13-403


「そのときは、責任を取ってもらいます。覚悟してくださいましね? 京介さんのこと、一生『サークルクラッシャー男』と呼んで蔑んで差し上げますわ」
「はは、そりゃ手厳しいな…だけど、俄然やる気になってきたぜ」
「ふふっ…京介さん、そうこなくてはね」

わたくしの言葉を受けて、京介さんはこの窮状をなんとかするために頭を捻り始めた。
あまりの気恥ずかしさにわたくしは即座に眼鏡をかけなおした。流石にほどいた髪を直すのは咄嗟に無理だったけれど、目線さえ隠れればなんとかなる。

「それで沙織確認だが、今のこの状態は本当に俺にしかできないんだよな?」

京介さんの言葉にわたくしは内心嘆息した。こういう人だとわかっているとはいえやれやれと思わざるを得ない。

「ええ。拙者にも黒猫氏にも、ましてや他の誰にもできないでござろう。口惜しうござるが、これは京介氏にしか決して解決できぬ問題でござる」
「そうか…しかし沙織には、この状況の打開策がもう見えてるみたいだが?」
「……やれやれ。拙者だけではござらんよ、黒猫氏もきっとわかってるはずでござる。この問題を打開する『だけ』でござるなら」
「……なんか含みのある物言いだな」
「手は打てても、そこから先がどう推移するかは拙者らでもあずかり知らぬ所でござるからな。京介氏が自分で考えて決断しない限り、滅多な事は言えないのでござるよ」
「……」

京介さんはわたくしとの会話を経るうちに、あまり考えたくないことが頭をもたげてくるのを実感していた。
まあ自身のことに考えてもあまり愉快な話ではないでしょうとは思うけれど。

「……それに、もう賽は投げられてしまったのかもしれませぬしな。     ……わたくしも、覚悟を決めなければならない時が来たのかもしれません」
「えっ?」

殆ど無意識のうちに放り出してしまった呟きに対する反応に、びくっと肩をすくませた。……聞かれてしまった?

「い、いやなんでもありませんわ。こっちの話でござる」
「口調が一貫してないぞ。どうしたんだよ」
「何でもないったらないのでござるよっ!そ、それでは拙者も帰りますわ」

これ以上居座ると自分もボロを出してしまうかもしれない。そう思ったわたくしは手早く手荷物をまとめて一礼し、部屋から出て行った。
そう……もうこのサークルは抜き差しならない局面まで来てしまっているのだ。
(わたくしは……どうしたらよろしいのでしょうか……)
桐乃さんも瑠璃さんも、そして京介さんもわたくしにとってはとても大切な人なのに。
それから明後日になって、わたくしは京介さんが桐乃さん・御鏡さんと話し合い、一連の騒動が狂言だったということを桐乃さんから電話で伝えられた。
とにもかくにも京介さんがなんとかこちらの意図を汲んでくれたこと、そしてこのサークルを繋ぎ止めていられそうだという事に安堵していたところ、金曜の夜に瑠璃さんから電話がかかって来た。

「もしもし、どうしたでおじゃるか黒猫氏?」
「……もしもし。……兄さんの話は聞いた?」
「兄さん?ああ、京介氏のことでござるか。きりりん氏と和解したって言うのは聞いたでござるよ」
「……この問題を解決するために、『なるべくして』ね」
「……どうしたのでござる?拙者にはよくわかりませぬ」
「とぼけないで」

瑠璃さんの一喝にわたくしは少したじろいだ。この娘が会話に間を置かない事なんて滅多に無いのに。

「貴女もわかっていたことでしょう?あの事自体が茶番だったとして、それを解消するためには兄さんがあの子の心にもっと深く入らなきゃならなかった事を」
「……」
「そしてあの子はそれをこれ見よがしに私達の前で放った。……兄さんに構って欲しくて!それが私には不愉快で堪らなかった。貴女だってそうでしょう?」
「それは……」
「……そこまでの意思があったかなかったかはこの際関係ないわ。あの子は結果的に私達に宣戦布告してきたのよ」
「黒猫氏……」

