしょ?あんたのその小さい脳みそでもさ。
ま、そういうことだから。あ、それからそれから、今から学校の友達来るから、あんたこっちに話しかけてこないでよ」
「ちっ……そうかい、へいへい分かりましたよ桐乃サマ」
「うっせ、しゃべんなっつったろ、変態シスコン野郎」
「シスコンは関係ねーだろ!」
「……変態は否定しないんだ……マジでキモ」
「っ……ほっとけ!!」

 ……とまあこんな感じの話をした
 後半からは特にイライラしてきたが、なんとかこらえられた……はずだ。
桐乃と話した後で、SNSサイトで知り合ったもう一人の友人である沙織にも電話を掛ける
(典型的なオタクファッションに身を包んだかなり背の高い女で、ぐるぐる眼鏡で素顔を隠しているせいで素顔を見たことはない
だが、普段は大人しい女の子とかいっていた。こいつのそんな状態は見たことはないが)

「……ということなんだけどさ、どう思う?」
「……京介氏、今の話を聞く限りそれは拙者も京介氏が悪いと思うでござるよ」
「はぁ?何でだよ?」
「拙者の口から直接言うのは気が進まないので、ヒントを出すのでしっかり聞いてくだされ」
「……お、おう」
「それでは京介氏、この電話が終わったらカレンダーを見て欲しいでござる。それで分かるはず」
「カレンダーか……、わかった見てみる」
「……しかしながら拙者もその日は用があるので行くことは出来ないでござる」
「……そうか。悪かったな急に電話なんかしてさ、迷惑じゃなかったか?」
 そう言うと沙織は少し照れた様子で
「い、いえ、こちらこそせっかく誘って頂いたというのに、申し訳ない」
「いや、こっちこそ悪かったな。変な事聞いちまって、それじゃ」
 そこまで言って切ろうとしたとき沙織に呼び止められる
「京介氏!」
「な、なんだよ」
「どうか、どうか黒猫氏を傷つけないでほしいのでござる……、拙者はこれ以上大切な人を失いたくない」
 普段の沙織からは決して出てこないだろう、そう考えさせる程の小さく、か細い声だった
「任せろ、俺がいつお前らを傷つけた?お前や黒猫、もちろん桐乃にもだ」
「……そうでござったな。しかし京介氏、今の台詞は少しクサいでござるよ」
「……いいんだよ、たまにはな」
「それでこそ京介氏でござる。では、京介氏、黒猫氏によろしくでござる」
「ああ、じゃあまたな」
「はいでござる!」

 沙織はそう言って電話を切った
 その後すぐに下のリビングにあるカレンダーを確認する

 そうか、今度の金曜日はクリスマスイブだ




 時は流れて金曜日
 その日は麻奈美からの電話で目を覚ました
「ねぇ……ねぇ、きょうちゃん……今日、暇?」
「ん~、どうした?」
寝起きであまりはっきりしない頭で何があるのかを麻奈美に聞く
「……あ、あのね、今夜ね、うちでくりすますのお祝いをやるんだけど、……来れないかな?ほら、去年は来れなかったでしょ?」
「……ああ、そうだな」
 俺はそこまで言って思い出す
『今度の金曜日うちに着て頂戴』
 黒猫がそういっていたことを
「悪い、やっぱパス。今日、先約があるんだよ」
「がーんっ、今年もっ!?」
 それを聞いた麻奈美はあからさまに動揺して、
「こ、こここ今年はなにっ?」
「どうしたよ、そんな声震わして……」
「ふ、震えてなんてないよ?震えてないもんっ」
 震えてるじゃねえか。いつも以上にあわ食ってるだろ
「…………ね、ねぇ、今年はその……先約って…………誰と?」
 軽いデジャヴを感じながら少し黙る
 言うべきか一瞬迷ったが、今年も結局
「……お前にゃカンケーねーよ」
「うぅ~……」
 やっぱ落ち込んだ。だってよ、言える訳ねーだろ、クリスマスイブに後輩と二人で……


