黒の予言書のその後


夏休みも残すところあと僅か。
聞こえてくる虫の声も、蝉から鈴虫へと少しずつ変化し
意識をしなくても夏の終わりを感じてしまう。

「ふふ…」

夏の終わりを感じながらも笑みがこぼれてしまうのは、
数日前に彼氏になったこの男のせいだろう。

「なーに笑ってんだよ、る…瑠璃」
「いいじゃない、先輩」
「お、お前なぁ…まぁいい」

恥ずかしそうにしながら『瑠璃』と呼んでくれる彼のことを、
私はまだ『京介』と呼ぶことができないでいた。

「もうすぐ始まるぞ。ほら、こっちに座れよ」
「あ、あまりくっつかないで頂戴」
「くくく。まったくお前は変わらないな」
「な、何よ。わけの分からないことを言わないで」
「それよりさ、その………浴衣、やっぱり似合うな」
「そ、そう……」

ふん、そんなにニヤニヤしないでちょうだい。
は、恥ずかしいじゃない。

私は今、彼と二人で花火大会に来ていた。
彼の妹―――私にとっては親友の、あの女の見繕ってくれた浴衣を着て。

『あんたの妹たちは、この私に任せなさい!………えへへ』
今日は彼の家、つまりはあの女の家で、妹達とメルルのDVDを見るらしい。
あの女が緩んだ顔で笑ってたのには一抹の不安を覚えたけれど、
今日の花火大会のお膳立てしてくれた事には素直に感謝しているわ。

「お、始まったな」

ドーン

花火より少し遅れて響く音が、私の心臓をドキドキさせる。
私はこのドキドキを抑えられず、彼に体を寄せる。

「す、少し寒いわ」
「そうか」

彼は私に上着をかけると、片手で私を抱き寄せた。

ドーン

この世界で、私の体はこんなに脆い。
花火の音だけで、たったこれだけで………
私の脈動はどんどん加速していくのだから。


「………京介」

小さく呼んだ私の声は、彼に届いたのだろうか。


ドーン

花火の音と同時に、彼が私の唇を奪った。
手のひらで触れた胸から彼の鼓動を感じる。


ドーン

やはり花火のせいね。
こんなにも、私の胸が高鳴っているのは。

―――だって、彼も同じなんだもの。

 ***

「今日は楽しかったな、瑠璃」
「そうね、“先輩”」
「……お前なぁ」
「あら、そうやすやすと名前を呼んでもらえると思っているの?」
「くっ………まったく。彼女になっても変わらんな」

私は彼と二人、腕を組んで帰り道を歩いていた。
彼女になっても変わらないと彼は言うけれど―――
私の目から見える世界は、以前とは全く違うものになっていた。

「今日くらいは、あの女に感謝してあげてもいいかもしれないわね」
「ホントだな。その浴衣も桐乃が選んだんだろう?」
「ええ、やはりそういうのに……私は疎いから」
「ま、得手不得手はあるし、そういう時こその読者モデル様だ」

ピロピロピロ

彼の携帯にメールが届いた。

「噂をすれば、その読者モデル様からメールだよ」
「そう。いったい何の用かしら」
「…お前の妹達、今日は遅いからうちに泊まるそうだ」
「そ、そう。仲良くやっているようね」

ということは。母さんも仕事で今日は帰ってこないし、
これから帰る家には彼と二人ということ……ね。

「うちで、お茶くらい飲んでいくでしょう?」
「あ、ああ」

私の緊張が彼に伝わってしまったのだろうか。
少しぎこちない空気で、二人とも黙ってしまう。
……でもそれは、決して不快なものではなかった。


 ***

家に着くと、彼には悪いけれど先にお風呂に入ることにした。

「ひとまず部屋でくつろいでいて」

そう言い残し、私は脱衣所で浴衣を脱ぐ。
正直に言ってしまうと、汗だくになってしまっている体の匂いを
彼に嗅がれたくなかったのだ。

シャワーを浴び、今日の一日を思い返す。

あの女がうちに来て、浴衣の着付けを手伝ってもらい。
ふふ、家を出る前には、妹とあの女がさんざんからかってくれたわね。
『キリ姉』なんて呼ばれて、あの女もまんざらじゃなさそうだったし。