わたくしはただただじっと黒猫の言葉を受け止めた。返す言葉がなかったから。

「ええ、そうよ。私は兄さんが好き。こんな私に誠心誠意優しくしてくれたのは、兄さんが初めてだったから」
「い、嫌…やめて下さいっ!そんな争いごとなんて……」
「いいえ、止めないわ。もう賽は投げられてしまったのだから。私は兄さんに告白するわ。貴女にはそれを知っておいて欲しかったから電話したの」
「……どうしてそんな事を?」
「――情けないライバルと戦って勝つ意味がないからよ。そんなものはナンセンスだわ」
「……それは!」
「サークルのためか私たちのためか、あるいは両方か――そんなことはどうでもいいわ。
……貴方なりに私たちを大事にしているのは十分伝わってくる。けど、ただ傍観している事が私たちをどれだけ見下す事にしかなっていないかを知りなさい」
「瑠璃さん……」
「……話す事は以上よ。それじゃ」

そこで電話は途切れ、ツー、ツー、ツーと無機質な音だけが木霊する。
電話を握り締めたまま、わたくしはじっと立ち尽くすことしかできなかった。
明くる日の土曜、昼過ぎになってもわたくしは何もする気が起きず、棚に積んだガンプラを脇目に見ながらベッドに大の字になっていた。
何をするにも大儀で面倒。薄く死んでいくようなこの感触……

(今頃瑠璃さんは京介さんに告白している頃だろうか……)

それを頭の中に思い浮かべるだけでわたくしの胸は張り裂けそうになった。もしその告白が成就”してもしなくても”、私達の関係には少なからず変化が生じるだろう。
そして夕方というには遅めな6時過ぎごろ、運命の電話が鳴り響いた。
(着信……京介さんから!?)
慌てて電話を掴むとすぐさま通話ボタンを押した。胸の動悸が治まらない。

「も、もしもしっ!?」
「うわっ!どうした沙織そんなに慌てて…まあいいや。ちょっと今家の外に出られるか?」
「えっ?」
「今外にいるんだ」
「え……えええええっ!?ちょっと待ってください今支度します!」
「ちょっ」

電話を切るとすぐさまクローゼットの中の白いワンピースに手をかける。ある程度見栄えが付けば何でも良かった。慌てて外見を整え、混乱と不安と、そして歓喜がないまぜになりながらわたくしは外へと向かった。

「京介さん、お、遅くなってすみませんっ」
「いや、急に呼び出したのは俺だし沙織は悪くないよ。急がせてごめんな」
「い、いえ。それで、ご用件は……」
「……話が、あるんだ。ここじゃなんだから、公園にでも行こう」
「……わかりました」
家から歩いて10分程度のところにある海沿いの公園に着くまで、わたくしたちは互いに無言だった。何の案件なのかはその時点で察してはいたけれども、とても自分から突っつく気にはなれるはずもなかった。
そして公園の中に入ってしばらくした時、徐に京介さんが口を開いた。

「……黒猫にさ、告白されたんだ」
「……そうですか」
「その様子だと、分かっていたみたいだな」

恐らく本人も察しているのだろう、その言葉は質問というより確認だった。

「……瑠璃さんが京介さんに好意を抱いていることは、かなり前から知っていましたから。……もちろん、桐乃さんも、ですわね」
「……みたいだな。こんな知らないうちに俺にモテ期が到来しているなんて、思いもよらなかったよ」

あはは、と京介さんは乾いた笑いをこぼした。京介さんの意図を計りかねてわたくしは軽く仏頂面になるのを自覚していた。

「……それで、どうしてわたくしに会いに来たんですか?」

わざわざ口頭で報告に来たのか。それとも……

「……断ったんだ、告白。沙織のために、な」
「……ッ!?」

反射的に右の掌が京介さんの左頬を張り飛ばしていた。京介さんはそれを押さえようともせず、ただ黙って受け入れた。

「ばっ……馬鹿にしないでください!このサークルの和のために瑠璃さんの告白をむざむざと断ったっていうんですか!?そんなことをしたって勇気を出して告白した瑠璃さんが不憫になるだけじゃないですか!見損ないましたっ!」

ぜえぜえと息を荒げながらわたくしは目の前の男にまくし立てた。それに、どの道瑠璃さんの告白を断っても、桐乃さんだってもはや京介さんへの好意を隠そうとするとは思えなかったのだから無駄足ではないのか!

