兄と猫の一日 02


 ……さてと、そろそろ忘れているだろうけど話しの続きをしようか

 いろいろあって俺は今、黒猫の家の風呂を借りて湯船に浸かっている。

 まあ、そのいろいろってのも、大きい方の妹がジュースをこぼしたとか、小さい方がケーキのクリームがついている手でじゃれてきたとか、その程度の些細なことだ。
 ……一応言っておくが、おまえらが期待しているようなことはいっさいなってないぞ。
 残念だったな!

 ……うぅ、今のは自分で言っておいてダメージが大きかった。


 それはさておき、ほんの数時間小さい子の相手をしていただけなのに、俺はいままで体験したことのない様な疲労感に襲われている。
 きっと慣れないことをしたからだろう。小さい子の相手をするのはそう簡単ではない。
 あまりに強く当たるとケガしてしまいそうで、それでいて本人達は何事にも全力で、と、全くもって危なっかしくて見てられない。
 小さい頃の桐乃を見ているようで、なんというか大変ではあったが懐かしさも一緒に感じたよ

「……そういや、あいつどうしてっかな」
 桐乃は、仕事があるからと言って今日一緒に来ることを断った。
 仕事なら仕方ない。俺もそう思ったが本当はあいつだってこんな日ぐらい大切な人と一緒に過ごしたいだろう
 去年だって結局、携帯小説の取材だ、なんて言って俺なんかと一緒に渋谷に行って潰しちまったしな。
「……今更考えたってしょうがないか」
 俺は自分にそう言って浴室を出てジャージに着替える。
 因みに今俺が着ているジャージは、黒猫の家にあった物だ。
 なんでも、
「サイズを間違えて買ってしまったのよ。さすがにその汚れたままの服で帰るわけにも行かないでしょう?どうせ着る人がいなかったものだし、せっかくだし使って頂戴。……それと、」
 黒猫はそこで口ごもり、少しした後
「も、もしよかったらうちのお風呂に入っていったらどうかしら?うちのは小さいお風呂だけれど……」
 汚れたままの服装で帰るのはさすがに周りの目が怖いので、黒猫の好意に素直に甘えて、ジャージを借りて風呂に入った訳だ

 俺は、脱衣所を出てさっきまでいたリビングへ向かおうとしたのだが……


「………あ」
「………なにしてんの?……お前」
 多分、こういうのを『鳩が豆鉄砲を食らったような顔』っていうのだろう
 普段は透き通る白さの肌のこいつが今は顔を赤らめ
「……い、今妹たちの布団を敷いててたまたまここを通っただけよ。決してあなたが出てくるのを待っていた訳じゃないわ。……別に他意はないわ」
 ……今の他意はないの使い方としてどうなんだ?
自慢じゃないが俺は、テストに出るとこ以外の現国の分野は全然出来ないんだ。
 それは、俺の今までの言い訳の数々を知っていれば分かるだろ
「そ、そうか。それならいいんだけど……。俺はてっきり」
「……っ!あ、あなた、いったい何を考えてるの……」
「ち、違うって!俺は……」
 俺は言いかけて途中で止める。
 沙織との約束を思い出す。
 『黒猫を絶対に傷つけない』
 そう約束したはずだ。
「……先輩」
「ん、なんだ」
「今、女の子とを考えたでしょう。分かっていないようだから、今のうちに言っておくわ。そういうものって結構分かるものだから注意したほうがいいわよ」
 黒猫は普段より強い口調で続ける
「全く、節操のない雄ね、一体誰のことを考えていたのかしら?まあ、シスコンのあなたのことだから、あの茶髪女のことでも考えていたのかしらね?」
 黒猫はそう言い放つ。
 しかし、どうしてこう女ってのは鋭いんだ?
 今までにも何度かこんな事があったが、未だに分からん
 そんなことはさておき、だ。ここは正直に話した方が良いだろう。麻奈実のようにはぐらかしてもいい相手ではない
「お前の友達のことだよ、桐乃じゃなくて沙織に約束したことがあってな」
「そう」
 黒猫はつぶやく
 あからさまに強がっている
その姿はどこか悲しげだった
 こいつが学校で一人で昼ご飯を食っていたときに見た、そんな悲しげで寂しそうな顔をしていた


 ……まただ、この感じ
 こいつのこんな姿を見ていると、なんとかしてやりたい、そう思う。
 俺の中の何がそうさせているのかは分からないが
 そして一つの結論が出る。
 迷いはなかった。

 その瞬間、俺の目の前でうつむいている黒猫を抱きしめる
「っ、ちょ、ちょっとあなたいったいなにを!?こ、こら、離れなさいっ」
 黒猫がそう言っていたが俺は離さなかった
 抱きしめることで二人の身体が密着し必然的に心臓の鼓動が早くなっていることが分かる
 俺のだけじゃない
 俺と黒猫の二人分のだ
「あのよ、俺がした約束ってのは……」
 力強く抱きしめ耳元でささやくように俺は言う
「……やめて頂戴。こんなときに他の女の話をしないで」
 そう言う黒猫の声は震えていた
「やめねえよ。それにな、約束ってのはおまえのことなんだ」
「……わ、私の?」
「ああ、お前のことを傷つけたりしない、ってな」
 黒猫は少し驚き、そして、俺に身体を預ける
「全く……本当に莫迦ね。そんなこと……、でも」
 黒猫は俺と対面するような体制になり目を合わせ言った

「ありがとう」
 そのまま、顔を近づけ唇と唇が触れただけのようなキスをした。



「……あのさ」
「……あの」
「わ、悪い」
「ご、ごめんなさい。先輩から言って」
「すまん、じゃあさ、さっきのって……」
「その事を莫迦正直に聞いてくるなんて……やっぱりセクハラ先輩じゃない」
「それは言わないでくれ……」
「……さっきのはその、呪いよ」
「の、呪い?」
「そう、呪いよ。あなたが他の女の事なんて考えないように呪いをかけたのよ。どうかしらそろそろ効果が現れる頃よ」
「……そうだな」
「あら?反論は無いのかしら?反論することすら出来ないほど頭が悪い訳じゃ無いでしょう」
「ねぇよ、その通りだしな。俺が聞きたいことは聞いた。それで、さっきお前はなんて言おうとしたんだ?」
「…………それは、その……先輩、今日…………やっぱり言えないわ、恥ずかしいもの」
「恥ずかしいって、なんでだよ。お互いに言わなきゃアンフェアだろ、どんなことでも良いから言ってみろって」
「……一度しか言わないわよ、聞き逃したりしたら呪い殺すわよ」
「わかってる」
「分かっているようには見えないのだけど……、いいわ。じゃあ、その……先輩?」
「ああ」


「今夜はうちに泊まっていって欲しいのだけど」


……マジかよ

つづく?





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最終更新:2010年12月31日 13:08
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