待ち合わせ場所についた彼は目を丸くしていたわ。
何度も何度も浴衣を誉めてくれて。しつこいくらいだった。ふふふ。

屋台の焼きそばは、二人で食べるとあんな味がするのね。
よく知った味のはずなのに、まるで新しい感覚だった。


別にこの後を期待しているわけではないのだけれど、
気付けばいつもよりも入念に体を洗っていた。

キュッ

シャワーを止め、脱衣所に出た私は体を拭き。
いつもはジャージに着替えるところだけれど、今日は…。
少し可愛いパジャマに着替えて、部屋に戻った。

 ***

「瑠璃…瑠璃っ……っはぁ」

部屋から漏れ聞こえてくる彼の声に、
私は襖を開けることができなかった。

隙間からそっと部屋を覗く。

なっ………。

ど、どういうことかしら。
彼が私の、パ、パンツをくんかくんかしながら、
ズボンの上から自分のものを触っている!?

そ、それにあれって………
さっき脱いだばかりの汗だくのパンツじゃない!
何、いったい何が起こっているの?

私はその場にペタンと座り込み、しばらく動けないでいた。

ちょ、ちょっと落ち着きましょう。
まずは事実確認をしなければ。

音を立てないように気をつけながら、私は脱衣所に戻った。

 ***

「やはり、無いわね」

脱衣所に戻った私は、脱いだばかりのパンツが消えていることを確認した。

「さて、あの破廉恥な雄を、どうしてくれようかしら」

正直、その………べ、別に悪い気はしないのだけれど。
こんなの、どう対処したらいいのか分からないじゃない。
初めての彼氏だし、彼とはキスまでしかしていないし。
体の関係を持つにしても、もう少し先のことかと思っていて。

それに。
剥き出しの、雄の性欲を初めて目の当たりにしてしまって。
少し、怖いと思ってしまったのだ。


 ***

バン

大きめの音を立てて、脱衣場の扉を閉めた。

「あー、いいお湯だったわ」

セリフが少し演技臭かったかもしれない。
しかしこれで、彼にも私が戻ってくることが伝わっただろう。

結局私は、何事もなかったかのように振舞うことに決めた。

ドンドンドン…

大げさに足音を立て、部屋に戻る。

ガラガラ

「よ、よう瑠璃、上がったのか」

ふう、な、なんとか彼も対処できたようね。
まったく変態なんだから。

「ええ。待ってる間退屈じゃなかった?」
「あ、ああ。まーな」
「一体何をしていたの?」

私はなんてことを聞いているんだろう。
せっかく何事もなかったように振舞おうとしていたのに。

「ええっとだな、まー適当にぼーっとしてたぞ」
「ふふ、まさか私のパンツをくんかくんかしてたのかしらね」
「えっ、いや、俺がそんなことするわけないじゃないかハハハ」

駄目、自分が何を言っているのか分からない。

「あら、私にはそんな魅力もないということかしら」
「い、いやいやそういうわけじゃないんだぞ!そうじゃなくてだな」
「じゃあどういう―――」

ガシャン

私は麦茶の入ったグラスを蹴飛ばしてこぼしてしまう。

「あ、大丈夫か?」

彼はポケットからハンカチ―――いえ、私のパンツを取り出した。

 ***

「あ、あのー………瑠璃…さん?」

正座で小さくなっている彼を、私は仁王立ちで見下している。
怒っているわけではない。
ただ、どうしたら良いのか分からなかったのだ。

「何かしら、変態先輩」

つい、とげとげしいセリフを吐いてしまう。

「………」
「いったい私のパンツを使って、何をしていたの?」
「………その…」
「……ほら。怒らないから、言ってごらんなさい」
「に、匂いを嗅いでいました!」
「地獄に落ちなさいっ!!!」