「……たしかにそれも考えなくは無かったさ。だけど沙織、お前には誤解がある」
「なっ……何がです!」
「……俺は”このサークルのため”とは言ってない。”沙織のため”って言ったんだ」
「えっ……」
「沙織、お前が好きだ。俺と、付き合ってくれないか」

真っ直ぐにわたくしの瞳を見据え、きっぱりはっきりと、彼は宣言した。時間が止まったようだった。
「そっ…そんな!わ、わたくしなんか……」
「他の事なんかどうでもいい。沙織は俺が嫌いなのか?」
「ず、ずるいですそんな言い方!嫌いなわけないじゃないですか、大好きですよ!……っ、はっ!」

衝動的に口を突いて出てしまった言葉に自分の顔が高潮するのが自分でも分かった。京介さんの顔も真っ赤だ。

「で、でもっ!瑠璃さんや桐乃さんが……」
「お前、自分でさっき言ってたじゃないか。サークルの和のために断ったのか、って。……まあ、そんな所を俺は好きになったんだけどな。あと、許可は取ってあるんだ」
「そ、それは……えっ?」
「話したんだよ、黒猫にも桐乃にもな。二人とも許してくれたよ。その際に桐乃には唇奪われちまったけどな」
「……!」
「ま、そういうわけで、お前は何も気にする必要はないんだ。黙って俺を受け入れてくれればいい」

二人がわたくしを許してくれた、ということにわたくしは自分の浅慮を心から恥じた。

「……わたくしって、オタクだし、恥ずかしがりやだし、コスプレ好きだし、背も京介さんより高いし……そんなわたくしで、いいんですか?」
「沙織じゃなきゃダメなんだよ。言わせんな、恥ずかしい」

そう言う京介さんの顔は耳まで真っ赤だった。きっとわたくしもそうだろう。

「……じゃあ、上書きさせてください」

わたくしたちは互いに抱き締め合いながら、長い長いキスを交わした。

「……っはぁ。大好きです、京介さん……」
「沙織……」


「その分だと、どうやら上手くいったみたいね」
「「っ!?」」

二人の世界を作り出しかけたところに、思わぬ乱入者が姿を現した。

「くっ、黒猫……と桐乃!?」
「アンタら、公共の場でいちゃいちゃしよってからに……っ!?」

わたくしは間髪入れず二人のところに駆け出して両脇で抱き締めた。

「ちょっ……沙織、苦しい苦しい!」
「……急にどうしたのよ」
「わたくしは、あなたたちのような二人と出会えて、最高に幸せ者ですわっ!!」
「あ、ありがと……」
「……ふっ。闇の眷属は度量が広いのよ。光栄に思うことね」

桐乃さんも瑠璃さんも顔が真っ赤で、本当に可愛いと思った。けど。
くるりと翻って、わたくしは宣言した。

「でも、京介さんの1番は渡しませんからねっ!」


おまけ

京介は沙織に告白し、サークルも崩さずに済ますというなかなかに難儀な条件をクリアし、ほっと安堵の溜息を吐いた。安心したらにわかにぶたれた頬が痛くなってきて左手で頬をさする。
(……瑠璃と桐乃には、悪いことしちまったけどな……モテるのも考え物だってことがよくわかったよ)

そう思いながら沙織達がじゃれあっているのを感慨深い目で見ていると、三人が揃って俺の元にやってきた。

「……そういうわけで京介さん、これからはわたくしが『正妻』ですので」
「……はい?」

ど、どういうわけですか?

「……私たちは別に貴方を諦めたわけじゃないもの。好きでいるのは個人の自由でしょう?」
「そ、側室でいてやるって言ってるのよ!感謝しなさいよねっこのキモ兄貴!」

三人とも目が潤んで輝いている。とても羨ましい筈のこの状況に俺は嬉しすぎて思わず鳥肌が立ったね。そして俺は空に向かって高らかに叫んだ。

「ど……どうしてこうなった!」



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最終更新:2011年01月16日 01:52
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