「……スーパーに買い物に来てるなんてよ……」
「なにか言ったかしら先輩?」
「いや、なんにも」
「そう、なら別にいいのだけれど……」
 後輩の静かな問いに素気なく答える俺
 待ち合わせ場所に着いたとたんに、一緒に近くのスーパーへ
 今夜食べる物の準備だろう
 俺も普段からよく、うちの女性陣にパシリにされて買い出しに来ているため多少は分かる
「なあ黒猫……」
 そう言ったとたん、黒猫は目を大きく開き、俺が言いかけていた言葉にかぶせて
「ちょ、ちょっと先輩、こういう場でその呼び名は止めて欲しいのだけど」
 確かにそうだな、渋谷の駅前に比べたらそうでもないが、流石にクリスマスイブでスーパーも結構な人だかりが出来ている
 言い直そうとしてつっかかる
「じゃあ、なんて呼べばいいんだ?」
「お好きにどうぞ、好きに呼んで頂戴」
 これはあれだ、今まで何度かエロゲーをやってきた俺なら分かる。この呼び名が俺の好感度につながるはずだ
 なんていうか……そんなことにぴんと来た俺も、桐乃のことを悪くは言えないな
 とにかく、俺は言い直す
「じゃあ、瑠璃」
「ぶっ!!」
 それを聞いた黒猫は、盛大に噴き出しこう続ける
「あ、あなたね……どうして、その、下の名前で、……他にもあるじゃない学校では苗字で呼んでいるでしょう?」
「あ~、そのあれだ。ちょっと前に考えてたんだが、お前だけ苗字なのって何か変な感じがしてよ、周りのやつは大体下の名前だしな、沙織と桐乃だってそうだろ?」
「……それは、そうなのだけれど……」
「だろ、だから、瑠璃って下の名前で呼ぼうかなってさ」
 俺がそういうと黒猫、もとい瑠璃は頬をほのかに染めて
「……そうね、よく考えたら確かにその方が良いのかも知れないわね。ただ……」
「ただ?」
「……その、少し恥ずかしいわ。両親以外に下の名前で呼ばれた事がなかったから……」
 ああ、確かにいるよな、苗字の方が呼びやすかったり、あだ名をつけられたするから下の名前で呼ばれない奴
 かく言う俺もそうなんだが
 確かに両親以外で京介なんて呼ぶのは……沙織だけか?
「いいじゃんか、瑠璃って名前。桐乃が言う通りお前らしいよな」
 黒猫は顔を真っ赤にして
「あ、あなたはどうしてそんなに恥ずかしいことを平然と言えるのよ……聞いてるこっちが恥ずかしいじゃないの……」
 黒猫は目をそらしながら言って足早にでレジへ向かう


 俺がこうして話している間にも黒猫は買うものをかごに入れていて、きちんと時間の無駄なく買い物を終えた
 会計を済ませた後セルフでエコバッグに詰め黒猫の家に向かう。その途中で黒猫が急に足を止め無言で一点を見つめる
「…………」
 その眼差しの先には店外でクリスマス用のケーキを売っているケーキ屋があった
 俺はそんな黒猫の姿を見て、一つの衝動に駆られた
「ちょっと待ってろ」
 そう言って俺はジーンズの後ろのポケットから財布を取り出す
「……え?ちょっと、先輩なにを」
「すいません、これ一つ下さい」
 俺はそう言って家族用らしき箱に入ったブッシュドノエルを指差す
 店員さんがそれをなれた手つきで専用の紙袋に入れる。
 代金を支払って、受け取る際店員さんが話しかけてきた
「失礼かもしれませんけど後ろの方って彼女さんですか?」
 そう聞かれて俺はつい
「はい」
 勢いで言ってしまった。
「お似合いですよ」
 店員さんの言葉に、照れているのか、ぷいっ、っとそっぽを向いてしまった
「じゃあ、すいません連れが待ってるみたいなんで」
「ええ、では今度は二人で一緒にご覧になりにきてください。ありがとうございましたー」
 店員さんの挨拶を聞きながら俺は黒猫の元へ
「……あなたは本当に莫迦ね、全く余計なことを……」
「気にすんな。そうだな……じゃあこれはおみやげって事で」
 俺がそう言うと、うつむき加減の表情には余り出ないが少し嬉しそうに
「……そ、そうね。おみやげは受け取らなくては失礼だものね。妹たちも喜ぶわ」
 そう言って納得したのか黒猫は次いで話を変える
「ところで先輩」
「ん?」
「私が住んでいる家は先輩の家なんかよりかなり粗末なのだけど、笑わないで頂戴」
 黒猫は自分の住んでいる家を恥ずかしいがっていた
 と、そんなことを言っても、うちだってほんの数年前までは二階建てというだけの和風な家だったのだ、今のはお袋が計画した改築工事のおかげだった
「ここよ」
 目的地である黒猫の住む家に着いた。
「全然普通じゃねーか、こんなのどこを恥ずかしがる必要があるんだよ?」
「……そう言ってもらえると、気兼ねなくていいから助かるわ。さ、上がって頂戴」
 黒猫の言うとおりに家に入る。先に俺、その後から黒猫が入る
「おじゃましまーす、おっと」
「お帰りなさい!おねぇ……さ、ま?……誰?」
 家に入ったときだ
 俺は見たことのない子に突撃された。まあ、突撃といっても小さな女の子のタックルなので大したダメージは無いが
「ただいま……ってあなた、一体?」
 黒猫はすぐに状況を理解したのか
「先輩、その子は私の下の妹よ。ほら、あなたも早く離れなて」
「えー、なんだか、落ち着くんですもの、まだ離れたくないですわ」
 この子にとってどうやら俺には謎のヒーリング効果があるようだった
「……離れないと、今日のご馳走が作れないわよ」
 今の一言で妹ちゃんが俺の足から離れた
「ほら、このお兄さんに謝りなさい」
「ごめんなさい……」
 黒猫に諭され素直に謝る妹さん、その姿を見て
「あれだな、姉妹っつーか、親子みたいだよな、お前はいい母親になるよ」
 黒猫はさっき以上に顔を赤くして
「……莫迦ね、全く。どうしてそんなクサい台詞を堂々と……」

 この先はお前らなら言わなくても分かるだろ?






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最終更新:2010年12月27日 21:37
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