まったく、なんて厭らしいなの先輩かしら。
しゅんとしてしまっている雄に、私は言い放った。

「実践してみなさい」
「…えっ?」
「どのように匂いを嗅いでいたのか、目の前でやってみなさい」
「…そ…それはご勘弁願えませんでしょうか、瑠璃さん」
「ふん。その羞恥があなたへの罰よ。」
「う、うぅ…」

彼はゆっくりと私のパンツに手を伸ばす。
でもそれは…今日のデートで汗だくになったパンツ…

「ま、待ちなさい」
「はいっ!」
「そのパンツの匂いを嗅ぐことは許さないわ」

私は何を言っているのだろう。
ただ、その汗だくのパンツの匂いを嗅がれるのは嫌だった。

「じゃ、じゃあ………」
「わ、私が今履いているパンツの匂いを嗅ぎなさい」

な、なんてことを言ってしまったのだろう。
言ってしまった手前どうしようもなく、私はパジャマのズボンに手をかける。

「―――っ!」

だめだ、どうしてもズボンを下ろす勇気が出ない。

どうしていいか分からず、しばらく固まってしまった。
きっと私の顔は、これ以上ないくらい赤くなっていたに違いない。

すると、今まで正座していた彼が立ち上がった。

「瑠璃……」

彼は、服を脱ぎ始めた。上も、し、下も。
私はただ、彼の裸体に魅入られていた。

「俺は脱いだ。これでお前も、恥ずかしくないだろ?」
「………う、うん…」

それでも私が服を脱ぐことに躊躇していると、
彼が震える手で私のパジャマのボタンに手をかけた。

「俺はお前のことが好きだ」
「…うん」
「お前の匂いが好きで、お前の体が欲しい」
「…そ、そう」
「だから、ついパンツの匂いを嗅いでしまった」
「わ…分かっているわ」

そう、本当は分かっている。
怒ってもいないし、ただただ戸惑ってしまっていたのだ。

「だから、お前の体をくれないか。そうしたら、パンツも我慢できる」
「……莫迦」

彼も私も、一糸まとわぬ姿になった。

「………寒いわ」
「布団出すか」
「その前に、体で暖めて」

私は彼の胸に顔を埋めた。

「怒ってはいないのよ?」
「え?」
「ただ、ちょっと……怖かった」
「うぅ、す、すまん」
「絶対許さない」

私は彼にキスをした。
そして、彼の舌に私の舌を絡めた。

「んんっ!?」
「ん……ちゅる……ぷは」
「る、瑠璃……」
「京介……」

 ***

それから、二人で布団を準備した。
なんだか直接体に触れ合ったりすることとは……
全く別の羞恥。

「さ、さて」
「………うん」
「………えっと、隣に来いよ」

私は彼の左腕に頭をのせる。

「まったく、破廉恥なんだから」
「否定はしないがな」

彼の右腕が、私の頭をなでる。

「ま、まぁ付き合う前から分かってはいたのだけど」
「今は何も言い返せん」

彼の手のひらが、頭から頬に移動する。

「瑠璃………」
「なーに、“先輩”」
「お、お前この後に及んで」
「あら、これは罰だと言っているでしょう」

ふふ、駄目ね。
今彼の名前を呼んだら、私の理性はどこかへ行ってしまう。

彼の手は、私の頬から、頭の後ろに移動し―――
私の唇は、再び彼に奪われる。

「ん……ちゅ…はん……ん…」
「はぁ、瑠璃っ…」

彼の手はまた移動してゆく。
私の肩をなで、鎖骨に触れ、ゆっくりと小さな膨らみを揉み始める。

「ちゅ…はぁ、あ、あまり大きくないでしょう?……んっ…ちゅ」
「…はぁ、はぁ、いやすごくやわらかくて、興奮するぞ」
「…う、うそ」
「うそじゃねーって」

彼は私の手を、彼の下半身まで導く。

「あ……こ、こんな風になるのね」
「な?うそじゃないって分かったろ?」
「……うん」

初めて触れた男のモノ。
こんなに大きくて、硬くて、熱いなんて。
私はそれを掴んだまま、ゆっくりと上下に動かしてみる。

「んはっ!る、瑠璃?」
「い、痛かったかしら」
「いや、そうじゃなくて……すごく気持ちいい」

彼の指が、私の膨らみの先端に触れた。

「んんっ!」

触れられるたび、私の体はピクッと反応してしまう。

「い、痛くないか?」
「いいえ……す、すごく感じるの」

さっきとは逆の会話を交わす。
それから私達は、恐る恐るといった感じでお互いの体に触れ合い続けた。

 ***

「入れるぞ」
「うん」

メリメリメリ

「―――っ!」

い―――痛いっ!
声が出ないくらいの痛みに、思わず涙が出てきた。
こ、こんなに痛いものなの?

「だ、大丈夫か?」
「…うん、お願い、そのまま一気に」
「お、おう」

彼は私を一気に貫くと、そのまま私を抱きしめた。

「瑠璃……好きだ」
「お願い、キスして」

キスをしながら、私はジンジン響く下半身の痛みに耐えていた。
そもそも、あんなに大きくて硬いものが………は、入るワケがないじゃない。

痛みに涙しながら、それでも私はうれしかった。
想像していたような気持ち良さとか、そんなものは全然感じないけれど。
ただ、硬くて熱い彼のものが私の中に入っている。
私と彼の粘膜が繋がっているという実感が、私を満たしていた。

「まだ動かないでね」
「お、おう。俺も今動くとヤバいからな」

どうやら、彼は感じてくれているようだ。
こんな私の貧相な体でも………彼は感じてくれている。
私は、まだ余裕などないけれど、覚悟を決めた。

「その、ゆっくりだったらいいわよ。お願い、動いて」
「そ、そうか」

彼はゆっくりと腰を動かし始める。
一度覚悟を決めてしまえば、最初ほどの痛みを感じることはなかった。

「瑠璃っ……はぁ、はぁ……気持ちいいよ」
「わ、私もよ。だからもっと気持ちよくなりなさい」

私らしくない。少し、ウソをついてしまった。
初めての時は痛いだけだって聞いていたけれど、本当ね……。
それでも、彼には気持ちいいって言って欲しい。
私の体に、この痛みを刻み付けて欲しい。

「瑠璃……ありがとう、すげぇ気持ちいいよ……っはぁ」
「お礼なんて……んんっ……言わないで」

彼は私の涙をぬぐい、キスをしてくれた。
彼なりの精一杯の愛情を注いでくれているのが分かる。
それだけで、私の初めてを捧げたのがこの男でよかったと思えた。

そんなことを考えていると、少しずつ、私の体に変化が訪れる。

「ん……はぁ……あ…あん…」

痛みはまだ引かない。
しかし少しずつ、でも確実に、私の体を快感が支配し始める。

「あ、京介……あっ…あっ…」

声が、漏れ出てしまう。

「瑠璃…うぁ…すごく…」

彼が今までになく高ぶってくるのが分かる。

「京介…いいよ、中に、私の中に出して」

「うっ」

ドクン、ドクン

彼の精液が私の中に入ってくるのが分かる。

頭の中が真っ白になる。

今、私は満たされていた。

 ***

私は今、再び彼の左腕に頭を乗せていた。

「ごめんな、痛かっただろう」
「そうね」
「それに、俺だけ先に気持ちよくなっちまって」
「まったくだわ………自分勝手な雄だこと」
「わ、悪かったよ」

私は怒っているフリをしながら、彼の頬に触れる。

「次はもっと頑張りなさい」

そう言うと、私は彼の口を自分の口で塞ぐ。

「…次もまた、していいのか?」
「えぇ、当たり前でしょう」

私はニヤニヤしながら彼をいじめる。

「また私のパンツをくんかくんかされたら、たまらないもの」

彼は『まさか今後ずっとこのネタでいじられ続けるのか』という顔をしていたが、
「ま…仕方ないか」
と半分諦めたようにつぶやいて、私を抱きしめた。



おわり




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最終更新:2011年03月17日 23:30
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